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2004/11/30

朗報!

ザ大衆食のサイト、「消息」に、「台東区竜泉の「不二食堂」は、11月中に閉店との情報(11月2日記)」と掲載していました。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun/sinbun.htm
本日の朝日新聞の夕刊によると、常連客の励ましもあって閉店を思いとどまり継続することになった、と。詳しくは、この記事をご覧下さい。記事は、『東京下町』(創森社)の著者、小泉信一記者が書いています。とにかく、うれしいね。

なお、記事下に、おれの談話が載っています。その最後に、おれの談話ではありませんが、「都内では、渋谷区笹塚にある「常盤食堂」が最も古いという。今年で創業82年を迎えた。」とあります。しかし、「最も古い」という断定は難しい。それまであったさまざまな「一膳飯屋」などの飲食業から、「大衆食堂」というスタイルあるいは呼称が誕生する時代の創業であるという解釈が無難なのではないかな。つまり、大衆食堂草創期の創業であり、この時代に前後して創業した大衆食堂は、ほかにも残っている。

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BOOKMANの会に「アステア・エンテツ犬」登場

昨夜のBOOKMANの会は、アヤシゲ日記にすでにあるから略。来年は、たぶん、雑誌のようなもの、「荻原魚雷特集」ができるような気がするし、おもしろくしたい。
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20041129

この日は大衆食の歴史に意義ある日となった。というのものBOOKMANの会レジュメには、あの不世出といわれる現代鳥獣戯画の神様巫女教祖様・内澤旬子画伯によって、この日の発表者の1人エンテツが、コキタナイ酔っ払い野良犬にキャラクター化されて登場したのである。みごと、エンテツの本質と外見的特徴をとらえている。画伯名づけて「アステア・エンテツ犬」。これほどの名誉はない。これを「大衆食と汁かけめし」のシンボルとしたい。そういや、このエンテツ犬、酔っているだけじゃなく、頭からゲロめしをかけたように見えなくもない。
inu_tetu2.jpg

そして、来年は、BOOKMANの会のひとじゃないが、いまコツコツ原稿を書いているはずの、おれが期待の新人がデビューするのだ。うふふふふふ、楽しみじゃなあ。と、来年への想いがウロウロする暮れになりましたなあ。

■メモ―「汁かけめし」という名の「汁かけめし」? 「熊本県熊本市西里とてたて市会」「地元に400年伝わるお祭り料理」とな。うまそう~
http://www.tku.co.jp/webland/programs/purepure/kitchen/20041021/

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2004/11/29

アケビをたべたぞ

この過ぎ去った秋には、アケビをたべた。たぶん、20年ぶりぐらい。そのことを今日、ザ大衆食のサイトに掲載した。「アケビ たべたぞ うまかったぞ 懐かしかったぞ」
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun04/akebi.htm

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2004/11/28

ドクターペッパー飲むと、どうなる?

11月24日の「大衆も大衆食も、エライ!の「ミート・トーフ」」にドクターペッパーのことを書いたら、ドクターペッパーの故郷のテキサスにいる日本人からトラックバックがあった。「ドクターペッパーはいらないよ」
http://blog.goo.ne.jp/bigbossman/e/dc268bcc7880ac2b364866a64dfd8518

「テキサス人には大人気、薬のような味のとても美味しくないテキサス発のソーダ水」だ。そうだ、ありゃ「薬のような味」なのだ。コーラより、もっともっと薬くさい、としかいいようのない、クセのある、こわい味。あれがテキサス人には大人気だとは。

しかし、そのように「うまい」「まずい」というのは、「文化」なのじゃなあ。そうかそうか、あれを飲むとブッシュのように、クセのある、こわい人間になるのだろうか。

しかし、それで、70年代のなかば、おれはその新発売キャンペーンに徹夜続きの悪戦苦闘、そして、やっぱり売れなくて、いつの間にか製造も販売も撤退となったのだが。

また今世紀になってコカコーラ社が販売を始めたということは、日本人もクセのある味を受け入れだしたのだろうか。そういえば、ブッシュの飼い犬のコイズミもクセがあるわいなあ。日本人はコイズミのようにブッシュの飼い犬になるのだろうか。あははははは、関係ないか、好き好きだからな。ドクターペッパー、ばんざーい。あれを焼酎で割ったら、どうかな。だれか、やってみてくれ~。

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2004/11/27

消えた大衆食堂と、川島保彦写真展

■書き忘れていた。日暮里駅東口すぐ数秒のところにあった、大衆食堂「まねき屋」が、再開発で跡形もなく消え、あたり一帯は工事中の囲いがしてあった。一年前には、あったのだが、たぶん今年に入って取り壊されたのだ。気がつかなかった。ザ大衆食のサイトには、まだレポートを書いてないというのに。
無くなった「まねき屋」の写真だけ
http://homepage2.nifty.com/entetsu/manekiya.htm

■荻窪のアノニマで開催中の川島保彦さんの写真展は、今日と明日で終わりです。川島さんとは二度ほど会って話をした。『東京人』を見て『東京人』に載るような写真を撮りたくて写真家になり、そして最近は『東京人』の写真を撮りつづけている。『東京人』は、ちょっと文学的観念的装いがくさい、それほど好きな雑誌じゃないけど、川島さんの写真はイイ。この写真展「イタリアの旅そして、東京」も素晴らしい。帰りに大衆食堂「冨士食堂」で、かき鍋にビールってのもよいし。
川島さんのサイト
http://www.yasuhikokawashima.jp/
アノニマのサイト
http://homepage3.nifty.com/g-anonima/top.html
ザ大衆食の冨士食堂
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/huji_ogikubo.htm

うらわ美術館のフルクサス展にも行きましょうね。帰りに大衆酒場「力」で生ビールをグビッ、やきとんをムシャッ。

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2004/11/26

松本清張と大衆食堂

『大衆食堂の研究』HTML版に、「激動編 大衆の道、めしの道、食堂の道」の「一、流行現象だった大衆食堂」を掲載した。
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_index.htm

この章節は「時の流行作家松本清張の大衆食堂」から始まる。戦後の昭和を語るとき松本清張ははずせないだろう。松本清張が登場し活躍した時代は、おれが青春から中年にいたる時期で、ほとんどの作品をリアルタイムで読んだ。そのうちの何冊かは、大衆食堂でめしくいながら開いていたはずだ。

松本清張の作品には大衆と大衆食堂がたびたび登場する。とくに、ここに引用する『黒い画集』の「紐」は、じつに巧みに大衆食堂を描いている。松本清張ならでは、といえる。

ことしの『文学界』7月号だったと思うが、菊池寛の、特集だったか、があって、とうぜん松本清張のことにもふれている。菊池寛も、菊池寛を尊敬した松本清張も、日本文学のお山の大将・夏目漱石とはちがう山へ向かった人たちだ。そのことと、松本清張が巧みに大衆食堂を描いたことは関係あると思う。文豪・夏目漱石の作品には、大衆的な飲食店は登場しない。カレーライスの歴史の話に、よく『坊ちゃん』に登場する飲食店が引用されるが、あれは極めて少数のエリートが利用するところで大衆とは関係ない存在である。

