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2004/07/31

連チャン突入一夜目クリア

西日暮里竹屋食堂古書ほうろう
韓国料理大栄終電
爆飲脳壊水便激今夜に備え正露丸

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2004/07/30

あなたも評論家!に投稿

ザ大衆食のサイト、「あなたも評論家!ニッポンのめし考」に、スーさんの投稿をのせた。投稿が2つそろっただけでも、けっこうおもしろいね。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/meshi_kou1.htm

みなさんも、ご気楽に、投稿してください。

って、ことで、今日は、これだけ。

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2004/07/29

料理の「ふくらみと深み」について考えてしまった

料理と音楽は似たところがある。音楽といっても、ナマでのことだが。ナマということになると、浪花節も入るな。落語だって、シバイだって神楽だって、そういうことになるかな。

つまり絵画や陶器や彫刻は、モノであり、何度も同じものを見ることができるし、それだけで移動は可能だし、鑑賞の場に作者や演者がいる必要はない。しかし、料理や音楽は、ちがうのである。誰かが偉そうにもったいつけなくても「一期一会」なのだ。つくったときが食べるときで、演じるときが聴くときで、その関係でその瞬間に成りたつもので、その前後には存在しない。

ま、かくて、昨夜は、入谷のライブハウス「なってるハウス」で、渡辺勝さんと川下直広さんのライブを聴いたのであるよ。

おれが、このあいだ西荻の「アケタの店」のライブで買ってきたCDの「エミグラント」を聴きまくっていたら、同居のツマが、「このうたは、ナマで聴いたほうがよいかもね」というから、ちょうど休みで家にいたので一緒に行った。行ったら、ナント、「女体の詩人」イシイさんがいるではないか。しかも、『汁かけめし快食學』を持っていて、サインまでさせられてしまった。これは、余談。

さらに、料理と音楽、や、それらが似たところがあるというのは、「一期一会」の一過性の出会いのものというだけではなく、「味」に「ふくらみと深み」が大事だということじゃないだろうか。渡辺勝さんと川下直広さんのナマを聴くのは3度目だが、帰り道ツマと「よかったねえ」という話をしながら、そのことを考えた。「ふくらみと深み」のぐあいが、よいのだ。

音楽だったら、「味」の核心は「音」つまり人間の「声」と楽器の「音」を含めて「音」だろう。「音」には「曲」があり「詩」がある。それが、ノドや楽器から直接耳に届くのではなく、場の空気をふるわせ空気の音として、こちらの身体に届くようなかんじだと、「ふくらみと深み」をかんじるようだ。ま、詩の場合は、その詩のもつふくらみもあるだろうが、それはナマでは音として肉体に届く。基本的には、浪花節についても、浪花節は浪曲師と曲師の三味線がセットだが、おなじことがいえるようだ。

料理の「ふくらみと深み」は表現が難しいのだが、食事の場で、舌が料理から直接感じる「味」以上のナニカである。それを「味覚」として肉体がかんじたときになる。それは、料理の値段には関係ないのだ。たかがハムカツ一枚でも、そのことは関係する。

そういうことを、昨夜はイロイロ考えることになり、関係しそうな本までひっぱりだして読んでしまったので、料理の鑑賞「ふくらみと深み」について、また明日から、ここで書くことになる、だろうか?

それにしても、昨夜は、ゲストなしだったので、渡辺さんと川下さんは、一時間半ぶっとうしだ。頭の毛からして「若い」というトシではないのに、元気だなあ。夏バテしないのか。川下さんは、風邪気味なのか、鼻水たらしながらサックス吹いていたが、デキはよいほうだったように思われた。快人たちである。

■入谷のライブハウス「なってるハウス」での渡辺勝さんと川下直広さんのライブ、8月は、16日だ。
http://silballad.blogtribe.org/
■浪花節、玉川美穂子さんの、浅草木馬亭定席は、8月10日(火)。
http://tamamiho55.seesaa.net/

■ぐへ~、駄目さんだ。そうか、鶯谷の信濃路に、ゲロ的つまみがあるのか。これはよさそうだ。
http://www.bari4.com/post/74236/
では、8月中にでも行きましょうか。
おおっ、汁かけめし快食學の宣伝も。どうもありがとうございます。
http://www.bari4.com/post/74305/

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2004/07/28

『汁かけめし快食學』オッ声 5

なんだか、台風の進路がおかしいなあ。だいたい、太平洋高気圧の位置がおかしいよね。でも、汁かけめし食べて、大らかにガツンといきましょう。ああ、ちかごろは、セコスギル。もっと大らかに可能性にむかって、羽ばたこう。といっても、オレは60歳。ジジイが羽ばたいたら、転がり落ちるだろう。中島らも、か。でも、汁かけめしよ、羽ばたけ。

■「日記才人」7月21日
http://www.bekkoame.ne.jp/~mw/line/2004/line415.html
「うちでは、「ねこまんま」といえば、ご飯に鰹節と醤油をかけたものだったんだけど、世間では、味噌汁にご飯あるいは、ご飯に味噌汁をかけたものであることを知ってガクゼンとする。ほんと? 」ほんと、本に書いたとおり、おれは50すぎてからそれを知って、ガクゼン。

■「LOOSE TRAP」7月19日「ガツンと本を読もう」
http://hobby.2log.net/loose/archives/blog20040719.html
おおっ、愉快痛快、読めば、ワカル。うーむ、この熱いめしに冷たいトーフぶっかけ、うまそ~。

■あっこさんは、「この一週間私の脳を占めていたのは 1 己の汁かけめし」とな。まだ悩んでいますのか、汁かけめしはオノレの出生育ち歴史なのだ。「練馬怪楽園覗き部屋byのなかあき子」7月26日。カオソイで、汁かけめしを、こえられるか。
http://blog.livedoor.jp/akkko2004/archives/2004-07.html#20040726

■おおっ、新潟日報。新潟県では朝日読売クソクラエの発行部数を誇る新潟天下の新潟日報が、そしてアノ大雨災害の傷跡が残る7月23日(金)朝刊の生活欄で、コレハ、どーんと本の写真入りで、書評ではなくてニュース記事あつかい。見出しは「六日町出身遠藤さん汁かけめしの本発刊」で、こういう内容。

 大衆食堂の研究で知られる南魚六日町出身のライター、遠藤哲夫さん(六〇)=さいたま市=が、「汁かけめし快食學」(ちくま文庫、三百六十三ページ)を出版した=写真=。  一九九九年に出した「ぷっかけめしの悦楽」を大幅に加筆したもので、新潟日報夕刊に連載していたエッセーも一部収録してある。  みそ汁や黄色いカレーのかけ飯、ネコまんまなど、庶民が愛する「汁かけめし」のうまさを「主観的に探求」した。汁かけ飯の歴史や全 国の「かけめしマップ」なども掲載。軽いタッチながら、「日常の食」の在り方を考えさせる内容になっている。「普通の物を、いかにおいしく食べるかが大事なのだと思う。汁かけ飯は大衆食の典型です」と遠藤さんは話す。

みなさん、ありがとう。
さらに礼賛礼賛礼賛、よろしく~、よろしく~。
北海道新聞書評、「次週の予告」にのっている。今度の日曜日だね。
http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/

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「食べる技術」としての料理

昨日、ザ大衆食のサイトで掲載中の「あなたも評論家!「ニッポンのめし」考」に、楽しい投稿をいただいた。近々、紹介させていただく。これはオアソビだから、おもしろがって参加していただけばよいのだが、おもしろいだけではなく、「ニッポンのめし」や「評論」について、役にたつ得するナニカが得られるのではないかと思っている。

ついでのメモである。

料理は「食べる技術」であると、表現のニュアンスは若干ちがうが、山本益博さんと江原恵さんも、1980年代初頭に主張していた。26日の日記に引用した「美味しく食べようとする技術が育っていない」という山本さんの指摘は、1980年代初頭の江原さんと山本さんに共通してみられた問題意識だったと思う。しかし、その意味するところは違っていたように思うのだ。

ともあれ、25日と26日に山本益博さんについてふれたら、さらに気になったので、とりあえず手元にある『東京・味のグランプリ1986』をパラパラめくってみた。講談社から1986年4月の発行だ。こんなことを書いている。

(以下引用)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
素材の質が料理の質を決定します。どんなに料理人がその腕を振るおうと、素材の質以上の料理をつくることは不可能ではないでしょうか。

素材の質に関して言えば、現在は、まことに憂うべき状態で、いま日本でつくられる米や野菜には、まったく力がありません。「一億総グルメ時代」などと揶揄される背景には、かつてないほどの質のよくない素材がこの世の中にあふれていることがあげられましょう。それだからこそ、『東京・味のグランプリ』は、まがいものを排除し、質の高い素材、じゅうぶんに考えつくされた料理を求めます。

