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2004/06/10

堕落か健全か

堕落の反対は何かな、と考えたが、わからん。「品行方正」とか「勤勉」だろうか? と、書いたのは7日のことだ。どうもちがうなあ、「健全」ではないかと、昨夜気がついた。というのも、昨夜は、晩酌ていどで軽くすまし、ひさしぶりに「健全な夕飯を食べたなあ」と思ったからだ。そして、どうもね、「健全」というのは、イヤラシイ言葉だねとも思った。

自民党などが、「青少年の健全なる育成」などというときには、とりわけそのイヤラシさがきわだつ。なぜワザワザ「健全」と付けるのだ。そこが、そもそもイヤラシイ。なにしろ彼らは、自分の野心や権力欲のために、企業や団体からの「献金」だけではなく税金から政党補助金を平気でもらう、もっとも不健全な連中である。

コトのついでに、坂口安吾さんの『堕落論』を出してみた。角川文庫版である。「デカダン文学論」なる小編がある。「歪められた妖怪的な日本的思考法」をあげつらね、こきおろしている。「実質的な便利な欲求を下品と見る考えは随所にさまざまな形でひそんでいるのである」

ああ、ここのセンテンスは、「汁かけめし快食学」に引用したかったなあ、あとの祭り。ぶっかけめしが「下品」とみなされるのは、それが「実質的」なものだからにほかならないし、実質的なものを下品、堕落とみる思想があるからだろう。

「私は世のいわゆる健全なる美徳、清貧だの倹約の精神だの、困苦欠乏に耐える美徳だの、謙譲の美徳などというものはみんな嫌いで、美徳ではなく、悪徳だと思っている」

ああ、まだ、日本人は堕落が足りない。もっと生活に実質を追求し、日々飲んだくれなくては。

「日本文学は風景の美にあこがれる。しかし、人間にとって、人間ほど美しいものがあるはずはなく、人間にとっては人間が全部のものだ」

「日本文学」を「日本料理」とおきかえてみよう。それはまさに、美しき日本、旬の日本、生ものがおいしい、だけど輸入に頼らなくては生ものが食べられない、幻想の美しい日本をめでる思想である。人間や生活についての思考の停止。

自民党の安倍晋三幹事長は1日、小学6年の女子児童が同級生に切りつけられて死亡した事件が起きた長崎県佐世保市での講演で「大変残念な事件があった。大切なのは教育だ。子供たちに命の大切さを教え、私たちが生まれたこの国、この郷土のすばらしさを教えてゆくことが大切だ」と述べた。

まだ、ジケンの翌日ぐらい、なんの調べの結果も出てないうちに、安倍幹事長は、こう言ったのだ。思考の停止は、現実から実質的な何かをくみとる努力や能力の喪失である。

テレビの前で、スーパーで買った冷凍マグロの刺身を、醤油とワサビで食べながら、「この郷土のすばらしさを教えてゆくことが大切だ」にうなづいている「健全」な人間が少なからずいるのだろうか。

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