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2003/04/10

どろんどろん安曇氏と高橋氏

日本書紀の記述では、イワカムツカリが天皇にハマグリの膾をつくって献上したふうに読み取れるが、高橋氏文ではハマグリとカツオを膾にして皇后に献上したことになっている。どちらでもいいけど、膾を献上したイワカムツカリが日本料理の祖神と崇められるようになったことは、のちに日本料理において刺身と庖丁が特別の権威的な位置を占めるようになったことに関係するとみてよいと思う。でも、それは、792年に安曇氏が失脚して、内膳司を高橋氏が独占するようになってからだと考えるのが自然だろう。

しかし、安曇氏は、なぜ失脚したのか。なにせ当時、内膳司の長官職にあった安曇継成は佐渡へ流されてしまうのだ。それは、高橋氏が自分がイワカムツカリの子孫として内膳司の長官をつとめるのは当然だという文章を出して、太政官がそれを認めたからだが。なにしろ継成は、三度の神事にわたって高橋氏と、どちらが先を歩くか争ったすえに、高橋氏が先と決められるや不満爆発、その神事を蹴って帰ってしまう。祭の主宰者たる天皇も困っただろう、なにしろ天皇が執り行う権威ある神事でのことだ。で、天皇は列に戻りなさいよと勅を宣したわけだが、継成は言うことを聞かず、それで佐渡へ流されたのだなあ。

ま、そういうことがあったりして、今日はチト忙しいから、ここまでよ。

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