おいしいものを食べて不健康になるというのは、理にかないません。人間は、身体にとってよいものをおいしいと感覚するよう〈味覚〉というものを発達させてきたのではないでしょうか。つまり、〈味覚〉は、人間の身体のためにこそあり、その感覚を研ぎ澄ますことこそが、なにより健康になることでもあると信じます。わたしたちは、〈味覚〉が鈍化してしまった分、体裁や観念や他人の価値観〈『味のグランプリ』などのガイドブックも含めて〉に頼ってはいないでしょうか。

自分で判断できないゆえに、一日何カロリーとか、塩は何グラムと栄養学のお世語になり、これを食べると血圧が上がる、あれを食べると痛風が出るといっては予防医学に振りまわされるのも、まことに不思議な現象です。本当においしいものを必要なだけ選ぶ能力があるなら、栄養学も、予防医学も不必要なはずです。

美食こそが真の健康につながるよう、『東京・味のグランプリ』は、素材の質と、それにほどこす料理人の仕事を、つねに最優先の問題として考えてゆきたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・(引用終わり)

当時の「グルメ」をめぐる状況がわからないと、ナゼこういう話になったのかわかりにくいと思うが、山本さん独特の商売上手のハッタリもあるし、26日に引用した玉村豊男さんの山本さんに対する批判「でも結局は、日本の料理空間の密室性みたいなものに、彼自身がとりこまれていってしまったという気がする」という指摘もアタリだろうが、山本さんが「食べる技術」「食べる側の食文化」を意識していたこともたしかだろう。

一方、1982年2月発行の『生活のなかの料理学』で、江原恵さんは「食べる技術」について、こう書いている。

(以下引用)・・・・・・・・・・・・・・・・
「そう、そう、あのくらい漬けてあれば、ハウスキュウリだって捨てたもんじゃない。ほんとうの料理文化とは、ガイドブック片手に高級料亭を食べ歩くことではなくて、美味しいものを食べたいという欲求を、自分の生活の中で血肉化し、思想化することだという議論が、あれを食べた後では単なる議論ではなくなるんだよな。だから、料理屋というのは、魚屋・八百屋のレベルで営むなりわいだということ、よくわかります」・・・・・・・・(引用終わり)

これは、当時、おれと江原さんや生活料理研究所に関わっていたひとたちの間で議論になっていたことを、会話風にまとめたものなのだが。つまり、「魚屋・八百屋」いまでいえばスーパーで売っているようなハウスキュウリだって料理しだいで、うまく食べられる。そこに「つくる技術」ではなく「食べる技術」としての料理の本質があると江原さんは説いていた。もちろん、「食べる技術」には、食べるスタイルやマナーなど諸々も含まれる。

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2004/07/27

ああ、ミョウガ汁ぶっかけめし不発

昨夜、豆腐ちょこっとにミョウガをタップリ入れた味噌汁をつくった。とうぜん、今日の朝は、冷えひえの汁をめしにかけて食べるつもりであった。そのうまさを想像しただけでも朝が来るのが楽しみになるのだった。

で、今朝、うふふふ、わくわく、と、めしを茶碗にもって……と思って電気釜のフタをあけたら……、ない! ない! ああ、めしがないっ! のだ。あああああああ、そういえば、昨夜は、めしを残さずぜんぶ食べてしまったのだった。ああああああ、ああ・・・・・・・・・・っ

■明日、28日は、入谷の「なってるハウス」で渡辺勝さんと川下直広さんのライブがあるよ。行きたい、行けるか。アヤシゲさんは、「第一回モクローくん大感謝祭」の準備で忙しそうだが、行けるか。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/5469/

■その「第一回モクローくん大感謝祭」だが、好きだね~アンタ、としかいいようがない、この暑いのに汗かきかきよくやるわ~、のソレだが、30日の初日は、トークショウでござい。詳細は、こちらをご覧ください。ぜひ、ご参加を。
http://homepage2.nifty.com/hon-karasu/kokuchiban-mokuro-shosai.htm

ああ、今朝、ミョウガ汁ぶっかけめしを食べられなかったショックが残り、今日は、ここまで。

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2004/07/26

山本益博さんについて、メモ

昨日、山本益博さんの名前を出したついでに、備忘録的にメモをしておきたい。

「雑誌『談』編集長によるBlog」の先月6月29日、編集長が山本益博さんに会ってきた話を書いている。
http://dan21.livedoor.biz/archives/3087876.html

「山本さん曰く、日本は、作り手の側には食文化があるのに、肝心の食べ手の側に食文化がないと。美味しくつくる技術は発達したのに、美味しく食べようとする技術が育っていない。この非対称性が、結果的に食文化全体を貧しくしているというのです。な~るほど、卓見です」

これを見て、山本さんの「過去」を思い出した。

山本益博さんが「料理評論家」として食べていけるぐらい有名になった本は、1982年の『東京・味のグランプリ200』(1982年、講談社)だ。この本で、「“毎日、外で食べていれば食っていける不思議な職業”を確立」した。
http://masuhirojapan.hp.infoseek.co.jp/

しかし、その前、1980年に厚生出版から『料理人を食べる』を出している。ここで、すでに彼は、食べる側にも食べる「技」が必要だということを主張していたのだ。が、そういうキマジメな発言は、当時「男の料理」だのなんだのと台頭しつつあった「グルメ」には、あまり支持されなかったはずだ。「食べ手の側に食文化」なんか興味がない多数の読者、グルメたちは、ちがう情報を求めていた。

山本益博さんは、オリコウな人なのである。その気配を察知したであろう、1982年の『東京・味のグランプリ200』になった、とみることができる。そして、みごとに支持されたのだ。

「オリコウな人なのである」というのは、皮肉ではない。おれはかつて、彼のガイドブックにあったいくつかの店、高級店から大衆食堂まで食べたりしたのだが、そして思った。山本さんには、こういう店をとりあげることが、こういうガイドブックを利用する多くの人たちによろこばれるだろう、というある種のマーケティング的なヨミがあるのではないか。とくに味覚の傾向の選択に、それを感じた。

それは、なかなか難しい「技」なのだなあ。彼の選んだ店を、マズイと非難した人たちもいたが、それは当然なのだ。選択の基準がちがうのである。山本さんの選んだ店を、マズイと非難できても、山本さんのようにやるのは、難しい。と、何度か思ったのだ。

それはともかく、山本さんが「料理評論家」という「職業」で確立していた1988年、『現代思想』9月号「特集 料理のエステティーク」で、玉村豊男さんと四方田犬彦さんが対談している。「味の記憶、あるいは絶頂の瞬間」

文中「料理批評の可能性」の小見出しで。司会者は「料理批評ということで言えば、よく職人芸ということが問題にされますが、職人仕事の批評などは成り立つんでしょうか」という。

玉村さんは、すぐさま「日本で職人芸とか何とか言った場合、基本的に言葉で説明できない部分が評価されるってところがあるんじゃない?」という。つまり、フランスとはちがう、と。

アレコレあって四方田さんがいう。「ぼくだけが食った「あの時のあれがうまかった」ということで人間はけっこうやってきたわけだし(略)ものを比較して共通の水準を仮定して論じていくということに、非常に当惑するときがぼくにはあるんです。それ自体が非常にイデオロギー的だと思います」

「たとえば山本益博さんの立っていらっしゃる立場そのものが極端にイデオロギー的だけれども、彼はそれにはけっして言及しない。と言ってもぼくは批判するつもりではないんです。ガイドブックとしてはある程度までは便利なものだと思っていますが、どこまでも相対的な味覚な領域に留まっていて、この人はこれ以上は何もできないだろうと思います」

ま、最後の「この人は……」以後は、余計なお世話というものだろうが。

そして玉村さんが続ける。「彼の仕事を最初にみていて、フランスの『ミシュラン』みたいな批評が日本にも出れば、その密室性が多少なりとも打破されるのではないか、あまりにも勝手なことをやっている料理人が多いから、そういう批評はいいなと思って、応援していたんです。でも結局は、日本の料理空間の密室性みたいなものに、彼自身がとりこまれていってしまったという気がする。開放しようという意図がどこまであったか知らないけれど」

「それと、確かに同じ店へ行っても全く同じものを誰もが食えるかというと当然そうではないわけだし、同じものが出てきても、そもそもそれを味わう力も素養も違うわけだから、たとえ同じものを食べてもウマイと感じる人とそうでない人といるわけでしょう」

