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2012/01/22

ありがとうございました。スロコメ@下北沢、最後の泥酔論で泥酔。

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きのうは、王子のさくら新道全焼を知って、激しく泥酔しそうな気分で家を出た。17時すぎにスロコメに着いた。すでに須田さんが開店準備をしていた。ここに来るのは、一昨年の11月の泥酔論以来だ。なので、まずは隣のパンニャのカレーを食べねばならぬ。パンニャでは、すでに更紗さんとトミキチさんがいた。ジュンちゃんの笑顔をひさしぶりに見た。とにかく泥酔しなくてはならないから、生ビールとハイボールを飲みながら、チキンとキーマのハーフアンドハーフを食べる。やっぱりうまい。

スロコメは、書棚など装備のほとんどを大阪に移転したので、空の箱にもどりつつあった。持って行ったノートパソコンとモニターとの接続が、あれこれやってもうまく行かず、須田さんのノートを借りて、やっとスタートしたのは18時半ごろだった。木村さんもおれも、ホッピーを飲みつつ。

20名近く、ほぼ想定の顔ぶれのなかに、初めての方が4、5人いたか。途中で休憩を入れて、21時ごろまで。スライドはうまくできたし、泥酔もうまくいったが、テーマが本そのものというのは、どうも泥酔やりながらだと話しにくい。もうちょっと『もの食う本』からテーマをしぼっておいたほうがよかったと、泥酔しながら思いつつ、酔いは深まる。

とにかく、終わって、酒飲み歓談。よくコメントをいただいている酔仙亭さんと、初めてお会いした。今月末30日の路地と人で一緒にトークイベントをする安岐理加さんが、そのチラシを持って来てくれた。ま、とにかく、おれは酔鯨を飲んで、さらに酔い、本を買っていただいたり、本にサインしたり。昨夜は寒く雨も降って足元も悪かったのに、参加くださったかた、ありがとうございました。

22時半ごろ、10回も泥酔論などという、ふざけたことをやらせてもらって、いろいろな方と知り合いになれたスロコメを後にした。須田さんは一人残って後片付け。

24時ごろ東大宮に着いた。が、足は、ちゃぶだいへ向かう。さらに泥酔だ。25時半ごろ帰宅。帰った時間を覚えているということは、まだ泥酔が足りなかったか。

木村衣有子さんとは、泥酔しながらも、シラフでも、もっとトークイベントをしたいと思っている。

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木村さんとおれの写真は、去年の1月、ミーツの天満特集の取材のときに、エレファント・タカさんに撮っていただいたものです。

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2012/01/21

王子さくら新道喪失の日、スロコメ@下北沢でトーク。30日は路地と人@神田神保町でトーク。

バーリーベなどがある王子さくら新道の飲食街が、早朝の出火で全焼のようだ。リーベのママが心配だったが、4人軽傷で、うち74歳の女性が病院に運ばれたとニュースにあった。リーベのママは80歳代だからちがう。連絡のとりようがないし、詳細はわからない。近所に娘さんが住んでいるから大丈夫だろうと、無事を祈りたい。

すでに何度も告知したように、今日は、スロコメ(スローコメディファクトリー)@下北沢で、最後の泥酔論トークだ。きのう、スライドを作った。作りながら、スロコメの誕生からと、泥酔論の初回からを、このブログとスロコメの須田泰成さんのブログでふりかえった。

スロコメのオープンは、2008年11月8日。泥酔論の1回目が、12月13日。2009年11月28日に9回目をやったあたりから忙しくなり、中断していた。この間、ちょうど5回目の2009年6月27日に、須田さんは自分の住まいがある経堂に「さばのゆ」を開店した。

須田さんがスロコメを閉めるのは、大阪の福島に「さばのゆ温泉」というスロコメやさばのゆと同じ趣旨の居酒屋を開業するためで、いわばスロコメの移転であり、すでに最近営業を始めている。

この精力的な須田さんとは、おれが出演する「エンテツの大衆食道」など、いろいろなことをやってきた。ふりかえって、須田さんの偉大さは、「おもしろいことをしようとする熱意」だ。そして、おれは泥酔論などをやりながら、須田さんから学んだのは、このことだと思う。

おれは、スロコメがオープンしたころ、須田さんにそれを感じ、このブログで、こんなことをやった。
2008/11/27
「おもしろいことをしようという熱意、スパムと三笠フーズと須田泰成、スローコメディ・ファクトリー@下北沢。」

これまでの泥酔論トークに関するリンクを、こちらにまとめてある。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2010/01/in-7839.html

最後の今日は、ちょうど10回目だ。ゲストの木村衣有子さんは、自分のツイッターで「大酒飲みを愛す」と自己紹介するひとだし、実際、このブログに何度も書いているように、彼女とは何度も一緒に飲んでは泥酔している。彼女の作品も含め、最後を飾るゲストとして不足はない。

ってことで、張り切って泥酔するつもりだ。

今年は、いろいろトークイベントがある予定。昨年末からメールをやりとりしながら進めていた企画が決まり、突発的だが、今月30日の月曜に1回目をやる。

神田神保町の「路地と人」で、「半酒場 食いもの と はなし を くらう (our table vol.5)郷土料理 ソウルフード B級グルメ」遠藤哲夫 × 安岐理加

2012年1月30日(月)19:00より (開室18:30)
会費:1000円(しし汁付き)

