« 虚業と実業と泥酔 | トップページ | 冷や汁は夏バテ回復によい会 »

2004/09/18

日本料理の概念?

ブログやるより、酒のもう。ということなのだが。
むかし、こんなこと書いているひとが、いたんだなあ。「料理はそんなせまアーい意味のものではありません」という言葉が、いいねえ。「堕落」だの「下品」だの「クソ」だのなんだのと、すぐ人様を決め付けることなく、もっとおおらかにやりましょう。実際は、それほど単純な話じゃないが、まずは引用。

「日本料理通」 楽満斎太郎 四六書院(通叢書)昭5(1930)年

料理概念の巻

(一)料理にも国境が必要か?

 一口に日本料理と云つても、それはずゐぶん広い意味を持つてゐます。
 私の見解では、日本国内で日本人が日本で出来た材料を以て調理し、これを日本人の食物とした場合は、如何なる調理法でどんな味をつけても、それは日本料理であると思ひます。
 其の上にもう少し此の先、時代の推移を見れば、どこの材料を用ひて誰がつくらうと、日本国内で成す料理はみんな日本料理となり、もう一段進むと、日本料理も支那料理も西洋料理も無く、そこには人間の料理があるばかりとなります。
 これを反対に区別をつける筆法で申しますと、日本料理といふものの中にも古代料理あり、足利時代料理あり、徳川時代料理あり、江戸前料理あり、関西料理あり、長崎料理あり、郷土料理あり、其他普茶料理あり、懐石料理あり、これらの一々に又各流派別あり、就中(なかんづく)武家の行つた儀式料理と皇室のみ持たせらる玉宮中式料理とは、其の荘厳神秘的なる点に於いて誠に神国に応Lい発達を遂げて居り、どこの国の料理を持ち来たつても此国と此場所とにこれ以上の合致は絶体に見出されなかつたであらうと信じます。
 さて、これらの料理に就て、ここからここまでが何料理で、どことどことが何料理であるといふ区別は、其時代其時代に於てこそ出来もしたでせうが今日の日本料理を通してこれを区別することは何人といへども其正確は期し難いのであります。
 自体、料理に対して斯かる事の詮議立てをする必要がどこにあるのでせうか。私は、バタを用ひればそれが直ちに西洋料理となり、油を多く使へば支那料理見たやうだと定義してしまふことは不思議でなりません。
 料理はそんなせまアーい意味のものではありません。又そんなせまアーい量見で扱ふべき性質のものとは本質的に違つてゐるのです。
 もしそんな見方で根本にさかのぼると、日本固有のものといふやうなものは一つもなくなつて文物皆外国流となり、料理も各国料理といふことになるべき筈です。

|

« 虚業と実業と泥酔 | トップページ | 冷や汁は夏バテ回復によい会 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30930/1463533

この記事へのトラックバック一覧です: 日本料理の概念?:

« 虚業と実業と泥酔 | トップページ | 冷や汁は夏バテ回復によい会 »