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古典的名著、獅子文六『食味歳時記』中公文庫から復刊。解説を書きました。…クリック地獄

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2019/01/27

川原真由美「山と地図となにか」展×若菜晃子トーク。

川原真由美「山と地図となにか」展が、今月23日から2月4日まで、吉祥寺のキチムで開かれている。
http://www.kichimu.la/file/kawahara2.htm

昨年末に川原さんからメールをもらって、ただちに予約しておいた若菜晃子さんとのトークがきのうあって、行ってきた。

吉祥寺、とおーい。距離的にも文化的にも。

きょねん初夏のころだったかな、同じキチムであった、斎藤圭吾×有山達也トークで川原さんと会って、山の話で盛り上がった。そのとき、山は好きでやっていることなので仕事にする気はないのだけど、最近山の仕事がくるようになって、それはそれでやっぱりうれしいというようなことを川原さんがいっていた。

おれは、むかしから趣味を仕事にする気はないが、それでくうほど仕事をするのでなく、楽しんで小遣いをもらう感覚ぐらいのことならいいんじゃないかなあと思いながら、まったく仕事にならないよりいいよね、なんていう話をしていた。

これ、きのうとおとといの「プロとアマ」のことにも関係ある。

トークでも、好きな登山と仕事とのかねあいのことが話題になった。

若菜晃子さんは、登山をする人ならたいがい知っている山と渓谷社で、『wandel』編集長や『山と渓谷』副編集長を経て独立、「山」をこえて、いろいろ活躍しているが、一昨年発売の『街と山のあいだ』が好評だ。

つまり若菜さんは編集者で、山を仕事にしてきた。編集も山もベテランだ。

川原さんは、2011年ごろから山に興味を持ち、山へ行くようになった。東京藝術大学美術学部デザイン科を卒業、イラストレーションやデザインそれに美大で講師もしている。

ついでだが、若菜晃子さんは、美術同人誌『四月と十月』でおれの理解フノーの連載がスタートしたとき編集を担当していて、メールでやりとりはあったが、お会いしたことはなかった。

川原さんは、そのころすでに同人であり、のちに同人は退いたが、おれは古墳巡りなどで会うことがあり、川原さんが山を始めてからは、おれも以前は山岳部やら登山に没頭していたことがあったので何かと山の話になるのだった。

トークは、「゛山と自分のあいだ゛になにが見えるか?」と題して行われた。

やはり、川原さんは、山はあまり仕事にしたくないようなことをいった。それには、仕事場と自宅が同じだから年中仕事に囲まれている、そこから抜け出す場が山だという事情もあるのだが、「山を描く」ことがある種の葛藤になる事情もある。それは、そこに見える山を、紙の上に写せばよいだけじゃすまない、ということに関わる。そのへんは「美術家」である川原さん独特の事情があるのだな。

一方、若菜さんのばあいは、自分の著作に自分で描いた山のスケッチを使っている。それは、文章を書くように描いたもので、色もつけないし、色をつけた絵を描いたことはないし、とくに「美術」をめざしたものでもない。それが、川原さんも「いい感じでおさまっている」というぐあいに仕上がっている。

若菜さんは、山へ取材に行くと、ほかの登山者に「好きなことが仕事でいいですね」といわれる。するともちろん口には出さないが、「だったらやってみろよ~」といいたくなるぐらい、時間があったら海へ行きたい、「仕事」で山また山の日々なのだった。

でも、二人とも山は好きだ。

この「好き」というのは、単なる「趣味」とは違うようだ。「趣味」と「好き」は、ビミョーに異なることがある。というのが、「山と自分のあいだ」と題したトークが浮かび上がらせた、いちばんおもしろいところだった。と、おれは思った。

なぜ山に登るのだ、そこに山があるからだ、というのはよく話になることだけど、もう一つ「山と自分のあいだ」を考えることで、見えてくることがある。川原さんは、「いろいろなことがつながっているということがわかってきた」というような言い方をしていた。

そのあたり、なかなか充実した内容だった。

「好き」を仕事にする、「趣味」を仕事にする、「プロ」と「アマ」、いろいろな言い方をするが、ようするに、すべては、「生きること」「どう生きるか」につながっている。街にいようが山にいようが。