この最後、玉村さんの発言は、山本さんのいう「食べ手の側に食文化」の問題だと思うのだが。

なんかね、ま、長くなったから、今日はここまで。
とにかくね、その後、職業的に山本益博さんを目指したひとは、少なくないとおもうのだが、「食べ手側の食文化」を、どのていど意識しているのだろうか。

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2004/07/25

あなたも評論家!「ニッポンのめし」考

7月19日に「あなたも評論家!」を書いた。今日、あれから1つだけあった投稿を「ザ大衆食」に掲載した。こちらを、ごらんください。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/meshi_kou1.htm

投稿してくださった、ハクブンさん、どうもありがとう。

「評論家」といえば、初めて「料理評論家」の肩書をつかった山本益博さんを思い出すひとが少なからずいるだろう。山本益博さんについては、というより、彼が「料理評論家」という肩書でやったことに対しての批判は、「ザ大衆食」に書いたこともある。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/nakag.htm
http://homepage2.nifty.com/entetsu/koramu/gokai_ryourihyouron.htm

おれが言いたかったのは、とくに以下のことだった。

(引用)・・・・・・・・・・・・・・・
とりわけ山本益博さんが「料理評論家」を名のって以来、料理は「味覚」のことにゆがんだ。その業績を否定するつもりはないが、かれは「料理評論家」を名のりながら、じつは「味覚評論家」をやっていた。

かくて、店を食べ歩き、店や料理を味覚で採点しランク付けすることが、あたかも料理を知ることであるかのような風潮が広がり、それが「B級グルメ」といわれる分野にまで拡大している。それも「味」と「味覚」のあいだを考えることもせずに、何軒食い倒したと自慢し、「本物」を知る「舌」の持ち主であるがごとき言動で、バカな大衆をたぶらかすのである。

つまり彼らは、何軒か食い倒した「舌」は持っているが、料理を理解しようというのではない。たくさんの音楽を聴き、微細な音のききわけができると耳自慢する「音楽評論家」みたいなものである。
・・・・・・・・・・・・・・・・(引用おわり)

山本益博さん自身は、その後あらわれた、こうした「評論家」たちより、はるかに食文化や料理文化に関する素養と理解の持ち主であり、「料理評論家」という肩書はコマーシャル的な価値として用いたにすぎないと判断できる。あるいは、彼は当初たしかに「料理評論家」の肩書にふさわしいものを書いていたのだが、目先のきく人だから、そういうものにあまり関心を示さない市場を察知し、より売れ行きのよいほうへ的をしぼった、ともいえそうだ。

いま問題にしたいのは、そういうことではない。山本益博さんが登場した時代は(1980年代前半。その前山本さんは「落語評論家」だった)、まだ日本人が「食文化」を意識しはじめた時代であり、「グルメブーム」前夜であり、そして印刷物つまり印刷された活字が、いまとは比べものにならないほど、憧憬と権威だったということである。また、出版社や編集者は、大小の差はあっても権力であった。「評論家」というのは、そういう文化を土台にして成りたっていた。

いまは、どうか? もちろん、いまでも出版物に無条件で憧憬と権威あるいは権力を認めるひともいないではないが(とくにワレワレ「ライター」と称する人たちには、少なくないようだが)、一般的には、インターネットの出現で、だいぶ状況は変わった。

ああ、今日は、ここまで。

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2004/07/24

『汁かけめし快食學』オッ声 4

昨夜は、グラミ会、上野で泥酔。最後に追加した焼酎ボトルがきいた。本日は暑さの中でフヌケ状態。いつまで続くか、このぬかるみぞ。ようするにチョット酒を断てばよいのだが、それができない。昨夜は、「大衆食はめしを食べるんじゃないのか。日記を見ると飲んだ話ばかりでめしの話がでてないじゃないか」とイジメられた。フン、大きなお世話だ、液体か固体かのちがいじゃないか。

ってことで、『汁かけめし快食學』礼賛日記であります。

■ハム勝つキック42男さま(東京、メール)
ちくま書房刊の文庫化、ご苦労様でした。
文中で「文庫本なので、ちょっとはおしゃれによそ行きに・・・気取って・・・」、と述べておられますが、どうして、どうして。エンテツ節はびんびんに生きてます。
「ぶっかけめしの悦楽」や「大衆食堂の研究」より簡潔明瞭化された論理展開で、多くの読者が今すぐかけめしを喰らいたくなること必至です。
今後も大衆食、大衆酒のオピニオン・リーダーとして(こんな言い方は好まれないでしょうけど)、ご活躍を期待しております。

(エンテツ>何度かメールをいただきながら、まだお会いしたことがない、ハム勝つキック42男さま。いつまでたっても42歳。ありがとうございます)

■サトウさま(新潟市、メール)
とても楽しく読ませていただきました。
私の実家はやはり汁かけ飯はご法度で、あまりその習慣は身に付かなかったのですが、遠藤さんの本を読み進むと自然につばが沸いてきました(美味しそう・・)。

実家は三条にあり、今回の大雨では多くの方が被害を受けました。
私の地域は幸いほとんど被害はなかったのですが。
現在、地元の方はもちろん、多くのボランティアが復旧作業に精を出しています。私も昨日、妻とともに友人の家の片付け、雑貨屋を営んでいる実家の家業の手伝い(麻袋やバケツの配達)に奔走しました。

おそらく、この数日間、三条地域ではぶっかけめしが跋扈しているかと思います。また面白い本を読ませてください。失礼いたしました。

(エンテツ>おおっ、故郷の新潟の知らない方からのメール、うれしさひとしお。しかし、あの豪雨では大変でした、お見舞い申し上げます)

■愛人人妻 あっこ(東京、メール)
ややや、こんにちは。
『汁かけめし快食學』かいましたよ。そして読んでおりますよ。
己の汁かけめしについて、こりゃ、初めて立ち止まりましたよ。

ねこまんま。
味噌汁かけごはんが我が家の『ねこまんま』であります。
ですがかつお節&しょうゆも『ねこまんま』として認識していするんですよ。
なぜだろう……と本日ずーっと考えておりましたところ。
あっ!!!
友人の家の猫が食べていたほんものの『ねこまんま』はかつお節かけごはんだったのよ。
私にとっては、人間が喰う『ねこまんま』と猫の食べる『ねこまんま』は違うんですよ。う~む。

■愛人人妻 エル(東京、メール)
さてさて。
不肖佐藤、遅まきながら一昨日、下北沢三省堂にて「かけめし快食学」(旧字が出ないー、スイマセン!)購入いたしました!
野坂昭如エッセイコレクションの隣に平積み!
いい場所でした!(めでたい!)
野坂昭如エッセイコレクションの上にも置いてきました!(たはは……)

■愛人未婚といいはる T野(東京、葉書)
夏バテしている場合ではないと拝読させていただきました。
私は醤油めしが好きです。たとえカナシくても。温かい白いご飯に玉子を軽く溶き混ぜ、電子レンジで30秒ほどチンして醤油をくるりと1周、マイクロウェーブたまごめしの出来上がり。一度ぜひお試しください。温めすぎるとガチガチですよ。

■サイトで見つけた

「ウソヤニュウス」とな。7月20日に、「強烈に面白いです」
http://usoya.at.infoseek.co.jp/200407.html#20040720

「BOOK22」7月19日のアオウさん。「おお、まさに私のためにあるような本ですね。この本、しょっぱなから、「ねこまんま」論争ですよ。……」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~wareware/bookbook/book22.html

うーむ、うーむ、「はてなダイアリー 麻雀業界日報」7月13日に、「南蛮カレー大盛を食べながら『汁かけめし快食學』を読む」とな。
http://diary.hatena.ne.jp/izumick/20040713


みなさん、ありがとう。さらに礼賛礼賛礼賛、よろしく~、よろしく~。
ああ、今夜は飲み会はないし、断酒しよう。と、いまのところは、かたくココロに思うのだった。

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2004/07/23

東京夕暮れスタイル

ちょうど猛暑が最高潮のときに涼しい山奥へ行っていた。暑さにバテバテだった肉体は元気を回復したようだが、なにしろ朝起きぬけからビールを飲み続けだったから、胃はただれ脳はふにゃふにゃ。はたして健康的に、プラスマイナスは、どうなのか。なんだか、もっと夏休みしていたい、なにもする気がしない。

だから、とりあえず宣伝。

■散歩の達人別冊「東京夕暮れスタイル」発売中。まだおれは現物を見てないけど、「ナンダロウアヤシゲの日々」に「大衆食堂の詩人の面目、この一文にあり」と、おれの文章の一部が引用されている。
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20040722