おれは文学のことは知らないが、体験的に夏目漱石には疑問があり、文学的に批評することはできないから、「横丁学オモイツキ」という雑文で「横丁」を語るとき、夏目漱石をひっぱりだして強引に、アイツは、あるいはアイツの文学は、「横丁」系ではなく「大通り」系のものだと書いたことがある。対して、「横丁」系として永井荷風をもってきたが、ちょっとまずかったかなと思っている。松本清張をもってくるべきだった。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/9413/yokocyo_gaku.htm

ともあれ日本の「純文学」というのは、大衆や大衆食堂を描ける力をもっていないというビョーキを持つことによって「純文学」である、というふうに思うことすらある。そのお山の「文学者」たちが「うまいもの」を語っても「生活」は語れないとしても不思議はないし、「文学者」を中心にした「うまいもの談義」が、大きく生活からはずれたのも必然だろう。その影響下のグルメにも同じビョーキがみられる。

ついでにいえば。コンニチの日本の食文化は、文士や文化人たちの生活感と生活観の欠如した「うまいもの通」コンプレックス、これはまとめて「食通コンプレックス」とでもいえるか、それから魯山人の「料理は芸術よ」コンプレックス、サヴァランの「美味は教養よ」コンプレックス、そして比較的あたらしい「料理は食べ歩きランキングよ」のミシュランガイド・コンプレックスを、いかに克服するかが課題だと思う。

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2004/11/25

フルクサスは素晴らしい! そして83歳婆にキス

うらわ美術館で開催中の「フルクサス展」を見てきた。ひさしぶりのワクワク興奮で会場を出たあとも街を歩きながら踊りたくなるほど。開催中に何度も行きたいと思う。

コンニチ、昭和レトロだの60年代だの70年代だのというが、じつに一面的で定型的であるように思う。ま、いってしまえば、すべてはNHKの番組に登場するような気どった安っぽい言葉で「平和的」に語られる。

60年代70年代のフルクサスの活動が破壊的波動的にもたらした興奮を、忘れているか見落としているか、あるいはあえて知らん顔している、といえないだろうか。

フルクサスの精神からすれば、ガイドブック片手に散歩したり大衆酒場や立ち飲みへ行くなんてのは、管理された、じつに陳腐な行為であるはずだし。もっと街を、飲食という場や行為を、自分の感性で自由に楽しむ精神こそ必要であり、そこは生活するワタシのパフォーマンスの場所であるはずなのだ。そして、ワタシのパフォーマンスによって、さらにワタシの精神は自由になるし、街や飲食つまり生活は素晴らしいものとして存在する。ようするに「ライブ」なのだなあ。料理はライブなのだよ。ま、演奏や工作みたいなもんだしな。

60年代70年代は、そういう精神が躍動していた。そもそもね、大衆食堂や大衆酒場や立ち飲みなど、大衆的な空間に入るのに、ガイドブックを必要とするやつなんかいなかったのだ。

それはともかく、でありまして、このフルクサス展、
タイトルは「芸術から日常へ Art into Life」である。
いいタイトルだ。

NHKのように「芸術」をひな壇に飾り、上のヨイものとして気どって眺め、生活に「格差」をつけることがオカシイ。食や料理が文学であり芸術であるなんて、シャラクセエ、生活なんだよ。「蕎麦と酒」だの「隠れ家」だの「立ち飲み」で、オトナだなんて、幼稚なアホじゃないの。と、自らの自立した感性と精神で街や飲食を楽しんでいるうちに、これが「アート」になってしまうんだなあ。そうなのだよ。

ガキのころアレコレつくったり、こわしたり、箱や引き出しに何かをためこんだり、街で大声出したりいたずらしたり、知らないところへ入ってコワイ思いしたり……そういうことをオトナになっても、オトナらしく続けると、フルクサスになる。

うらわ美術館でフルクサス展を見て、オトナになろう!

アヤシゲ妻の内澤旬子さんがよろこびそうなモノがたくさんあった。卓球もできるよ。展示もオモシロイが、パフォーマンスのフイルムやビデオがあって、これがもうメチャ楽しいわけだよ。でも、これを全部見ると一時間以上かかるので、時間がなくなって全部みれなかった。時間にタップリ余裕を持って行きましょう。

で、ワタシは、酒場で、フルクサス精神を発揮して、このようなパフォーマンスをしたのである。撮影はアルコールアーチストの駄目人間。どうです、これが、アートというものでしょう。アートと醜態は紙一重。
osen.jpg
うへ~、83歳婆に祝誕生日のキスのプレゼントって、最高~。(若いオンナが相手ではパフォーマンスになりません。ワイセツやセクハラで訴えられるか、カネをむしられるだけです。念のため)

ああ、それにしれも、コーフン。フルクサス展へ、また行くぞ~

うらわ美術館のサイトはこちら。
http://www.uam.urawa.saitama.jp/

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2004/11/24

大衆も大衆食も、エライ!の「ミート・トーフ」

昨日の日記に、「駄目野郎」と書いたが「駄目人間」の間違いだった。最近こういうアヤマチがあるなあ。カンチガイというか、もともとイイカゲンな人間なのだが、ようするにおれの脳ミソが不確実性の時代に入ったということ。ボケ。でも「駄目人間」より「駄目野郎」のほうがよいような……。

で、このあいだから懸命に思い出そうとしていた、むかし新発売キャンペーンで関わったクセのある飲料の名前、ひとつは「ユーフー」(「yuhoo」と書いたと思う)というチョコレートドリンク缶、もう一つがもっとくせのあるコーラのような……とまでは覚えていたが名前が思い出せない。自分じゃバッチリ記憶している自信があったから、どこにもメモがない。だけど、もう記憶がボロボロ欠けていくのですよ。

しかし、そういえば、最近またコカコーラ社が販売しているような気がしたのでWeb検索したら、ありましたありました。忘れないうちに書いておこう。「ドクターペッパー」ですよ。

もうすごいクセのある飲料で、あれは1975年ごろだったかな? おれが担当するクライアントが日本で缶にボトリングし販売することになった。それで、新発売キャンペーンの企画をたてることになり、アメリカ製の見本を試飲したけど、こんなもん売り物になるかと思ったぐらいクセがあって、ホント企画に困った。

