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2003/11/30

では、イラク問題

イラクで日本の外交官つまり政府関係者が殺害された事実は重い。憲法を改正しないまま、なし崩し的にブッシュが始めた「テロとの戦い」に、日米軍事同盟をたてに参戦した結果だろう。一方に平和憲法で安逸な日々が保証されている日本人がいて、一方にブッシュのために戦地で死ななくてはならない日本人がいる、この矛盾した状況をつくったのは小泉政府与党である。

憲法という法治国家の要を無視してはならないのだ。それほど世界平和にとって、ブッシュのいうテロとの戦いが重要なら、憲法の戦争条項だけでもよいから変えて参戦すべきである。でないと、そもそも、国民の大部分はブッシュの対イラク戦争に「参戦」しているという自覚すらないだろう。それは、なし崩し的に参戦をすすめてきた、小泉政府与党がもたらしたのだ。

小泉政府与党は日米軍事同盟をたてにするが、もっとアメリカと深い関係というか経済的にはアメリカのふところで生きているようなメキシコですら、自国の憲法では参戦できないので派兵してない。憲法とは関係なく、世界平和の実現は国連を基本にという国際ルールを守って参戦していない国は、アメリカの同盟諸国にもあるではないか。元自民党幹事長の加藤氏も言っているが、日米軍事同盟の堅持と、ブッシュ政策の支持は別のことだろう。そもそも対アメリカテロは、アメリカの対外政策の不手際が招いたものではないか。

いま死んだのは2人だが、小泉はテロとの戦いはやめないといっている。そういうふうに武ばることで、戦争の泥沼にはまるのだ。そもそも憲法を無視した参戦は、それ自体がテロと同質のものではないか。フランスやドイツのように巧みに外交を駆使することを知らず、戦争したがりやのブッシュバカと小泉バカの犠牲は、まだ増えるのだろうか。

だとしたら憲法を改正してからにしてほしい。あるいは自衛隊の派遣は、ブッシュのテロとの戦いを支持する自衛隊派遣をするかどうかの国民投票をしてからにしてほしい。もともと戦争とは理不尽なものであるが、さらにいまの憲法下で小泉政府与党の勝手で戦地に行かされ死ぬことほど、はなはだしい理不尽はない。

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2003/11/29

クソクラエ魯山人2

『文学界』という雑誌だったと思うが、同人誌に載った作品を批評するページがある。そこで以前、批評家は誰だったか忘れたが、陶芸家を主人公にした作品を批評していたことがあった。

そのなかで、陶芸あるいは陶芸家が文藝の対象になることはよくあるが、陶芸や陶芸という芸術をやるひとを主人公にすることで作品が芸術性を持つという錯覚や自己陶酔があるようだ。その作品もそういう例だというような指摘をしていた。

そして、ナゼそのように陶芸が芸術の対象になりやすいかというと、アレは焼き上がりがどうなるかわからない神秘性がある、それを経験と勘で判断する職人芸がつきまとう、そういうものを芸術と錯覚するひとが多い、というようなことを言っていた。

陶芸と料理は似ている。魯山人は、陶芸と書と料理を主な芸術活動の対象にしたわけだが、そのうち陶芸と料理は、満足な仕上がりのためには職人的な経験と勘が必要な部分が残るものである。で、職人芸的に満足できると、ホラこれが芸術だと錯覚しやすい。それができる自分、それがわかる自分は、特別な人間であるという優越感や自己陶酔が発生しやすい。

魯山人の場合も、そういう傾向があった。そもそも、芸術に強くアコガレていたフシがあるし、そして芸術家として認められる過程で、芸術家はエライと思うようになったフシがある。そういう俗物性は、彼の魅力でもあって、彼ぐらいにやりとおせば、ハッタリの上手い詐欺師か芸術家かわからないところがあって、とても面白い。

問題は後世、彼がいった、「美食で非ずんば口にしないというような見識」を備えなくてはならない、とか、料理は「こみあげて来る真心でつくらなければならない」とかを、そのまま鵜呑みにし、あれはダメなってない、これはよい職人仕事と区別し、あるいはランキングしていくことで、自分がさも美食家、グルメであるかのような錯覚や自己陶酔に陥るとなると、これはもうバカじゃないのとしかいいようがない。

しかし、「職人芸」「職人仕事」といった古い時代的な基準に、まだ酔っているグルメの多いことである。「匠」なんていう文字が、工場生産のラーメンのパッケージに印刷されているのを見ると、グルメとは「自己認識や社会認識に欠けるひと」という意味ではないかと思ってしまうね。

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2003/11/28

クソクラエ魯山人

ブリア=サヴァランの『美味礼賛』から引用して、グルメを気どる人たちがいる。だがカンジンなことを、そこから学んでない。美食は、それぞれの生活に応じて楽しむものだということ。グルメになるには、教養と知性が必要であるということ。

グルメを気どる人たちが犯している過ちの一つは、サヴァランと北大路魯山人を並べて賞賛したり、同等に扱ったりすることである。おそらくサヴァランと魯山人を語ることで、自分の教養や知性のほどを誇示したいのだろう。しかし、これは、まったく間違っているし、グルメに対する理解を間違っていることの証明である。

サヴァランは料理とは関係ない職業を持ち、食通でなくても食べていけた人である。かれが料理をつくるのは商売ではなかった。しかし、魯山人は食通を職業としていて、料理を職業としていたのである。しかも成功したとは、いいがたい。この差は大きい。そこを理解しなくて、グルメというのはオカシイ。

