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2003/11/12

料理の歴史

つぎの本の原稿を出版社に渡す約束が12月中旬で、迫ってきたかんじがある。ここんとこ、あと1ヵ月しかないと計算しては、かなり真剣になっているように思う。なにしろ、こればっかりは、前日になってから取りかかり書き上げるというわけにはいかないから。

真剣になれば、どんどん書けるというものではないが、真剣にならないうちに1ヵ月すぎてしまったから、真剣になれば少しは違うだろうと期待している。おれは真剣だぞ真剣だぞ真剣だぞといい聞かせ、パソコンをにらんでいるのだが……おかしいな、ちっとも原稿ができてないね。真剣になってもダメか。

それはともかく、いろいろ資料だけは見ているのだが、ちょっとさあ、いいかげんにしてよ、と言いたいぐらい、「元祖」だの「本家」だのという言葉が使われ料理の歴史が語られる、料理の話が多い。こんなのマットウといえないよ、いまどきそんなバカやっている分野は、あまりないだろう。

わが日本史においては、天皇の系図を覚えたり、将軍の系図を覚えたりするのが、歴史を勉強するということだった時代がある。それも政治史においては、まったく意味がないわけじゃないかもしれないが、歴史の方法は、もっと総合的に科学的に進化している。

しかし料理の歴史談義は、もうまったく古い系図をたどるような歴史の方法を続けていて、科学的とはいえない。だから「元祖」だの「本家」だのという言葉を平気でつかうのだと思うのだが、それで何があきらかになるというのだろうか。料理の歴史を、系図づくりと間違え、どこかのイエや墓石の歴史と間違えているのではないか。

食べ物の話の本は、ものすごくたくさんあるのに、いざ自分のことになると、自分の親や祖父母の代ですら何をどう食べていたか、はっきりしないことが多い。本の内容と自分の生活とのギャップが大きいのだ。それは食べ物の本を書くひとたちが、料理の歴史とは生活の技術の歴史であり、人間が、あるいは日本人が、何をどう食べてきたかの歴史であると、しっかり自覚してない結果だろう。

って、偉そうに書くと、自分の首をしめることになりそう。

ついでに、おれは今月21日発売の『散歩の達人』12月号に、「とん汁青春論」を書いてますぜ。校正は終ったから、なにか特別のジケンでもないかぎり、予定どおりの発行になるでしょう

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