その話は、またこんど。とりあえず名前がわかり、ここにメモしたからアンシン。ということで、昨日書いたように一昨日の夜、駄目さんと、鶯谷の大衆居酒屋食堂「信濃路」へ行ったわけですよ。そこで駄目さんが頼んだのが、「ミート・トーフ」というやつ。
http://www.bari4.com/id/dameningen/post/102002/

これは、湯豆腐に、レトルトパック入りのスパゲティ・ミートソースをあたためてかけただけというシロモノ。駄目さんは粉チーズとタバスコをかけてくっていた。なるほどねえ、あんかけ豆腐というのもあるのだから、それにしても、これをめしにかけたらうまいだろう。しかし、考えてもみなかった創造じゃなあ、大衆というのはたくさんいて何をするかわからないから、日々いろいろなものが誕生しているのだろう。ま、メーカーの発案なのかもしれないが。とにかく、大衆も大衆食も、エライ!と思うのだった。

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2004/11/23

東長崎機関のインフラ「せきざわ食堂」

ときどき一緒に飲んで騒ぐ連中の、ご近所は「東長崎機関」。東長崎機関といえば豊島区東長崎の「せきざわ食堂」。
http://www.higashi-nagasaki.com/g/G18-1.html

せきざわ食堂は、何度か行ったし、「散歩の達人」に2回くらいは登場している。今年の夏の飲み会では、東長崎機関のカトケンさんが隣の席で(おれは飲んで、カトケンさんはバイクだったから飲まなかったが)、せきざわ食堂の話をし、戦争と戦場の話をし、カトケンさんが最近こっているバグパイプの演奏もちょこっと聴いた。

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BSE頭を冷すために、こういう本でも読んでくれ

米国産牛は、まだ全頭検査問題で輸入できないでいる。何度も書いたように、無意味なだけでなく、無駄なカネを使うし、ロスが多すぎる。不安をあおって儲けているやつがいる。こういう本でも読んで、頭を冷してほしい。おれは「嫌米主義」に転向したけど、安い牛は好きです。

『環境リスク学―不安の海の羅針盤』中西準子
http://book.asahi.com/review/index.php?info=d&no=7041

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おせん婆さん83歳誕生日の日の泥酔

昨夜は、日暮里「いづみや」→鶯谷「信濃路」→「おせん」。アル中駄目野郎と三段はしごで泥酔帰宅。「おせん」は6,7年ぶりだったが、おせん婆さんはこの日誕生日で83歳、まだピンピン。鯨飲は長寿のもとか。

下、おせん婆さんと駄目野郎。駄目野郎は指名手配逃走中につき顔を出せない。どうせ見れない顔だが。

osen0411_2.jpg

下、見れないといえば、これだ、おせんの小あがりの戸。渋いねえ~こういう細工の戸は、もうめったに見れないねえ。

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■メモ 神保町、三省堂本店へ行ったら、まだ『汁かけめし快食學』が平積み。書肆アクセスで『粉物のすすめ 信濃は小麦粉消費大国』(長野市・柏企画)。

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2004/11/22

「マイルドにクセがない」以後は?

「乳と食 SNOW 2004年秋号」(雪印乳業、04年10月1日発行)に、雪印乳業でチーズ研究所所長などを歴任したチーズ研究家、栢英彦(かや・ひでひこ)さんの、このような発言がある。

「つくる側からいうと、できるだけ多くの人に食べてもらいたい気持ちがあるので、どうしてもマイルドにクセがないチーズをつくる方向で考えてしまいがちです」

昨日の話の続きになるが、ここ数十年間の、食品や飲食サービスのマーケティングの現実を簡潔にいっていると思う。

「マイルドにクセがない」は、さらに一言でいえば「無難な味」ということだった。別の表現では「上品な味」「うす味」「淡味」「さっぱり味」「ライト」などと関係する。おれのように雑な、クセのある味や人間や文章は、「下品」といって嫌われるのだな。

とにかく、この傾向は、「味覚のファッシズム」かと思うほど、えらそうな顔をしていた。しかし最近は、やや違った「個性的」な動きがみられる。

それは「コク」という味覚に関係して顕著になったと思われるが、コクが汁かけめしに関係することは、拙著「汁かけめし快食學」に書いた。それで、前記の「乳と食 SNOW 2004年秋号」には「おいしさ研究所」というコーナーがあって、「コクって何だ?」とやっている。おれエンテツと研究員AとBの3人でしゃべっている。B5見開き2ページだが、これは、これからの「マイルドにクセがない」以後を考える、なかなかオモシロイ座談なのだ。この小冊子は一般では手に入らないので、ごらんになりたい人は、おれまでメールください。

しかし多くのひとが、なぜ「マイルドにクセがない」に流れてしまったのか、興味あるではないか。いまじゃ、クセがあるはずのトマト、ニンジン、ピーマンまで、みなマイルド。そして一方では、クセのあるナチュラルチーズやハーブやキムチや焼酎などが普及。はてはて。

■メモ 「食べ物を楽しむ能力の欠如」(『食卓の歴史』スティーブン・メネル著、北代美和子訳、中央公論社、1989年)

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2004/11/21

伊勢丹新宿店で高千代の酒を買い、渡辺勝さんのうた

昨日20日のこと。伊勢丹新宿店「越後の味・大新潟展」へ。ザ大衆食のサイトにしばしば登場の、高千代酒造が出店している。幸いなことに高千代酒造は地震の直接被害はなかった。しかし、なにしろ小さな酒蔵で、おなじ地域の八海山と比べても10分の1以下の規模だろう、かなり厳しい経営環境で、地震による地元消費の落ち込みが心配だ。

地元では人気の酒だが、それだけ「都会風」の味ではなかった、ということかも知れない。今年のはじめ、沖縄の人たちを案内したときも、あまり清酒を飲んだことがない人たちだったが、八海山と高千代を飲ませたら、八海山のほうが飲みやすいといって選んだ。口当たりが「マイルド」なのだ。「淡麗」というのかな?「軽い」ということだね。

これは、たばこのマイルドセブンのころからの傾向だと思うが、都会の大市場で個性のない軽いマイルドな味が流行するが、けっきょく大市場でシェアをのばし売上を確保するとなると、あるていど「軽い味」にならざるをえない。これが売上のためには「無難な味」ということだ。地元の小さな市場を相手にしてきた酒は、ややヘビーな味わいであり、しかし燗をすると独特の香りや味を残しながらのみやすくなる、というわけだ。フツウ「地酒」とよばれたものは、そのような個性があったものだが。

ま、講釈はともかく、伊勢丹新宿店へ行って、地震見舞いと激励をかねて、というのもおれは一応、会費も払って「高千代友の会」の会員なのだから、「巻機」(純米吟醸)を二本買った。