どうもありがとうございます。

チト編集担当者のアドバイスで、文章の書き方というのかな、文章の雰囲気というのかな、書く姿勢というのかな、書く気分というのかな、ナンダロウな、変えてみた。文章のオベンキョウをちゃんとやってないおれには、難しい試みだったが、ま、テキトウな精神でテキトウに書いてみた。全体的にはイマイチのデキのような気がしているのだが、引用されたセンテンスは、ちょうどうまいぐあいにまとまった部分。

ま、最近、自分も含めてだが、「論理的な飛躍」はよくあっても、「感覚的な飛躍」が衰微しているようで、気になっていた。ので、書いてしまった。文章の表現のテクニックに流れ、日ごろの感覚的なアソビを反映した文章が、とくに「食」関係には少ないように思う。結果、紋切り型。美女美男かも知れないが無難で魅力に乏しい。「書くために飲食する」あるいは「いずれ書くかもしれないために飲食する」ことが多く、日ごろの感覚的なアソビそのものが、少なくよわくなっているからなのかも知れない。

なにはともあれ、よろしく~

■明石の幻堂出版発行の「何の雑誌」6号は、中野のタコシェでは、すでに販売されているようだ。近々、神田神保町の書肆アクセスでも販売になるだろう。前にも紹介したような気がするが、「立ち食い立ち飲み」の特集に、「オトコ労働者の呼吸を聴け」というタイトルで、久しぶりに古いオトコの感覚で書いて満足している。けっこうコイイ原稿と思っていたが、現物を見たら、ほかがコイイ内容だらけで、おれの文章なんかウス味の方だった。おそろしい雑誌だ。ぜひ、ごらんください。
幻堂出版
http://homepage2.nifty.com/hon-karasu/nan-no-zasshi-6.htm
中野のタコシェ
http://www.tacoche.com/
神田神保町の書肆アクセス
http://www.bekkoame.ne.jp/~much/access/shop/index.htm

「感覚的な飛躍」を! 惰性な自分から抜け出せ! まずは夕暮れ時にビールを飲みに行くか。って素晴らしい惰性。

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2004/07/20

泥酔のちお出かけ

今朝は、昨夜の酒が残っている。でも、いまから出かけなくてはならない。メールいただいているかた、すみません、返事は明後日以後ということで。

昨夜のテンマツは、すでに「ナンダロウアヤシゲな日々」にある。
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20040719
おれはスッカリ酔っ払って、二軒目の「まるよし」は、ところどころしか記憶にないが……。とにかく焼酎ロックがきいた。ま、そういうこと。ああ、でかけるの、かったるい。デレデレデレデレドロロロロロロロ……。

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2004/07/19

あなたも評論家!

以前、こんなことがあった。

エッセイストになりたい、まず食べ物について書くことからやりたい、雑誌など見ると、あれぐらいなら私のほうがうまく書けると思うし、食べ歩きもたくさんやっている。だいたい18歳で上京してから、外食たくさんしているし。だから、どこか出版社を紹介してくれないか。「とにかくコネですよね!」「チャンスがあれば、私だって」

と、メールのやりとりは若干あったが、初対面のひとから2人、そういえばどちらも女性だったが、相談された。

おれが企画協力した散歩の達人ブックス『東京定食屋ブック』が発売になったのは、2002年7月で、そのあとだった。

なるほど。と、思った。なるほど、たしかに、彼女たちのいうことは、もっともなのである。彼女たちがまちがっていたのは、おれが、そういう彼女たちが簡単に書けそうにないオカシナことを書いているし、『東京定食屋ブック』で「企画協力」しているから、ある種の「黒幕のような」「権威」があって、出版社に強いコネがあるのだろう、と、カンチガイしていたことだ。おれの「お墨付き」をいただいて、出版社への売り込みを考えていたらしい。

そのカンチガイを正すのに、苦労し、アレコレしなくてもいい言い訳をしながら、そのとき、ポワッと、「あなたも評論家になれる」というコトバが頭をかすめた。

結果、彼女たちは、おれは役にたつ人間ではないとわかったのか、プッツリ連絡がとだえた。

というわけで、最初17日は「あなたも評論家になれる」としたのだが、ほんとうは、「あなたも評論家」「みんなが評論家」なのだ。もはや、活字をイジクルものだけが「評論家」のわけではないし、そういう「評論家」が権威面できる時代はおわったのだ。

だから、イマこれから、ザ大衆食のほうのページのタイトルは、「あなたも評論家」に訂正する。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/meshi_kou1.htm

すでにメールで、気がついたことや感想をいただいている。ここのコメントでもいいし、メールでもいいし、なんでも気軽に、どうぞ。

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2004/07/17

あなたも「評論家」になれる

うふふふふふ、いよいよ始めた。題して。

あなたも「評論家」になれる!
「ニッポンのめし」考

うふふふふふ、こちらザ大衆食のサイトの「貧乏食通研究所」でやるのだ。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/meshi_kou1.htm

これまで、いまのこの日記や、前の「発作なめしごと日記」で、だいぶリクツをのべてきたが、さらに資料をもとに突っ込みたい。

力強くめしくうためにも、「ニッポンのめし」について、食べ考える力をつけよう。

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2004/07/16

『汁かけめし快食學』オッ声 3

本が店頭に並んでから、約一週間たった。編集さんから電話があって「順調ですよ~。ほんとうは順調以上に売れて欲しいんだけど」「はあ、順調で十分でしょう。それにしても。この暑いのに本屋さんへ行くひとがいるのですね」

どちらさまも、暑い中、ありがとうございます。ま、ガツンとぶっかけめし食べて、がんばってください。

■渡辺勝さんが「こんな記事がありました」の7月13日の更新に、写真入りで本の紹介。恐縮恐縮。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/5469/
今月の「なってるハウス」は28日だね。そのほかにもイロイロ。オッ、18日は、新宿であがた森魚さんと。
http://silballad.blogtribe.org/

■彷書月刊のサイト、岡崎武志さんの「均一小僧の古本購入日誌」で7月10日、「遠藤哲夫さんから、ちくま文庫『汁かけめし快食學』も届いた。快走ともいうべき、愉しい文章で、ご本人を彷佛とさせる」と。
http://www3.tky.3web.ne.jp/~honnoumi/frame.okadiary04.7.htm

■前に、日記のほうに書いたが、南陀楼綾繁さんがblog「ナンダロウアヤシゲな日々」に7月2日3日4日連続で本書についてふれている。「単行本『ぶっかけめしの悦楽』とはテーマを同じくしながら、まったく別の本だといってもいいほど書き換えている。すごいバイタリティだ」と……
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20040703


どうも、みなさん、ありがとう。
もっともっと、よろしく~。

ああ、しかし、暑い。出かけると、目的地まで行かないうちに、店に入って生ビール飲んで、そのまま酔っ払って帰って来てしまう。これじゃ、用がなかなか片づかない。

今日は、近所のコンビニへコピーとりに行ったのだが、あんまり暑いもので、店に入るとすぐビール買って、コピーとるの忘れて帰ってきてしまった。もう暑さとアルコールで脳が腐っている。あはっ、脳は、もとから腐っている、ってか。

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2004/07/15

栄養学なんて「食」とは縁もゆかりもございません

昨日、おれはマコトさんの日記にコメントを書いた。
http://dan21.livedoor.biz/archives/4240212.html

すると、マコトさんはコメントをかえしたくれた。それが、こうだ。

「エンテツさん コメントありがとうございます。 栄養学なんて「食」とは縁もゆかりもございません。 奪還闘争、がんばりましょうぜ」

がはははははは、あいかわらず、カゲキかつ挑発的じゃなあ。
でも、笑い事ではないのだな。

もちろん、必要なのは、「食を愉しむこと」なのである。しかし、とりわけ近年、「食を愉しむこと」の障害として、「インチキ・栄養学」と「インチキ・グルメ」が食事と料理の分野にはびこっているので、こういうカゲキな表現にならざるを得ないということなのだね。

すでに、この問題は、過去、1980年代の後半に、とくに料理の面から江原恵さんが、批判的な検討を加えている。いわく、「栄養士制度が広めた『栄養食餌学』」そして、学校給食は「栄養配合食餌」であると。

本当は、食事の効率化のために「貢献」した「栄養食餌学」は、学校給食だけではなく、効率社会のための効率的な食事、つまり加工食品や産業食品や外食産業の普及と供給に、もっとも「貢献」してきたのだ。

そこには、「食を愉しむ」あるいは「食は愉しむものだ」という思想とは反対の、食は栄養的に満たされていればよいのであるという、食事と料理の主体や固体差を無視した、じつは、これは日本で特殊な「栄養学」が誕生し成立する独特の思想なのだが、食事を「食餌」としか考えない思想が根強くある。そのために、どれぐらい日本の食文化が破壊されてきたか、自覚する必要があるだろう。

