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2021/03/05

癌診療12回目。

今週の火曜日2日は、28日ごと定例の診療日だった。

前回も前々回も、寒い最中に、朝イチ8時に検査科受け付けで、採血採尿のち、検査結果が出るのを待って診療だったが、今回は8時半検査科受け付けになり、寒さも少しゆるみ始めパッチもいらなくなった朝、少しだけゆっくり出かけた。

8時だろうと8時半受付だろうと、検査科も病院全体が稼働するのは8時半なのだが、早く受け付けをすませば早く検査結果が出る。とは決まってはいないで、今回は混んでいるからと、おれは別の検査室で採血になったので、いつもは検査結果が出るのに1時間半以上かかるのだが、9時45分ころには診療室によばれた。

入ると、すぐ、まだ椅子に腰かけないうちに、「じわっと下がりましたよ、じわっと」と主治医がうれしそうな顔でいう。

10月、11月、12月、1月と上がり続けていた腫瘍マーカーの数値が、先月に続いて下がったのだ。

「どれぐらいになりました?」と聞くと、モニターを見せてくれながら数値をいう。

おお、30%ぐらい下がっている。だが、まだ基準値より少し高い。

「肝臓の数値が全部基準値内できれいになりましたからね、いいですねえ、もっと下がるでしょう」と主治医。

肝臓の数値は酷いアリサマだったが、先月はγ-GTP以外は、基準値内になっていた。そして、ついに、γ値も。

腫瘍マーカーの問題さえなければ、ここ30数年くらいで最もよい状態。

主治医と、よかった、よかった、「寿」な雰囲気だったのだが、完治はないのだから、どれぐらいかしらないが死ぬのが先に延び、まだ普通の生活ができる、ということにすぎないのだが、数値が上昇傾向にあるよりは気分はいい。

高価な薬を使っている効果は出ているわけだ。

副作用の様子を聞かれたので、説明するのだが、「痛さ」というか「だる痛さ」、痙攣までいかな筋肉が突っ張った感じなど、自分の体内で起きている「感じ」を説明するのは、すごく難しい。

とにかく、そう酷く辛い状態ではないから、新たに副作用抑制のための薬は使いたくないし、しだいになれるしかないようだ。

いつものように、中央処置室で、腹部と腕に皮下注射。

病院の会計は8120円。薬局で前回と同じく28日分の薬代18000円。合計26,120円。

まいど腫れて痛む腹部は、今回は比較的軽く翌日は穏やかに過ごしていたが、昨日今日は6時すぎから、いつもの約4キロ40分の歩きをやった。

次回は、今月30日だ。28日ごとの通院なので、同月に2回の月が1年に1回あることになる。

町医者からの紹介でこの病院で診察を受けたのが昨年3月31日だった。ちょうど1年、最初の状態から考えれば、よくここまで回復した、ということになるのだろう。

 

 

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2021/02/18

本の原稿書きが少し進む。

去る14日。日曜日、バレンタインデー。編集さんと会った。どちらも男だからか、チョコレートのやりとりはなかったし話題にもならなかった。

東大宮まで来ていただいて、もつやきどらごんで生ビールをのみもつやきをくい、100%おれの病の事情でほっておかれた本の原稿の進行について打ち合わせをした。

カレンダーを調べたら、去年の2月15日以来だから、ちょうど1年。あの頃は、まだ新型コロナについての認識はユルユルだった。もちろんマスクはしてないし、「ソーシャルディスタンス」なんていう言葉も知らなかった。おれの身体は快調で、おかしいところはなく、酒をガンガンのみ、若いがあまり酒は強くないらしい編集さんを3軒も連れまわしたのだった。3軒目で編集さんは調子が悪くなって切り上げた。

3月になって、新型コロナの緊迫感は上昇し、おれの体調は急激に悪化した。

治療が始まって、症状はおさまり、検査結果も好転はしたが、完治はない治療であり、なかなか安定しなかった。とくに薬の副作用で治療の計画が変わったり、体力も低下していたし、すぐ疲れるようになり、長い時間パソコンに向かっていられない状態が続いた。

一方、新型コロナ感染対策で、緊急事態宣言があり、図書館などでの調べも難しくなった。

ようするに、本の原稿は半ば諦めの境地もあり、停滞に陥った。

もともと、なんについてもあまり執着がないほうだし、書くことも、執着がなかった。「がんばる」のも、得意じゃない。流れにまかせていた。

いったん基準値以下までよくなった数値は、昨年末には悪い方へ向かって、今年から新しい薬を服用するようになった。

副作用はあるし、数値は基準値以上に上がっているが、自分で感じる身体の調子は、治療が始まって以来、最もよい。これなら、書けきれるかもしれない。

ってことで、東大宮まで来ていただき相談することになった。

お会いして、いろいろ話していると「やる気」もわいてくる。気力充電。

疲れやすい、倦怠感、就寝前の薬を飲んだあと身体のあちこちが突っ張るように痛み寝つきが悪い日がある、書くことに直接影響するのは眼が乾きやすくスッキリ見えない、などが主な副作用だが比較的軽い。うまくなれながら原稿を仕上げられるんではないかという自信みたいなものはついてきた。

すでに書き散らかして保存してある文章を読み返してみたら、自分でもけっこうおもしろい。それに、この1年のあいだにテーマにからむ「騒動」もあって、もっとおもしろく書けそうだ。新型コロナ禍と自分の病が浮き彫りにしたこともある。まとめ直し、とりあえず、あと一か月で少しでもカタチにしよう。

考えること書くことは、ウォーキングのように身体を動かすより疲れる。うまく身体と精神などの状態をコントロールできますように。

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2021/02/06

五十嵐洋之さんの訃報。

去る3日、ビレッジプレスから五十嵐洋之さんが亡くなったことを知らせるメールが届いた。

「昨年6月、食道に腫瘍が見つかり、自宅で闘病しておりましたが今年1月8日に死去しました。50歳でした。」とのこと。

五十嵐洋之さんは、ビレッジプレスの社長であり『雲遊天下』の編集長として活躍されていた。

メールには、このようにも書かれていた。

「『雲遊天下』132号は3月ごろより制作を進めていましたが緊急事態宣言発令で一旦中断しているところへ病気が見つかりました。
すでに状態は非常に悪く、それでも秋のはじめ頃までは、なんとかつくりたいとパソコンに向かったりもしていましたが、気力も体力ももたず、かないませんでした。
残念ですが『雲遊天下』は休刊といたします。」

『雲遊天下』には何度か寄稿させていただいたし、初めてお会いした『雲遊天下』発行前からいろいろ気にかけていただきながらあまりお役に立てなかった。

残念、としかいいようがない。

50歳という若さ、『雲遊天下』でもっといろいろやりたいことがあったはずのご本人は、もっと残念だったろう。

編集も小さな出版社の社長も、ご苦労の多い仕事だったと思う。

安らかにお眠りくださいと祈りたい。

18年1月にお会いしたのが最後になってしまった。

インディーズなカルチャーを雑多に編み込んだ『雲遊天下』の休刊は惜しまれるが、貴重な足跡を残したと思う。

おれはとくに、中川五郎さんが書かれていたことが記憶に残っているし、大切な証言だと思っている。山川直人さんの作品は、この雑誌で知った。カニコーセンの堤雅彦さんも。


2015/10/31
『雲遊天下』122号に、南陀楼綾繁『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)について書いた。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2015/10/122-9a91.html

2012/11/18
『雲遊天下』111号に「大衆食堂から見るなくなったもの」を寄稿。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2012/11/111-a95c.html

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