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2003/04/14

グッ安曇氏と高橋氏

そうそうそう、それで、安曇氏と高橋氏の争いだった。おれは、どうしても安曇氏に肩入れした見方をしたくなっちゃうんだよね。安曇氏は、なんだかワイルドでアクティブなイメージで、いくらアタマにきたとはいえ天皇の言うことも聞かずに、天皇が主宰する権威ある神事を蹴って退出してしまうなんて、いまの役人どもにはとても真似できない気骨というかバカというか、わけしり顔で常識人面している連中とは違う人間クサイ「熱気」を感じるんだなあ。

高橋氏は、一応、膳氏から改姓したことになっているけど、とても同じ系譜とは思えないぐらい、たいして活躍しない、ま、この安曇氏蹴落としで名を残したていどの、しかしそれなりに近畿圏に勢力を張った、どうも要領よく立ち回るだけしか能がない官僚という感じなのだ。

いろいろな「説」にもとづいて考えると、安曇氏と高橋氏が争った以前の、古代の「氏」は「氏族」であって「家族」の「家」とは違うらしい。いくつかの家族の連合のようなもので血縁関係とは限らない、ようするに「族」なのであって、「安曇族」ともいうべきものが存在していたようだ。しかも南方からの渡来とみられている。

「国史大辞典」には、「なお海人族としての安曇氏について、その種族的源流を東南アジアからインドネシア方面に求める説がある。安曇氏に鯨面の風習(エンテツ注=目のふち、あるいは目じりに鯨の目のようなイレズミをすること)のあったことは「安曇目」の語によって知られ、『肥前国風土記』に値嘉島の海人について、(エンテツ略注=この島に住む男達は、容貌は隼人に似て、風俗言葉など俗人と異なる)、とあって、海人族が一般の日本人と異なっていた様子が窺われるとともに、隼人の間に親近性が認められ、また筑紫系民話に南方的要素がきわめて顕著であることから見て、十分考慮すべき問題である。このほかに、安曇族と隼人族の原住地を華南とする説もある」というぐあいだ。「隼人」は薩摩隼人が有名だが、そういや、九州のアノ連中、いまでもチト血気が違うなあ、という感じがしないでもないね。

その安曇氏が、神武とどちらが古いかわからんほど古いうえに、持統天皇の時代には18氏の有力な氏族の一つだった。んな、わけで、「律令制の成立以後は、永く海人部の」統率者として奉仕した経歴により、内膳司の長官に任じられることになったと思われるのだが……今日は、ここまで。

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