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◆連載中 東京新聞、毎月第3金曜日、「エンテツの大衆食堂ランチ」…クリック地獄

◆連載中 美術同人誌『四月と十月』4月と10月発行、「理解フノー」…クリック地獄 004005

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2020/02/17

「惣菜料理」×「宴会料理」

チョイと日にちがあいたが、前のエントリー「浅草・まえ田食堂」のところで、「料理と味覚の世界は、「おふくろの味」や「家庭料理」という言い方を使うのは、とても難しい事態になっていると思った。それは、いわゆる「多様化」以前の、きわめて大雑把なくくりが通用した頃の観念なのだ」「実際のところ、いまでは、多様化と同時に多層化・多重化もすすんでいて、人間の思考も味覚も、ずいぶん複雑になっているのだな」と書いた件。

その後調べるともなく読んでいた獅子文六の『私の食べ歩き』(中公文庫)に、「惣菜料理」と「宴会料理」を対義の関係で述べているところがあって、これはつかえそうだと思った。

たとえば、「日本の洋食は、野菜を肉料理の添え物、または飾り物と考える傾向が、あまりにも強い。料理を装飾するのは、宴会料理であって、日常の惣菜料理には、まったく不必要である」「日本の洋食は、宴会料理が輸入され、その形がいろいろに崩れて、普及されているのである」といったぐあいだ。

「日常の惣菜料理」というと「生活料理」と重なり、おれも「生活料理」という言い方を使うが、これは「生活」という概念が抽象的であるという難点がある。「生活」の中には、日常と非日常が混在するし、いわゆる「時と場所と場合」がからむ。

「生活料理」を造語した江原恵のばあい、「料理屋料理」である「日本料理」に対して、その支配から「料理」を解放する意図を持っていた。この場合の「料理屋料理」は、獅子文六が指摘した「宴会料理」と同じだ。江原恵は、日常一般の料理を「料理」とよべばよいのであって、それに対して「料理屋料理」があるのが本来だという趣旨を述べている。

これは一理あるが、文化の実態からすると適応が難しい。そこで「生活料理」という言葉が浮上した、という関係がある。

近年は、とくに「中食」といわれる「惣菜市場」が拡大し、それと「家庭料理」の区別がつきにくい。「惣菜市場」の拡大は、「家事労働」の外部化の一環として「家庭料理」が外部化した歴史がある。

大衆食堂は市場規模からすると大きなものではなくなっているが、空間的には「家庭」ではない「家庭料理」が広く存在した。これは料理論的な市場から見れば「惣菜市場」に近い。歴史的にも家庭の食事の「代替」と考えられていた。それは、食事は「家庭団欒」「家庭に属するもの」という思想が強固であった事情によるだろう。

これは、主に「食事文化」のことだ。つまり「家庭料理」という言い方は、「料理」の思想というより「家庭」という思想が背景にあって成り立っていた。

料理文化から見れば、料理がつくられる場所やつくる人によって分類されていては不都合が多い。家庭にも家庭の「外」にも存在する「惣菜料理」は、そのことを浮き彫りにする。

それから、もう一つ、とくに1980年代以後の「惣菜料理」の多様化と重層化だ。一般的には、あまり使われていた言葉ではないが、70年代ぐらいまで「中級レストラン」「中級料理店」「中級料理」といった言い方にくくられていた料理がある。これは高度経済成長と、それを背景にした「中流意識」によって成長したもので、当時の、まだ非日常だったファミレスが象徴的存在だった。それとは別に、洋食や中華、その他の専門店などが含まれた。

この分野については業態変化と料理文化が入り組んでいて、動向の把握が難しいのだが、80年代以後の成長がめざましく、料理文化をリードしてきた、といえるだろう。

たとえば80年代の「イタリアン」や「エスニック」などから、拡張し細分化しながら、国境を溶かし込み、「外食店」「惣菜店」「家庭」などの境界を溶かし込み、広がった。いたるところで「惣菜文化」が成長(多様化・重層化)した、と見ることができそうだ。もともと料理は、さまざまな「境界」を溶かす文化力があるのであり、それがいまや「家庭」まで溶かしている。と見るとおもしろい。

こうして「家庭」が溶かされて、「食べること」における「個」の存在があきらかになっているとき、その「個」が関わる料理は、「惣菜料理」か「宴会料理」か、ではないかと考えることができそうだ。この場合の「宴会料理」とは、宴会の形態で提供されなくても、元来が宴会の目的と様式にしたがった料理ということになるだろう。