で、だから、江原恵さんは、『料理の消えた台所』と『家庭料理をおしいくしたい』で、料理が消えゆく台所、家庭料理の衰退の元凶に、「栄養士制度」を見たのだ。それは、すでに、20年前のことだよ。

しかし、この問題は、かなり近代日本の成立あるいは「日本的デカルト主義」(この言い方は正確ではないかも知れないが、約、その種のものということで)に関わって、根深いものがあるのだなあ。

たとえば、マコトさんの日記の、「『健康志向』からいかにして降りるか」をコメントも含めて見て欲しい。
http://dan21.livedoor.biz/archives/1097360.html
マコトさんは、『談』という雑誌で、この方面のことを精力的にやっている。やや、哲学的と申しましょうか、学究的専門的だが。食事と料理の根源に関わって、大事なことなのだ。

ま、「健康志向」や「長寿志向」から、いかに降りるかが、よりよい食事と料理のためにも課題になっているわけだ。それには、いろいろな方法があるだろう。栄養教諭だけは、いらないが。おれは「快食」というコンセプトをあげている。

いま朱雀正道さんが「コンビニ研グルメ班日記」で精力的にやっているような、これは「学校給食を軸とした、ニッポン食文化変遷史」というタイトルになっているが、
http://d.hatena.ne.jp/sujaku/20040716
体験的な個人史的な食文化史ともいえるものであり、固体差のある肉体にからむ食文化史としては、このようにして「自分の」食文化史を持つことが、「食を愉しむ」ために意義あることだと思うのだが、どうだろうね。こういうことをやることで、「健康志向」や「長寿志向」に「抵抗力」のある自分をつくれるのではないだろうか。

とにかく、「食を愉しむ」ということを、もっと主体的に追求しなくては、ってことなのだね。

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2004/07/14

食と料理を奪還せよ!

ああ、昨日、小諸の揚羽屋で、亭主と飲みすぎて、どうやって小諸から帰ってきたのかもわからない泥酔状態で、今日の夜になっても、まだ酔っていた。この顛末は、近々、ザ大衆食のサイトに報告いたしまする。佐久小諸地方の料理に、新たな発見があった、あの亭主についても、新たな発見があった。

そうこうしてサボッテいるあいだに、いくつかメールをもらっているのだが。

7月11日の「『汁かけめし快食學』オッ声」で、
■ホモダチ・まこと(本書の「かけめし屋始末」に登場のマコト)が、blogで7月7日に。
http://dan21.livedoor.biz/archives/4070618.html
(エンテツ>そうか、おれは「上司」だったのか。うへへへへへ、じゃあ、悪い上司に悪い部下というわけだ)

と書いたのだが、その悪い部下のマコトさんからメールがあった。

> 遠藤さま
>
> 「つまみぐい」にトラックバックしようとしたんですけど、
> 文字化けしちゃうんすよ。
> どうも「ココログ」と相性がよくないみたい。
>
> で、悪い部下は、mailにて失礼します。
>
> 以下のように書きました。
>
> エンテツさん、こんにちは。この前はどうもでした。ハンナ・アーレントの言葉を借
> りるなら、僕らは最初から消費者であり、生産者であり、マーケッターです。団塊世
> 代は、それがさも別々に存在すると思っているから、食というものの実態を掴みそこ
> ねるんですよ。団塊世代のちょい上とちょい下の僕らは、最初から食べ手であり、作
> り手であり、売り手であることを、無意識にごちゃまぜにしています。このいい加減
> さは、食の側から見ればぜんぜんいい加減ではない。食とまじめに向き合うこととは、
> そばをうったり、有機野菜にむかうことではありません。食を愉しむことです。この
> 角度から、食を団塊世代(およびその近傍でウロウロする人)から奪還しましょう。

うふふふふ、ちょっとキマジメな団塊世代が怒りそうだが。とりあえず、このまま、のせておこう。
おれは、食と料理を、栄養という近代効率主義の要素に還元した栄養学と、シツケと味覚と素材でしか食と料理を語れない連中から、食と料理を奪還しようという主張を前からしているのだが。そういや、団塊世代はマジにヤバイ、という話をしていたな。あははははは、「団塊世代」ね、ははあ、おもしろいね。

本日、マコトさんの日記にコメントを書いた。
http://dan21.livedoor.biz/archives/4240212.html

ま、そういうわけで、まだ酔っているんでね、といっても、だいたいいつも酔っているのだが。今日は、これまで。

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2004/07/12

『汁かけめし快食學』オッ声 2

カテゴリー「汁かけめし」は、当面、『汁かけめし快食學」の宣伝なのである。宣伝とはいえ、みさなまの感想や便りを見るのが楽しいんだね。

■書肆アクセス半畳日記の7月9日に。一緒に『酒とつまみ5号』のことも書いてある。
http://plaza.rakuten.co.jp/accesshanjoe/diary/200407090000/
(エンテツ>「あ~ヨッパライでよかった」だってさ、よかったよかった。また飲みましょう~)

そういえば、幻堂出版の『何の雑誌』6号は発売になったらしいが、書肆アクセスで買えるだろうね。行ってみよう。『何の雑誌』6号に、おれは「オトコ労働者の呼吸を聴け」をドーンと書いている。「立ち食い立ち飲み」の話なのに、こんなバカな時代遅れのタイトルで書くの、おれぐらいのものだろうね。ああ、また恥をさらす。なんだけど、おれは、この原稿、けっこう気に入っているんだなぁ。ゼヒ読んでください。

■読書日記@川崎追分町の7月11日に。
http://d.hatena.ne.jp/kokada_jnet/20040711
日記の主人、岡田さんは、たぶん会ったことない知らない人なのだけど。7月10日の「京阪神3題」にコメントをいただいている。「はてなダイアリーの、エンテツ宣伝担当の岡田です」だって、うれしいなあ。岡田さんは、「はてな」に「遠藤哲夫」のキーワードを設けてくれたのだ。ありがたや、ありがたや。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F3%C6%A3%C5%AF%C9%D7

さらに「エンテツ宣伝担当」を募集します。

■金沢の愛人人妻なりたて・さちよ(葉書)
学生の頃、六日町出身の知人に包丁とまな板使わないレシピとして教えてもらったのが、しょうゆ・マヨネーズ・ツナどん。ごはんつぶとたしかに相性がよくて、何百回とお世話になったけど、今はそうはいかないので、これからは「ネコまんま」とか「目玉焼どん」とか、仲間入りさせよ~っと。あんまり進歩してないか。
(エンテツ>げっ、おれと同じ六日町出身の知人がいるのかあ、ヤバイでないの。しかし、みなさま、これが新婚ほやほやの人妻です。ああっ、ゲロめしぐらいつくれ! しかし、ゲロめしも包丁ナシでつくれるな、ってことは「包丁いらず」というめしが存在するわけだ、ふーむ)


ってことで、今日もまた、みなさん、ありがとう。さらに、よろしく~、よろしく~。

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2004/07/11

ハムカツのち下痢で

→おっ、「最近のコメント」に、「汁かけめし快食學」編集子のコメントが。

■はあ、しかし、今日は、なんともあわただしい日だった。パソコンの前に座ったり、近所のコンビニへ再三コピーとりに行ったり切手買いに行ったりで、アタフタ出たり入ったり。

イチバンの問題、番狂わせは、そのコンビニでハムカツサンドが目にとまったので、ろくに食べずに作業していたから腹も減っていたし、買ってきて食べたら、とくにいたんでいたわけではないが、油がしつこいうえに、ここのところ暑さで胃腸が弱っていたのだろう、ゲゲゲゲゲゲ、下痢だよ、下痢。

そんなこんなで、いま夜の10時過ぎなのだが、やっと落ち着いた状態。ああ、今日は、いろいろ、楽しいメールをいただいたし、昨日の日記「京阪神ネタ3題」には、岡田さんから心強いコメントをいただいた。

ま、とにかくね、そういうわけで、わしゃ、くたびれ下痢しながらも、なんとかイロイロ片付けたし、下痢しながらも生ビールも飲んだということ。くたびれたから、今日は、ここまで。

ああ、いまごろ神戸じゃ、飲んで大騒ぎしているのだろうか。

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『汁かけめし快食學』オッ声

イロイロ、いただいてます。どうもありがとうございます。順不同メチャクチャで掲載。

■ホモダチ・やすし(封書)
『ぶっかけめしの悦楽』より数段面白くなっています。特に“男と女のカケメシロジー”、このスパイスがよく効いていますね。本のデザインも良いです。「エンテツ」大ブレイクしてください。