今日までやっていますから、お出かけください。酒蔵の越後美人姉妹の1人が店番しています。

で、そのあとは出たついでに、渡辺勝さんがゲスト出演のライブへ。今年はもうこのあと忙しくなるから、いつもの「なってるハウス」のライブに行けるかどうかわからんし、ちょいと行ってみようというわけだ。高円寺の「円盤」。ま、ついでに、途中の「大将」で、今年の最後になるかも知れないからと、いちいち理由をつけて、ちょいとイッパイやる。

開始の7時半前についたのだが、予備のイスに座る状態。あれれれれ、たしかアヤシゲさんは、「円盤はいつもガラガラだから、遅れて行っても心配ないよ」といっていたけど。会場は、イマドキの若いものたちでイッパイ。なぜ? おれのようなジジイは場違いなかんじ。でも気にならないね、渡辺勝さんだって、ま、たぶん、老眼鏡がないと譜面がよく見えないトシじゃないか、と。

渡辺勝さんは、出だしがちょっと快調とはいえなかったが、だんだん調子をあげ、いつものいいうたを聴かせてくれました。満足。

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2004/11/20

飲食店評価ガイドと料理評論のあいだ

昨日の続きだが、山本益博さんの「東京 味のグランプリ」のことは、まえに日記に書いたことがあるような気がして調べてみたら、やはり7月26日に書いていた。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2004/07/post_21.html

山本さんは、一応、「食べる側の文化」としての「料理評論」という一貫した主張がある。といっていいだろう。

ところが、彼がやったのは、主に「食味評論」と「飲食店評価」なのだ。そのあと彼に続くものが続々と登場するが、そのほとんどは、このパターンで、しかも山本益博さんより「ジャンル」を狭く絞って、「食味評論」と「飲食店評価」としての「評論」をやるようになった。

そのあと追い後発組に共通しているのは、「食べる側の文化」としての「料理評論」というような、独自の主張や見識がとくにない、ということだろう。それどころか、たとえば、「築地で仕入れている」「有機栽培のものをつかっている」「地元の新鮮な素材をつかっている」あるいは「このように調理している」などなど、だからこの店はウマイ、といった、味覚の説明になっていないことをする。飲食店つまり「つくる側」の代弁者であることが少なくない。もうほとんど「業界誌」のテーマであり内容であるようなことが少なくない。「業界通」にはなれるが、食べる側の文化の向上はない。

で、話はトツジョ方向が変わる。最近ブログの普及で増えたのは、フツウのひとがやる「飲食店評価」である。この場合、ほとんど店のひとの話を聞いて取材することはなく、まさに食べた印象そのまま、つまり「食べる側」の感性と論理で評価する。これが、いいのだ、それでいいのだ、と思う。この場合は、店の「つくる側の文化」による言葉ではなく、「自分の言葉」つまり「食べる側」の言葉で考えることになる。そこに「食べる側の文化」の可能性があるのではないか。

もっと素晴らしいなあと思うのは、たとえば「自棄酒マン」さんは日記がわりに「自棄酒マンの昼飯」を掲載しているが、11月18日に、こんなことを書いている。
http://homepage1.nifty.com/cupsakemania/200411.htm から引用。

寒い。 体が温まるものを作ろう。 近所の魚屋で、タイのあら(100円)をゲット。 これだけだと少し寂しいので、タイの切身(390円)も。 おお、500円でお釣りがきてしまった。 味噌仕立てのあら汁に、火を止めてから切身もぶち込む。 酒は「真田六文銭」。 やはりどうにも無骨な酒で、肴と一緒じゃないと厳しいな。 でも、燗つけてあらをしゃぶりつつ飲めば、うーんいい感じ。 半生状態の切身の魚臭さも酒が洗い流してくれる。 ついでのことなら私自身のあらも洗い流してくれると、 もっと立派なオトナになれそうなのだが。

引用おわり。

フツウよくあるのは、酒のつくり方がアレコレだから、これソレの味でダメとかヨイ、とかなのだが、自棄酒マンさんの場合ちがうのだ。酒は「武骨」な味でも、飲み方や食べあわせで満足点をさぐる。これこそ「食べる側の文化」としての鑑賞と批評だと思う。そして「料理評論」の原点ではないかと思う。

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2004/11/19

「東京いい店うまい店」

こんどのBOOKMANの会では短い発表をすることになっているので、文芸春秋社から1967年発行の「東京いい店うまい店」を、山本益博さん登場前夜という角度からみてみようかなと思って、その古い本を取り出して、ときどきパラパラめくっている。

この本は80年ごろから年次ごとに発行されてきたわけだが、70年代、それから山本益博さん登場後の80年代もお世話になった。じつは、おれは、ほとんど自腹ということはなかったけど、食品や飲食のマーケティングという仕事柄、経費もバンバン使えたし、けっこう高級店もイヤイヤ食べ歩いていたのだ。あの「マキシム・ド・パリ」もちろん、「クレッセント」「ラ・セーヌ」「レカン」……もちろん「吉兆」「辻留」、ああ、まだ柳橋に料亭があった時代だ。とかとか、でもナゼか夜明けは新宿のションベン横丁や小田急・京王デパートの軒下で迎えるというかんじだったね。よく野宿して朝になりました。

それはともかく。ま、それで、将来マットウな日本の食文化史が書かれた場合、この「東京いい店うまい店」と、山本益博さんの「東京 味のグランプリ」は、必ず正当に評価され歴史に残ると思っているのであります。なぜかというと……という話をしようと思っているのだが。はて。

ま、ほかに何人かのホンノ少数の方の著作を除いては、この2つの書の亜流陳腐化にすぎないのだね。そういう意味では「B級」の分野は、ヒドイと思う。しかし、これからは、わからない。なかなか有望な人材が育ってきているようだし。WEBの世界を見ていても、期待できる。ま、これまでの「東京いい店うまい店」と「東京味のグランプリ」の時代は、先駆期であって、これからが成長・開花の楽しみというわけだ。

ところで、この最初の1967年発行の「東京いい店うまい店」は、「味覚の権威19人が厳選した」ことになっている。狩野近雄、古波蔵保好、東畑朝子、安藤鶴夫、飯澤匡、池部良、犬養道子、永六輔、江上トミ、川喜多和子、キノトール、木下和子、戸部晃、橋本豊子、原勉、三木鮎郎、六浦光雄、村島健一、村山光一。思い出せないひともけっこういるし、生きているのか死んでいるのか……。


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なんだか神戸へ殴りこみ「幻堂百年祭」

有名な「何の雑誌」6号の「立ち食い立ち飲み」特集に寄稿して怪縁ができた、奇人出版社「幻堂出版」。こんどは、南陀楼綾繁さんのインボウで、ナンダロウアヤシゲな「幻堂百年祭」イベントに、エンテツが神戸まで出かけることになった。