「各地を呑み歩いている大衆食堂の詩人遠藤哲夫と各地を行商する美術家の安岐理加が、食べ物と食べること、土地のこと、そこから見えてくる暮らすことと営みのことなどを、東へ西へ、山へ海へ、右往左往しつつ、食べ物を囲み酒を呑み皆でお話する夕餉の会です。冬の寒い夜の熱い団欒、どうぞご一緒に。」というもの。

これは、木村さんの『もの食う本』ともリンクする内容があり、おもしろい展開になりそう。大いにご参加ください。

詳しくは、路地と人のブログ、こちらで。
http://rojitohito.exblog.jp/14472302/

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2012/01/18

21日の木村衣有子さんとのトーク準備をノロノロ。

21日のスロコメ@下北沢における「泥酔論フィナーレ」が迫ってきた。

対談相手の木村さんの『もの食う本』を、何度目か、読み返している。何度読み返しても、酒ボケもあってか、忘れてしまう。こんなことでは、当日、泥酔しながらじゃ話にならないか。ま、スライドを用意して、それにしたがいながら進めれば、泥酔しても大丈夫か。とか、考えているが、とりあえず、思いつきを、思いついたまま、メモ。

これまで出版された本からプロフィールをまとめると。木村さんは1975年栃木生まれ。18歳から26歳まで京都で暮らす。書店の恵文社一乗店や喫茶ソワレなどでアルバイトしながら、小雑誌を編集・発行。『京都カフェ案内』(2001年、平凡社)を機に東京に転居。俺が頂戴して手元にある本だけでも、『わたしの文房具』(2006年、KKベストセラーズ)、『もうひとつ別の東京』(2007年、祥伝社)、『京都のこころA to Z 』、『大阪のぞき』(2010年、京阪神エルマガジン社)、『味見はるあき』(2010年、自家本)、『あのとき食べた、海老の尻尾』(2011年、大和出版)、『猫の本棚』(2011年、平凡社)といったぐあいで、ほかにもある。

最近の肩書きは「随筆家」。「生活哲学を映したエッセイに定評がある」。

彼女の文章について、「男のような文章」という人がいる。俺も、最初は、一瞬そう思った。だけど、それはオカシイ。そもそも「男のような」「女のような」もオカシイが、近頃は、男でも、こういう文章は、お目にかかれない。思い直して、「豪胆な文章」ってことにした。その文体には、彼女の豪胆な生活哲学が映し出されている。処世術ていどの生活哲学は、よくあるが、彼女のは、ちょいと違う、本質的に哲学なのだ。本書を読んでも、彼女は「まっすぐ」「べたべたしない」が好みとわかるが、それは、その生活哲学と関係あるだろう。もう一つ、じつに分析的だ。

本書は、文章家として文学や文芸の視点から、「これ、というくだりを拾い出してそれについて」述べたものだが、各所に彼女の生活哲学も述べられている。つまり、彼女のアンテナに引っかかる「これ、というくだり」がないものは、食文化的に意義はあっても、取り上げられていない。あくまでも文章表現がモンダイなのだ。

一方、おれは、一応「フリーライター」という肩書だから、文章家の端くれではあるが、たいした読書家でもないし、成り行きでライターになったもので文章について勉強したこともないし、文章のことは詳しくない。トークでは、おれは食文化の視点から、本書について語るツモリだ。

これまでの多くの食の本、とくにエッセイの類は、男のセンチメンタリズム、ペダンチズム、ディレッタンティズムが色濃く反映している。女が書いたものにしても。

木村さんは、これと意識的に対しているわけじゃなかったようだが、その生活哲学は、これと本質的に相容れない、これを許さない。そこが、おれとしては、おもしろいし、以前に、この本が食文化本としては画期的だと書いたワケの一つなのだ。

とにかく、そういうワケで、この本では、男のセンチメンタリズム、ペダンチズム、ディレッタンティズムにまどわされることなく、ほんらい当然であるところの生活の食の姿に迫ることができる。

例えば、武田百合子『富士日記』から、つぎの引用がある。〈九時、山に戻る。灯りという灯りを全部つけた、谷底に浮かんだ盆灯籠のような家に向って、私は庭を駈け下りる。むろあじを焼いて冷たい御飯を食べた。主人は生干しのいかを焼いて、それだけ食べた。食べながら、今日見てきたことや、あったことをしゃべくった。帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい〉

この引用のあとに、木村さんは「百合子は、自身と夫との関わりの時間を「愛情」だの「思いやり」だのという言葉で安直に語らない、片付けない」と語る。もちろん、ここでは、産地や旬や、焼きたてだの炊きたてだのも、問題にならない。

本書の俎上にのせられた本は、40冊。大酒が好きな木村さんのことなので、飲酒の本もある。『A-Girl』など、おれは知らない漫画だが、女が好きな男に料理を「つくってあげる」ことに関する話や、太田和彦さんの『ひとり飲む、京都』の読み方に、木村さん独特の視線があって、おもしろい。

木村さんの『味見はるあき』について書いたことも関係する。
2011/02/18
「食べ物」と「食べる」のあいだ。

当日のトークは、18時スタートで最初の15分ぐらいは泥酔論の初回からのダイジェストをスライドでやって、木村さんとの話に入る予定。

とりあえず、こんなところで。
あとで、書き足すかもしれない。

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