新刊。お知らせ。

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古典的名著、獅子文六『食味歳時記』中公文庫から復刊。解説を書きました。…クリック地獄

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2017/04/16

30年前のままの駅前酒場@綾瀬の短冊メニュー。

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先日、綾瀬駅前の「駅前酒場」で飲んだ。野暮に連れられて初めて入った、コの字カウンターのみの酒場だ。

飲んでいるうちに、反対側のカウンターの壁に貼ってある、油汚れや変色の壁に同化して渋紙色を通り越した、やっと文字が読める状態の短冊メニューに気がついた。

「梅きゅう ¥300」と読める。

カウンターの中のおねえさんに写真撮ってもよいかと聞くと、よいと言う。

何年前のものだと聞くと、30年前の開店のときからだと言う。もとは駅の反対側の別の場所にあったのだが、移転しなくてはならなくなり、ここに移った、そのときからのものだと。

綾瀬といえば、駅の反対側の高架下に「三幸酒場」という、間口の広いカウンターだけのいい酒場があった。『続・下町酒場巡礼』(四谷ラウンド、2000年)で知ったのだ。

かつて南陀楼綾繁さんが『酒とつまみ』に「古本屋発、居酒屋行き」という連載をしていて、その取材におれはいつも同行しタダ酒を飲ませてもらっていたのだが、それで初めて行った。それから何度か行っているうちに閉店になってしまった。

いま調べたら、その「古本屋発、居酒屋行き」は、2004年6月発行の『酒とつまみ』第5号に載っている。連載の一回目だったのだ。

ついでに『続・下町酒場巡礼』も見た。

なんと、「三幸酒場」のところに、「目指すは「駅前酒場」。文字通り、駅から側道を入り、高架線のわきに「看板」があった。ただシャッターが降りていて、「暫く休業させて頂きます。」の貼り紙。小さな字で「会員の方は会長宅に電話して下さい」と添え書きもあった」とあるではないか。

続いて著者は閉店してしまったと思ったような書き方をしているが、たぶんこれは現在の店のことのようだから、何かの事情で「暫く休業」だったのだろう。

とにかく、この短冊メニューの醸す味わいは、その歳月がなければ出来ないものだ。それは、ここに集った人たちの人生のひとコマひとコマが、積もったり溶けたりしながら過ぎたものとも読める。

三幸酒場は、JRの再開発のためなくなってしまったが、同じような「駅前酒場」が残っていることは、うれしかったしありがたかった。というわけで、ここに来る前にもけっこう飲んでいたが、さらにボールを重ね泥酔帰宅だった。

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2017/04/15

「批評」と「品定め」「目利き」。

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前にも書いたが、周期的にテレビ出演の話がくる。それも、なぜか1社だけということはない。今回も2社からあった。全国ネットの番組だ。なにしろ全国ネットの番組の影響力は段違いに大きいから、売れないフリーライターのおれとしては、いつも何か接点があれば出演する気はある。なので、いちおう話は聞くのだが、ずっと断り続けだった。今回も、また。

それより、チョイとコーフンする面白いことがあった。

某誌の編集さんが、以前このブログに書いたことを見て、メールをくれたのだ。もう書いたことすら忘れていたのだが、編集さんはあるテーマを追いかけて、このエントリーを「発掘」したのだった。

それは、2008/02/15「「宮沢賢治の詩の世界」と「大衆食堂の研究」の出会い。」だ。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2008/02/post_b58c.html

これは宮沢賢治の「東京ノート」に記されている、「公衆食堂(須田町)」がどこかということをめぐるアレコレだ。

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公衆食堂(須田町)

あわたゞしき薄明の流れを
泳ぎつゝいそぎ飯を食むわれら
食器の音と青きむさぼりとはいともかなしく
その一枚の皿
硬き床にふれて散るとき
人々は声をあげて警しめ合へり
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016このエントリーを書いた段階では、「公衆食堂(須田町)」について、インターネット上にふたつの説があった。

ひとつは、現在の「聚楽(じゅらく)」の前身である須田町食堂とする説と、もうひとつは、このエントリーのリンク先のブログ「宮沢賢治の詩の世界」の方による、詩の内容と書かれた年を考えると須田町食堂はありえないという説だ。

このおれのエントリーでは、須田町食堂ではありえないほうをとっている。

それならば、「公衆食堂(須田町)」は、どういうことなのだ、どこなのだ、というモンダイが残る。「宮沢賢治の詩の世界」では、そのあたりまで突っ込んで、宮沢賢治が上京した当時の資料を駆使して、「ここではないか」というところをあげている。

これは、そういう可能性も濃いけど、それと「公衆食堂(須田町)」を結び付ける条件がヨワイ感じだった。

おれは、そのまま忘れていた。そのことを編集さんが思い出させてくれたのだ。

そこで、もう一度資料をひっくりかえし、新たな資料も見つけ、ああでもないこうでもない考えていたのだが、ついに、最も「ありうる」食堂にたどりついたのだ。

それは、ほんのちょっと視点を変えるだけでポッと浮かびあがったのだが、とかくひとの思考というのは、自由のようでいて、けっこう自ら縊路にはまちゃうものだなと思った。やっぱり、こだわってはいけない。

とにかく、取材もあったので、ついでにその「現場」周辺を歩いてみて、その「ありうる」食堂があったであろうあたりを確かめてみた。すると、大いに、ありうるのだなあ。

まだよく調べなくてはならないことが残っているが、とにかく、こういうことがあると思考力や精神までイキイキと解放された感じで、ヒジョーに気分がよい。やっぱり、自由が大事だよ。