■愛人バツイチ・ゆかり(葉書)
「力強くめしを喰い」の文言、いつも気に入っております。

■ホモダチ・しんや(葉書)
“快感満載”という惹句がいいですね。

■おおっ、東陽片岡さんからも、葉書が。うふふふふふ、これは、内緒、ウンコマーク入り。

■おおっ、林哲夫さんが、「sumus」のサイトの日記、7月9日に。
http://www.geocities.jp/sumus_co/daily-sumus7.html

■ホモダチ・まこと(本書の「かけめし屋始末」に登場のマコト)が、blogで7月7日に。
http://dan21.livedoor.biz/archives/4070618.html
(エンテツ>そうか、おれは「上司」だったのか。うへへへへへ、じゃあ、悪い上司に悪い部下というわけだ)

■まだホモダチ関係を結んでないが、おなじみ「コンビニ研グルメ班日記」7月10日で、給食探求中のsujakさんが「ほめ殺し」うぎゃっ!
http://d.hatena.ne.jp/sujaku/20040710

■三角関係・セイとマコ(メール)
ちくま文庫から上梓するなんてカッコいい。

■札幌の愛人人妻・チズ(メール)
札幌の駅前JRタワーの中にある旭屋書店で早速購入しました。
(ちなみに平積み・・ここの文庫本新刊コーナーはどの本も棚にたてかけていますが・・で何冊もありましたよ。)

■都内の愛人人妻山の手お嬢様育ち・ノリ(メール)
1日7回、1回につき25分ぐらい授乳しているのですが授乳中はおそろしくヒマ。最近 本読みながら乳をやれることに気づき それも文庫本サイズがベスト。さっそくきょうから読んでます。
ネコまんまって 私の知る範囲ではみそ汁+ごはん。明治生まれの祖母と同居していた幼少時は「絶対にやってはいけません」と厳禁され いまだ試したことがありません。ごはんを食べる時は はしの5ミリ先しか使っちゃいけないとか 作法に厳しかったです。(2センチ以上使っちゃってますが)
しかし ちくま文庫。なんか格調高いなあ。さすがですなあ。

■ホモダチ・えいじ(メール)
ところで私は、汁かけめしならぬ、めしかけ汁が大好きなんです。ラーメンやカレーうどんの麺を食べきったスープの中にご飯を入れる食べるやつです。人前では、ちょっと恥ずかしいので出来ないのですが、家では良くやってます。


みなさん、ありがとう。さらに、よろしく~、よろしく~。


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2004/07/10

京阪神ネタ3題

■ザ「大衆食」に、「大阪発『ミーツ・リージョナル Meets Regional』8月号、「oh! 食堂」特集は優れものだ」を掲載した。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun04/oosaka_meets.htm
見てもらえば、その理由は書いてあるが、ホントに近年マレな優れものだと思う。その特集、どうやらその編集を仕切ったらしい、青山裕都子さんのオコトバ、ホントすばらしい!の一言。

■明日11日は、"タダ原稿書きのキング"南陀楼綾繁さんの『ナンダロウアヤシゲの日々』出版を記念して、神戸の海文堂で「sumus」&「幻堂出版」 真夏の ドサクサ・汗だく サイン会、というのがある。詳しくは、コチラ。
http://www.kaibundo.co.jp/
おれも誘われていて行きたいのだけど、一つひっかかっている所用があって、まだ行けるかどうかわからない。みなさん、ゼヒ行ってあげてください。

■どうやら、そのサイン会に間に合うらしいのだが、おれの原稿が載る、何の雑誌かわからない「何の雑誌」6号が発行になる。明石の幻堂出版という、よく知らない版元なのだけど、南陀楼綾繁さんやほかにも知っている人たちが関わって書いているので、頼まれたときにすぐ引き受けた。
http://homepage2.nifty.com/hon-karasu/maborosido-mokuroku.htm
「立ち食い立ち飲み」特集に、「「オトコ労働者」の呼吸を聴け」というタイトルで、ひさしぶりに『大衆食堂の研究』の原点にかえったような原稿を、A5で6ページ分書いて、おれとしてはマンゾク。東京じゃ、どこで販売になるのかな?そのへんの情報が入らない「ナシのツブテ出版社」なのでよくわからないが、中野のタコシェあたりで手に入るのかな。よろしく~

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2004/07/09

『汁かけめし快食學』発売

今日7月9日の発売にあわせ、「汁かけめし」というカテゴリーを設けることにした。本書や汁かけめしに関する喜怒哀楽などありましたら、コメントに書いてください。ただ、コメントに返事ができるかどうかは、わからないので、失礼があるかも知れない。

■駄目人間の部屋 by バリヨン
http://www.bari4.com/id/dameningen/
発売は9日ということだけど、発行は7日なので、昨日から店頭に並んでいる書店もある。さっそく買っていただいた。どうもありがとう。しかし、駄目さん、さんざん飲み歩きの上、この本持って成田発とは、ウラヤマシイ。まだお会いしたことがないのだが、いったいナニモノぞ。

■MSHIBATAさんのホームページ
http://sibata.com/mshibata/
ザ大衆食「ヨッ大衆食堂」からリンクしているサイトの主宰者MSHIBATAさんは、神戸の大衆食と大衆食堂について詳しい。拙著を紹介してもらったほか、神戸の仲間の掲示板でも宣伝してもらっている。どうもありがとう。

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2004/07/08

面白いことになりそう

6月27日の日記『「うまさ」を語る言葉を、どう獲得するか』で、『「食べ物の味やおいしさをもっと自由に表現する新たなヴォキャブラリーを追求してみたい。おいしさを表現するということは、そこに新しいおいしさを発見することでもある。つまり、表現することでさらにおいしさは広がる」ということでね、新しい「研究所」がスタートすることになったのであるよ』と書いた。

その「研究所」の、といっても、これはバーチャルな研究所なのだが、話し合いが昨日、渋谷の某所であった。とても有意義なものであった。

ちょうど、おれ70年代初頭からの60歳、マコトさん80年代初頭からの40代(このマコトさんは、『汁かけめし快食學』の「かけめし屋始末」に登場するマコトだ)、アンさん90年代からの30代、と、70年代以後の食品のマーケティングに関わってきた、三世代の顔ぶれだったので、じつに面白い発見があった。

これは、「研究所」の企画の打ち合わせかと思って話していたが、即、記事にまとめられるのだそうで、編集者がうまくまとめてくれると思うし、記事になったら、ここでお知らせしたいと思うが、「味覚表現」上、80年代の中ごろに、ある重要なキーワードが広まり、それを軸に、実に面白いことになっていることがわかった。

ついでに、「団塊の世代」は、食文化の面からも、マジにヤバイね、という話や、もうしばらく本を書くことなんか考えたくないやと思っていたおれが、ガゼン興味を持ってしまった企画が浮上した。けっきょく、70年代からコンニチまでというのは、日本の食が史上めったにないほど「激動」し、ワレワレ3人は、それを生産から消費にまたがって関わってきたわけだから、とても生々しいネタを持っているのだな。なんだか面白くなりそう。タノシミ。

しかし、昨日は暑くて、しかもイチバン暑い最中の午後2時ごろから都内をウロウロし渋谷まで行ったので、そして帰りは例によって「軽く」アルコールが入った状態で、午前1時ごろウチに帰り着いたのだが、その時間でも外は蒸し風呂のような暑さで、還暦男のおれにとってはとてもきつく、バテバテヘロヘロ状態だった。

最近、南陀楼綾繁さんのブログ日記「ナンダロウアヤシゲの日々」
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/を見ることを覚えた同居のツマが、おれがネットの古本屋から買った本が届くのを見て、うちもアヤシゲさんのトコのように床の見えない状態になるのではないかと心配をいう。おれは、そこまでは堕落してないと主張している。

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2004/07/07

夏はカレーライスというステレオタイプ

夏はカレーライスというステレオタイプは、比較的新しい。ここ30数年ぐらいのことだろう。

で、その夏はカレーライスというステレオタイプの背景には、夏-暑い-暑いインド-カレーの「本場」インド、というような観念的なステレオタイプが、またあるのではないだろうか。しかし、それは夏はカレーライスというステレオタイプのなかでも、もっとも新しいステレオタイプだろう。すくなくとも、1960年代なかば、東京オリンピックをさかいに実施された、海外渡航の自由化以後に普及した風俗といえる。