職業としてグルメをやっている人と、そんなことしなくても食べていけるグルメは区別されなくてはならない。そのカネがないと暮らしに困るカネをもらってグルメしている人と、そのカネがなくても暮らしに困らないカネを払ってグルメしている人の違いは大きい。もともと、食通とかグルメは、後者なのである。

魯山人を権威やモデルにしているあいだは、日本のグルメの成長はない。と、断言しちゃおうかな。

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2003/11/27

食文化6

ええ、昨日は、パナソニックバカソニックのおかげで、FAXにふりまわされ消耗しましたので、いろいろ予定が狂って、忙しいのにバカヤロウの気分。今日は、やることいろいろあるから簡単にすまそ。

いづみやの記事を書いていて、まだ続きは書くが、いま書いたところは、「空間論」が多いね。前に『大衆食堂の研究』を読んだ人から、これは空間論だね、といわれたことがあるが、ま、そういう見方もできる。

食事というのは、「食べる」一点に森羅万象あらゆることが集中しているわけで、それをまた人間のもてる感覚の全てを使って感じ食べているわけで、食事は口と舌だけでしているのではない。たとえば明るさを変えただけで、味覚は違ってくる。

食文化の奥の深さというか果てしない広がりというか、すごいものがあるのさ。その全てを、じっくり楽しみたいね。

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2003/11/26

困ったFAX

じつは、ちょっと困ったことがある。
FAXの調子が悪い。パナソニックの新型おたっくすに買い換えたのだが、これがもう、Eメール機能だのなんだの、どうでもよいことだけに一生懸命で、基本性能はどうしようもないバカなのだ。どれぐらいバカか書いているとアタマにくるので書かない。そもそも電話に留守電とFAX機能だけでよいというのに、そういう機種がないこと自体おかしい。メーカー戦略の都合だけで、モノがつくられているのだ。

それで最近もバカ続きで、おれがウチにいるときはよいのだが、先週末いないとき受けたFAXの受信印字ができなくて、誰から来たものかもわからないのが一通あるのだ。
順番に、心当たりに連絡して、おれにFAXしなかったかきいているのだが、いまだにわからない。ものすごく気になる。

ここを見ているひとは、メールがあるだろうから、ここにこうして書いても、誰がFAXをくれたかわかる見通しはないのだが、ま、こうやって書いているわけである。

松下幸之助なんて「経営の神様」なんていわれたけど、本当に優秀な経営者だったかどうかは、死んだあと何年間か何十年間かたってみないとわからない。ちゃんとした人材や技術を残しているかどうかは、だいぶたってからでないとわからない。ナショナルもパナソニックもロクなものつくってない。松下政経塾から何人も国会議員を出したからといっても、本業のほうがこれじゃあ、その国会議員の中味も知れたものだろう。ロクなもんじゃないにきまってる。
ああ、アタマにきたぞ。

そもそも日本の財界などは、能無しばかりなのだ。政治と銀行を利用して、中小企業という、もともと弱いものを潰して、そのマーケットを奪って大きくなり、あとは経営に困ると合併して帳簿をつけかえて大きくなったとこばかりである。企業ノウハウで勝負して成長した大企業なんかゼロに近い。ソニーやホンダがもてはやされても、あの技術は戦前戦中の軍需産業のおかげであって、日本の経済成長の基幹産業だった重工業ほかみな同じ、ま、食品工業の技術もそうなのだが、ほとんどその財産をくいつぶして、自分の手柄のような顔をしている。そういう大企業の経営者が財界人づらしているなんて、笑わせらあ。
アタマにきているから、今日は、そういうこと。

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2003/11/25

食文化5

あいかわらず10000軒食べ歩いただのといって偉そうな顔しているグルメライターだのフードジャーナリストだのがいる。10000軒などとナゼ言うのか、自分の書く食味記事に権威をもたせるためだ。それ以外、まったく中味がない。

一方で、コツコツ家庭の実体を10000件以上あつめ、「うまい」の基準はどうしてつくられるかを研究しているひともいる。つまり味覚は、食品の生産や流通、風土の地域性や時代性に左右されるのであって、では日本列島における味覚構造の原点は、どこにあるかという研究をしているのである。

10000軒食べ歩いたから「わたしのうまいは絶対」と偉そうにするやつと、より多くのサンプルから「うまいの構造」を探っていこうという研究者、とくに前者は、おそらく食べ歩く時間に人生を使い、たいした勉強もしてないのだろう、この両者が交わる接点がないのである。

「わたしのうまいは絶対」と偉そうにするやつは、ほとんど、生産者や料理人など提供側からの「耳学問」で、それを検証もせずに垂れ流している。陳腐というか、ようするにバカである。こういう人間が国内だけではなく世界をかけめぐり、短い時間で数だけこなしイイカゲンな記事を書きまくるわけだ。あるものを自分が「うまい」とする、その構造についての知識は、まったくない。自分自身が生きてきた食文化の構造についても、自覚がないのである。

だいたい、江戸時代にはマグロのトロを下品としていた同じ日本人が、どうしていまじゃトロトロと喜ぶのか。ま、バカのことはどうでもよい、うまいは「生活の場」で決まるという考えで、その原点はどこかと探っていくと、「いろり文化圏」で育ったか、「かまど(へっつい)文化圏」で育ったかが関係するという説があって面白い。これは一つの仮説にすぎないし、あくまでも「うまい」の「原点」がどこにあるかであるが、最近では情報が味覚にもたらす影響なども研究されている。

あ、それで、なにを書こうとしたのだっけな? 忘れた。ま、とにかく、食品の生産や流通、風土や台所の構造……これらを総合して「食文化」というわけだが、「うまい」の味覚は食文化の構造によって左右されてきたってこと。