12月11日午後3時~3時50分。「東西大衆食バトル対談」大衆食堂の詩人 遠藤哲夫×関西大衆食彷徨人 オヤジ芝田 (ゲスト: 女体の詩人 石井章) 。だと。

故中島らもさんのようにはいかないが、酔っ払っての殴りこみだ。イイトシこいてバカどもと付き合うのは、けっして嫌いではない、楽しみである。勇気とヒマとカネのない人間も、参集のこと。

詳しくは、ここにカラーのチラシが掲載されている。
http://artrandom.fem.jp/

ああ、しかし、今日は雑雑と忙しいなあ。もう年末モードだからなあ。今年は25日から休みにするから、もう一ヵ月ないのだ。寒いなあ。トシだからなあ。ま、快食、快便。

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2004/11/18

幻の奇書『大衆食堂の研究』HTML版を更新したぜ

東京ジャンクライフも、ますますジャンクに。「食堂世間咄」「たぬき食堂に田舎者の開き直り」を掲載。
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_index.htm

おれは、どうもやっぱ雑な人間であるから、「洗練」というのになじまないな。このころの文章を読むと、ほんとにプロらしい「洗練」がなくて、シロウト臭くて雑で、ああ、ええなあ、と自分で自分の文章に惚れてしまう。ナーンテこというと、じゃあ、いまはちっとはプロらしく「洗練」されたのか、というと、これがそうでもないんだなあ。でも、多少、そっちへ流されているかんじはある。

でも「洗練」というのもイロイロあって。普通は「上品」に「要領よく」「無駄なく」というぐあいに洗練されることを「洗練」というようだが、そうではなく「雑」に「洗練」される、というのがあってもよいと思うのだ。この「雑」さが、たまらなくいいね、とか。そうなるといいなあ。と思うのであった。

先日、経堂の居酒屋食堂「太田尻家」へ行ったときも。まだあそこはシロウトで開店して半年ぐらいのものだけど、ほんと、シロウトくさいんだなあ。でも、そこで一緒にカウンターにいた客も、言っていた。「この要領の悪さ、要領は悪いけど、クロウトぶらない誠実がよいですねえ、いつまでもこうであってほしい」

プロってのは、ほら、あんたはこういうモノがお望みなんでしょ、こういうサービスをすればあんたはうれしいんでしょ、とひとをなめたところがある。こういうものは、とどのつまり、あの駅員は少なくなって事故は多発している駅ホームの、自動アナウンスのようなものになってしまう。そこで、客にあきられないために、しょっちゅうさまざまなリニューアルをやって目先をかえ客をつなぎとめようとする。じつは、はなはだプロにしては、効率の悪いシステムなのだ。だけど社会の主な産業は、そういうシステムでまわっている状態になってしまった。ま、悪循環というか。いまのほとんどのプロは、そういうものでしかない。じつに不誠実という意味で程度は悪いし(食関係のプロの「評論家」にも、そういうのいますね)、こんな経済に「豊かさ」があるはずはないのだ。

大衆食堂のばあいは、産業化したチェーン店をのぞき、そういうプロではない。毎日お客が通ってもあきないメニュー、サービス。リニューアルとは、ときどきしか縁のない経営。ゆっくりとした変化。これは「シトウロ芸」の結果でもあるのだろう。「上品」にはやく走るものには、それなりの利があるだろうが、「下品」にゆっくりでも、それなりの存在価値があるのだ。

うへー、思わぬところへ話が転がってしまった。プロはね、こういうダラダラ要領の悪いことはしないのです。

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2004/11/16

地震の陰のスギヒラタケとドブロクのこと

14日の日記に書いたように、12日は地震の故郷六日町の万盛庵で六日町中学の同期生10人ぐらいと、トコトン飲んだ。万盛庵のオヤジは料理がうまい。その料理たるや煮物や漬物、みなこのへんの家庭でつくるものとおなじものをつくって出すのだが、だからみな自分の家庭のものがイチバンうまいと思っているものなのだが、その口うるさい連中も「うまい」といいながらガツガツ食べ、アッというまになくなるほどうまいのだ。

この日もサトイモなどの野菜を味噌煮にしたものが出た。そのなかにヒラタケがあった。ブナヒラタケである。それを指差した一人が「おい、これ、スギヒラタケじゃないだろうな」と冗談めいた口調でいったことから、地震の話題で陰が薄くなっていた、そのニュースで盛り上がった。地震騒ぎの最中の新潟県下では、スギヒラタケで死者が出て、それも1人や2人じゃなかったのだ。

この万盛庵でも使っていたキノコだし、このへんの人たちは、みな普通に食べていたキノコだ。なにしろ山へ行けば、いくらでも採れる。おれも昨年秋、六日町へ行ったときに、キノコけんちん汁を2回食べたが、どちらにも大きな肉の厚い歯ごたえのあるうまいスギヒラタケがたっぷり入っていた。

万盛庵では、そのニュースの日から出すのをやめたそうだし、ほかの連中も1人をのぞいては、そのあと食べてない、とのことだった。ま、大変なジケンだったのだが、できたらみな食べたいのだ。安いしうまいし。普通のひとは食べても大丈夫だろう。でも、自分は普通のひとなのだろうか。とか、って、ことを、ああでもないこうでもない、もう酔っているからシツコクしゃべっていた。ということ思い出した。

その宴会のザンガイの写真も載せておく。手前の銚子のすぐ奥側にある鉢が、ヒラタケやサトイモや野菜などの味噌煮が入っていた。キレイに片づいた写真など見てもしょうがないか。

1112manse.jpg

酒は、もうスゴイ量ですよ。なにしろ酒は水のように身近なものだし、中学生のころから一緒に飲んだ仲だし。右奥に地元の有名酒、八海山のびん、これは冷やした冷酒だね。トックリは、常温と燗酒。ダンコ自分の好みの温度でないといけないから、こういう状態になる。

それから、左上のステンレスの容器、これは、あははは、自家製ドブロクです。いいできぐあいで、グイグイやれました。うーむ、やはり米の味が生きている、ということであるならば、ドブロクでしょう。米の旨みですね。おれは小学5年生ぐらいのときに初めてドブロクを茶碗一杯のみ、腰をとられたのだった。あのときは、立てなかったね。それはともかく、このドブロクを飲み干し、はて、ビン、トックリを何本あけたか。

地震で大変なことになっているのに、こんなことしていていいのだろうか、という声もあったようだが、まあ、毎日のことじゃないからいいじゃないか、とか、いろいろ正当化し思いきり飲んだのだった。そして、地震発生の日から一日も休まず働いている連中も、一時、地震のことは忘れるのだった。

追記しておくが、おれはこの夜、いつものように「ホテル宮又」に泊まった。「ホテル」というが「旅籠」とか「商人宿」といった風情。ボロな建物だったが、地震には無傷で、80歳すぎの女将も元気だし、かけ流しの温泉も無事だった。

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2004/11/15

「いわゆるゲロ飯」のすすめ

うーむ、この日高顕一郎さんによる日記サイト「まぐら日記」にある、「ばくだん定食」とは、「いわゆるゲロ飯ですね」だと、うーむ食べてみたい。神田神保町なら、チャンスはあるだろう。
http://magra.org/?d=20041111

いいなあ、はたして「ゲロ飯」は一般名称化するか? 

