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2004/09/16

弁当とレトルトごはん

昨日の続き。コンビニ弁当と弁当屋弁当の競争は、「マスでみると」、コンビニ弁当が圧倒的なシェアを得て決着したように見える。つまりコンビニ弁当の「勝ち」といわれる。だが、データというのは、そのデータの調査なり資料の目的にそった、データでしかないから、単純にマスの数字だけをあげて、「勝ち」「負け」を決めるわけにはいかない。日本のマスコミジャーナリズムは、よくやるがね。

弁当屋のない地域にもコンビニがあることを無視して、合計の数字で弁当市場にしめるコンビニ弁当のシェアが圧倒的だからといって、コンビニ弁当が勝利したことにはならない。実際の競合関係の地域での数字でないと意味をもたない。そういうふうに意味の無いデータや資料をもとにした雑な解読と議論は、これまた日本のマスコミジャーナリズムが得意とするところだ。

で、そのことではなくて、気になるのは、レトルトごはんなのだ。レトルトごはんは、1970年代の中ごろに、大手各メーカーが進出し、そして撤退している。普及しなかったのだ。それが1990年代以後、「玄関あけたら 2分でごはん」のコマーシャルもあったが、ほぼ定着といっていいほど、普及した。これは、弁当市場の広がりと関係あるのではないかと思われるのだなあ。

いずれにせよ、一度市場から消えたものが「復活」している。食べ物の市場は、そういうことがめずらしくなく、メニューの浮沈にいたっては、かなり変動が激しい。だから、短視眼的に、安直な雑な決め付けをするのではなく、30年から50年のあいだの変化を数百年の歴史のなかで検討する作業が必要になる。ま、昨日の「夜霧のハウスマヌカン」と「ほか弁」の話は、20年前の話ではなくて、イマのことなのだ。歴史は、おなじ時間のなかで変化しているのではない、コトによりけりなのだ。

それに、たとえば、いま「復活」しているといったが、商品の分類ではレトルトで同じだが、同じレトルト商品が復活したのではない。とくに包装の仕組みも含め(たとえば袋式から、トレー型の容器になるなど)、かなり変わっているのである。製造レベルからみれば同じレトルトに分類されても、消費の食事のレベルで考えると、同じとはいえない。が、たいがい、こういうことを歴史にまとめると、同じレトルト商品が、一度「敗退」し「復活」したように表現されることはザラで、そういう方法では食文化の実体も生活の実体も、とらえられない。

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コメント

退屈男さん、コメントありがとうございます。
わたしの日記はいい加減ですから、
コメントはその日のテーマに関係なくてもけっこうです。

とにかく、この弁当はスゴイですね。
オカズたっぷりでうまそう。
しかし、よくつくりますなあ。えらいなあ。
イマドキどんなひとが、どんな弁当をつくっているか、
なかなかわからないので、興味津々。

投稿: エンテツ | 2004/11/16 09:25

ここにコメントするのが適切かどうかわからないのですが、フツウのひとのフツウのお弁当に興味はおありでしょうか。
「稀覯LOG」
http://serendipper.cocolog-nifty.com/blog/
の、「グルメ・クッキング」のカテゴリーを選択すると、このブログの書き主ゆうたさんのお弁当が、写真つきで載っています。ぼくはいつもこれを愉しみに見ているので、ちょっと紹介してみました。おいしそうですよ。

投稿: 退屈男 | 2004/11/16 00:41

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