すると、ますます「惣菜料理」の幅の広さや楽しみが見えてくる。レンジでチンしただけのものから、いまや類別すら難しそうな「スパイスカレー」や「スパイスカレー風」だの「ミールス」や「ミールス風」だの、絶えず変化しながら、そしてあまり変わらない大衆食堂の料理まで、なかなかおもしろいことになっている。

それを「日本料理」だの「家庭料理」だのという観念で見ていては、ツマラナイ。

あるのは、自分「個」と料理の関係だけであり、それは自分「個」と「世界」の関係であるということだ。

おれは習性からして、自分で「つくる」ほうだが、「つくる」「つくらない」は根本のことではないと思っているから、どうでもよい。カンジンなことは、「食べる」ということで、そこに「個」と「世界」が存在している。「つくる」にしても「つくらない」にしても、「食べる」過程のことであり、楽しむことが大事なのだ。

ついでだが、いわゆる「自炊」については、社会や歴史の実態を無視した、思い込みの話が多すぎる。現在の日本の「自炊」は、現在の日本のインフラに対応しているだけで、これが普遍のわけではない。どの国でも、インフラしだいのことであり、インフラの維持が困難になる事態だってありうるし、お粗末なインフラの中での「自炊」を強いられる事態だってあるのだから。そういう意味では、日本の現状は、これを使わないのは社会的損失ではないかと思われるほど「自炊」環境が整っているといえるだろう。

楽しむことについての議論が、いちばん欠けているんじゃないかな。惣菜料理は「生きること」に深い関係のある料理だから、これを楽しめるかどうか、どう楽しむかは、楽しい人生の少なくない部分を占めているだろう。惣菜料理の目的といったらソコだろう。宴会料理とは目的から違う。

そうそう、話はズレるが、『私の食べ歩き』に収録の「わが食いしん坊」には、「料理は、極めて日常的な、落ちついたキモチで食うべきであって、旅先の慌ただしさや、過度の好奇心なぞは、いずれも、味到を妨げる。」にというオコトバがあった。飲食店の食事での過度なコーフンについても同じことがいえると思う。

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2020/02/09

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」87回目、浅草・まえ田食堂。

20191220

昨年、という書き方をするが、12月20日に掲載のものだ。すでに東京新聞のサイトでもご覧いただける。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2019122002000166.html

じつは、この掲載紙を手にしたとき、「「年季」が入った味わい」の見出しに、考え込んでしまったのだ。

見出しは、いつもデスクの方がつけてくれるのだが、これは、おれが本文中に書いた「いまでは珍しくなった黄色いカレーライスに近く、やはり「年季」としか言いようのない味わい深さが」というところから引っぱったものだろうけど、この見出しだけ見ると「断定的」で、ギクッとする。

それでしばし考え込んでしまい、あれこれ調べたり読んだりしているうちに、ズルズル時が過ぎゆくままに。

「黄色いカレーライス」というと、いわゆる「おふくろの味」という気分でごまかすことができるし、むしろその方が安直にウケがよいともいえる。だけど、このカレーは、「黄色いカレーライス」から何層にも層をなし、というか、それをベースにさまざまな位相が溶け込んでいる。それが、それなりにうまくまとまっていて、これはこれなりの普通のうまさで、もはや「おふくろの味」というには抵抗がある、かといって、近頃のスパイスカレーや南インド風?カレーなど「専門料理」の味でもなく、あるいは「家庭料理」の味ともいえるが、そう言い切るにはやはり抵抗がある、ってわけで、「年季」と「味わい深さ」で書いてしまった。悩ましい。

とにかく、この見出しにギクッとして、オベンキョウをしたおかげで、表現の技術のほうはともかく、料理と味覚の世界は、「おふくろの味」や「家庭料理」という言い方を使うのは、とても難しい事態になっていると思った。それは、いわゆる「多様化」以前の、きわめて大雑把なくくりが通用した頃の観念なのだ。

実際のところ、いまでは、多様化と同時に多層化・多重化もすすんでいて、人間の思考も味覚も、ずいぶん複雑になっているのだな。

「家庭」も「家庭料理」も死語にはなってはいないが、かつての惰性で使っていると現実と噛み合わない点が多々生じる。

ということを書いていると一冊の本が書けそうだから、やめよう。

まえ田食堂へは、以前に木馬亭の浪曲へ行っていた頃から何度も入っているが、今回は12月10日に行った。

国際観光都市浅草は相変わらずの大にぎわいで、まえ田食堂に入ると、2人連れの着物姿の若い女がいた。浅草で人気のレンタル着物の外国人だった。浅草寺境内には、そういう外国人がたくさんいた。

