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2003/08/09

コロッケ傷害事件6

 佐藤隆介氏のように、自分の嫌いなものが出たぐらいで、池波正太郎の「教え」をたてに、お膳をひっくりかえされる主婦は悲惨である。そのような食卓に食べる愉しみは育つのだろうか。そういうものが育たない食卓で料理のうまいまずい、ニセモノホンモノの話が、どれほど意味をもつのだろうか。
 池波正太郎にとっても迷惑な話だろう。池波は食べ物の好き嫌いをいうことを恥じていたはずだし、あるいはお膳をひっくり返したことがあったかも知れないが、それは若気のいたりで癇癪もちが爆発したことがあったであろうと想像つく程度の表現にとどめている。佐藤隆介氏が「教え」をいうなら、こういう池波をこそ、「教え」にすべきだろう。
 つまり、『食卓の情景』の「惣菜日記」には、こう書かれている。

………
 また、ひどくまずいものを食べさせられたときは×印をつけておく。
 ときには、
「……今日の夕飯は、身にも皮にもならなかった」
 なぞと、大仰なことを書いている。
 これは家人の眼にふれることを意識してのことで、
「こんなものを食べさせられていては、とてもとても仕事がつづかぬ。家族を養うチカラもわいてこない」
 と、つづけたりしている。
 このごろはもう、そのようなことを書いてはいないようだ。
 また、以前ほどに膳の上を見て、いきなり癇しゃくをたてることもなくなり、なんでも食べようという心境になってきている。
………
 私も少年のころは、なかなかの偏食であったらしいが、戦争中、海軍に入って、それがほとんどなくなった。
………

 そして、池波正太郎は、コロッケのジャガイモは「間違いだ」なんていう言い方をする人間では、断じてない。
 おなじ『食卓の情景』の「京の町料理」で、池波正太郎が馴染んできた東京下町風の濃い味付けを、旅先の料亭で味わってのことである。

………
 心身を惜しみなくつかい、汗水をながしてはたらく町民の舌が、そうした味を要求するからだ。
………

 と、味覚の基準を「心身を惜しみなくつかい、汗水をながしてはたらく町民」においている。であるから

………
 私は、他国や他家の料理や食物の悪口をいわぬようこころがけている。
 これほどに愚劣なことはない。
 人の好みは千差万別で、それぞれの国、町の風土環境と、人びとの生活によって、それぞれの好みがつくられるのだ。
………

という。

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