2010/03/31

お知らせ

住宅をご覧になりにいらした方は、こちら(3月28日更新)→→→クリック地獄

連載中「瀬尾幸子のわははめし」=料理・瀬尾幸子+文・エンテツ。Web「小学館ブックピープル」から毎月1日前後に更新。http://bp.shogakukan.co.jp/wahahameshi/
Wahahameshi1

スローコメディファクトリー@下北沢でのトークライブ「泥酔論」における、村上航さんの朗読はYouTubeで見られます。…クリック地獄


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2010/02/09

撮影2日目、無事に終了。気どらない料理の物語。

024きょうの撮影は、13品目16種だった。きのうと同じ顔ぶれ。瀬尾さんのほかに、編集の長尾さん、制作チームの編集担当の佐々木さん、写真は鵜澤さん、スタイリングの松下さん、鵜澤さんのアシスタント、松下さんのアシスタント、そして瀬尾さんのアシスタントに「酒とつまみ」で「葉子のハラハラ酒日記」を連載の葉子ちゃん。

きのうは、瀬尾さん宅に10時集合で、10時半からスタート。おれはスタートに間に合えばよいので、その時間に着いた。終わったのが、18時ごろ。片付けなどをやって、瀬尾さんと佐々木さんとおれは、近所の小料理屋風飲み屋で一杯。22時過ぎまで。新宿23時ちょうどの、湘南新宿ライナーで、よれよれ帰宅。

きょうは11時集合。おれは10時ちょい前にウチを出て、撮影がスタートする11時半ごろ着いた。きのうは、肉魚系だったが、きょうは草食系とごはんもの。おれは、例によってビールや酒なんぞを飲みながら試食。ちょうど昼ごろ、弁当の撮影だったので、それがうまかったのと、腹が空いていたこともあり、おもわず食べすぎ、あとがきつくなった。最後に、にぎりめし3種の撮影だったが、もう食えなかった。ま、原稿を書く上で、問題はないのだが。

書籍化では、「わははめし」とコンセプトも構成も大幅に変るから、「わははめし」のときに料理一つ一つに書いていた味覚的なコメントはなくなり、チョイと切り口のちがうコラムになる。なので、試食は、ゼッタイ必要というわけではないのだが、瀬尾さんの料理については理解しておく必要があるので、食べる。食べながら、原稿の書き方を考える。今回の瀬尾さんは、ふつうのことなんだけど、これまでの料理研究家が料理本ではあまりやらないことを、いくつかやっている。そのへんを、どう書いていくかも、けっこうカギなのだな。

盛り付けの関係で、つくる量も多かったから、瀬尾さんは土曜日から買い物や下ごしらえで大変だったようだ。瀬尾さんの準備段取がよかったおかげで、問題なく早く終わった。最後に、Webサイトでの書籍宣伝用に、瀬尾さんが台所に立っているところと、おれが試食をしながらメモなんぞをしているようなかっこうの撮影だった。

17時ごろには終わり、明日の長丁場の半仕事呑みに備え、素直に帰ってきた。

ふりかえってみると、1回目の撮影は、2009/06/16「姿をあらわす新企画、「せおめし」16品の撮影のち泥酔、朝帰り。」にあるように、6月15日だった。撮影の回を重ねるごとに、気持先行でアイマイだったビジョンも、かなりはっきりしてきた。

「気どらない料理の物語」という言葉が、頭に浮かんだ。

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「わははめし」書籍化、最後の料理撮影。

005きのう、きょう、一日中、瀬尾幸子さんのお宅で、料理の撮影。きのうは9時前にウチを出て、16品目ばかりを、たべまくった。おれだけ、酒つきで呑みながら。きょうで、「わははめし」書籍化のための料理撮影は、すべておわる。撮影は、今月中に2日間のロケを残すだけ。あとは、書くだけだ。3月中に書き上げ、5月末には、書店に大衆めしパラダイスな本がならぶ、予定。

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2010/02/07

東大宮、「ちゃぶだい」「コタツ」、泥酔。

昼過ぎ、きのう紹介したばかりの『雲のうえ』の編集委員、牧野伊三夫さんから電話があった。チョイとした楽しい仕事呑みの用なのだが、12号が届いたお礼と、きのうブログに書いたようなことを話した。そういえば、その撮影で、さわら漁の船に乗っている最中の牧野さんから、原稿の件で電話をもらったのだった。

