« 日本料理の伝統 | トップページ | 日本料理の伝統3 »

2003/07/12

加賀屋のち松露のち日本料理の伝統2

ああ、昨夜は東京駅八重洲口の加賀屋で飲んでいたのだが、先週の金曜日4日に行って、どうしても気になる中野の51番街「松露」にハシゴしてしまった。このあいだは松露についたとき、すでにだいぶ酔っていたので、あまり記憶が正確でなかった。そこで、いろいろ確かめたいことがあった。とはいえ、また二軒目であるから、すっかり酔ってしまい、もう一度いかなくはいけないぐらい覚えてない。と、また行く口実にするのであります。でもこのあいだは終電に間に合わなかったが、昨夜は終電にからくも間に合った。

4日の日記の訂正をすれば、ご主人は66歳ではなく67歳、女将つまり奥さんは80歳は間違っていなかった。女将は4歳のとき都心から阿佐ヶ谷に越してきて、1965年に松露を開店している。おれが中野へよく行くようになったのはそのころからだから、うろ覚えのところが話ながら、いくつか確認できた。ま、とにかく、近々、当サイトにジャンクな写真と共にレポートしよう。

さてそれで昨日の続きだね。まだ酔いが残っているようで、めんどうな話はめんどうだな。

「新しい食物は、支配階層に所属する専門の料理人によって開発されるほかに、また食品環境のすぐ側で日常的に食品に接している民衆のなかからも生まれる」と児玉さんは書く。「また食品環境のすぐ側で日常的に食品に接している民衆のなかからも生まれる」と、これは地方料理や郷土料理のことのハズだが、素直にそのようには書かない。なんというまわりくどい表現だろう、「地方料理」や「郷土料理」はシロウト料理だから認めたくないのだろう。

さらに続けてこういう「そして、後者の新しい味覚を集大成し、洗練するのは支配層である。初期アメリカの新しい味覚開発についてもそのような事情があった」

ここでトツゼン「初期アメリカ」が登場する。なんじゃ、関係ないだろうと思うが、そうでもしなくては、コルドン・ブルーのように地方料理に敬意を払う立場とはちがう、どうしても自らの優位だけを強調する立場を正当化できないのだろうね。どこまでも君臨し威張り、とにかく自分たちだけが「日本料理」だと言い張りたいのだ。しかし「後者の新しい味覚を集大成し」というが、その事実はいつどのようにあったのか、彼女たちの「日本料理」は本当にそれをやったのか。じつは彼女自身が、このあと、やってないと証明している。(つづく)

|

« 日本料理の伝統 | トップページ | 日本料理の伝統3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30930/7035040

この記事へのトラックバック一覧です: 加賀屋のち松露のち日本料理の伝統2:

« 日本料理の伝統 | トップページ | 日本料理の伝統3 »