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2017/03/29

「保守ビジネス」に思い出し笑い。

このブログでは、投稿をサボりまくっていることもあるし、めんどうくさいのでふれてないが、このあいだから世間を騒がせている「森友学園」問題というのがある。

それにからむ、おもしろい記事をネットで見た。

「安倍首相担いだ「保守ビジネス」 「稲田防衛相」「森友学園」「田母神俊雄」の交点」というもので、「2017年3月21日 Texts by サンデー毎日」のクレジットが入っている。書いているのは、毎日新聞の伊藤智永編集委員。
http://mainichi.jp/sunday/articles/20170319/org/00m/070/004000d

「森友学園」問題に対する見方などについては、いかにも新聞屋的な書きっぷりで疑問もあるが、「保守ビジネス」については、自分の体験からしても納得できる。その自分の体験を思い出して失笑した。

おれがかつて、バブル崩壊前夜、先が見えているバブルの終わりと競うように、それが終わらないうちに立ちあげようとプランニングを担当していたプロジェクトは、当時の各種学校法人や農業生産法人の認可と、ある地方の公有地の払い下げを受け、「アカデミー」を設立することだった。もちろん、かなりのカネが動く計画だ。

その構造は、この記事が指摘する「保守ビジネス」そのもの。当時は「保守ビジネス」という概念は持っていなかったが、なるほど言われてみれば「保守ビジネス」だったのだなあ。

それはともかく、記事は、こう書いている……

「保守」が思想ではなくビジネスになっている実態があることを指摘しなければなるまい。

「森友学園」経営者一家と稲田弁護士夫妻と田母神被告に共通しているのは、「保守」を符丁に「敵と仲間」を簡単に仕分けし、「類は友を呼ぶ」方式でお互いによく知らない者同士が簡単につながり合って(ツイッターやフェイスブックもどこか似ている)、結局何をしているのかといえば、国有地格安払い下げや実入りのいい弁護士収入や政界進出や寄付金横領といったカネもうけと権力志向ばかりだったという情けない顛末(てんまつ)である。この人たちにとって「保守」とは、便利な合言葉、おいしい商標・ブランド、議員バッジをつけた人たちへの面会証のようなものでしかないのではないか。

……引用おわり。

この、外側には、さらに同じような下の層があり、「保守ビジネス」の層は何層にもなっている、ってことは地方などへいけば、よく見える。

だいたい、「敵と仲間」に簡単に仕分けし、「類は友を呼ぶ」方式は、思想的テーマでなくても、日本のビジネスの場では、けっこうやられていることだ。その土壌があって「保守ビジネス」は成り立っているとも言えるかな。

この場合「仲間」とは「ほめあう間柄」と考えればよい。すぐ「仲間」と「敵」を選別し、派閥や派閥のようなものをつくり仲間とだけ仲良くしたがる。この「習性」を利用しないテはないわけだが、保守的な人ほど、このテにのりやすい。まず、批判されるのが苦手だし、批判するやつは「敵」と見なす。自ら反省し変わろうとするより得しそうな「仲間」の方へ動く。そこが、まさに「保守」であるわけだけど。

30歳すぎてそれなりのポジションでやっていて出世欲や成功欲が強い人は、権威や権力の階段を登ろうとし、たいがい「保守」になびきやすい。それにかっこつけたがる。アンガイそのように単純なのだ。というより、そういう単純な層が、けっこういる。

たとえば、「エコ」「ナチュラル」「マクロビ」「ヘルシー」「伝統芸能」「職人技」「本物」……などは、80年代とバブルのころからかっこつける新しいアイテムになったのだが、こういうことを有難がり礼賛する動きに潜んでいる思想は、「右」も「左」も関係ない、「保守」というのが最も適切だろう。

「反原発」だって「左」とは限らない。そのプロジェクトの中心には「反原発」の人もいたけど、彼は「左」の人から見たらかなり「右」だ。

ようするに、「近代」や「近代化」に馴染まないさまざまな思想とその影響が広く存在する。それが日本の根っこにあり、とても「保守ビジネス」に利用されやすい。飲食の分野など、うんざりするほどだ。

自己啓発セミナーや自然を守るシンポジウムなどのほかに、モノもあった。無農薬有機栽培の食品、Πウォーター、EM菌、そうそうスピリチュアルな水晶やストーンなどもあったな。いまでは、「本物志向」「丁寧志向」などは、「保守ビジネス」の恰好のアイテムだ。

しかし、かなりの人脈をもってしても、公有地の払い下げや許認可事業などで役所の役人の判をもらうのは、とても難しい。それが「森友学園」では、こんなに簡単に格安にできたのだから、安倍首相担いだ「保守ビジネス」は、たいしたものだ。この件は、もし地元の一市会議員が不審に思って調査をしなかったら、問題にならなかったのだから。

さらに、見つかって国会で問題になっても、安倍内閣の支持率の大幅な下落はないのだから、野党の戦略のマズさもあるが、「保守ビジネス」が大きな外堀になっていると見てよいのではないか。「右傾化」はしてないが「保守化」している層は、出版界などを見渡しても厚い。安倍内閣は強気で逃げ切る絵を描いているように見える。

おれが関係したプロジェクトは、政界、財界、芸能界など、さまざまな「大物」を揃えながら、バブルは下り坂に向かうと加速度的であり、数ヶ月ほどの差で間に合わなかった。最初の立ち上がり資金を、銀行のバブルで動くカネを、横からチョイと拝借する計画だったからね。

(30日追記)
リンク先の記事に「旧五摂家出身の料理研究家」とあるけど、おそらく、2017/03/27「「パン」と「米」。」の写真の方だろう。かれは藤原の系譜や天皇家との縁戚を活用した「保守ビジネス」をしているし。