お二人は登山という教養について語っていたようだった。

「仕事」とは違う視線を持つこと。

自分とひと、自分と自然、そのつながり。「自分と自然」というと、たしかに街より山のほうがみえやすいということはあるかもしれないが、自分の身体も自然だということを忘れやすい。

高い山やすごい山をめざす必要もない。頂上は、ひとそれぞれにある。

街を歩いている延長線上に山はある。街と山はつながっている。古墳も山。

大きくいえば、宇宙は全部つながっている、と、山の上で満天の星を見たとき、おれも思ったなあ。

川原さんの展示は、額装した「立派」なものではないけど、その気軽な感じからクソマジメさ加減が伝わってくる。なかでも、登山をするひとはよく五万分の一の地図などの、自分が歩いた登山道に色をつけるなどして眺め楽しむわけだけど、その印したところだけをトレーシングペーパーにトレースしたものが「作品」になるのは、川原さんらしい彼女しか描けないものだからだろう。おれは、これが、いちばんよかった。

とにかく、そのトレースの線が、ビミョーにふるえているような川原さん独特の、「繊細」といってしまうとツマラナイ線が、絵になっているのだった。

はあ、おれも、山行のたびに自分の歩いたところを赤鉛筆で地図になぞったのだが、その線だけを写しとって作品にするなんてねえ。おれがやったら笑われるだけだ。そのように、この作者だから作品になるということがある。

トークを聴きながら、自分が「意識して」山登りを始めたころ、それからと、四月と十月文庫『理解フノー』に書いたように登山をアキラメたときのことなどを、いろいろ思い出していた。

おれは、「山と自分のあいだ」も何も考えずに登っていた。それでも生きているし、自分の登山には満足している。

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2019/01/26

プロとアマ、きのうの続き。

きのうのプロとアマについて、ネットで検索していたら、やはり同じようなことを気にしている人がいた。

2014年06月15日のブログの投稿に、こんなタイトルで興味あることを書いている。

「プロとアマの違い。アマチュアリズムにこんなにも深遠な哲学があったとは思わなかった。」
https://plaza.rakuten.co.jp/sasoimizu/diary/201406150000/

この人もフリーライターだけど、こう思っているのだ。

……………
ぼくの中に、「プロ」という意識は、あまりない。
ほとんどないかもしれない。
もっとプロ意識をもって仕事と取り組まないとと思っていたのだが、
でも、
果たして、それは必要なことだろうかと、
今、思っているところだ。
……………

そして、「日本のラグビー界が誇る名将・大西鉄之祐さんのことを書いた「知と熱」〈文春文庫 藤島大著)」の「大西アマチュアリズム」という章から、このことばを引用し、「アマチュアリズムにこんなにも深遠な哲学があったとは思わなかった」ということなのだ。

それは、「アマチュアリズムは自由な行動で、金に対しても、政治的な圧迫に対しても、名誉に対しても、そんなものには自分を売らないという考え方です」、ということ。

おれも、「プロ意識」なんてまったくない。かといって、アマチュアリズムを信奉したいわけでもない。というのは、きのうも書いたように、プロだのアマだのというレベルのことには興味がないからだ。

そうそう、きのう「このあいだ、あることのアマチュアの方と話しているうちに、いまどきの「プロ」と「アマ」が気になった」と書き始めたのは、アマのなかにはプロに対してコンプレックスのようなものを持っている人がいるからだ。しかも、それは、ほとんど「プロ」側からの抑圧の結果なのだ。

ある傾向ばかりを称賛していれば、そこにダーク・サイドが育つ。という当然の成り行きがあるわけだ。

とにかく、おれの興味は、プロかアマかではなく、「人間としてどうか」という自分のオリジナリティとは何かであり、それは誰でも持っているもので、それがお互いに普通に自由に発揮できるといいなあ、ってことなのだ。

「プロ意識を持て」とか「プロとして、いい仕事をしろ」とかいった抑圧は日常的にあるわけだけど、そんなものはテキトウにやりすごしておく。なにそれ、ぐらいでいいわけだ。

プロ意識なんぞ持たずに、何かしらの楽しみを持ちながら、くいっぱぐれないで生きることが普通である世間が望ましい。昨今の「プロ」や「プロ意識」礼賛は、そういう普通を破壊しているのではないか。

