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2020/07/10

高額療養費支給申請。

おれは75歳以上が組み込まれる後期高齢者医療制度の支配下にある。

この制度、よく調べたことはないのだが、送られてくる文書を見ると、発信人は「埼玉県後期高齢者医療広域連合」であり、その「長」なのだ。

国民健康保険だったときは、「さいたま市長」だった。「保険料」ではなく「保険税」だったし、市役所の担当課は保険年金課国保係だ。後期高齢者のほうはというと、「保険料」であり、保険年金課福祉医療係。このちがい。

そのあたり詳しいことは知らないが、埼玉県後期高齢者医療広域連合から、おれが4月に払った医療費が「高額療養費」に該当するからと、「後期高齢者医療高額療養費支給申請書」が送られてきた。やたら漢字で長い。

通知の文章が「高額療養費に該当されている方に送付しました」と、じつに客観的な事実だけなので、おもしろいな~とおもった。

ま、事務文書だからね。それにしても「高額療養費が支払われます」とか「支給されます」といった文言はない。該当するから申請書は送る、あとは勝手にせよ。申請書出せば、支給する。ああ、そうですか。

あまり申請をやる気が盛り上がらない文章なのだが、しかし、いくらでもいい払った金が戻ってくるということだから、やりますやります書きます書きます、早速申請書類を整えて送った。

4月の医療費は、CTスキャンやMRIを含む精密検査があったうえ、入院と簡単な手術もあったから、4万数千円ぐらい払っているとおもう。一割負担で、これだからね。

ただでさえ仕事がない売れない貧乏ライターなのに、この病気とコロナ禍でますます苦境。収入は途絶え、わずかな貯えもさみしくなるばかり。

世間には、癌をネタに何か書いて稼いでいる人もいるようだから、おれも真似てみようかとおもったが、もう癌なんか珍しくないし、もともとネームバリューがあって成り立っていることだ。おれのような無名者では、はなから出版社が相手にしてくれない。

しかも、おれの日常は「闘病」というほど激しく険しいものではなく、いたって普段通りの平凡。家事をやりながら、決められた薬を決められたように飲み、28日ごとに病院へ行き検査をし診察を受け注射を打ってもらうを、淡々と繰り返しているだけだ。

残念ながら、人びとが野次馬根性や嗜虐的な心をふるわせてよろこびそうな感動ポルノ的なネタなどない。

ステージ4なのになあ。みかけは、ちょっと元気すぎて、深刻さにも欠ける。

とにかく、いくら支給されるのか、振り込まれてみないとわからないのだが、どうせ治療費に消える自転車操業、フトコロはさみしくなるばかり。人生最後の坂を転がり落ちる。ゴロゴロゴロ……。

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2020/07/09

サラダ。

”「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日”

280万部ごえのベストセラーになった俵万智の第1歌集『サラダ記念日』で歌われたおかげで、7月6日は「サラダの日」といわれるほどになったらしい。

この本は、1987年5月の発行だった。

いまでは、サラダは、コンビニでも欠かせない主力商品だけど、その位置を占めたのは1980年代のことだ。

そのころおれは、大手コンビニチェーンの関東地区本部のマーケティングに関わる仕事をしていたのだが、80年代半ばぐらいから、商品としてのサラダが急成長した記憶がある。

その「サラダ」は、昔からあるポテトサラダやマカロニサラダのイメージではなく、生野菜を中心としたもので、「サラダ」といえば生野菜のイメージが一般的になっていくのだが。

サラダ市場が急成長した一つの要因は、20代の若い男たちが、「健康」や「おしゃれ」を意識して、食べるようになったことがあげられる。

この歌は、そういう背景があってのことだし、また、この歌のおかげで、サラダは日常の普通の景色になり、「文化」としての位置を固めたともいえる。

それまでサラダは、主には添え物であり、家庭でも外食でも「洋食」の皿に一緒に盛られているていどだった。あるいは小鉢ぐらいの扱いだった。サラダが別盛りの一皿になるような、いわゆる「西洋料理」は、一般庶民にとっては日常ではなかった。

若い男がサラダをムシャムシャ食べだしたころ、流行に鈍感な中高年の男の中には、そんなものは女の食うもんだろ、という感覚があった。こういうおれも、そんなものは女の食うもんだろ、とまではおもわないまでも、違和感をかんじてはいた。馴染みがない風景だったのだ。