それに、大正から昭和の初めの資料をたどっているうちに、ほかにも面白いことがあった。

それは「批評」と「品定め」と「目利き」についてだ。

いまにつながる大衆的規模の「食べ歩き」、つまり大勢の人たちが利用する飲食店などを食べ歩き、その食べ物や飲み物や店のたたずまいや雰囲気、人や仕事や技術といったものを評価し書くといったことは、関東大震災以後、昭和の初めごろから盛んになったのだが、その発端と影響は当時の新聞社の記者が書いたものだといえる。

それがいまでは大きな流れになっているわけだけど、それは「批評」というより「品定め」「目利き」であるということだ。そして、「品定め」「目利き」をしているのに「批評」や「評論」とカンチガイしている傾向も、すごく多いように思う。

昭和の初めの「食べ歩き」の記者たちは、そういうカンチガイはしてない。自分たちは、「上」の人間であり、そこから「品定め」をし、「品定め」することによって「善導」しているのだという、すごい高い意識を持っている。いまでも、かっこよく「批評」しているつもりの、こういう人たちがいるね。

最初に書いた、おれがテレビに出たくない理由のひとつは、その番組のつくりかたが、「品定めに、かれこれ興じあうて」いるからだ。これでは接点がない、と言えるのだな。

「批評」と、「品定め」「目利き」の違い、どれだけ理解されているのだろう。

「公衆食堂(須田町)」については、これからまだ取材し原稿を書くことになっているので、掲載の本誌が出たあと、このブログにも詳しく書くツモリ。ま、この食堂を特定したからといって、それ自体はどうってことないのだが、視点が変わることによって見えることが違ってくるというところが面白いのだな。

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2017/04/13

「業務スーパー」と「ナチュラルハウス」。

「業務スーパー」という店名のスーパーがある。近頃あちこちで見かける。「業務スーパー」という店名だが、一般小売もしていて、ようするに「激安スーパー」といわれるディスカウントストアと大差ない。

このあいだ、いま発売中の『dancyu』の春巻の取材で、午前は東京はるまきのある新小岩、午後は青山蓬莱のある表参道だった。東京はるまきの近くには「業務スーパー」があったので初めてゆっくり店内を見た。そして午後の表参道には「ナチュラルハウス」があるので、時間もあったし、ついでにのぞいてみた。

両者は、いろいろな意味で対極にあるわけだけど、それを続けて見て、その中間にある、おれが日常利用する食品スーパーのことを考え、コンニチの日本の構造を、じつに生々しく感じたのだった。

とくに階層構造については、まったく、食べ物というのは、身も蓋もないほど生活や、いわゆる「格差」を生々しく語るし、そこに見られる価値観や金銭感覚などの違いは、もはや異人種・異文化といってよいほどだと思った。

だけどそれぞれの日常は、ほとんどその違いを感じないほど、交差しないですんでいる。「ナチュラルハウス」の隣に「業務スーパー」があるなんてことはなく、ある距離を持ってそれぞれ自分の経済や好みなどにあった生活をしている。全体的に階層化が深化している結果だろう。

おれは、ナチュラルハウスに並んでいる食品とは、ほとんど無関係の生活であるし、うちの近所には「業務スーパー」はないので、おれが勝手に「Cクラス」と呼ぶスーパーで買い物をすることが多い。

その「Cクラス」スーパーには、冷凍の格安の魚の切り身や干物などが、無包装のままバラで売られている冷凍ケースがふたつ並んでいる。これは、一目で業務用をそのまま陳列したとわかるのだが、実際に「業務スーパー」には同じようなものがあった。

つまり、おれがよく利用するスーパーは、一部で「業務スーパー」と似た品揃えをしているし、これがかなり利用されている。そして、このスーパーの肉売場には、しゃぶしゃぶ用の豚肉はあるが、牛肉はない。店も客も、じつにシビアな関係にあるのですね。

このスーパーはウチから5分ほどだが、逆方向に10分ほど歩いた駅近くの「Bクラス」のスーパーへ行けば、しゃぶしゃぶ用の牛肉がある。が、しかし、わが家の家計では、やはり牛は躊躇する。だからこの「Cクラス」が、わが家の家計の実態にあっているのだけど、業務用のような格安の冷凍食品は買ったことがない。それは、子供がいない2人だけの生活だからだともいえる。

これで、もし毎月買う本の代金のために、さらに1000円でも浮かせるとなったら、あるいは酒場で一回2000円払う飲み代を、月にもう一回増やすとなったら、事情は違ってくる。

そういう家計のレベルと、「ナチュラルハウス」や、そこにあるようなスペシャルな志向の食品が置いてあるスーパーを日常利用できる家計のレベルの隔たりは、ずいぶん大きくなった。

それは90年代以後とくに顕著になったといえるだろう。ようするに同じ1000円でも、家計に占める融通の幅が狭まっている大衆が増えているのだ。「Aを買う1000円を、よりよいBに使おう」と考えられる幅のある生活と、その幅がごくわずかしかない生活が存在する。

そして、人びとは、その幅の中で暮らすことになれる。その垣根をこえて理解しあうことは難しくなっている。「格差社会」についても、一時ほど騒がれなくなった。そんなことを考えたのだった。

それはそうと、「業務スーパー」には、刻んだタマネギの冷凍品など、まさに業務用しかありえないものや、どう使うのかわからない西欧産の冷凍食品などがたくさんあって、いまの「世界」を目の当たりにしているようで、面白かった。

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