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2004/09/05

カレーライスの「本家」と「起源」の諸問題

インドを「本家」とするカレーライス「伝来説」の歴史は見直されるべきだと、『汁かけめし快食學』では主張した。

そもそも、歴史を考えるのに、「本家」だの「祖先」だのという言葉で、発想することがオカシイ。そこには、あきらかに、系図をさかのぼりそして下るような歴史が、あらかじめイメージされているし、しかもその系図たるや「洋食」の「本家」は西洋にあるという、西洋との関係でしか日本文化を考えない悪しき習慣が反映している。

系図をさかのぼりそして下るような歴史ではなく、水が熱を得て沸騰するようなイメージで発生と広がりをとらえるなら、「本家」とか「先祖」とかではなく「起源」という言葉で料理の歴史をシッカリとらえることができるはずだ。

というわけで、いま「ニッポンのめし」と「エスニック料理」と「料理の起源」の関係を考えてみるとオモシロシ。なので、「中尾佐助と『料理の起源』」をザ大衆食のサイトに掲載した。『汁かけめし快食學』の背骨に位置する本のなかの一冊である。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/nakao_ryourinokigen.htm

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コメント

朱雀さん。どうもありがとうございます。

■「そこで、ぼくなりに推察してみると、遠藤さんは、1)を憂慮し、憤慨し、義憤にかられ、2)をおこなおうと考えておられ、その「料理技術」の「伝来」の背後をさぐるために、隣接領域研究者として、中尾佐助の登場とあいなった、ということですか?」

これは、ちょっと、ちがいます。先ほども述べたように、気になっていたことがあって、たまたまいくつかの体験が重なりあって、中尾さんの『料理の起源』のとくに、「穀物料理の一般法則」これは仮説だと思うのですが、それがヒントになってヒラメクことがあった。急いで忘れないうちに書いてしまっておこう。ということで中尾さんのトツゼンの登場になったわけです。具体的には、これからサイトなりブログでふれていくことになると思いますが、1980年代以後の「エスニック料理ブーム」は、あきらかに国際資本がアジアに注目したことに関係があると思いますが、それが日本の技術としての料理にどのような影響を残すか関心がありました。で、最近の「手づくり」、ま、「手づくりの家庭料理」とあえていいますか、その分野に、あきらかに以前とちがう変化が見られるのです。その、ハテナ?が、中尾さんの『料理の起源』のとくに、「穀物料理の一般法則」にまでつながってしまったということでして。まだほんのヒラメイタところですから、あまり突っ込まれても困りますが、言っていただいたほうが、言われないといつまでもそのまま考えずにほっておくので、言っていただいたほうが、いろいろ考えることになっていいですね。
中尾さんの登場は、このページともからんでいる、ということなのですが。これも唐突な登場。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sin/sin_top.htm

■「また、「起源」と「本家」の用語の違いも」
私は、惰性的に「本家」という用語で歴史を語るのはキケンだと思っています。つまり、私には両親がいるのであって、「本家」という用語のなかでは、男親の歴史しか存在しなくなる。カレーライスの歴史を例にすると、イギリス-インドという「本家」の流れだけの話になり、日本の「めし文化」のほうは無視されるわけです。それから、本にも書きましたが、食べたらなくなってしまう料理の歴史においては、デキゴトを時系列に並べても、わからないことがたくさん残る。お湯をわかすと沸騰にいたるあいだに、泡が幾筋もできますよね、泡が生まれては消える、必ずしも最初の一筋のあとを追うとはかぎらない、そして熱の条件が、それをうながす、というようなイメージで考えた場合、そこに「起源」という用語のイメージが、私は、よいかなと思っています。たとえば、『料理の起源』の「穀物料理の一般法則」にある「平行進化の法則」などは、「本家」という用語ではとらえきれないものだと思うのです。