いや、当の若い男でも、おれのチームにもいたが、ちょっとテレながら「身体にいいから」といいわけじみたことをいいながら、コンビニで買ったサラダボールをオフイスのデスクで食べていた。

サラダ単独を一つの器でムシャムシャ食べたり、サラダに「この味がいいね」なんてことは、この頃からなのだ。

その背景には、いろいろなことがからんでいるのだが、70年代からの「ポスト近代」の流れとしてみることができそうだ。

先月17日、津村喬が亡くなった。

彼の著作のなかで最も売れたし、影響力もあった、『ひとり暮らし料理の技術』は、1977年12月に風濤社から刊行され、その後、風濤社は倒産し、1980年7月野草社から発行された。

「サラダ変幻」という項で、著者は、こう述べている。

「福沢諭吉以来、健康食といえば牛肉ということで近代化が進んで来たが、高度成長に限界のみえてきた七〇年代には、ローカロリーのアルカリ食といったことがむしろ価値ある食物になってきた。サラダ文化というのもここから生まれた」

この視点は、単なる観念的な健康志向によるサラダのとらえかたと違い、なかなかおもしろい。

津村は、当時のレッテル貼りにしたがえば、「反体制」「左翼」「毛沢東主義」あるいは「カウンターカルチャー」といったことになるようだ。

実際に、著書でも、「食の自主管理」「〈根拠地〉としての台所」といったぐあいに、反体制活動家が好んで使った「自主管理」「根拠地」といった言葉が登場し、「ひからびた都会のジャングルの中で、本当の意味で自律的に自活していこうとすることは、ひとつの闘いだ。ひとりひとり、ゲリラ的に、自分の責任ではじめるしかないことだ」と、自炊をよびかけている。

食文化戦線においてゲリラ戦を展開する、チェ・ゲバラや毛沢東といったかんじが……なんておもうのは、おれのような年代だけか。津村は、おれより5歳若い1948年生まれ、いわゆる「団塊の世代」だ。

だけど、レッテル貼りして片づけられるほど、薄っぺらな内容ではない。

といった話をしていると長くなるからやめよう。

以前、書評のメルマガで「食の本つまみぐい」を連載していたときにこの本を紹介した。
http://entetsu.c.ooco.jp/siryo/syohyou_mailmaga389.htm

「食文化史的にみると、料理を生活の技術とする視点からの著述は歴史が浅く、1974年に『庖丁文化論』を出版した江原恵さん以後」は、と、この本などを上げている。

「自分の食生活を自分でうちたてていく見通しも努力もなしに、この都会が与えてくれるままの食物を受け入れるままになっていくとしたら、それはおそろしいことだ。食べるということは生活の基本であり、当然に文化の機軸だ」は、いまも変わらない、まっとうな考えだろう。

「自主管理」があってこそ、外食もいいものになるのだ、ともいっている。

津村の訃報にふれて、この本を本棚から取り出して見た。書評を書いたときには自分の未熟さから見落としていたことが少なくないことに気づいた。

現代の日本の食文化は、サラダ一つとっても、複雑な層をなしている。その深層を考えるときに、はずせない本だ。とりわけ、生活の視点からは。

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2020/07/07

ノンアルビールとプラシーボ効果。

主治医に酒は飲まないようにいわれたのは、ステージ4の告知と同時に初回の治療を受けた4月21日だった。

その前は、検査のための通院や入院があったけど、テキトーに飲んでいた。最後に飲んだのはいつだったか。毎日休まず休肝日なんぞあたえずに飲み続け、癌の疑いで検査になってからは、少し「自粛」していた。

酒をのんではいけないのは、ステージ4だからではなく、治療のための飲み薬の副作用の関係なのだ。実際のところ、酒を飲んでいない状態でも肝機能が低下し、そのための治療薬を飲んでいる状態だから、禁酒は正解だったのだ。

とにかく、ノンアルビールを初めて飲んだ。なかなかよいので、よく飲むようになった。

おもしろいことに、ノンアルビールには、プラシーボ効果があることに気づいた。酔った気分になれるのだ。

プシュッ、ゴクゴクッ、プハーッ、なーんてやっているうちに、酔いがまわる。

正確には、「酔った気分」なのだろうが、ビールを飲んだときと同じ酔い心地。

まさに、ノンアルビールは、「情報的飲料」の極致だ。ここまで「効く」とは、おどろいた。

これこそ、プラシーボ効果に違いない。

5月16日には、「「外出自粛」でヒマだから「ステージ4記念撮影をやろう」ってことになり、「絶望しながらノンアルコールビールを飲む」という設定で撮った。いやいや、ノンアルは「情報的飲料」の極致だから、プラシーボ効果大で効くこと、これで酔っぱらえるわけです。絶望どころか、希望ですよ。あはははは」と、ツイートし画像もアップした。(下の画像。67キロあった体重が60になった)