今日は七夕だが、拙著『汁かけめし快食學』の発行日だ。今日の発行で、書店にならぶのは明日から明後日なので、発売日の告知は9日になっている。

本の原稿の進行は、今年のはじめごろは、まだノンビリムードだったと思うが、いつだったか編集の長嶋さんに、「汁かけめしは、季節的には何時がいいのですか」というようなことを聞かれたとき、即、そりゃ夏だろうと思ったので、そのように答えた。

夏はカレーライスというステレオタイプ以前から、味噌汁ぶっかけめし、とくに冷汁、豆腐ぶっかけなど、夏の風物詩ともいえるものがあったし、そもそも食欲が減退する夏には、ぶっかけめしが好まれてきた。そのことは、『汁かけめし快食學』に、いくつかの事例とともに書いている。

で、とにかく、デハ夏までに本を出そう、という流れになって、急にスケジュールがまかれだした印象がある。ま、それで、とにかく、ガンバッテ、できたのであるが。

夏はカレーライスというステレオタイプから、そろそろ自由になっても、いいのではないか。

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2004/07/06

実践講座 台所の美味学

おれと江原恵さんが「江原生活料理研究所」をやっていた、1980年から83年の、約3年のあいだに、江原恵さんは3冊の本を著している。82年刊行の『「生活のなかの料理」学』、83年に『カレーライスの話』、『実践講座 台所の美味学』である。

なかでも、江原さんがもっとも心血をそそぎ、そして完成をよろこんだのが、『実践講座 台所の美味学』だった。といえるだろう。かれは、この本の印税で、銀製の記念品を関係者にくばることまでした。

そして、結果的には、「江原生活料理研究所」は、この著作を残すためにあって、この著作を残しただけでも、価値があったのではないか。と、おれは思っている。実際、撮影スタジオが同じビル内にある、研究所の厨房施設がなかったら、物理的に、この企画は実現が難しかった。

『実践講座 台所の美味学』は『アサヒグラフ』1981年5月1日号より翌年10月29日号まで、「実戦家庭美味学講座」シリーズとして連載されたものを、一冊にまとめ、83年5月に発行された。その腰巻帯の惹句には「ありふれたものを美味しく食べる」とある。

料理は生活である。生活だからどうでもよいのではない。もっと、たのしく、おいしくしたい。もっと、台所の創意工夫で、日々の料理を豊かにすべきだ。あるものをおいしくたべることを、もっと、追求すべきだ。そんな考えを、いわゆる食文化エッセーとして展開しつつ、実戦ハウツーを料理につくって見せてしまう冒険をした。

■『実践講座 台所の美味学』 もくじ

はじめに
1 ブロイラーその1 ホンモノ主義にモノ申す
    蒸し鶏のマヨネーズあえ 鶏とミックス野菜のうま煮
2 ブロイラーその2 かしわを追放した実力
    鶏手羽のやわらかカレー煮込み
3 ダシとスープストック 無視されている雑節
    ダシとスープストックのとり方 味噌汁 うどん
4 タケノコその1 掘りたては本当にうまいか
    タケノコのゆで方 粉節煮 土佐煮揚げ
5 タケノコその2 中国伝来の孟宗竹
    ワカタケスープ はさみ蒸し
6 カツオその1 初夏よりも秋にうまみ
    カツオのおろし方 カツオたたき
7 カツオその2 保存性の土佐節、味の常磐節
    なまり節の炊き合わせ 洋風なまり
8 ジャガイモその1 「李さんのジャガイモ」
    炒め煮 炒めマッシュポテト
9 ジャガイモその2 品種とその使い分け
    コロッケ せん切り炒め
10 カジキ シュンとは何だろう
    酢焼き かわり揚げ
11 アジ 鮮度が落ちても工夫次第
    アジのおろし方 はさみ揚げ
12 そうめん 中国渡来の味文化
    変わりダレそうめん 北の幸冷麺
13 土佐醤油 化学調味料に抵抗する
    冷や奴土佐醤油ダレ 野菜の黄身酢あえ
14 漬物 変化する「伝承の味」
    ぬか漬け キュウリの即席辛味漬け 香り漬け
15 丼物 歴史はたかだか数十年
    親子丼 ネギマ丼
16 カレー 家庭の味もいまやプロ級
    おふくろの味 レストランの味
17 カボチャ 北海道で食べる美味しさ
    ベーコン煮 つみれ揚げ
18 ピーマン 主役になれない素材
    詰め焼き 味噌炒め
19 汁物 ”風味”とは迷信の味
    梅がゆ汁 カボチャスープ とろろ汁
20 ナス 不人気のしぎ焼き
    煮びたし 肉味噌煮
21 豆腐その1 庖丁さばきも味のうち
    白あえ 納豆豆腐 シソ豆腐
22 豆腐その2 ありふれた料理を大切に
    カニ豆腐 空也揚げ
23 ニンジン 飾り切りは中国風技法
    おろし揚げ 中華風うま煮
24 サラダ キャベツは生とはかぎらない
    マヨネーズドレッシング 味噌ドレッシング トマトソース
25 豚肉その1 まずブッロクを買うこと
    水煮 豚バラ肉の水煮刺し風と角煮
26 豚肉その2 トンカツは国際的料理
    八宝菜風うま煮 ゴマ味噌炒め煮
27 牛肉 霜降り肉は日本特産
    くわ焼き 肉だんごのうま煮
28 サバその1 料理の心得は一に塩梅
    サバのおろし方 チーズ焼き たたきなます
29 サバその2 江戸時代の料理法
    ぬた 中華風うま煮
30 ふりかけ インスタントはだめ!?
    サバのふりかけ 手作りふりかけ
31 イワシ 見直したい”下魚”
    イワシの下ごしらえ つみれ汁 酢油蒸し
32 レンコン 変えるべき「素材の常識」
    辛煮 白煮
33 サツマイモ 甘藷の功徳
    あんかけ 味噌汁 大学イモ
34 キノコ 千本姫茸の思い出
    エノキダケの吉野煮 シメジスパゲティ
35 ダイコンその1 料理に家元とは
    ピーナツバター煮 トマト煮
36 ダイコンその2 風呂吹きは過去の料理
    サバのおろし煮 煮込み風呂吹き
37 カブ 「子の刻のカブ」
    あちゃら漬け辛味あえ クリーム煮
38 ハンバーグ つまりは洋風つくね
    豆腐ハンバーグ つみれハンバーグ
39 マトン 『金瓶梅』の羊料理
    炒め煮 味噌炒め
40 モツ 下品という差別観
    豚レバーつみれの野菜炒め 鶏モツのケチャップ煮
41 卵 「虚」「実」合わせもつ古料理本
    親子とじ 鉢蒸し
42 イカ 郷土の味に創意工夫を
    ショウガ炒め 塩辛 納豆あえ
43 鍋物 ”郷土料理”のあいまいさ
    ダイコン鍋 味噌煮込み鍋
44 タマネギ 「仕事を盗む」
    サラダ チーズ煮 油揚げ包み焼き
45 タラその1 経営者気質は一方的
    昆布汁 ポテト揚げ
46 タラその2 鯛の比ではないうまさ
    イモタラ 味噌シチュー
47 サケ 上物の目印は婚姻色
    氷頭なます マリネ 粕汁
48 マグロ 「ばち者」も使いよう
    かまぼこ つくだ煮
49 カキ まずは素性の良いものを
    雑炊 フライわさび風味
50 ホタテガイ もっと干物の調理法を
    ホタテガイの下ごしらえ てんぷら 精巣・卵巣の辛煮 塩辛
51 ハクサイ キムチは卓抜の味
    中華風酢のもの 干しエビ煮
52 キャベツ 季節感より豊富さ
    ロールキャベツ サケとキャベツの一夜漬け
53 即席ラーメン 不自然食は考え違い
    牛乳ラーメン ネギマラーメン そばゲッティ
54 冷凍食品 保存食にかわるもの
    エビとミックス野菜のかき揚げ ホタテ貝柱とナスの炒め煮
55 変わり味噌汁 味噌離れとはいえない
    味噌汁ポタージュ ごった煮
56 納豆 味と味覚は別もの
    カツオ納豆たたきと納豆焼き
57 高野豆腐 待たれる新しい調理法
    揚げもの・蒸しもの まぜごはん
58 酢のもの 料理人の自負
    野菜のゴマ酢味噌 洋風酢のもの シソなます
59 野菜炒め 流通機構の変遷
    キュウリの辛味炒め キャベツ炒め
60 てんぷら 料理は暮らしである
    精進揚げとかき揚げ