■「日本料理と呼ぶことの意味もなくなるでしょう」
すでに大正だか昭和のはじめに、「将来は人間の料理があるだけだ」という趣旨をいった料理人もいて、そりゃそうでしょうし、とくに「国境」はまったく無意味だと思います。が、一方現実は、国の利害が闘争し、それが食文化にあたえる影響も少なくない。ま、私の関心は、あちこちに書いていますが「近代日本食のスタンダード」が関心です。それぞれが、それぞれの関心の持ち方でテーマを持って探究することが、まだまだ必要なのではないかと思います。

■「遠藤さんの<アジア広域料理論>の発展を、たのしみに、待っています。特に、その広域性が魅力です」
はて、どうなりますか。私は、自分の体験にもとづいて、コツコツやるだけですから。それにトシですしね。

投稿: エンテツ | 2004/09/15 09:44

お返事ありがとうございます。すると、遠藤さんの主張は、以下のとおりなのですね?


1)日本が「料理技術」としての「伝来」の影響を受けているのは、明治・大正・昭和という流れより、イマではないか・・・。

2)自分たちの「黄色いカレーライス」を歴史的にちゃんと評価する作業をしたい。そして「自分たちのカレーライス」は、芳飯にはじまる汁かけめしの流れのなかにある。


1)にも2)にも、ぼくも興味深くおもいますが、しかし1)と2)の関係が、ぼくにはわかりません。また、「起源」と「本家」の用語の違いも。

そこで、ぼくなりに推察してみると、遠藤さんは、1)を憂慮し、憤慨し、義憤にかられ、2)をおこなおうと考えておられ、その「料理技術」の「伝来」の背後をさぐるために、隣接領域研究者として、中尾佐助の登場とあいなった、ということですか?

もしそうだとすると、遠藤さんの今後の思索は、<アジア広域料理論>というような方向になりそうですね。おもしろそう! 遠藤さんの探求の発展を、ぼくもたのしみにしています。

と、同時に、ぼくは違ったふうに考えています。ぼくもまた江原恵さんの闘いをたいへん立派だとおもっています。そう、江原さんが、1970年~1980年代の時期に、和食を割烹料理に代表させてなるものか、と、カレーライスもまた日本料理であると主張し、さらには、辰巳浜子と共闘し、ふだん料理、家庭料理の底上げにのりだした闘いを。●しかし、江原さんが書かなくなってからから15年がたち、現実を見てみると、一方には、学校給食、スーパー、コンビニ、レトルト食品レンジでチン、他方には、グルメ・ブームや自然食などの情報文化がはなざかり。それもすべて日本料理であるとするならば、そもそも日本料理と呼ぶことの意味もなくなるでしょう。●ぼくには、江原恵さんが、毅然と誇り高く、雄々しく立派に、揺れ動くニッポンの現実と闘い、敗れた<偉大なる敗北者>に見えます。ぼくは、江原恵さんが書かなくなった時期を境に、国籍で料理を考えることの意味もまた、いくらか蒸発したようにおもっています。●その頃からぼくは、スペイン系アメリカ人が握る寿司を受け入れ、日本人とインド人が競い合うようにつくる本格インドカレーを、興味しんしんに楽しむようになりました。●・・・しかし、それはたかだかぼくの考えの変化に過ぎません。そんなぼくもまた、遠藤さんの<アジア広域料理論>の発展を、たのしみに、待っています。特に、その広域性が魅力です。

