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2003/11/25

食文化5

あいかわらず10000軒食べ歩いただのといって偉そうな顔しているグルメライターだのフードジャーナリストだのがいる。10000軒などとナゼ言うのか、自分の書く食味記事に権威をもたせるためだ。それ以外、まったく中味がない。

一方で、コツコツ家庭の実体を10000件以上あつめ、「うまい」の基準はどうしてつくられるかを研究しているひともいる。つまり味覚は、食品の生産や流通、風土の地域性や時代性に左右されるのであって、では日本列島における味覚構造の原点は、どこにあるかという研究をしているのである。

10000軒食べ歩いたから「わたしのうまいは絶対」と偉そうにするやつと、より多くのサンプルから「うまいの構造」を探っていこうという研究者、とくに前者は、おそらく食べ歩く時間に人生を使い、たいした勉強もしてないのだろう、この両者が交わる接点がないのである。

「わたしのうまいは絶対」と偉そうにするやつは、ほとんど、生産者や料理人など提供側からの「耳学問」で、それを検証もせずに垂れ流している。陳腐というか、ようするにバカである。こういう人間が国内だけではなく世界をかけめぐり、短い時間で数だけこなしイイカゲンな記事を書きまくるわけだ。あるものを自分が「うまい」とする、その構造についての知識は、まったくない。自分自身が生きてきた食文化の構造についても、自覚がないのである。

だいたい、江戸時代にはマグロのトロを下品としていた同じ日本人が、どうしていまじゃトロトロと喜ぶのか。ま、バカのことはどうでもよい、うまいは「生活の場」で決まるという考えで、その原点はどこかと探っていくと、「いろり文化圏」で育ったか、「かまど(へっつい)文化圏」で育ったかが関係するという説があって面白い。これは一つの仮説にすぎないし、あくまでも「うまい」の「原点」がどこにあるかであるが、最近では情報が味覚にもたらす影響なども研究されている。

あ、それで、なにを書こうとしたのだっけな? 忘れた。ま、とにかく、食品の生産や流通、風土や台所の構造……これらを総合して「食文化」というわけだが、「うまい」の味覚は食文化の構造によって左右されてきたってこと。

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