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2004/09/11

BOOKMANな人びと・荻原魚雷の巻

大阪から「10年に1人の逸材」というウワサのマエダさんがきているから、一緒に飲まないか、と古書現世のセドローくんことムカイさんに誘われた。古書現世に注文した本の受け取りもかねて、高田馬場で飲み会になった。そこに荻原魚雷さんもいて、入った飲み屋「紫蘇の実」で、おれと魚雷さんは向かい合って座った。

「BOOKMANな人びと」の前回はムカイさんだったが、アレも飲み会のときムカイさんがおれの前にいた翌日書いたのだな。ま、なんとなく書きやすいわけで、今回は魚雷さんなのだ。まず、その飲み会だが、なかなか豪華なメンバー、今後の出版界と本屋業界の没落ならびに日本の貧乏生活を担うにちがいない本好きの、若き逸材の顔ぶれだった。大阪から来られた「Bookish ブッキッシュ」編集委員のマエダさん、「sumus スムース」同人の荻原魚雷さん、それにムカイさんとオレで始まり。サメとウマの刺身を注文したな。もちろんほかにも頼んだが、サメの刺身はめずらしくかつうまかった、ウマもうまかった。

すぐに、立石書店のオカジマさんあらわれる、そして書肆アクセスのハタナカさんだ。で、閉店の11時という時間に、助教授あらためプチ教授、皓星社のサトウさんがあらわれた。もう「紫蘇の実」は閉店だから、しかしそれで締めることなく、近くの「さくら水産」へ移動。ああハタナカさん、あなたと初めて酒で潤ったのは、駿河台下の「さくら水産」だった。そして魚雷さん、あなたと初めて飲んだのは、茗荷谷の「さくら水産」でしたね。おれたちは同期の「さくら」水産かよ。 

話は、マエダさんの歓迎より、昨年の暮れ阿佐ヶ谷の「よるのひるね」で熱く語られた「愛のコリーダ2004年」の製作が、おれが書く予定の脚本すらできてない現状とあっては、あと今年も3か月しかないし、あきらめなくてはならないだろう。とマジメな議論から始まった。であるならば、「愛のコリーダ ボーイズラブ」でいこう、これならトシをこしてもかまわない、主役は、ムカイさんとマエダさん。と、ここでマエダさんの歓迎酒宴らしくなった。マエダさんは、トリの唐揚が好きな、大学院生、まだ23歳!

マエダさんは魚雷さんのように虚弱体質のフンイキはないが、おなじぐらい小柄な体格。うーむ、これはムカイさんとのカラミがよいかもしれない。それにいまボーイズラブ系では、なんといったかな、そのムカイさんのカラダ、柔道やってデブ、あ、いや、ちがった、ガッチリ筋肉質が人気なのだと、詳しい魚雷さんが言った。で、ボーイズラブ系の雑誌では、編集者が著者の作品をほめるときの言葉は、「うまいっ!」ではなくて、「卑猥ッ!」なんだそうだ。魚雷さんは、そういうことを知っている男である。

と、ここで、また話はそれるが、ムカイさんがセドリ用のカバンから『文学界』最新号を取り出した。そこには、オオッ、われらがBOOKMANの人びとでそのうちここに掲載されるであろう、「糺の森のソナタ」で一躍有名の、ホスト系コーガン柳瀬さんが登場している。その話は、略。その後の話も、略。

ああ、魚雷さんの話だ。1969年生まれ。万年風邪引き子ヤギのような感じ。

明るい白い生活が嫌いな自閉症ってわけじゃないらしいのだけど、なぜか、暗い赤や黒の生活や怪しい紫の生活へとハマってしまうひとがいますね、そのクチのようです。かれの場合は黒系なのか。いやいや赤色エレジーがみごと!