索引

写真撮影 武田浩吉
装丁・レイアウト 多川精一+中村洋子

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政治レベルの料理としてのBSE問題

「政治レベルの料理」を考えてみよう。いま始まったことではないが、政府は国民の生活と健康なんかどうでもいいのだ。

BSE全頭検査に限界 日米協議で日本側
【11:17】 【ワシントン30日共同】米コロラド州で30日まで開かれていた牛海綿状脳症(BSE)をめぐる日米専門家・実務者協議で日本側は、若い牛がBSEに感染していても現在の検査方法では検出できず、全頭検査には限界があることを認めた。

これは、共同通信社のWEB版ニュースに先日あった。

おれは以前「ザ大衆食」の「発作なメシゴト日記」に、日本の「全頭検査」は「安全」を保障するものではないし、ようするにアメリカ牛の輸入禁止措置は、政府と政権党の参院選対策であって、選挙が終われば輸入解禁になるだろう、というようなことを書いた。やはり、そうなのだ。

なんというばかばかしさ。しかし、国民には「全頭検査」で安全が保障されているような説明をし、アメリカの前では「全頭検査には限界があることを認めた」とは、どういうことだろうか。いままで国民に安全だと説明してきた責任や、アノ安い牛丼を不可能にしてきた責任を、どうとるのだろうか。責任なんかとるはずねえや。

それに、なんら安全は保障されてない国産牛の霜降り最上級の牛肉を、ほめあげているグルメもいるのだが。素材のよさを問題にするのなら、こういう「政治レベルの料理」も、ちったあ考えてみたらどうかと思う。 いまや、素材の多くは、政治で決まるのだ。

小泉政権は、こういうゴマカシをやりながら、「曽我さん家族の再会」騒ぎと低投票率で政権を維持するのだろう。いやはや。

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2004/07/05

東京夕暮れスタイル

ややややや、昨日は、アレコレソレコレ呑みこれで、日記を書かずじまい。ナント、アヤシゲさんは、ちゃんと書いている。おおっ、『汁かけめし快食學』を読了のようだ。ありがたや。
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20040704

「熊谷真菜さんの解説は、エンテツ本の真髄を突いている、スゲエものであった」と。ほんと、アノ本は、熊谷さんの解説がいちばんおもしろい。

ところで、今日もゆっくりしていられない。

昨日アレコレあったうちでも、お知らせしておきたいこと。

散歩の達人別冊『東京夕暮れスタイル』7月21日発売 定価880円です。
おれは、原稿を書いています。昨日、日曜日ですが、校正がおわりました。日曜日、編集女は、休んでないわけです。

「当日新橋の駅構内でデモ販売をやるんです。新橋・有楽町の500円お父さんが飲み代から880円を削ってくれるか!!」だそうです。どうか、買ってください。

しかし、あの編集女、独身かと思ったら、「我が家の家計と子供の学費はそれに懸かっております。恵まれない編集者に猿の手を」などと言っている。もうガキまでいたのか、いまの若い女、いや、もう若くはないが、油断ならぬ。ウーム。しかし、アタマが光化学スモッグ状態だそうだから……。マユ語のアタマが光化学スモッグ状態?ボケ婆さんということかな、わけわからんな。

とにかく、急ぎがあるので、こんなところで。『東京夕暮れスタイル』は、ちょいとおもしろい趣向なものなので、また近日中に書きます。

ま、ちょっと整理しておくと。

南陀楼綾繁さんの『ナンダロウアヤシゲな日々 本の海に溺れて』(無明舎出版)発売中。「「ふつうのめし」を熱く語る、大衆食堂の詩人・遠藤哲夫」というのが載っています。よろしく~
http://www.bekkoame.ne.jp/~much/access/shop/index.htm
神戸の海文堂でフェア開催中、11日はサイン会。アヤシゲさんに会えるよ。
http://www.kaibundo.co.jp/

7月9日、『汁かけめし快食学』(ちくま文庫)発売。よろしく~
7月21日、散歩の達人別冊『東京夕暮れスタイル』発売。よろしく~
ですね。

朱雀正道さんの「給食」は大作になっている。
http://d.hatena.ne.jp/sujaku/

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2004/07/03

「未生音」渡辺勝で二度寝のち浪曲

今朝、昨夜買った、CD、「EMIGRANT エミグラント」の「未生音」を聴いているうちに二度寝をしてしまい、午後1時開始の玉川美穂子さん出場の浅草木馬亭に、ちょっとだけ遅れてしまった。

「未生音」は、よくわからんが、とにかく「エミグラント」というメンバーによる渡辺勝さんのボーカル集というふうに理解すればよいらしい。ライブ録音だね。先日ここで話題にした「東京」も収録されている。もちろん、オススメ。

これを買ったイキサツは、すでに南陀楼綾繁さんの日記に書かれている。
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20040702
南陀楼綾繁さん、書くの、はやいなあ。その調子で締め切りに遅れないよう原稿を書きましょう。でも、編集者のみなさま、ブログの日記書くヒマあったら原稿を早く書け、などという野暮をいってはいけません、ソレとコレとはちがうのですよね。

そして、アヤシゲさんは、いまごろはまた西荻の「アケタの店」にいるはずだ。明日は、「アケタの店」でエミグラントのメンバーで、渡辺勝さんがうたう。うーむ、聴きたいなあ。やっぱナマですよ。昨夜の渡辺勝さんは、ピアノとギターだけ。ピアノは、よかったね、なんだか歌と共通するところがある。昨夜は、1960年代の新劇人風のボーカル鈴木さん、田舎の田んぼ道でうたっているようなもう1人のボーカル鈴木さん、それぞれ持ち味があってよかった、ま、そのへんはアヤシゲさんの日記におまかせ。

それはともかく、昨日は、アヤシゲさんの日記にあるとおり、届いたばかりの『汁かけめし快食學』の見本誌を一冊もっていって、アヤシゲさんに進呈したのだった。女体の詩人イシイさんが来るのもわかっていたら、もう一冊もっていったのだが……でも、あの人は、本より女体かもな。な、ことはないか。

ま、それはともかく、そういうわけで、昨夜は0時すぎに帰宅だったし、今朝は起きて、マズ、その「未生音」を聴いているうちにまた寝てしまって、目が覚めたら、11時半。でかけなくては間に合わない時間に目が覚めたので、大慌てでシタクをしてでかけた。美穂子さんは、最初の出番だから、10分ばかり遅れて着くと、始まっていたが、ま、ほとんど聴くことができた。途中ちょっと声があぎりぎみで目一杯のかんじだった。ま、まだ修行中だからね、がんばって。

しかし、今日は、なんといっても玉川桃太郎が貫禄だったね。さすが。あのひとがヤクザモノをやると、ヤクザの親分がヤクザモノをやっているようで、サイコー。

それで北浦和に帰り着いて、開店早々の「志げる」で、生ビールあんどホッピー。昨日買って、バッグに入れたままの『彷書月刊』7月号『酒とつまみ』5号を見る。

家に帰ったら、新潟日報6月30日朝刊が郵送されてきていて、開いたら、先日のインタビューがデカデカの写真入りで載っていて、びっくり。

とにかく、ああ、眠い。

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2004/07/02

汁かけめし快食學

『汁かけめし快食學』(ちくま文庫)ができてきた。校正のとき思っていたより、よみやすく、いいかんじだね。

うーむ、なかなかよいではないか…。と、パラパラ見ながら、自画自賛。

さて、これからは、宣伝、販売、ですな。書店には、はやいところは7日、多くは9日には並びます。

みなさん、よろしく。

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2004/07/01

レモンがない!

どうしたんじゃろうねえ、レモンが品薄。一昨日、某大手チェーン店で買おうとしたら、まったくない。昨日、別の大手チェーン店へ行ったら、10個ばかりパラパラあるだけ。値段は1個88円だけど、モノがかなり悪い。どうしようか迷ったが、いまは毎日レモンをつかった漬物を切らさないようにしているので、しかたなくそれを買ってきたのだが。

レモンといえば、初めて皮ごと丸かじりした、高校山岳部時代の夏山を思い出す。1960年前後のことだ。あのころのレモンの思い出というと、その丸かじりしかない。ふだんは食べていたのだろうか?どうやって食べていたのだろうか?どうも記憶にない。

あの汗だくだく夏山レモン丸かじりのうまさは忘れられない。あれで覚えて、30歳前後までは、けっこうやっていたように思うが、いつのまにやらなくなった。いまじゃ、とてもそんなふうに食べられない。肉体の条件によって、「うまさ」がかわるのだ。

それにしても、レモンの品薄は、どうしたのだろうか。今日もまた、レモンを買いに行って見なくては。

■午前10時半ごろ、ちくま文庫の編集者から、『汁かけめし快食學』の見本刷りができたと連絡があった。イヨイヨだ。
こちらに、目次があります。よろしく~。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun04/sirukake_kaisyoku_news.htm

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