投稿: 朱雀正道 | 2004/09/15 08:05

朱雀さん、こちらでは、はじめまして。ですね。

ちょっと一度にイロイロ書かれているので、うまく答えられるかどうかわからないのですが。■「まず最初に、カレーライスをアジア全域に広がるぶっかけめしのひとつのヴァリエーションと見なしたのは、江原恵さんですよね。」これは正確には、「アジア全域に広がるぶっかけめしのひとつのヴァリエーション」というよりは、「芳飯にはじまる汁かけめしの流れにカレーライスを位置づけた」ことが、江原さんの卓見だと思います。江原さんは、それで、汁かけめしの歴史より『カレーライスの話』にもありますが、「カレーライスを刺身とおなじ日本料理」とみることの必要性を説いた。ということだと思いますが。それはナゼかというと、江原さんは、まず現代の現実の料理をどうとらえるかが、当時は最大の関心事だったからのように思います。■「しかし、もしも仮に(!)遠藤さんが、日本人なら、インド・カレーなど喰うな、ぶっかけめしを喰え! と、主張なさるのなら」とおっしゃいますが。「もしも仮に(!)」でも、私は、そのような主張はしたことありませんね。それは本を読んでいただいたのなら、おわかりいただけると思うのですが、ここでまた本の主張をくりかえすのは大変ですし。このサイトでも、そういう主張はしていません。もうちょっと自分たちの「黄色いカレーライス」を歴史的にちゃんと評価する作業をしたい、という類の主張はありますが。■「それは江原恵さんとも、中尾佐助さんとも、まったく無関係な主張ではないでしょうか?」私は、江原さんや中尾さんの主張の影響は受けたと思いますが。その文脈に自分の主張を位置づける、というような作業をしているつもりはありませんので、ハテ、ちょっと朱雀さんのおっしゃっている意味がわかりません。カレーライスについては、そのインド料理屋やタイ料理屋などのカレーライスですが、『汁かけめし快食學』のあとがきにあるとおり、私は、まだ何も書いていないに等しいと思っています。どこか書かせてくれないかなあ、と思うのでありますが。■ということで、答えになっているのでしょうか。ま、朱雀さんは答えを要求されているのではないかも知れませんが、こういうふうに私は思ったということです。ここに中尾さんが登場したのは、ちょいとしたヒラメキがあってのことです。日本が「料理技術」としての「伝来」の影響を受けているのは、明治・大正・昭和という流れより、イマではないか、と思ったときにヒラメキがあったので、忘れないように書いておいたまでですね。またよろしく~。

投稿: エンテツ | 2004/09/15 05:21

まず最初に、カレーライスをアジア全域に広がるぶっかけめしのひとつのヴァリエーションと見なしたのは、江原恵さんですよね。(ぼくも、それをすばらしい卓見だとおもいます。)で、その江原さんの主張がどこから出てきたかというと、1970年代~1980年代のかれには、一方に、『庖丁文化論』~』『家庭料理をおいしくしたい』~『辰巳浜子―家庭料理を究める』に至る<家庭料理としての和食のイノヴェーション>への意志があったわけですよね。そう、割烹みたいなものに和食を代表させてなるものか、と!●他方、中尾佐助は植物学者として、あたりまえに日本にある食材の「起源」を求めました。それはそれで卓見でしょう。●しかし、それらはそれぞれまったくべつの文脈のなかでの、異なった主張です。●ひるがえって、遠藤哲夫さんのおっしゃることの意味が、ぼくには、どうもいまひとつ理解できません。カレーそのものとしては江原恵さんも、ナイルのカレーを評価しておられますし、現在ではそれを遥かに上回るインド・カレーの店は全国に数々存在しています。多くのそれらは、すばらしくウマイ! ●むろん、蕎麦屋のカレーもそれはそれで別物としてあるわけだし、ぼくはべつにハウス・バーモント・カレーを悪く言う気もありません。それはソレでしょう。●しかし、もしも仮に(!)遠藤さんが、日本人なら、インド・カレーなど喰うな、ぶっかけめしを喰え! と、主張なさるのなら、それは江原恵さんとも、中尾佐助さんとも、まったく無関係な主張ではないでしょうか? むろん、無関係でまったく構わないのですが・・・。しかし、遠藤さんに拠るそれら脈絡を欠いた引用は、遠藤さんの主張を、むしろ混乱させてしまうのではないでしょうか? 『汁かけめし快食学』の愛読者として、いささか憂慮を感じます。肝心なところで遠藤さんが、過去のガクシャやすぐれた先人をもちだすなんて、まったくもって、エンテツ先生らしくナイ!


投稿: 朱雀正道 | 2004/09/15 02:23

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