伝聞によれば、最近は浅草の外国人観光客は「新型肺炎」の影響があってのことらしい「激減」とも聞く。あの頃は、そんな気配もなかった。で、いつごろから騒動になったのか、ネットで検索してみたら、12月8日に中国武漢市での新型コロナウイルスによる肺炎の発生がニュースになっていた。おれはまったく知らなかったね。

まえ田食堂がある「奥山おまいりまち」の通りは、近年の浅草国際観光都市化政策でエセ江戸風にリニューアルされ、人通りも増えたが、おれが木馬座へ行っていた頃は、浪曲の定席がある木馬亭と大衆演劇の木馬館の客のほかは、といっても、木馬亭はいつもスカスカだったけど(最近は浪曲が人気でにぎわっているらしい)、とにかく人通りはさみしかった。

でも、まえ田食堂には、地元や浅草寺参り(月あるいは週に決まって参拝の人がいる)や芸人の常連さんたちがついていた。そこのところは、いまも変わらないようで、今回も地元の若い男性が小さな子供を連れてビールを飲んでいたし、浅草寺参りの常連さんの姿もあった。

まさに、明治末期開業の「年季」の入った食堂の強さか。そこへいくと「観光」も「観光客」も、人間の気分のようにあてにならない。そして、まえ田食堂は、どこかの観光地のように観光客相手のスレッカラシのボッタクリではなく、日常に根をおろして続いてきた大衆食堂らしい商売なのだ。

まえ田食堂の並びには「君塚食堂」もあり、以前、登場いただいている。

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2020/01/26

理解フノー二十二回「二十年」に関連して。

昨年10月発行の美術同人誌『四月と十月』で、連載中の「理解フノー」に「20年」と題して、このようなことを書いた。以下、そっくり転載する。

…………………………

 最近、青土社の『現代思想』七月号、特集「考現学とはなにか」に、「おれの「食の考現学」」を寄稿した。過去三冊ぐらいしか読んだことがない雑誌で、学知ゼロの下世話なおれとは縁がないと思っていた。なのに、突然「食の考現学」というテーマで書いてみないかといわれたのだ。
 書くうちに、一九七〇年代中頃から自分が大いに関心を持ってやってきたこと、その理論や論理や方法などを振り返るいい機会になった。ま、脳内オーバーホールといった感じだ。やはり、九五年のおれの初めての著作『大衆食堂の研究 東京ジャンクライフ』(三一書房)と九九年の『ぶっかけめしの悦楽』(四谷ラウンド)のあたりで、一度脳内オーバーホールがあったのだが、それ以来、約二十年ぶりだ。
 偶然が重なった。考現学の原稿に着手した頃、ある編集さんから、新刊の『フードスタディーズ・ガイドブック』(安井大輔編著、ナカニシヤ出版)に『大衆食堂の研究』が載っていますよ、というメールがあった。今頃?と思いながら買ってみたら、「食研究」を志す人たちのための本邦初のブックガイドで、先行する研究者たちによって四十九冊が選ばれ評が載っている。WEBの「CⅰNⅰⅰ」などの検索でも、二十年前には考えられなかったぐらい「食研究」が充実している。そういう背景もあって編まれたのだろう。それにしても、拙著の「研究」は名だけで、コキタナイ表現を駆使し、路上廃棄物のような一冊だ。
 その拙著の評者に驚いた、京都大学教員の藤原辰史氏なのだ。『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』(共和国、二〇一六)が注目され、『トラクターの世界史』(中公新書、二〇一七)や『給食の歴史』(岩波新書、二〇一八)などを連打している。近著の『食べるとはどういうことか』(農文協)は、食を考える入門書として画期的。この方の評なら、おれはムチ打ち刑にされても、うれしい。
 『大衆食堂の研究』について、こんなふうに書かれている。「文章のなかに散りばめられている罵詈雑言も強烈であり、著者自身もジャンクな本でよいと考えている節があるが、そう読むだけではもったいない。そう読んでも十分に楽しめる本なのだけれども、本書の到達した食の理論から目をそらすことになる」。そして、本書に出てくる「生簀文化論」「「ロクデナシ」の食い方」「大衆食堂は家庭的ではない」「食の自立性」「味覚の民主化」などが、学術な見方と理論を引き合いに読み解かれる。罵詈雑言に負けない読解力の面白く楽しいこと、自分の本のことではないみたいだ。
 発行から二〇年以上。著作は評者の見識しだいで生を吹き込まれることがあっても、肉体の老化は不可逆的に進行する。これから先、後期高齢者のおれはどうなるかわからないけど、食をめぐる言説空間は、かなり様変わりするにちがいない。