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2003/11/24

食文化4

いまでは正式になんというのだろうか、叙位叙勲制度というものがある。生まれながらに平等である人間に、位をあたえ勲章をあたえ序列をつけようというものだ。戦後一時なくなったのだが、復活している。

勲一等ナントカとかね。おれがガキのころは、列車の車両にまで、一等車、二等車、三等車なるものがあって、これはまあ戦前の名残りなのだろう、やがて普通車やグリーン車にかわったが、日本は最近でも、そういうことをしている国なのだ。

おれが直接知るかぎりでは1970年代の日本料理業界つまり板前料理職人は、イワシを「下魚(げざかな)」とよんで、そんなもの料理に使えるかという、思想というほど強固なものではなく、下魚をバカにして偉そうにしている根性をもっていた。その業界で育つと、そういうことでないとやっていけなかった。魚や野菜に序列があり、それを守ることが日本料理の伝統を守ることだったからである。

なぜそういうことになっちゃったのか根本をたどると、聖徳太子が定めた位階制度までさかのぼることになると思う。ただ、聖徳太子は、その時代の政治経済において必要なことをやっただけだと思うが、そしてこれは貴族たちの序列を定めたにすぎないものだった。が、後世の人間がそれを食べ物にまであてはめた。コイが一等で、その次はタイだの、あれは下賎の食べ物だ下魚だと、食べ物にまで貴賎をつけ、それをしかも近代の資本主義になっても「伝統」と称して続けたのは、どういうわけか。

そのへんに日本の戦前まで続いた支配階級、貴族制度や貴族文化の愚鈍愚劣があり、その残滓を依然としてありがたがって続けているのが、いまの日本である。ま、だから、ニセの皇族にだまされたりする事件があるのだが。だまされたのは、ほとんど中流以上のクラスということを考えれば、日本の上層には相当オカシナ文化が依然として漂っているのである。

そもそも、イワシやサンマやカツオなどの下魚、大衆魚を食べていれば、輸入魚や養殖魚の利用は減り少しは自給率も改善されるはずなのだ。しかし貴族文化を中心にすえる伝統主義は、序列により、それを排除してきた。伝統主義の日本料理自体に日本料理を崩壊させる根があったのだ。そのことを自覚しないで、叙位叙勲をありがたがり、食糧自給率の低下を嘆き、伝統回帰を主張するのは、おかしい。

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2003/11/23

食文化3

ちょっとウロオボエなのだが、「井の中の蛙大海を知らず」という言葉があったと思う。そのあとだが、「されど、天の青さをを知る」か「天の深さを知る」というふうに続くはずだったと思うが、前のほうだけが一人歩きしたのはナゼなのかと思う。

ま、とにかく「井の中の蛙大海を知らず」強迫観念症候群が、とくに顕著になったのは、一般人の海外観光渡航が自由になった東京オリンピックを境にしていると思う。

多くのひとが忘れてしまっているが、そのとき航空会社や旅行社がお客のターゲットとしてねらったのが、ノーキョーである。そして大挙して、日本の田舎者が海外へ渡航しては、ノーキョーの悪名を流した。

そのころ田舎へ行くと、ジョニ黒を農家の床の間に飾ってある家がたくさんあって、田んぼとにらっめこしてきたオヤジが、急に国際人の物知り顔で、「日本人はダメだね……」とか「ハワイじゃね…」とか「ヨーロッパじゃね…」とかやるのだった。

ま、そういうひとばかりじゃなくて、「どこへ行っても人間の営みは同じさ」という感じで、ゆうゆうと前と同じ感じで田んぼに向かうひともいたが、ごくマレだった。

そうして60年代後半は、とにかく、日本人と日本食は悪者になった。百姓は、よろこんで田んぼを捨て、「外国」のような生活スタイルを進歩として受け入れた。

見聞を広めるのはよいことだと思うが、数見ればよいというものじゃないだろうし、優劣の序列をつけるなんて、いかにも見識に欠けるように思う。それは聖徳太子の施策以来に関係すると思うのだが、そういう連綿と続く文化のなかで自分は育っている自覚というか自己認識がない。そのまま海外の文化と接し、おれは世界を知ったぞ、人間を知ったぞと、「どちらが上で、どちらが下か」の序列をつける。

ま、なにが言いたいかというと、文字数の制限があるので話は一挙に飛躍するが、食べること、味覚は、自己認識と社会認識のあいだに成り立っている。食べることは批評であるという意味は、そこに成り立つのだ。ということ。だが、そういうことは無関係に、世界いくつの国を食べ歩いたとか、世界を見なきゃダメだ、ってことになるのだなあ。根本が間違っているよ。

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2003/11/22

田舎者路地裏人間

そういえば、昨日、『散歩の達人』12月号が発売になったのだった。「とん汁青春論」を読んでいくつかメールをいただいた。どうも、ありがとうございます。

そのなかに、小さいときから同じ町内だった同年の友人からのものがあって「昔の伊勢町小路の匂いがプーンとしてきそうな」という感想があった。ワレワレは六日町の伊勢町の小路を飛び回って遊んでいたわけだが、豚を飼っていた家もあったし、めしどきになると準備する匂いが、町内をおおったものだ。

それはともかく、このサイトのどこかに書いてあると思うが、おれは「東京人になりきれなかった、田舎者路地裏人間」を自覚しているわけで、『散歩の達人』は、その地で書けるからいいね。

「東京人になりきる」ことは東京の生活を要領よく受け入れることが不可欠だろう。田舎から上京すると、まずは東京の生活に同化しなくてはならない。その過程に「食べること」が位置づいているわけだけど、大衆食堂では東京生活と自分とのズレをいちばん感じないですんだといえるだろう。