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ご利用ご利用、荻窪の冨士食堂、いいねえ

ということで、ザ大衆食のサイトに、荻窪の冨士食堂を掲載した。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/huji_ogikubo.htm

ゼヒごらんください。

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2004/11/14

煮込みぶっかけめしですなあ

みなさん、やってますか、煮込みぶっかけめし。
ここで、やってますなあ。

takeさんのとこ。
http://take.cocolog-nifty.com/teke/2004/11/post_2.html

駄目さんのとこ。
http://www.bari4.com/id/dameningen/post/99754/

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ひさしぶり?に参上つかまつる、地震の故郷へ行ってきた

ドタバタぎゃあぎゃあグテグテでれでれ泥酔の日々だった。ちょいとワクワクの発見もあって、やはりウロウロするのはよいことだ。

10日鬼怒川温泉へ。もちろん飲み続け。11日東武伊勢崎線下今市駅近くにある二宮金次郎の墓へ。墓を見て長年気になっていた疑問が一気に氷解、これはもうスゴイ発見。深いところにたどりついたかんじ。もちろん食だのグルメだのにも関係する。やはり「現場」へ行くのがいい。黙っていられないから、たぶんここに書くだろう。今市は蕎麦屋が多いところ。古い建物の一軒に入る。ここがスゴイ。そのうちザ大衆食のサイトに掲載しよう。

12日は地震の故郷、六日町へ。越後湯沢まで新幹線、越後湯沢から六日町は上越線が動いているのでふだんと変わらない状態で行ける。紅葉は美しく、見るかぎり地震の傷跡は見えない。夜、万盛庵で中学同期生たちと飲み会。10名ぐらい集まる。ずっとアメリカへ行きっぱなしだったアオノくんも帰国していて卒業以来の再会。とにかく地震の話をツマミに飲みまくる。

相当こわかったらしい。みんなゆれに敏感になっていて、行っている最中にも余震が何度もあったが、こっちが気がつかないゆれにすぐ気がつく状態、あれじゃ神経が休まらない。建物の倒壊はなかったが、内部は天井が落ちたりガラスが割れたりは結構あったようだ。ガスもれはけっこうあって、地震後の暗闇の中で、ガスがもれてシュルシュル音をたてているのが不気味だったとか。引火しなくてよかったとか。当夜は、ほとんどの人がクルマのなかで過ごしたらしい。一部に避難のパニック状態もあって、パニックになるひと、冷静に判断して押し留めようとするひと様々だったようだ。

ま、なんといっても、やはり紅葉シーズンと冬のスキー客の宿泊が大部分キャンセルになったのが痛手のようだ。「ふだんどおりだからゼヒ来て欲しい」と、サイトに書け、というから書きました。「ふだんどおりだからゼヒ来て欲しい」温泉も新米コシヒカリも、終わりに近いけど紅葉の美しい山も、客がいないからヒマしています。行って地元のひとに直接地震の話を聞いとくのも「イザ」というときのためによいかも知れない。

とにかく泥酔、どうやって宿にもどって寝たか記憶にない。13日もちろん二日酔い。行きたいと思っていてなかなかチャンスのなかった、外山康雄さんの「野の花館」へ。なかなか素晴らしい。カウンターのところに、同年配の女性が。二人でしばし見つめ合って、おたがいに指を差しあい、両者一緒に「あれっ? もしかして?」と。小学生のときよく一緒に遊んだ同期生。外山さんのヨメさんになっていたのだった。半世紀ぶりぐらいで、ゆっくり思い出話。

越後湯沢から新幹線に乗って、東京は荻窪駅で4時の待ち合わせに間に合うように直行。ああ、もう書くのがめんどうだ。後日またボチボチ書くことにしよう。とにかく荻窪に着いても、まだ二日酔いで、ソルマックを買って飲んだが立ち直れない。めずらしい。さすがにあまり飲めない。でもなんやかやで、鳥よしで飲んだし、富士食堂へも行ったし、10時半ごろまで荻窪ですごしヨレヨレになって12時近くに、やっと帰宅。

はあ、疲れた。冨士食堂もよかったなあ、まだまだよい大衆食堂があるね。写真も撮ってきたので、近日中にザ大衆食のサイトに載せよう。

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2004/11/09

『汁かけめし快食學』オッ声 14

ちかごろブログで、汁かけめし快食學の感想が目に付くのは、気のせいか。

■まいどおなじみの「ナンダロウアヤシゲな日々」に、「退屈男と本と街」さんの紹介がありリンクがあったから、なんとなくクリックして、ジャンプしたら、11月6日の日記。そこに、なんと、ちょうど『汁かけめし快食學』について書かれていた。しかも今週、地震の新潟は小千谷に帰ってこられると。同郷なのだ。おもわず、コメントに書き込みをしてしまった。おれの故郷六日町とちがって、小千谷は被害の大きかった地域だ、お見舞い申し上げます。

「退屈男と本と街」
http://taikutujin.exblog.jp/1276551/

■「はてなダイアリー 遠藤哲夫」のとこの日記リンクに、10月30日「羊男の読書日記」さんがあった。ありがとうございます。おれの干支は羊、オトナシイ男です。

「羊男の読書日記」
http://d.hatena.ne.jp/esheep/20041030

■えーと、これは検索だったかな? 「すみかわ日記」さんの11月4日に。おお、ヨーロッパにいらっしゃる。「最近の一冊」に写真まで載せていただいて、ありがとうございます。これで、アメリカのコロラドの日本人に続く海外の読者二人目、欧米大陸に広がる『汁かけめし快食學』、というのは大げさか。

「すみかわ日記」11月4日
http://www.don.to/diary/


さらにさらに、『汁かけめし快食學』を、よろしく~

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反吐

イラクのアメリカ、反吐が出る。おれは単純な「反米」ではなかったが、今日から単純な「反米」になることにする。身近にアメリカ人もいるが、おまえらに反吐をかけてやりたい。すると、おまえらは、おれが大量破壊兵器を持っている、テロリストだとかインネンをつけ、ミサイルをおれにブチこむだろう。それがイマのイラクの事態だ。

イマのイラクには親米の武装勢力と、反米の武装勢力がいる。親米の武装勢力は当然ながらアメリカの後押しで、「暫定政権」なのである。その暫定政権が「非常事態」を宣言して、反米武装勢力の皆殺しをアメリカ軍に依頼する。アメリカは暫定政権の依頼だからと、皆殺しをやる。そういう茶番をやって、「テロ」との戦いとは、笑止である。いつかみた光景だ、あのベトナムで、アメリカと傀儡政権がやったことだ。