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2017/03/28

「日本におけるキュビスム ピカソ・インパクト」展。

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なーんだ、またキュビスムかあ、ピカソかあ、もういいよ、客数稼ぎの企画じゃないのと思ったが、いつも一味ちがった展示をする埼玉県立近代美術館のことだから、なにか「らしい」特徴があるかもしれないとWebサイトを見たら、やはりひかれるものがあった。

というのも、案内で、戦前の1910-20年代と戦後の1950年代「二度にわたって、別々の文脈で日本の作家たちに受容されたという仮説に基づいて組み立てられています」と述べているからだ。

これは気になるってことで、去年の12月14日に行った。だからもう、この展示は終わっている。古い話で、すみません。

いやあ、行ってよかった。なにより、約160点ほどの展示が、どれもこれも熱気にあふれていて、いまの日本の閉塞になれきった脳ミソをぶちやぶるようなインパクトがあった。

キュビスムのインパクトを受けた人たちの作品のインパクトと、それを伝えようという展示のインパクトをビンビン浴びて、ひさしぶりにコーフンした。

とくに、恩地孝四郎が装幀や挿画などを担当した『感情』や、村山知義が中心になって発行した『マヴォ』などの雑誌の展示は思いがけないことで、うれしかったしすばらしかった。

カタログのデザインも、すましこんだ美術展のそれらとはちがい、カラをやぶる破壊の熱気を放っていて、思わず買ってしまったが、買っておいてよかった。こんなにカタログを何度も開いてみることはなかった。埼玉県立近代美術館は、いい仕事をしてくれる。

最近のニュースによれば、このカタログは、なにやら美術展関係のカタログの賞をもらったらしい。

そして、また今日も開いて見た。熱いねえ。なんとなく賢そうに型にハマって飼いなされていく時代の流れをぶちやぶるようなエナジーを補給するのだ。

異なる文化の受容は、美術のことだけでなく、食にもあるわけで(きのうのエントリーのパンなどのように)、いろいろ考えることが多い。

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2017/03/27

「パン」と「米」。

いわれているところの日本政府による「道徳」のダメダメ加減は、このように「道徳」というと「国粋主義」と一体であることだろう。ま、もともと戦中並の「国粋主義」が「道徳」をやりたがっているのだが。

「パン屋「郷土愛不足」で和菓子屋に変更 「道徳」教科書の初検定」というのは、ハフイントンポストの3月25日の見出しで、記事はこのように伝えている。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/24/moral-textbook-bread_n_15592928.html

引用……

「しょうぼうだんのおじさん」という題材で、登場人物とタイトルを「おじいさん」に改め、挿絵も高齢の男性風に(東京書籍、小4)▽「にちようびのさんぽみち」という教材で登場する「パン屋」を「和菓子屋」に(同、小1)▽「大すき、わたしたちの町」と題して町を探検する話題で、アスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に差し替え(学研教育みらい、小1)――。

 いずれも文科省が、道徳教科書の検定で「学習指導要領の示す内容に照らして、扱いが不適切」と指摘し、出版社が改めた例だ。

 おじさんを修正したのは、感謝する対象として指導要領がうたう「高齢者」を含めるためだ。文科省は「パン屋」についても、「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」と説明。「アスレチック」も同様の指摘を受け、出版社が日本らしいものに修正した。

……引用終わり。

「「ここまで細かいとは……」。各社の編集者は道徳教科書の初の検定に戸惑う。」ともあるが、細かいかどうかの問題ではないだろう。一人ひとりの心の持ち方や考え方に、政府の力を持って干渉し指導しようという「道徳」なるものが間違っている。

そのうえ、『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という、こういう思想の根本には、パンと米をめぐる根深い問題がある。根深いからこそ、こんなところにひょっこり露出してしまうのだろう。

このパンと米と伝統主義的日本料理については『大衆めし 激動の戦後史』でも、けっこうふれている。これは、昔の話ではない。いまでも続いている昔のことなのだ。

千年以上にわたり日本で強い影響力を維持している、儒教や国家神道の思想、どちらが背骨かわからないぐらいの思想が深く関係する。なかなかガンコな思想であり、日本人一人ひとりの内側に沁み込んで生き延び、とくに「米食原理主義」「主食原理主義」といってもよいぐらいな、食をめぐってのさまざまなヒエラルキーも克服されずにきている。だから、ま、これだけパンを食べパンについてオシャベリしながら、パンの位置づけすらできず、こういう事態になっているわけだが。

『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という押しつけ思想は、食育基本法をめぐっても、「感謝の念」などに同様の傾向が見られる。

そこには、人びとが育ってきた日本の食文化を誠実に学ぶという姿勢がない。これは、政府もそうだし、一人ひとり胸に手をあて考えなくてはならないことだろう。これだけ、食に関する知識や情報がハンランしながら、なぜ、このようなことがおきるのだろう。なぜ、パンや米や麺類や、おなじ米も白めしやにぎりめしや丼物やカレーライスなどで、ワタクシたちは食べているのだろうか。そういうワタクシたちについて、もっと理解する必要があると思う。

自分の食について自分で理解を深めないかぎり、こういうことはなくならない。バカバカしい文科省をバカにして笑っているぐらいでは進歩はないのだ。

当ブログ関連
2013/09/14
『大衆めし 激動の戦後史』のもくじと、「まえがき」「あとがき」の書き出し。
2008/10/07
なんて奇怪な平和の中のアヤシイ日本料理なんだろう。

Asahigura_sijyou


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