阿部食堂のご主人は、取材で話をしているときに、「とん汁は、田舎料理ですよ」といった。田舎でとれたものを、なんでもぶち込んでできあがったのが、とん汁なのだ。まったく自然な流れで無理なツクリゴトがない。

東京の生活というのは無理が多すぎる。とりわけ表の大通りの華麗な生活は無理がありすぎる。日常の立っている位置としては、田舎者路地裏人間ていどが、ちょうどいいと思うのだ。それは、とん汁的日常である。そしてときたま表の大通りの生活をヒヤカシに行く。楽しいね。

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2003/11/21

食文化2

けっきょく、「よい食事とは何か」の思考の欠如が、70年代以後の食文化の特徴だったといえるだろう。

そして「食文化」というと、「文化の香り高い」ブンガクやゲイジュツを引用しながら食事や料理を語ったりすることや、「文化の香り高い」高級、綺麗、お洒落、雅、華麗、またそういうものの異次元的価値としての異国情緒など、上辺の華やかさや話題性だけが文化になりえた。成りあがり者の貴族趣味、文化を虚飾に利用する、そういうことだけが、「食文化」として認知されたのだった。

その心根には、差別意識や優劣観、とくに「貴族的生活」を上とし、「労働的生活」を下とする差別意識や優劣観、たとえばそれは懐石料理を上とし、モツ煮込やとん汁を下とする意識であり見方だが、そういうものが強くはたらいていると思う。

ハンセン病患者の利用を拒否した黒川温泉の「アイレディース宮殿黒川温泉ホテル」この名前からして「宮殿」などと。こういうところの人間も料理も食堂も、およそ想像がつくのだが、このホテルも、アイスター化粧品グループも、一貫して「"美しく 心とともに美しく"をテーマに」やってきた。笑わせるね。

しかし、また、どうして、このような見るからに虚飾のかたまりのような名前とテーマのところを宿泊先に選んだのだろうねえ。「美しく」だの「こころ」だのをウリにしているトコには、ロクなものはないはずなのに。

それはともかく、ハンセン病患者や、かれらのための出版を多数手がける、皓星社の営業のSさんから、京都へ行くとよく利用する大衆食堂「スタンド」のユニークな計算書とレポートが届いている、近々当サイトに掲載します。

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2003/11/20

食文化

たとえば、プロバイダーやポータルサイトなどの検索カテゴリーを見ると、「食文化」や、それに類するカテゴリーがない。「グルメ」や「レシピ」など、食べ歩き情報や料理技術情報にまとめられる傾向がある。

「食文化」という概念が脚光を浴びたのは日本では新しいことで、1970年代後半以後だ。そのリーダー的な存在の石毛直道さんは、「食の文化」について、つぎのように述べている。「"日常茶飯事"ともみえる『食』のなかに文化を発見し、学問研究の対象とする。すると、そこに現れてくる『食の文化』の本質は、食べものや食事に対する態度を決めている精神のなかにひそむもの、すなわち人びとの食物に関する観念や価値の体系であるといえる。食べることに関するモノや技術、人体のメカニズムをいわばハードウエアとすれば、これはソフトウエアに当たるものである。」……学者の立場の発言で、言葉づかいが難しい。

ようするに「よい食事とは何か」に関することである。それは、「うまさ」に関する精神のありようも深く関係する。

ハードとソフトのバランスが崩れるとどういうことになるかは、いま「医療事故」でみることができる。つまり医療機器やハードのシステムの日進月歩はあっても、それに応じた医療文化の成長がないところから人為的なミスが続くとみることができる。「医療文化」とは、「よい医療とは何か」に関わることだ。

食文化の場合も似たような状況があって、実際に「事故」あるいは「事件」が少なくない。新しい食品や料理技術はドンドン導入されグルメだのなんだのと騒いだけど、さっぱり食文化の成長がないのだ。食文化の成長とは何かということが議論にもならない。カテゴリーに「食文化」や、それに類する言葉がないのは、そのあらわれだろう。もっとも、おかげで、グルメやレシピのサイトなど、日本の食文化が、どのように偏向しているかの資料としては事欠かない。

ま、一応、当サイトは大衆食の中に食文化を発見していこうというスタンスなのだが。おかげで、どこのカテゴリーを見ても、ピッタリくるものがない。

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2003/11/19

かき揚げ丼の食べ方

ときどきかき揚げ丼が食べたくなり、自分ではつくるのめんどうだから、店で食べる。店は、どこでもいい。かき揚げ丼は、いろいろな食べ方があるようだが、先日は「天や」で、新しい食べ方を試みた。これがなかなかよい。

まず、かき揚げの半分ぐらいをつまみにビールを飲んだ。これは比較的よくやっている。それからだ、残りの半分をほぐし解体し、めしとゴチャゴチャに混ぜて食べたのである。これがうまかった~。

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2003/11/18

料理の歴史

人間の歴史は、ふた通りの見方があるという。一つは、アダムとイブ式で、一組の男女から始まって、増えていったという見方。しかし、それでは矛盾がある。なぜなら、自分には父と母がいて、そのまた父と母がいてというぐあいに、さかのぼるほどドンドン増えてしまう。だけど、これもまたおかしくて、それじゃあ、昔のほうがイマより人口が多いのでなければ計算があわない。というと、いや昔は実際は多かった、早死にだったから溜らなかっただけなのだ、というやつもいる。そいつがいうには、最初の人間もドバッと一度にたくさん生まれドバドバドバドバとガキをつくって、ドバドバドバと死んでいった、そういう繰り返しだったというのだ。

