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2003/05/10

サヴァランの一言

さて、それではファンタジーにもどろう。
アヤシゲ新聞の、ある日曜日の一面の論説、社長のモクドーが書いている。

うひゃひゃ、著名なブリア・サヴァランの『美味礼賛』のなかで、もっとも引用の多い個所は、これである。

「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう」

とりわけ日本の美味や味覚に関する著作のなかでは、よく目にする。ここにあげたのは、1967年発行の岩波文庫版、訳者は関根秀雄と戸部松美であり、ほかの翻訳もあるが、イチバン使われている。著者によっては、自分がガイコク語を知っているぐらいのことを露出したいがためか、原書から独自の翻訳で引用する例もある。しかし、この翻訳には、かなわい。

なぜ、この引用が、ひんぱんなのか? 翻訳本にも、見かけなくはないが、はるかに少ないし引用の方法が異なっている。なぜ、この引用が無数といっていいほど、日本のグルメ本において、ひんぱんなのか?

その一つの理由は、この一文が、短くはない著作のごく最初のほう、本文に入る前のアフォリスムのところに登場するからだと考えられる。つまり岩波文庫版に従えば、目次のつぎ、「読者に告ぐ」とある扉を開いたすぐのアフォリスムの4番目に登場するのだ。

その引用の仕方から見て、『美味礼賛』はまったく読まずに、この引用個所だけを孫引きひ孫引き的に使っている例もあるが、そういうことを多少なりとも後ろめたく思うひとは、てっとり早く岩波文庫版を手にするやパラパラと見ると、なんとよろこばしいことに、解説と目次と扉をのぞけば1ページ目にこれを発見する。かくてすぐさま、自ら「読んだ」という自信を持って、そこから先も、いやその前の解説すら満足に目を通さずに、ここだけを引用することになる。ちょっとマシなひとは、2ページ20項目にわたるアフォリスムを全部読むくらいのことはするかもしれないが、引用者の多くは、この個所しか記憶にないだろうと思われる。

もっとも笑止なのは、自らサバランになった気分で、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう」と述べる著者が少なからずいる。まさに全文を読んでいないがゆえに、そういうお粗末がおきるのだろう。

わたしはそういうひとに向かって、こう言いたい。「文章を見れば、どういう人間かわかる」

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