新刊。お知らせ。

001003_210月3日新発売、鎌倉のインディーズ出版社・港の人から四月と十月文庫7『理解フノー』…クリック地獄

古典的名著、獅子文六『食味歳時記』中公文庫から復刊。解説を書きました。…クリック地獄

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◆好評『SYNODOS-シノドス-』――『いいモノ』食ってりゃ幸せか? われわれはみな〈社会的〉に食べている 五十嵐泰正×遠藤哲夫は、こちらでご覧いただける。…クリック地獄

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2017/07/19

台湾、思い出すね。

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光瀬憲子さんの『台湾グルメ350品食べ歩き事典』をいただいた。双葉文庫で三冊目。

お店のガイドではなく、台湾の人気料理や、これはというものを、事典風にまとめてある。パラパラ見ているだけでたのしい。ちょっと自分で作って見たくなるものもある。

1980年代に台湾へ行ったのを思い出し、あのときこれがあればなあと思うのだった。

「咖喱飯(ガーリーファン)」はカレーライスのことで、「懐かしい昭和カレーの味は台湾にあり」の見出しで、こう書いてある。

「日本が台湾の食文化にもたらした影響は計り知れないが、なかでも根強く台湾人の支持を集めているのがカレーライス。日本には見られなくなった昔懐かしい、マイルドな味の黄色いカレーライスに出合える。」

こういう料理についての短い解説と、「基隆の廟口夜市にあるカレーライスや、台北萬華の三水街市場に近い「阿偉正宗咖喱飯」のカレーライスは昔ながらの味を維持している。一方、日本のCoCo壱番屋などに習い、トッピングが豊富な今どきのカレーライスも増えている」と、簡単な案内がある。

おれが台湾へ行ったころは、まだ日本の大衆食堂でも、かろうじて、黄色いカレーライスを出しているところがあった。

おれが台湾へ行ったのは、80年代に3回で、1回目と2回目は仕事。某商社に依頼されての調査だったから、現地法人の日本語ペラペラの方が案内してくれた。1回目は台北中心で、2回目は台北から高尾へ飛び、高雄と台南で仕事、のち台中へ出て、鉄道で台北にもどり。というぐあいだった。いつだったか、もう正確に思い出せない。

3回目は観光で、これはいつだったかよく覚えている。45歳の夏だから、1988年8月だ。台湾から帰って丁度ひと月後に、肝炎を発症し、台湾で食べたものが疑われた。このときは、ごく代表的な観光コースで、台北から花蓮(タロコ渓谷)、高雄、日月潭、台中とまわり台北。

とにかく激しく飲み食いした。が、記憶に残った食べ物がない。ま、どこへ行っても、ガツガツ食べ、ああうまいと思うのだが、名前までシッカリ覚えようという気がない。そのときうまければよい、という感じなのだ。魯肉飯(ルーローハン)だって、横浜の中華街で食べたとき、そういえばこれ台湾で食ったなと思いだした。

おれが行ったころの台湾は、けっこう困難な時代だった。1979年、アメリカは大陸の中国と国交を結び、台湾は「中国の一部である」ということになったからだ。台湾と大陸との緊張関係は高まり、花蓮の飛行場には偽装した格納庫が並び戦闘機がいつでも発進できる体制にあったし、主な駅の待合室には軍人が武装して目を光らせているコーナーがあった。

そういうところで経済がのびのび発展するのは難しく、街は活気があったが、生活はあまり余裕があるように見えなかった。日本企業と日本人は、何ランクも上という感じで、ま、夜のクラブやキャバレーなどへ行くとすぐわかるのだが、女性を何人もはべらせご主人様顔をしていた。まだ、台湾や韓国への「買春旅行」もあったと思う。

日本との関係をうまくやらなくては、という台湾の人たちの気持ちを、何度も味わった。

夜に連れて行かれたクラブやキャバレー以外は、大きな料理店には入ったことがなく、大衆食堂のようなところや屋台ばかりだったが、そのころは台湾にカレーライスがあるのも知らなかった。

とにかく麺類や魯肉飯のようなぶっかけめし、それにスープ類が多くて気になり、そのあたりばかり食べていた。そうそう、あと果物がうまく、これは気を付けたほうがよいと言われていたのだが、うまいから夜市などでもどんどん買って食べた。