それはともかく日本では、料理の歴史は、この前者のような見方で述べるひとが圧倒的に多い。そこに、いつも「元祖」だの「本家」だのが登場するのである。しかし現実の料理では、そういうことはありえない。ほとんどの料理が、川の流れのように、いく筋もの料理の流れが集まりながら成り立っている。それを解明するのが料理の歴史のはずだと思うが、それにもかかわらず、元祖だの本家だのというのは、料理の歴史を書く人間のアタマの問題なのだ。

一つには、戦前まで長い間支配的だった、イエの歴史の方法から脱け出せないでいるアタマがある。これは、まさに、アダムとイブ式であり、日本的にいえばイザナギとイザナミ式であり、イエの歴史つまり系図の歴史であり、その頂点には、ふつうは男が一人いるのである。そういう方法で、天皇家の長の系図や徳川将軍の系図をつくり、そこに由緒由来をつける、それが歴史だった。その方法で料理の歴史をつくる。

もう一つには、それとも関連するかも知れないが、料理の技術の実態ではなく、名前の系列を追う方法である。これは、単に怠慢から出ているのだろうと思う。例えば、おでんの「ルーツ」は田楽豆腐ということに通説ではなっている。しかし、これは、あきらかにおかしい。豆腐田楽は焼き物であり、現在のおでんは、「関東煮(かんとうだき)」という名前もあるように、料理の実態としては、煮物であり炊物である。にもかかわらず、田楽豆腐が「先祖」になってしまうのは、料理の実態を調べずに言葉だけを追いかけた結果だろう。

カレーライスの歴史ほか、そういう歴史が多いね。

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2003/11/17

きくや

最近はシヤワセなことに若い女性と飲む機会がふえている。それで、おれは、だからといってコジャレた飲み屋へ行くわけではなく、新宿だとションベン横丁というか、いまは「焼き鳥横丁」になっている線路際の「きくや」へ行くのである。

ところが、この「きくや」も最近は若い女性の客がふえて、このあいだなどは、二階の半分以上がそうで、おれのようなオジサンは少ない状態なのだ。どうしたの?

ま、それはよいのだが、そこで、「うわ~ココすてきぃ~東南アジアみた~い」とかいうんだよなあ。バカヤロウ、ここはれっきとしたニッポンだ、おれたちはむかしからここでニッポン人をやっているんだ。と、思いつつ、でも若い女の客がふえるっていいよなあ、と思うのだった。でなきゃ、オヤジたちはリストラで飲み代もケチらなきゃならないから、「きくや」はさみしくなるもんね。

それにしても、「きくや」は安い!

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2003/11/16

納豆ライスカレー

知人に『最新 納豆製造法』という本を送ってもらった。昭和12年(1937)初版の第二版、昭和17年(1942)発行の古本。これが、おもしろい。歴史、原料などはもちろん、製造法の装置などは写真や図面入り、工場の設計図まである。

そして「納豆の食用法」があって、そこにはナント、「納豆ライスカレー」がのっている。都内に納豆カレーで有名なカレー屋があるが、もう戦前の本にもあるのだ。

そして、通常やっている、納豆と醤油をかきまわしめしにかけるのは、「即席納豆」だってさ。
「即席納豆 納豆を適当な器物に移し、醤油を適宜に加え強く攪拌後温い飯に添へて食用する」

「納豆ライスカレー 納豆を油(バター又はラード)及び玉葱と共にフライ鍋に入れていため、カレー粉を水又は牛乳で適当の濃さに溶きて加へ、ライスカレーとして食用する」しかし、これじゃあ、ちょっと、大丈夫かね~、というかんじではある。

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2003/11/15



「元祖」や「本場」にならんで多いのは、「本物の味」という言葉だ。いったい、自分の料理を「本物の味」なんていうひとは、自分で何をいっているかわかっているのだろうか。おれは「本物の味」なんていう言葉をつかって自分の料理を説明するような料理人や店は信用しない。

たとえば山にはえているキノコは、「自然の味」「自生きのこの味」ということはできても、それでも、味の表現になっているとはいえないが、まるで根拠のないことではない。しかし、人間が育てた鶏の肉を、しかもタレかなにかをつけて焼き、「本物の味」なんていうのは、まったくおかしい。正確に、その味を表現してもらいたいと思うし、正確に表現できないようなひとが料理をつくり、「本物」だと偉そうにするなんて、ばかばかしくてお話にならない。

「本物の味」という表現は、1970年代の初頭からはやりだした言葉だが、どうして、いつまでもこういうことが続くのかね。

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2003/11/14

けんちん汁とニギリメシ

寒くなると、けんちん汁やとん汁が食べたくなる。地方へ行くと、秋のきのこの季節には、きのこけんちんやきのことん汁があって、きのこが熱い汁を吸い込んでアチチアチチ状態になっている。このきのこが山のものだったりすると、うめえうめえ。

それでね、まあ、なにがいいたいかというと、そういう汁でめしを食べるときは、なぜかニギリメシが欲しくなるということさ。もちろん、熱燗と一緒というのも、悪くはないが。ニギリメシにあんぐとかじりつきながら、アチチの汁、できたら大きなドンブリなどの器に盛った汁を飲むというのが、ガツンガツンでいいのさ。

さて、こう書いていると、今夜あたりは、けんちん汁でもつくるか? ってことになるかね。

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2003/11/13

「御用達」といふこと

「ナントカ御用達」という表示のある食べ物が、よくある。よく見かけるのは「宮内庁御用達」だが、お寺や神社の名前のこともある。こんなことが平然と行われているのは、食べ物の分野ぐらいらしい。

権威に弱いというか、問題は、それで嗜好が左右されてしまうことだ。さらに権威に左右されている嗜好に気がつかないことで、どんどんどん増幅的に過剰な反応になっていく。1970年前後からの食生活の急激な変貌やグルメ騒動には、そういうことが深く関係していると思う。