…………………………

「20年」というタイトルは、『大衆食堂の研究』が発売になった1995年を意識しているのだが、実際には24年であり、企画から数えれば30年という歳月がすぎている。

その前、「一九七〇年代中頃から自分が大いに関心を持ってやってきたこと」については説明がついていないが、「生活料理」をテーマにしたあれやこれやだ。そこから数えれば44年になる。

この間、2,3年前から、食をめぐる言説空間が大きく変わりそうな気配を感じていた。

2015年に千代田区神田一橋に開業した「未来食堂」の小林せかいさんの、「個」を尊重する食事を追求した考え方と方法(システム)の影響。2018年に発行の『Spectator』42号「新しい食堂」に登場した食堂のなかでも、「なぎ食堂」の小田晶房さんと「按田食堂」の按田優子さんの、「生きる」と「食べる」と「食べ物(料理)」が無理なく生活の場でつながっている考え方と方法、その影響。などが、最も気になっていた。

『四月と十月』の原稿の締め切りは、8月の何日かだった。その少し前、きのうのブログでふれた「やり過ごしごはん研究家」のぶたやまかあさんとぶたやまライスが、「やり過ごし」なんてトンデモナイ、繊細でキチンとした暮らしのモデルのような『暮しの手帖』に登場した。このことは、ブログ「2019/08/07『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場」に書いたように、「これからどうなっていくかわからないが、『暮しの手帖』の第5世紀の1号目にぶたやまかあさんが登場したことは、生活的に、希望がもてるような気がしている」といえるものだった。

藤原辰史さんの『分解の哲学』は、発行元の青土社の編集さんからいただいて読んでいる最中だったので、この「理解フノー」では、ふれてないが、「分解の哲学」は、これから食の言説空間にヒタヒタ影響が広がっていくような気がしているし、いまあげた人たちの考え方に通底しているところがあるような気がして、おれの頭の中でゴチャゴチャに混ざって発酵している。

毎月いただいている『TASC MONTELY』の昨年の分をまとめて読んでいたら、7月号の巻頭エッセイに藤原辰史さんが「給食の未来」を書いていた。「実は給食は大きな知的資源だ」

11月号には、「TASCサロン」のコーナーに、湯澤規子さんの「胃袋からみる食と人びとの日常」という寄稿がある。「「胃袋」は「食べる」という行為、さらには「生きる」感覚に直結している」

きのう書いた、「おかしな記事「夕飯つくらないとダメですか?」」にしても、おかしな記事ではあるが、家事や生活を支配してきた大きな思想や文化がゆらいでいる現象ではある。

2000年代中ごろ、食育基本法が議論になり制定されるころでも、「生きる」と「食べる」と「食べ物」の関係はほとんど話題にもならず、ナショナリズムを背骨に、あいかわらずの「日本型」の「正しい食生活」の観念ばかりが踊っていた。

つぎの本の原稿に取り掛かりながら、てなことを考えていると、なんだかおもしろくなってきたなと思う。

どうなるのだろう。

ま、中央の「権威ある」メディアにたかっている人たちは、そうは簡単に変わらないだろうし、自らの権威と特権のためにも崩れつつある文化の中央集権を維持しようと必死になるだろうけどさ。その右往左往を見るのも、おもしろい。

高尚そうな観念的な言説より自分の生活と胃袋を大切に、あたふた流行の言説にふりまわされることなく、ゆうゆうと食文化を楽しみましょう。ってこと。

そうそう、理解フノーには、毎回1点、自分で撮った写真にキャプションをつけて載せている。この回は、この写真で、「台所、身体の内と外の森羅万象が交差するところ」というキャプションをつけた。台所は、i自分の体内の宇宙と体外の宇宙の結節点であり、宇宙を見たり手に触ったり感じたりするところでもあるのさ。となれば、料理は、宇宙を料理することになるか。小さな空間は、じつに壮大だ。生活とは、そういうものなのだ。

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