夜市といえば、高雄の夜市で、通訳の湯(トウ)さんの知り合いの年配の方と一緒になり、そのころの台湾には日本占領下の教育を受けて日本語が話せる年配の人がまだけっこういたのだが、彼が少し酒が入ったとき日本の歌をうたってくれた。これが知らない歌だったけど、すごくよくて、手帳に歌詞を書いてきたのだが、手帳をなくしてしまった。

湯さんは、鄭成功のことを熱く語ってくれた。おれは鄭成功のことを知らなかった。つまり、台湾のことも台湾と日本のこともたいして知らなかったのだ。いまだって、たいして知らない。湯さん、どうしているかな。

台湾は九州ぐらいの大きさだが、多民族社会であり多文化社会だ。先住民、本省人、外省人、客家人、それぞれの食文化がある、それらが入り混じり、さらに日本、アメリカ、タイなど東南アジア諸国の文化が交差している。

この本に登場する一品一品にその歴史と文化があり、そこを光瀬さんは上手に短い文章にまとめる。読んでいるうちに多様で重層的な文化の構造が浮かんでくる。

そういえば、台北でタクシーに乗ったら、運転していたのはフィリピン人の出稼ぎで、英語でも中国語でもOKだった。日本では考えられないことだったが、いまでも日本はまんまだな。いいのかわるいのか知らないが、日本は多文化や多様性に揉まれてないのは確かだろう。「重国籍」で騒いでいる日本、大丈夫か。

この事典に、「棺材板(グァンツァイパン)」というのがある。「シチュー入りトースト」だそうだ。

「台湾名物、シチューの入ったトースト」

「「棺材」は棺を意味する言葉。いかにも縁起が悪そうだが、見た目が似ていることからこの名がついた。分厚い食パンを四角くくり抜いて、なかにクリームシチューを入れたもの。台南以外ではほとんどお目にかかれない料理。歴史は日本時代までさかのぼる。台南には「沙卡里巴(サカリバ/盛り場の意味)と呼ばれる夜市があった。今、この場所は唐樂市場という飲食店の集まる市場になっているが、ここに「赤崁」という店がある。1940年代に戦地から戻ったご主人が小吃の店を始め、米軍の到来とともに「何か洋風のものを」と考えたのがこのパン入りシチューだ。当初は鶏レバー炒めが入っていた」

と解説にあるのだが、この四角くくり抜いたパンは揚げてある。そこにシチューを入れ、揚げた平らのパンのふたをしてあるのだ。

これは台湾式洋風か。ロシアの壺料理みたいでもあるし、おもしろい。

さまざまな文化が混じり揉みあうところに新しいタフな文化が育つ。

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2017/07/17

カレーとラーメン。

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雑誌『ポパイ』の最新号は「なんでこんなにカレーが好きなんだろう」というカレー特集だ。そこで「カレーニューウェ~ブ」をクローズアップしている。

「カレーがとにかく流行っている」とリード文にあるのだが、たしかに「ニューウェ~ブ」を感じる。表層的な一時の気まぐれなハヤリではない、大きな流れの動きを感じる。それがどういう変化なのか、すごく気になっている。

もとはといえば札幌のスープカレーが話題になったあたりから、少し気になっていた。それから『ミーツ・リージョナル』などに載る、いわゆる「スパイスカレー」や「宿借りカレー」が気になっていた。

『ぶっかけめしの悦楽』その後の動きとしても気になっていたのだが、この気になる動きは、さらにラーメンをめぐる「ニューウェ~ブ」らしき動きとからめてみると、さらに気になるのだ。

というわけで、あれこれ資料を探したり見なおしたり、「ニューウェ~ブ」な人たちに話を聞きに行ったりしている。

「ご当地ラーメン」へ広がりと多様化を見せたラーメン市場とラーメン文化は、近頃は「意識高い系」とやらの「純化」を見せている。具は盛らず、麺とスープのみで1000円とか1200円するラーメンだ。意識してのことだろう懐石料理みたいに器や様式などにも拘る。これは「垂直的」な「進化」といえるかもしれない。

一方、カレーのほうは、じつに多様化というか雑多化が激しい。「水平的」な「進化」といえそうだ。味覚の追求の仕方はもちろん、出店の方法も様々だし、家庭への広がりにいたっては「私流」が幅をきかせている。

