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2003/11/13

「御用達」といふこと

「ナントカ御用達」という表示のある食べ物が、よくある。よく見かけるのは「宮内庁御用達」だが、お寺や神社の名前のこともある。こんなことが平然と行われているのは、食べ物の分野ぐらいらしい。

権威に弱いというか、問題は、それで嗜好が左右されてしまうことだ。さらに権威に左右されている嗜好に気がつかないことで、どんどんどん増幅的に過剰な反応になっていく。1970年前後からの食生活の急激な変貌やグルメ騒動には、そういうことが深く関係していると思う。

「献上とか褒賞とか誰の推奨とか何々ご用達といった文字をレッテルに書込んである商品が食品以外に何があるだろうか。どこの元首が何を食ったとか、テレビの料理番組につかわれた材料がそのまま宣伝になるくらい、人間の心理はこと食に関しては動きやすいものである。
 しかも日本人は元来まことに性急なもので、そのことが時に勤勉になったり戦闘的になったりおっちょこちょいになったり中途半端な行動になったりする。そういうところに伝統の根付くいとまはない。幸いなことに日本人は一方では規則好きだから、規則の部分だけは古いものを残してそれを伝統と認識する。食についてもまたそうである。」

ようするに形式以外は、伝統の内容がない。これは、1979年、生活学論集3「食の生活と文化」で、当時の日本生活学会監事、高松圭吉さんが書いていることだ。

しかし、もちろん、全部が全部こういうことではない。大衆食堂のように、古臭くて汚らしいといわれるぐらいノンビリ変化しているところもある。とにかく、自分の生きた文化をじっくりノンビリ熟成していくことだね。ここ数十年の急激の変化は、長い目で見れば、わずかの間のことだ。やがて根付くものとそうでないものにわかれるだろう。

それにしてもテレビを見ての右往左往は、いいかげんにしてほしいね。いまじゃ、「有機栽培」だの「自然食」だのまでブームになって。そんなことは自分の生きている現実から考えることさ。

自慢じゃないが、ウチにはテレビがない。それで、ときどきテレビ番組をつくる手伝いはやっているのだが……。有機栽培や自然食にはしるより、それぐらいなら、先にテレビとおさらばすることだ。なくてもちっとも困らない。そのていどの内容しかやってないのさ。本当は、新聞もとってない。まったく困らない。

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