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2003/04/15

カツオの不思議

ヨッ、昨夜はヤドヤ系と中野の<力士>で、ガツンとちゃんこ鍋。最後は雑炊仕上げ。元気でるねえ。この店は4、5回目かな、元二子山部屋の力士がやっている。ちゃんこ鍋はアチコチあるけど、ここは大衆的な店で、値段がリーズナブルでうまい。ちゃんこ鍋は、いわば相撲界の家庭料理、日常料理なのだから、それが当然といえばとうぜん。んで、ほかにも、馬刺とカツオの刺身もくった。

そのカツオだが、千葉の海辺でイワカムツカリがハマグリと一緒に天皇に献上したね。だけど、日本書紀に載っているのは、「白蛤を膾につくりたてまつる」とハマグリだけなのだ。それなのに、なぜカツオとハマグリかというと、イワカムツカリを始祖とする高橋家の「高橋氏文」には、カツオとハマグリと書いてあるからだ。で、そのイワカムツカリから日本料理が始まったことになってしまったのだが、しかし、日本人の祖先が、南からの海流にのってくるカツオを食べだしたのは、かなり古い。そのことは、日本全国アチコチにある貝塚から漁具と共にカツオの骨が発見されていることからもわかる。貝塚は「縄文時代初期(約9千年前)から弥生時代中期(2千年前頃)の遺跡が多い」といわれる。ま、イワカムツカリ以前から日本人はくっていたのであって、カツオ料理は、イワカムツカリの発見でもなんでもない。

ここでチト不思議なのは、その貝塚の状況からするとカツオは相当食べられていたと推測できるのだが、日本書紀には登場しないとのことである。このイワカムツカリの件にしても、高橋氏文には、カツオは登場するが、日本書紀の方には登場しない。それから安曇氏のような南方からの渡来人は、南からの海流の魚を追って日本に来たと見られているから、だとすれば安曇氏の系譜のほうが、高橋氏の系譜よりカツオとの付き合いは深いハズだろう。

ま、とにかく、イワカムツカリを料理人の始祖として祭るのは勝手だけど、ここから日本料理が始まったとするのは、天皇家の料理人の歴史と日本料理の歴史を同一視するような混乱ゴチャゴチャでおかしい、ってことは誰もがわかるリクツだと思うのだが。

ま、そういうことで、カツオのうまいシーズンになった。というところで、また明日。

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