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2003/01/29

イメージ

なぜ、「建国」以来の歴史の日本料理や米食が、70年代以後急激に衰退したか。いくつか理由が考えられる。

とくに若い世代だが、新宿のションベン横丁(思い出横丁)を見て、「わあ、東南アジアみたい」と、タイの街やインドのどこかの街をイメージする。ションベン横丁には日本の歴史と現実しかないのだが、そのへんはみえないかみない、すぐ外国をイメージする。いまでは外国人の目で日本をみるなんてことはめずらしくない。

そういうクセがいつはじまったか、比較的新しいところでは、1965年ごろの海外渡航の自由化、一般人が戦後初めて自由に海外へ行けるようになった。この時期というのは、占領下から自由になって、わずか10数年だ。つまり日本人が自由に自国の文化を考えられるようになって、10数年。そのまえは占領政策下、そのまえは思想統制の軍国政策下にあった。

そしてまえにも述べたように1970年ごろから「イメージの時代」が始まる。このときすでに妙な現象が始まっている。コロッケやトンカツにフランス料理をイメージし、カレーライスに西洋料理やインド料理をイメージするといった例である。これは本質的には、ションベン横丁に東南アジアをイメージするのとおなじだろう。

そしてまた、「大和魂」に稲作中心農業の「農民魂」をみることはしない、武士や刀をイメージする。「菊と刀」に大和魂をイメージするのは、外国人の目にほかならない。

数年前、廃刊だか休刊になるまえの「アサヒグラフ」の表紙を妙な写真が飾った。貴族風の衣冠束帯の男が、ギラリと刀のような庖丁をかざして、その刃にじっとみいっている。かれは日本料理に君臨してきた「日本料理四条流宗家」高橋家の当主である。

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