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そのころ、毎月送られてくる『TASCマンスリー』5月号に、「エビデンスが重要視される時代の医師の役割とは何か」という寄稿があって読んだ。書いているのは、「医療人類学者」という珍しい肩書きの磯野真穂、新進活躍中の方だ。

タイトルからすると「医師」向けのようだが、医師でなくてもおもしろい。

とくに2011年3月11日の東電原発事故以来、放射能汚染をめぐって盛んに使われながら広がり、近頃は横行しすぎといってよいぐらいの「エビデンス」だが、これで万全なのか。近年「自然療法」「民間療法」「代替療法」などの言い方をされる、ようするに「標準医療」以外の医療というと問題になる「プラシーボ効果」にふれている。

一般的に、おれがいま通院している病院で受けているような「標準医療」は、エビデンスにもとづいて行われている。そして、標準医療の側から「代替療法を批判する言葉としての「プラシーボ効果」」が存在する。そこにある矛盾から、著者はときおこす。

そして、「閉鎖系のコトバ、開放系のコトバ」について展開する。これがおもしろい。

読んでいるうちに、いまおれたちが暮らす世界は、「閉鎖系のコトバ」の世界なのか「開放系のコトバ」の世界なのか、そのゴチャゴチャについて、考えざるを得なくなる。

著者は、「エビデンスが生み出される空間は、多くの人とテクノロジーが関わって人工的に作り出された、自然を装った閉鎖系の世界」であり、「他方、私たちがじっさいに生きる世界は、それとは対照的な開放系の世界である」という。

さあ、そこだ。「近代的」「科学的」といわれる正体は何か、ということにも関係するだろう。あるいは、いま、表現には、「閉鎖系のコトバ」から「開放系のコトバ」へ導く力はあるか?とか、考えたくなる。おれたちがじっさいに生きる世界は、むしろ人工的に作り出されたものだから、開放系のコトバが必要になっているのでないか、などなど。

だけど、この話しは長くなるからカット。

「プラシーボ効果」といえば、「暗示」の効果だ。

うどん粉だって胃薬だといって飲ませれば効く、なーんていう話を聞いたことがある。仮に、そういうことがあったとしても、飲ませる側と飲む側のあいだに、「信頼」や「共感」の関係があって成り立つことではないのか。

標準医療の現場でも、医師と患者のあいだの「信頼」や「共感」によって、薬の効きぐあいが違ってくるということがあるらしい。おれはいま、主治医もおどろくぐらい薬の効きがよいのだが、それは主治医とのオシャベリ(診察する/されるではなく「オシャベリ」な関係ね)で醸成される「信頼」と「共感」が関係していないとはいえない。

少し話がズレるかもしれないが、飲食店での飲食にしても、店を選ぶときには、「イメージ」を気にする。それが、味覚も左右する例は、たくさんある。そこに「暗示」や「信頼」や「共感」が介在することは、日常的に実感できるのではないか。

たいしたことない内容のへたな文章でも、イメージのよいデザインで包むと、いい感じになったりという例もあるな。

都知事だって、エビデンスよりイメージで選ばれる。イメージで都知事を選んだ都民を非難はできないだろう。エビデンスつまり科学的根拠のある政策だけでは、「信頼」や「共感」は成立しない。

「プラシーボ効果」は、ヒトのフシギやイイカゲンと向かいあうことでもあるようだ。

ところで、おれが気になっているのは、このことだ。

酒を飲んだことがなくて、酔ったことがないひとは、ノンアルビールで酔えるのだろうか。「暗示」は、体験や情報がなくても可能なのか。

最近、ノンアルビールばかり飲んでいたら、もっと強いノンアルが飲みたくなった。ノンアルウィスキーとか。これは、どういうことだろう。

とにかく、ノンアルビールのおかげで、スーパーで酒の陳列を見ても、とくに何も感じなくなった。自分とは関係ない商品でしかない。かつて「酒飲み妖怪」といわれたおれが……。ほんと。

 

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