やはり、撮影は、けっこう大変だったらしい。あのとき、牧野さんの携帯電話の向こうでは、風がうなっていた。あれは響灘に吹く風の音だったのだなあ。

きょうも冷たい風がうなっているが、きのうも一日中、風がうなっていた、寒かった。あれこれ資料をひっくりかえしている昼過ぎ、木村衣有子さんから電話があった。大宮までサキさんと来るという。こっちまで来るんなら、もちろん呑みましょうぜ。17時半に大宮駅で待ち合わせる。

大宮駅まで行ったが、東大宮で呑もうということになり、一緒にもどる。サキさんは、東大宮は初めて。まずは、2人とも初めての、東口の「ちゃぶだい」に入る。寒いから湯豆腐、生ビールで乾杯。のち、あれこれつまみを頼み、おれとサキさんは司牡丹を、2合とっくりの燗にする。木村さんは、個人的に、純米酒を冷や、ときどき燗酒にも手を出す。とりとめのない話をとっちらかしながら、呑む。たしか2合とっくりを4本あけ、木村さんは冷やの「秋鹿」「田酒」を1合ずつあけた21時ごろだったかな、もう一軒行こう。

どうせなら、おれも初めての店とおもい、前にちゃぶだいの大将に聞いて気になっていた「コタツ」へ行く。東大宮駅を反対側の西口に出て、やや暗い線路沿いを、北の蓮田方面に歩く。冷たい風が吹く中、そばを宇都宮線の電車が行く。どこかの田舎町に旅した気分だ。

コタツは、「昭和酒場コタツ」という。暖房のコタツかと思い、「ちゃぶだい」にはちゃぶだいがあるから、コタツはないの?と聞くと、いやコタツは、タツの子という意味でコタツちがいだという。ようするに、こんにち的解釈による、昭和な大衆酒場、ざっくりとした雰囲気を狙った店のつくりといったところか。

燗酒は大関のカップ酒を温めて出てきた。つまみ、あれこれ頼んだが、ふつうによい。これなら落ち着いて呑もうかと、キンミヤのボトルに切り替え、ソーダ割で呑む。

宇都宮線の電車が通ると、店内から見える。通るたびに、木村さんが、ガキみたいに、振り返って見る。木村さんの実家は、その電車の先なので、やや興奮気味か。しかし、宇都宮線の電車が見える風情は、悪くない。またまた旅に出た気分になる。

木村さんとサキさんとおれは、青森の八戸に遊びトコトン泥酔した。その翌朝、二日酔いのまま行った朝市が、よかった。サキさんが盛岡にいて、おれが八戸へ取材で行くということでもなかったら、ありえないことだった。3人とも、楽しい思い出が残り、呑むとその話になる。

「ちゃぶだい」で、サキさんの携帯からさっちゃんに電話しておいたのだが、やはり仕事で遅くなり東大宮に23時ごろになるというので、その時間まで呑んで駅へ。2人を送って帰る。泥酔即寝。

「コタツ」には、また行くため、キンミヤのボトルは少し残してきた。東大宮に、行きたい酒場が増えるのは、いいことなのか。いいことにしておこう。

鶯谷「信濃路」での、木村さんの本のための、6時間にわたる木村さんとの飲酒対談は、関係者みんなが酔っていたし、まとまりがつくのかと思っていたが、心配するほどのことではなかったとか。どのみち言いわすれたこともあり、書き込みは必要になるだろうとはおもうが。

きょうは、玉川奈々福さんの浪曲を聴きに、浅草の木馬亭へ行こうかとおもっていたが、朝おきて、呑み疲れでくじけてしまった。浅草は、近いようで、遠い。そうそう、サキさんが、木馬亭で奈々福さんの浪曲を聴いたけど、よかったという話をしていたな。なんだか近頃、浪曲が聴きたい。木村さんは明日あたりから2月中ぐらいまで、毎日落語の取材で酒を呑むヒマもないとか。落語も悪くないが、浪曲は、またよいのだなあ。

こうやって書いていると、泥酔で喪失してしまった記憶が、いくらかよみがえるようだ。

さて、明日からは少々キツイ日程をこなさなくてはならない。チョイと気合を入れて、っと。きょねんは5月連休あけの提出になってしまった確定申告を、ことしは3月15日までにやる、つもりなのだが。

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