小泉内閣も、あのイラクの暫定政権や、かつてのベトナムの傀儡政権と同じなのだ。一国の独立国の首相でありながら。日本も、「ベトナム化」「イラク化」する、のだろうか。あの小泉じゃ。小泉か、反米かに、なってしまうぜ。そうなりゃ、小泉じゃなく、反米だ。主権国家らしくふるまわないと、そういうことになる。

うへっ、こんなこと書くと、小泉派に、「テロリストの仲間」なーんていうレッテルをはられるのだろうか。うへー、書いてしまった。ヤバイ。

今日も力強くめしをくい雑に生きよう。

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2004/11/08

大衆食堂は「雑誌」系なのだ

南陀楼綾繁さんの「ナンダロウアヤシゲな日々」を見ていたら。
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20041107
引用に「しかも、大衆食堂系。雑誌とアジのフライ、ピッタリ合うような気がしてくる」というのがあって、ひらめいた。

ようするに大衆食堂は雑誌なのだ、そこがよいのだ。ま、そもそも大衆食は「雑」系ですわ。「純」化されてないのですね。ぶっかけめし、もちろん「雑」。そういや、このブログもザ大衆食のサイトも、あははははは、おれ自身、ずいぶん「雑」にできています。サラブレットじゃございません。犬でいえば雑種。草花でいえば雑草。木でいえば雑木。あと雑穀、雑炊、雑煮、雑務、雑業、まだまだ雑居、雑然、雑音、雑記、雑文、雑学、みんな魅力的だなあ、うへへへ雑菌てのもあるぞ。猥雑、も、いいねえ。東陽片岡さん、も、いいねえ。そもそも人間は、雑食動物なのである。

さあ、今日もまた、力強く雑に生きよう。

新潟地震の故郷の友から、メールが多くなった。パソコンに向かう気になってきたのだろうか。六日町は被害が軽かったとはいえ、壁にひびが入ったり、柱が一本おれたりという画像が送られてきて、これから雪が降るのに大丈夫だろうかと思う。とにかく今週は六日町へ行ってくるのだ。


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2004/11/07

幻の奇書「大衆食堂の研究」HTML版

放浪編*ワザワザでもいきたい食堂は死生のにおい
「二、「町のサロン」竹屋食堂」
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_index.htm

を掲載しました。
ふう~、しかし、これは、怠け者のおれとしては、大変な作業を始めてしまった。と、思ったりするが、ウンコとおなじで途中でやめるわけにはいかないからな、続けますよ。

……と書いて、少しは、こういうことをやっているイミがあるのだろうかとフト疑問に思い(たぶんやめる口実をみつけたかったのかも知れない)、検索してみたら、「山伏クレムリン」さんに、このような記事がありました。
http://pavlusha.exblog.jp/1215645/

ありがとう、山伏クレムリンさん。ガツンとめしをくうこと以外、怠け者で大それた望みもないおれは、これ一つで大満足。さらにまた酒の合間に努力を続けることでしょう。

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納豆汁ぶっかけめし

納豆汁というのは身体があたたまる。寒い冬にはイイ。んで、これを、めしにかけて食べると、もううまいんだなあ。納豆汁をかけて、刻みネギと唐辛子をたっぷりかける。うまいんだなあ。

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2004/11/06

『汁かけめし快食學』オッ声 13

■「最近のトラックバック」にある「月球儀通信」さんの日記には、おでんの汁をめしにかけて食べるのが好きだという話がある。
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2004/11/post.html

ホント、これはうまい。それを読んで、昨晩は早速おでんをつくり、今朝はその汁をかけて食べた。食べながら、たしか東陽片岡さんのマンガにも、おでんやのオヤジが汁をめしにかけて食べると「死ぬほどうまい」話をしていたのを思いだした。ウメエウメエ。

しかし、かつて高校生のころには、めしを朝から3杯食べ、夕飯には5杯は食べるのがフツウという生活で成長したおれの「気取るな、力強くめしをくえ。」には、めしに執着してきた大衆の業がこもっているのかも知れんなあ。めしを語るときは、イツモの沈着平静冷静クールなニヒルな男よ、というかんじにはいかない。さあ、さらに「汁かけめし快食學」を読んで、ガツンとめしを食べ、風邪にかからないようにしよう!

■ひさしぶりに検索してみたら、「私の食べ歩き日記」の9月11日に、「汁かけめし快食學」を読んでの文があるのが見つかった。
http://www.age.jp/~fir/2004_C/2004_C001.htm

この日記は比較的よく見ていて、前にもここでふれてリンクしたような記憶があるが、この記事は見逃していたようだ。この方は、料理を批評することは、どういうことか、という思索を重ねながら書いているところが特徴で、好ましい。

とにかく、おれもサイトや当日記の文章が長いと文句をいわれることがあるが、この方の文章も長い方で、ま、おれとしてはこういう方がいると心強い。アクセス数を上げるためには、何文字以下で短い方がよい、ナーンテの、気持はわからんでないが、それじゃ秒単位で視聴率を気にしながら、視聴率の稼げるキーワードをならべて番組をつくる、悪徳テレビ局とおなじになることになるのじゃないかなあ、と思う。

それで、この方のこの文は、まず長さにおいていままでの最長であり、もちろん、内容も丁寧かつ熱がこもっている。またその内容は、「汁かけめし快食學」がカレーライスについて述べている部分に詳しくふれている点に特徴がある。なかなかね、汁かけめしの話はオモシロイけど、この「カレーライス問題」は、やはりそうはいってもアレは伝来だよね、という蓋然的な空気があって、なんとなく知らん顔されがちなのだが、この方の場合はちがう。なかなかこの方らしい思索に富んだ内容だ。

■もう一つ、こういうのを見つけた。

「遠藤哲夫『汁かけめし快食學』(2004年7月7日刊行,ちくま文庫,ISBN: 4-480-03978-3)を速攻ほぼ読了.ノイズの多い文体やね.もっとストレートに書かないとね.椎名誠の名著『全日本食えばわかる図鑑』の方が食欲直撃だったなあ(シソ肉バター丼とかね).食いもんの本は最節約的に書くべし」
http://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/diary2004-08.html##07

椎名誠さんと比較されるとうれし困ったな、である。「ノイズの多い文体」というのは、自分のが成功しているとは思わないが、本で字数制限がゆるい場合は、なるべくノイズぶちこみ猥雑体の文章、まあ「ゴミ捨て場に宝」というかんじが望ましいなあと思って書いているから、トウゼンなのだ。「食いもんの本は最節約的に書くべし」というのは、わからなくはないが、「食いもんの本」イコール「うまいもの話」と決まっているわけではないから、ときと場合、好き好きだろう。