広い明るい白い原っぱに、ポツンと黒い暗い小さなカタマリが見えます。近づいてみると、小さなカタマリと見えたのは巨大な本棚です。迷路のような本棚です。トーナス=カボチャラダムス氏が主任研究員の退化人類研究所「カボチャドキヤ」のような本棚です。

ときどき、小柄な子ヤギのような男が、その間から出てきます。黒いシャツ着て、3、4時間ぐらいしか寝てないような顔で、あたりをキョロキョロみまわすと、とつぜん、その身体とヤワなおとなしそうな顔からは想像つかない声で、「赤色エレジー」を思い切り歌い、またスゴスゴあるいはヨタヨタ本棚のなかに消えます。ときどき本のあいだからは、「はあ」とか「ほう」とか、ためいきとも感嘆ともつかない声が聞こえてきます。ときどき「ぶりっ」と屁の音がします。ときどき庖丁をつかっている音やフライパンで炒めている音がします。「おめえ~ら~」というどなり声が聞こえたりします。でも、たいがいは、静かですなあ。本のページのあいだに入って、本を読んでいるのですよ。

そして、こんなアンバイの文章を発表します。ちょっとだけ紹介。

進歩は、人間からどんどん苦をとりのぞいてくれる。しかし、苦がなくなれば、楽になるかというと、それほど単純なものではない。

二十代の半ば頃、わたしは高円寺の風呂なしアパートで、一日中、部屋にひきこもって、古本を読み、中古レコードばかり聴いていた。

本やレコードが増えれば、すぐ部屋がせまくなってしまう。お金がなくてモノが買えないのではなく、モノを置く場所がなくて買えない。それで本を売ったり買ったりしていたのだけど、どうしてもそういう状況だと、買い控えの気分になる。すると、どんどん気持がしずんできて、仕事をする意欲がなくなる。

もっと広いところに住み、どんどんモノが買えるように努力しようか?しかしもし全世界の人々がみんなそういう努力をしたら、地球はどうなってしまうのか?

やりたいことをやるにせよ、やりたくないことをやるにせよ、その行為がプラスになるのか、マイナスになるのか?

(略)

昔はあるていどガマンしていれば、年功序列で給料もあがり、いずれは大きな仕事がまかされた。今はどうか?新入社員がはいってこない会社は、いつまでたっても下っ端扱いだ。そんなところで、ガマンだけ要求されるのは、理不尽としかいいようがない。「やりたいことがわからない」若者が増えているのは、世の中が若者を必要としていないからだともいえる。

自分のことを必要としていない世の中で、どうやって生きていけばいいのか?そうした苦境に立たされたとき、人は文学を必要とする。とはいえ、文学もまた「向上しながら滅びる」運命にあるのかもしれない。

……メルマガ「皓星社通信」2号
●つまり、そういうこと 「第1回 向上しながら滅びる」より……

ボクの前に本棚があり、ボクの後ろに本棚がある、ああ、自然よ父よ、あなたはなぜ沈黙なのか。沈みます沈みます沈みます。絶望とはちがうと思うが、いつも出口はない。袋小路をたのしんでいるようなフリーターあんどブンガクやオンガクをしながら、魚雷さんは「カボチャドキヤ」のような本棚に、赤色エレジーを歌いながら生息する。高円寺での引越しを繰り返しながら。魚雷さんにとっては、高円寺という街は本棚なのだな。高円寺の「黒色の詩人」

sumus(スムース)同人
『借家と古本』(スムース文庫)
『吉行淳之介エッセイ・コレクション』編者(ちくま文庫)
ほか、アチコチに書いているが、小説を待ち望む声が、台風のように発達しつつある。

はてなダイアリー 荻原魚雷
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%AE%B8%B6%B5%FB%CD%EB
Bookish ブッキッシュ
http://homepage1.nifty.com/vpress/bkbackno.html
sumus スムース
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5180/

連載中の「皓星社通信」の申し込みは、株式会社 皓星社「皓星社通信」編集長・佐藤健太
info@libro-koseisha.co.jp      http://www.libro-koseisha.co.jp/

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