その位相の共通性と特殊性を比べて見ると、すごくおもしろい。で、これをx軸とy軸に見たてると、そこに現代の様相が浮かび上がる。SNSなどのインターネットが極めて重要な位置を占めている。

ということに、目下、頭を奪われている。

速水健朗さんの『ラーメンと愛国』の試みを、より重層的に多様的に発展させられるのではないかと妄想している。

「美しい国」のカレーとラーメン。「日本が好きです」を強調する「美しい国」の人たちは、カレーやラーメンは食べないのだろうか。そんなことはないだろうな。では、カレーとラーメンを日本文化と考えるなら、日本はどういう国なのか、なかなかおもしろいことだ。

それにしても、『ポパイ』をひさしぶりに読んだが、相変わらずの「僕たち」は、消費世界を漂うにはお似合いの、いかにも根なし草のような文体だ。じつは、といっても、誰にも注目されてないのだが、『ぶっかけめしの悦楽』で「ボクタチ」と書いたのは、この「僕たち」をからかってのことなのだが、上質なパロディとはいえなかったな。

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2017/07/10

「パンクマガジン『Jam』の神話」特集。

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クソ暑い日が続いている。おれのようなジジイは、まっぴるま出かけるのもイノチガケだ。

一昨日、そのまっぴるま、打ち合わせがあった。ま、大宮まで来ていただいて、伯爵は混んでいたので、ファミレスの冷房で涼みながらだったが。話がおもしろく、気がつけば、4時間近く。

そして、なんと、ツイッターで知って、この本はゼッタイに買う!と決めていた本をいただいた。

「パンクマガジン『Jam』の神話」特集の『Spectater』の最新号なのだ。『Spectater』という雑誌の編集に赤田祐一さんが関わっているとは知らなかった。

赤田さんと次号の企画の相談だったので、赤塚不二夫特集の号と2冊いただいた。いただくまで、おれの頭のなかでは、『Spectater』と『Jam』特集と赤田さんはバラバラだったのだ。

うれし~、舞い上がった。

ハチャメチャな80年前後のカウンターカルチャーやサブカルチャーの熱気がビシバシ炸裂している。

がははは、「X-LAND」名誉市民には、植草甚一もいるぞ。「X」というのは、「秘密めいていかがわしいもの」という意味だぜ。松岡正剛さんなんか、「名誉市民」にはのっていないが、「名誉」以上の関係だったのだからな。『Jam』は、松岡さんの『遊』のパンク版といえるか?

でも、『Jam』は、いちおう、「自販機本」といわれるエロ雑誌。表紙はエロだ、グラビアにも少しエロがあるが、エロを期待して買って裏切られても、自販機じゃ返本できない。

1979年、おれが仕事する事務所に、これを持っているやつがいた。

当時の『本の雑誌』が、「こういうガトリング銃のようなエネルギー雑誌をみつけた時のコーフンはすごい」と紹介していたとは知らなかった。近頃の『本の雑誌』には、そういうエネルギーを見つけるエネルギーもないように見えるね。とは、よけいなことか。

赤田さんは、『Jam』を紹介するにあたり、こう書いているよ。

「私は、過剰な除菌やデオドラントの健康志向は、生きものとして、衰微のあらわれではないかと考えています。少々の毒、もしくは異物をも受け入れられることが、人間および社会の健康の証ではないかという立場に立つ人間です。社会の常識や良識は往々にして生きる力や自由を押さえつけようとし、独創的に生きようとする人たちをLINEから排除したり冷笑を浴びさせたりするような傾向がありますが、これに対抗するにはある程度の「毒」という思想が不可欠ではないでしょうか」

『Spectater』も熱い。

近年は洗練ばかりに閉塞し、気取った受け狙いばかりで、突き抜ける熱いパンクが足りないね。

もっとパンクに!

この特集で、パンクを補給しよう。

暑いのに熱くなってしまった。

おれの頭のなかは、赤田さんとの打ち合わせのことで一杯だ。赤田さん、よくおれのことを思い出してくださいました。この夏は、この企画でとばす。

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«トツゼンですが、「竹屋式貧乏経営学」を。