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2004/06/20

ときには、素面で、高尚なことを

彼は、「文筆家」という肩書でイロイロ書いているが、飲食分野についても書いている。ちょっと、書いているコトに「深み」がある。一緒に酒を飲んで話して、なるほどね~、と思ったのは、ワリと、自分が育った土地の文化、ま、出身地の文化だね、それと奥さんの育った土地の文化に、コダワリがあるのだ。自分の育った土地の文化と奥さんの育った土地の文化が、かなりちがうのだね。そのことで、彼は、何かを視るときに最低でも、二つの視点を持ちえているようだ。

片目ずつ閉じて見ればわかるが、右目と左目では見え方がちがう。両目で見て、奥行きが出る。おなじコトを視ても、視点がいくつかあると、「深み」が出るということだろうか。などと、考えてみたりして……。

この場合の「深み」とは、対象に対して「突っ込んでいる」とか「よく探っている」ということではなくて、視点のズレがそのまま文章に表れることによる「深み」ということなんだね。などと、考えてみたりして……。

ま、結婚してなくても、自分の故郷の文化と、上京したあとの東京の文化、といったぐあいにいくつかの視点を持つことは可能だが。しかし、「東京の文化」は、対象にはなりえても、視点の役には立ちそうにない。それは、東京の文化は、あまりにも「消費」に偏向しすぎているからだろう。などと、考えてみたりして……。

久しぶりに一日酒を抜いたから、今日は、高尚なことを書いているような、気がするね。でもないか。


■連載。一緒に酒を飲んだことがあるひとサイト、新旧とりまぜて。
さっぽろももこさんの「キラキラヒカル」
http://www.cc.rim.or.jp/~momoko/index.html

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