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2004/11/14

ひさしぶり?に参上つかまつる、地震の故郷へ行ってきた

ドタバタぎゃあぎゃあグテグテでれでれ泥酔の日々だった。ちょいとワクワクの発見もあって、やはりウロウロするのはよいことだ。

10日鬼怒川温泉へ。もちろん飲み続け。11日東武伊勢崎線下今市駅近くにある二宮金次郎の墓へ。墓を見て長年気になっていた疑問が一気に氷解、これはもうスゴイ発見。深いところにたどりついたかんじ。もちろん食だのグルメだのにも関係する。やはり「現場」へ行くのがいい。黙っていられないから、たぶんここに書くだろう。今市は蕎麦屋が多いところ。古い建物の一軒に入る。ここがスゴイ。そのうちザ大衆食のサイトに掲載しよう。

12日は地震の故郷、六日町へ。越後湯沢まで新幹線、越後湯沢から六日町は上越線が動いているのでふだんと変わらない状態で行ける。紅葉は美しく、見るかぎり地震の傷跡は見えない。夜、万盛庵で中学同期生たちと飲み会。10名ぐらい集まる。ずっとアメリカへ行きっぱなしだったアオノくんも帰国していて卒業以来の再会。とにかく地震の話をツマミに飲みまくる。

相当こわかったらしい。みんなゆれに敏感になっていて、行っている最中にも余震が何度もあったが、こっちが気がつかないゆれにすぐ気がつく状態、あれじゃ神経が休まらない。建物の倒壊はなかったが、内部は天井が落ちたりガラスが割れたりは結構あったようだ。ガスもれはけっこうあって、地震後の暗闇の中で、ガスがもれてシュルシュル音をたてているのが不気味だったとか。引火しなくてよかったとか。当夜は、ほとんどの人がクルマのなかで過ごしたらしい。一部に避難のパニック状態もあって、パニックになるひと、冷静に判断して押し留めようとするひと様々だったようだ。

ま、なんといっても、やはり紅葉シーズンと冬のスキー客の宿泊が大部分キャンセルになったのが痛手のようだ。「ふだんどおりだからゼヒ来て欲しい」と、サイトに書け、というから書きました。「ふだんどおりだからゼヒ来て欲しい」温泉も新米コシヒカリも、終わりに近いけど紅葉の美しい山も、客がいないからヒマしています。行って地元のひとに直接地震の話を聞いとくのも「イザ」というときのためによいかも知れない。

とにかく泥酔、どうやって宿にもどって寝たか記憶にない。13日もちろん二日酔い。行きたいと思っていてなかなかチャンスのなかった、外山康雄さんの「野の花館」へ。なかなか素晴らしい。カウンターのところに、同年配の女性が。二人でしばし見つめ合って、おたがいに指を差しあい、両者一緒に「あれっ? もしかして?」と。小学生のときよく一緒に遊んだ同期生。外山さんのヨメさんになっていたのだった。半世紀ぶりぐらいで、ゆっくり思い出話。

越後湯沢から新幹線に乗って、東京は荻窪駅で4時の待ち合わせに間に合うように直行。ああ、もう書くのがめんどうだ。後日またボチボチ書くことにしよう。とにかく荻窪に着いても、まだ二日酔いで、ソルマックを買って飲んだが立ち直れない。めずらしい。さすがにあまり飲めない。でもなんやかやで、鳥よしで飲んだし、富士食堂へも行ったし、10時半ごろまで荻窪ですごしヨレヨレになって12時近くに、やっと帰宅。

はあ、疲れた。冨士食堂もよかったなあ、まだまだよい大衆食堂があるね。写真も撮ってきたので、近日中にザ大衆食のサイトに載せよう。

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