「献上とか褒賞とか誰の推奨とか何々ご用達といった文字をレッテルに書込んである商品が食品以外に何があるだろうか。どこの元首が何を食ったとか、テレビの料理番組につかわれた材料がそのまま宣伝になるくらい、人間の心理はこと食に関しては動きやすいものである。
 しかも日本人は元来まことに性急なもので、そのことが時に勤勉になったり戦闘的になったりおっちょこちょいになったり中途半端な行動になったりする。そういうところに伝統の根付くいとまはない。幸いなことに日本人は一方では規則好きだから、規則の部分だけは古いものを残してそれを伝統と認識する。食についてもまたそうである。」

ようするに形式以外は、伝統の内容がない。これは、1979年、生活学論集3「食の生活と文化」で、当時の日本生活学会監事、高松圭吉さんが書いていることだ。

しかし、もちろん、全部が全部こういうことではない。大衆食堂のように、古臭くて汚らしいといわれるぐらいノンビリ変化しているところもある。とにかく、自分の生きた文化をじっくりノンビリ熟成していくことだね。ここ数十年の急激の変化は、長い目で見れば、わずかの間のことだ。やがて根付くものとそうでないものにわかれるだろう。

それにしてもテレビを見ての右往左往は、いいかげんにしてほしいね。いまじゃ、「有機栽培」だの「自然食」だのまでブームになって。そんなことは自分の生きている現実から考えることさ。

自慢じゃないが、ウチにはテレビがない。それで、ときどきテレビ番組をつくる手伝いはやっているのだが……。有機栽培や自然食にはしるより、それぐらいなら、先にテレビとおさらばすることだ。なくてもちっとも困らない。そのていどの内容しかやってないのさ。本当は、新聞もとってない。まったく困らない。

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2003/11/12

料理の歴史

つぎの本の原稿を出版社に渡す約束が12月中旬で、迫ってきたかんじがある。ここんとこ、あと1ヵ月しかないと計算しては、かなり真剣になっているように思う。なにしろ、こればっかりは、前日になってから取りかかり書き上げるというわけにはいかないから。

真剣になれば、どんどん書けるというものではないが、真剣にならないうちに1ヵ月すぎてしまったから、真剣になれば少しは違うだろうと期待している。おれは真剣だぞ真剣だぞ真剣だぞといい聞かせ、パソコンをにらんでいるのだが……おかしいな、ちっとも原稿ができてないね。真剣になってもダメか。

それはともかく、いろいろ資料だけは見ているのだが、ちょっとさあ、いいかげんにしてよ、と言いたいぐらい、「元祖」だの「本家」だのという言葉が使われ料理の歴史が語られる、料理の話が多い。こんなのマットウといえないよ、いまどきそんなバカやっている分野は、あまりないだろう。

わが日本史においては、天皇の系図を覚えたり、将軍の系図を覚えたりするのが、歴史を勉強するということだった時代がある。それも政治史においては、まったく意味がないわけじゃないかもしれないが、歴史の方法は、もっと総合的に科学的に進化している。

しかし料理の歴史談義は、もうまったく古い系図をたどるような歴史の方法を続けていて、科学的とはいえない。だから「元祖」だの「本家」だのという言葉を平気でつかうのだと思うのだが、それで何があきらかになるというのだろうか。料理の歴史を、系図づくりと間違え、どこかのイエや墓石の歴史と間違えているのではないか。

食べ物の話の本は、ものすごくたくさんあるのに、いざ自分のことになると、自分の親や祖父母の代ですら何をどう食べていたか、はっきりしないことが多い。本の内容と自分の生活とのギャップが大きいのだ。それは食べ物の本を書くひとたちが、料理の歴史とは生活の技術の歴史であり、人間が、あるいは日本人が、何をどう食べてきたかの歴史であると、しっかり自覚してない結果だろう。

って、偉そうに書くと、自分の首をしめることになりそう。

ついでに、おれは今月21日発売の『散歩の達人』12月号に、「とん汁青春論」を書いてますぜ。校正は終ったから、なにか特別のジケンでもないかぎり、予定どおりの発行になるでしょう

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2003/11/11

おでん食べた

寒くなりましたなあ。昨日はおでんのことを書いたら食べたくなって、おでんをやりましたわ。おでんは、その日によって気分のままにつくるってのがいいね。

昨日は、魚のすり身系は一切なしで、だし汁もカツオ削り節に豚バラ肉少々、醤油と酒をくわえるだけにし、そこへ大根とゆで卵と豆腐とがんもとこんにゃくとじゃがいもを入れ、大根も豆腐の色も変わるぐらい煮て、これをテーブルコンロで土鍋で煮ながら、また豚バラ肉を入れてつつき、酒を飲むのですわ。

それで、今朝ですわ、その残り汁をあたためて、めしにかけてくうたのですわ。ウメエねえ。おでんは、この汁をめしかけて食べるとこまでやって、完結というものだね。

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2003/11/10

おでん

とはいえ、ハンバーガーも「ジャンクフード」などと侮られている。食べ物を「下賎の食」だの「ジャンクフード」だのと見下すのは、まったくおかしい。いまでは「下賎の食」という言い方はしないが、「下品」だのなんだのという。

数日前、近くの駅にいたら、どこかの幼稚園児らしい、製帽にブレザーの制服を着た、「お嬢様」づくりの女の子の手を引いた、30歳ぐらいと思われる「奥様」づくりの母親が歩いていた。女の子が「……おでんを食べたい」といった。すると母親は、「ダメ、そんなものを食べては、ママがクッキーをつくってあげますから」といった。