しかし、いつものことだが、おれの文章は、マズイ大衆食堂のように、あまりプロのような向上心はないから当然ヘタクソであり、批判や嫌悪は少なくないのだね。でも、今回はまだ「下品」という声は聞かない。「下品」といわれるとウレシイのだが。

ついでながら、「食いもんの本」イコール「うまいもの話」というのが、もっとも一般的な「グルメ」な読者の期待だろうが、それは食いもんのきわめて偏った一面的な楽しみにすぎない。食の話というとうまいもの話にだけ興じてきた、これまでの「グルメの時代」は、もういいかげんでのりこえる必要があると思う。


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2004/11/05

印象的な、台東区の、食堂筑波

浅草のメインからはずれた場所。浅草寺から裏手の千束、冬の入口の酉の市のときだけは話題になる鷲(おおとり)神社へ向かう途中にある、元「軽食喫茶」の食堂「筑波」のレポート。ザ大衆食のサイトに掲載しました。ゼヒごらんください。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/syokudo_tuskuba.htm

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2004/11/04

山の手のオシャレは世間知らず

世田谷区の住民と三ノ輪・浅草方面へ行った。30歳なかば、下町を歩いたことがない、というから案内したというか。都電三ノ輪橋駅周辺から、東日暮里、三ノ輪、竜泉、日本堤、千束、浅草、といったコースである。

彼は、東日暮里にオリンピックがあり、浅草国際通りにライフがあるのを見て驚いた。「えっ、こんなとこに?」 上品でオシャレな山の手文化のスーパーだと思っていたのに、こんな薄汚れた地域にあるなんて……。というわけだ。

そりゃ、あんた、偏見というものでしょう。スーパー経営の公平感覚に学ばねばね。ひとはカネであるという公平観ね。しかし、もしかすると、山の手のオシャレ連中は、世界でイチバン世間を知らない人種かもしれないなあ。

ちかごろ山の手の男たちのあいだによく見かける、あのハンチングやら頭にのせている帽子ですがね、いかにも流行追いかけのオシャレで、帽子が浮いていますよね。そうそう、帽子がね、かぶっている人の生活になじんでいないというか。

三ノ輪あたりをウロウロしているオヤジというかジイサンたちの野球帽スタイルは、なんか彼らのポリシーをかんじますね、帽子がサマになっています。外のシゴトで帽子とのつきあいが長い人たちが多いのでしょう、帽子は生活文化なんですよ。なかなかオシャレですね。オシャレにアジがあります。ああ、アジね、そうかもね。

山の手のオシャレは、なんか、カンチガイが多いですね。オリンピックやライフが、山の手文化だと思っているていどのオシャレ感覚だということでしょう。横文字は山の手ファッションだとか、思い込んでいますね。ようするに唯我独善で世間知らずということだな。


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2004/11/03

地震の故郷から届いた写真添付のメール

地震の故郷、六日町の中学同期生からメールがあった。六日町のシンボル、坂戸山の美しい紅葉の写真と、その登山道が地割れで崩壊しそうな写真が添付されていた。あらためて地震のすごさを知る。坂戸山は、あの23日の地震がなかったら、おれはこの同期生たちと24日に登っている予定だった。いまでは入山禁止になっているとのこと。観光資源の被害は想像以上に傷跡を残しそうだ。

メールの文に「六日町は、被害が軽くて良かったねなんて、お隣の十日町には申し訳ないようなことをいっていましたが、神は公平? きちんと、悲しみを与えてくれました」とあった。

被害は大きな方と比較して軽重を計りがちだが、平常を基準にしてみなくては、わからない。大きな方と比較して軽ければよいということにはならないのだ。もっときちんと被害を認識する必要がありそうだ。

■なにかと忙しいので、昨日「時の風」のサイトに掲載した、大衆酒場の写真でもごらんになっていてくださいな。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/9413/kodou/taisyusakaba_ebisu.htm

■そうそう、12月には、こんな予定もありますぜ。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun04/maborosidou_100.htm


一度六日町へ行ってきたいと思おうが、どういうタイミングで行くのがよいのか、判断が難しい。

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2004/11/02

六本木食堂、閉店のニュース

ザ大衆食のサイトに、「六本木食堂、閉店」を掲載しました。六本木交差点の近くに昭和23(1948)年から続いた大衆食堂。たくさんのエピソードを残して閉店。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun04/roppongi_heiten.htm

こちら、閉店の前日10月28日、六本木食堂で食べた方の写真があります。
「さよなら六本木食堂」
http://sj201.exblog.jp/733502/
一度、メニューが大きく変わった記憶があるが、近年は、ほぼこんなぐあいだった。

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2004/11/01

酒飲んでソルマック飲んで酒飲んで

とにかく、めずらしく、超過密なスケジュールだった。木曜日28日から、昨日31日まで、何ヵ所へ行き何人と会い何リットル飲んだであろうか、思い出すのもめんどうだ。特筆すべきは、今年のはじめは入院していた二人の「ご老人」、28日は中野の「松露」の女将、29日は小沢信男さんと一緒に飲めたことだ。よかったよかった。やはり、いつまでも一緒に元気で飲み続けたいものだなあ。と思ったのであるよ。

昨日、「酒とつまみ」で前号から始まっている南陀楼綾繁さんの連載、古本屋と酒場めぐりの取材に同行するため、ヨレヨレの肉体を葛飾区は京成立石駅5時集合に間に合わせ。「酒とつまみ」編集長の大竹さん、アヤシゲさん、セドローくん。イチローくんの立石書店近くのローソンでソルマックを調達、なんとか元気よく魅惑の立石の夜を消化した。

よって、本日は休養のため、これにてオワリ。ああ、そういえば、こんな生活をしていたら、どうなるか、という話を、昨夜は大竹さんとしていたのであった。危険だとわかっているイラクへ行くのと同じだよなあ、ワカッチャイルケドヤメラレナイ。ってことなんだよなあ、と。

残念ながら、恵比寿まで行っていながら、閉店の六本木食堂へは行くことができなかった。せっかく読者の方に教えていただいたのだが……。

やはり閉店になる浅草竜泉の不二食堂の外観の写真は撮影できた、時間がなくて暖簾が出る前のものになったが、ま、あの外観だけでも撮れてよかった。ついでがあって、浅草千束の筑波食堂の外観写真を撮って飲食。

ほか、イロイロよい写真が撮れたし、昨日の立石の岡島さん親子の古書店では、よい資料を入手できたし、激しく疲れが残っているが満足。ま、おおむねシゴトの打ち合わせも、順調であったな。この数日間、これでよかったということにしておこう。とにかく、今日は一日寝ていたい。おれはご老人だからね。若者は、ご老人をいたわりましょう。

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