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2019/01/25

プロとアマ。

このあいだ、あることのアマチュアの方と話しているうちに、いまどきの「プロ」と「アマ」が気になった。

おれは、「プロ」だの「アマ」だのには興味はなく、ただ「人間としてどうか」で、生きているだけなのだが。

おれの体験では、1960年代ぐらいまでは「アマチュア精神」なるものが、けっこう称揚されていたのに、いつ頃からか、プロが優れていてアマが劣っていることになり、アマはプロに隷属し、プロを憧れや目標やモデルや模範にしなければならないようなことになった。

そのいつ頃からかが気になって調べてみたら、オリンピックの黄金看板だった「アマチュアリズム」が、1974年のIOC総会でオリンピック憲章から削除されたあたりからだと思われる。

「アマチュア精神」と「アマチュアリズム」は必ずしも同一ではないようだが、「アマチュアリズム」は崩壊し、「ビジネス」と「プロ」という言葉が盛んに使われるようになった。

おれがそのころ趣味でやっていた登山の分野でも、1971年には「社団法人日本アルパイン・ガイド協会」ができていて、プロ化とビジネス化に向かっていた。

そう、あの頃から、「ビジネス」と「プロ」という言葉が、日本の世間に広がっていったのだ。

そして、日本では、1980年代から新自由主義がマンエンするにしたがい、アマはプロの市場であり予備軍というぐあいになっていった。

「囲い込み」と「囲われる」関係が、色濃くなっていった。

「好きを仕事にする」のが称揚され、プロに憧れ、プロに近づき、プロの中のプロをめざすことが、世間の機運になった。

「好きなこと」で、産業とビジネスという籠の中の鳥になっていった。それが「プロ」ではなかったか。

でも、アマは、たくさんいる。

たとえば、絵を描く、テニスやマラソンなどのスポーツをやる、そのことそのものには、アマとプロのちがいはない。そして、どの分野でも多数を占めるのは、アマチュアだろう。

日本の料理の世間でもそうだが、昔から「プロ」つまり「玄人」は、「アマ」つまり「素人」を見下し、隷属させようとしてきた。メディアでは、プロ側の知識や情報が、圧倒していた。

「アマ」つまり「素人」の料理とは、家庭料理であり、「生活料理」であり、「下人」の料理だ。

だけど、その「アマ」が、のちの料理の可能性をひらいた。蕎麦、寿司、天ぷら、丼物、などなど、「下品」「下賤の食」といわれたものだ。

とにかく、いまどきは、あることを「趣味」としてやっているのが、「アマチュア」というらしい。それに対し、「プロ」というのは、あることを「職業」としてやっている、ってことらしい。「職業」というのは、それで生計がたつほど金をもらっている、ってことらしい。その結果によって、手にする金額が左右される。

それでいくと「プロ」と「アマ」のちがいは、「金」だ。その「金」は、稼ぐ「金」もあるが、そのことに投じる「金」もある。

それと、誰の目にも明らかになりやすい「技量」の差だけのことだ。ところがそれは既定の方向性やルールなどがあってのことで、普遍ではない。スポーツだって、観客を退屈させないためや、テレビなどのメディアの意向のために、基準は変わってきている。

考えるほど、イマイチ釈然としない。

それか?「プロ」と「アマ」のちがいというのは。「ちがい」を見ればよいというものじゃない、「同一性」もあるだろう。文化からすれば、どっちが上で、どっちが下ということもないだろう。

アマチュアの選手が競技して、勝って負けて、そのあとは職場にもどって労働者として働いていた時代は、たしかにあった。オリンピックが終われば、故郷の学校の教壇に帰るという選手も、たしか、いた。

それがゼッタイによいとは思わないが。飲みながら考え、酔ってしまった。

美術や音楽や文章などの「表現」の世間になると、かなり複雑のようだ。

「プロ」と「アマ」を超越したいものだ。「プロ」「アマ」に関係なく、スポーツなら「身体」ということがあり、文化なら「精神」や「こころ」というものがある。しかも、その二つは切り離して考えることはできない。

考えていると、ますます、酔いが深まる。

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