女の子は、「セブンイレブンのおでん」といったようにも聞こえたから、母親の「ダメ、そんなもの」が、セブンイレブンをさすのかおでんをさすのか、両方なのか、よくわからないのだが。もし、おでんがふくまれるとしたら、とんでもないことだと、いまでも気になって仕方がない。

なにしろ、以前からだが「奥様」づくりふうの雑誌の料理記事の、奥様のモデルとなっているのは、あいかわらず戦前からの「山の手中流」風であるからして、おでんのようなものをマットウに考えたことがない。いまでも、蕎麦をズルズル食べるのを、アメリカ東海岸ブルジョワたちのように、「音をたてて下品」などと眉根にしわよせる連中もいる。

食べ物とマットウに向かい合うことなく、ある種の優劣観を通して向い、ある食べ物を「下品」とする、その品性こそ下劣というものだろう。

お嬢さん、ママのクッキーだけじゃなく、セブンイレブンのおでんも食べましょうね。

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2003/11/09

ニギリメシ

KFCのフライドチキンにしろ、マクドナルドのハンバーガーにしろ、たかだか30年ぐらいの歴史で曲がり角にたっている。

ところがわがニギリメシはどうだ。エート忘れたが、これは武士の台頭とともに歴史にあらわれたはずだ。平安時代? 「兵糧」から始まったということになっているが、もとはといえば武士というのは荘園の百姓農民だから、ひごろからそういうものを食べながら労働にいそしんでいたのさ。

つまり民衆の生活食、労働食なのだ。

東京商工会議所が会員むけに発行する月刊情報誌に、今年の夏から江戸の食べ物のことを書いている。これまで、エート、うなぎ、天ぷら、白玉、豆腐、軍鶏、深川丼などを書いてきて、これから、どじょう、おでん、蕎麦、などを書く予定なのだが、みんな「下賎の食」といわれたものばかりだ。食べた人間は下層、それを最初に商売にしたものたちも、ほとんどは店も持てないような担ぎ売りや辻売りの下層の連中。

わざと、そういうものを選んでるのではなくて、長く続いているものを選ぶとそうなるんだなあ。

つまり、みんな長く続いているのは民衆の生活食、労働食なのだ。けっきょく、そういうことなのさ。

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2003/11/08

高級感と大人

「ファストフード業界に広まる高級感

ケンタッキーフライドチキンが7日からオープンするこの店舗、従来のファストフードとは一味違った「カフェ・スタイル」。大人の雰囲気にリニューアルしたといいます。」

という記事があって笑ってしまった。しょせん、ファーストフードはファーストフードであろうが。しかも、どうやら「高級感」というのは「大人の雰囲気」ということらしいのだ。

おれにいわせれば、流行にふりまわされない個の確立した大人として、ボロな大衆食堂でもめしをくえる人間こそ、大人というものだ。だいたい大衆食堂にガキはいねえよ。

スタバだって、いまじゃ、見てみな、ナルホドあれが大人なら、世の中おかしくなってあたりまえだわという感じな、ガラの悪いオヤジやネエチャンだらけじゃねえか。

某スタバのエアーナントカっつう道路っぱたのテーブルなんか、いつも黒服のオヤジが数人道路に向かって大また広げてたむろしている。ああいうものは、そうなるのさ。もともとヤクザな高級感だからね。

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2003/11/07

トシと食べ物

最近、おなじ還暦の連中と飲むことが多い。必ず、食べ物の話が出る。

トシとって食べ物がかわった、というひとがいる。脂っこいのがダメになった、と。

食べるものは、そんなに変わらないけど、多く食べられなくなったというひともいる。なんでもちょっとづつ食べたい、と。

いまのところ、おれは、後者に近い。食べる量は減ったが、だいたい同じようなものを食べている。どうも、前者は、若いころから肉系に偏りすぎていただけではないかと思う。たいがい腹がたれさがるように出て気にしているので、からかってやる。

おれは、むかしからステーキのたぐいなど、めったに食べたことはない。ウチでステーキをやるなど、覚えていないが、数えられるていどだと思う。

むかしから、おおむね大衆食堂的食生活なのだ。外食の場合、ちかごろは朝鮮料理屋へ行く回数が増えたように思うが、ま、焼肉はそこそこに、スープにめしを入れてくっているので、大衆食堂的食生活の感覚である。

もっとも、むかしの60年代の大衆食堂には、けっこうステーキを提供するところがあって、つまり大衆食堂あたりで、厚さ数ミリのステーキを食べてかっこうつけていたやつもいた。カワイイものだった。

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2003/11/06

観念的味覚

日本人の味覚は「観念的」である。と、かつては問題になったが、そのことが話題にならなくなって、ますます「観念的」になっているようで、ブキミだ。

「手づくり」「シュン」など、それは正しくそうなら、もちろんよいのだが、はたしてそうか。

たとえば「手づくり」が主だった時代は、修業の年数がものをいった。それは長ければよいということではなくて、「手づくり」というのは、人間のワザに頼るわけだから、バラツキがでやすい。それを、修業によって、克服する。それが成り立つ仕組みのなかで長年くりかえされた蓄積があって可能なのだ。

脱サラていどで、トツジョ蕎麦打ちをし、「手づくり」や「地粉」「臼引き」をうたい文句にしたところで、うまくいくのはよほど才能のあるひと、天才である。しかし、めったにいないはずの天才がゴロゴロいることになっているのだ。となると、食べるほうの味覚を疑ってみなくてはならない。「手づくり」「地粉」「臼引き」であれば、「うまい」ということになってしまう観念の存在が問題だろう。

一方では、どこそこの「地粉」「臼引き」の手打ち蕎麦より、輸入蕎麦の機械打ちのどこそこの立ち食い蕎麦の方がうまい、などといわれたりする。

「手づくり」「地粉」「臼引き」などは、味覚を表現する言葉としては不適切のはずなのだが、味覚の形容に使われることは少なくない。「シュン」なども、じつにイイカゲンで、たとえばホウレンソウのシュンは、どの時期のどこの、採れてから何時間後ぐらいまで、どの状態までなのか、などは正確ではない。であるのに「シュンだからうまい」ということが、まかりとおっている。そういうイイカゲンなことでありながら、仔細な味を問題にするようなウンチクを傾ける。どうなってるの?

そもそも昔は、シュンのものではない干物を多く、じつに巧みに使っていた。

観念的な味覚は煽動されやすい。とくに短いあいだにイメージや流行に左右されやすく、そういうなかで食品や料理が選択され、あるものは拾われあるものは棄てられ、というぐあいにやってきた結果が今日の食の姿ではないだろうか。

そういうイイカゲンさを考えると、イメージや流行に左右されることの少なかった「時代遅れ」の大衆食堂の料理は、日本のなかでは、まっとうな現実に生きているほうだといえるだろう。

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2003/11/05

おかしなおかしな 蕎麦でした

ときどきワカラナイ食べ物にでっくわすことがある。たいがい「手づくり」だの「こだわり」だの「昔の伝承」だのという形容詞や形容句がつく、大層な説明がある。またしても、そういうものに出会い食べてしまった。

蕎麦である、十割蕎麦だそうだ。手打ちだそうだ。おれは「手打ち」などというタワゴトにだまされない。「手打ち」や「手づくり」とは、バラツキが多いということでもある。

この蕎麦、おれは難点があると思った。蕎麦粉の味と太さと硬さのバランスが悪く、バラバラな印象なのだ。つくっている人間の味覚を疑わざるをえない。大層なことをいわないで、値段も安いなら、文句はないが、そうではないのだ。

そのことを、そこの蕎麦屋を知っているひとにいった。すると、「そんなこというと、あそこのオヤジが怒るぞ……」

もちろん、そんなことはオヤジにはいわないし、二度といかないよ。

手づくり、手打ち、老舗、昔ながら……こういうことは味の表現になっていないのだし、そういうことで説明をしているような飲食店のオヤジは、味覚がおかしいと思う。

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2003/11/03

六日町の万盛庵

一昨日の1日に故郷の六日町へ行って今朝帰ってきた。高山の紅葉は終っていたが低山は真っ盛りで六日町盆地は赤と黄色に染まっていた。もちろん、新米も食べ、酒も飲み、ドンチャン騒ぎもしたが、ちゃんとカンジンな話もきいてきた。

このサイトでも紹介している、六日町の大衆食堂的蕎麦屋「万盛庵」の始まりは約70年前、普通の食堂、ま、簡単なお茶屋のような一膳飯屋のようなアンバイだったのだ。

上越線が開通する前、当時の六日町は万盛庵の裏を流れている、信濃川につながる魚野川の利用が活発だった。万盛庵の裏や周辺には、いまでも残っているが、魚野川の本流から分かれて入る石垣でつくった水路があり、船着場が並んでいて、たくさんの船頭がいた。

万盛庵の、現在の当主の祖父にあたるひとも、その川船頭の一人だった。そこへ、ほかの船頭が寄っては、食事をするようになり、その世話をしているうちに食堂のような具合になった。上越線が開通すると、川の利用はなくなっていき、その食堂が本業化する。そして、いまの当主の父が、在のひとに蕎麦打ちを教えてもらったのが、蕎麦屋の始まりというわけだった。

ま、このことは、そのうち写真入りで詳しく紹介する。とにかく、大衆食堂の多くは、働く生活のなかで生まれ育ったものなのだなあ。

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2003/11/01

グルメ

よい食生活は、よい食事文化(食習慣)をぬきには成り立たない。ところが「豊かになった」日本人は、「よりうまいものを食べる」ことが、よい生活と錯覚したか、そのように扇動された。

「おいしい生活」「おいしいものを食べるわたしはしあわせ」というようなキャッチフレーズに従って、よりうまいものを追いかけた。それが「グルメ」である。

だから「グルメ」にとって、よい食事文化のためのよいセンスは、テーマになったことがない。それは、もろもろのグルメ情報誌のたぐいを見ればわかるだろう。

A級グルメのうちは、まだよかった。「フランス料理」「イタリア料理」というくくりであって、まだその料理ごとの食事文化が意識されることがあった。そこにセンスアップのチャンスがないではなかった。

しかしB級グルメというのは「単品グルメ」であり、食事総体が意識されることはほとんどない。ラーメン、カレーライス、カツ丼、親子丼……と、ただモノを食べまくり、舌だけで味わうという、犬や猿でもできる「グルメ」になった。食事のためのセンスアップなど論外で、そんなことが話題になる余地すらなかった。料理について詳しい知識をもったにせよ、それが食事のセンスアップとむすびつく構造はなかったのである。

そして、よい食事文化、つまり食事におけるセンスアップという課題は、生活の場で意識されることが、少なくなった。グルメ騒動の華々しさと、コンビニフードに頼る貧困な日常の落差は、あまりにも大きい。こういう奇形な「グルメ」をやっているのは、おそらく日本人だけだろう。

ま、それで、このサイトのどこかに書いてあるはずだけど、バカ騒ぎはけっきょくバカ騒ぎに終るのであって、日本の食事文化は大衆食堂の食事を、よりよくしていくことになるだろうってこっとさ。

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