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2004/11/16

地震の陰のスギヒラタケとドブロクのこと

14日の日記に書いたように、12日は地震の故郷六日町の万盛庵で六日町中学の同期生10人ぐらいと、トコトン飲んだ。万盛庵のオヤジは料理がうまい。その料理たるや煮物や漬物、みなこのへんの家庭でつくるものとおなじものをつくって出すのだが、だからみな自分の家庭のものがイチバンうまいと思っているものなのだが、その口うるさい連中も「うまい」といいながらガツガツ食べ、アッというまになくなるほどうまいのだ。

この日もサトイモなどの野菜を味噌煮にしたものが出た。そのなかにヒラタケがあった。ブナヒラタケである。それを指差した一人が「おい、これ、スギヒラタケじゃないだろうな」と冗談めいた口調でいったことから、地震の話題で陰が薄くなっていた、そのニュースで盛り上がった。地震騒ぎの最中の新潟県下では、スギヒラタケで死者が出て、それも1人や2人じゃなかったのだ。

この万盛庵でも使っていたキノコだし、このへんの人たちは、みな普通に食べていたキノコだ。なにしろ山へ行けば、いくらでも採れる。おれも昨年秋、六日町へ行ったときに、キノコけんちん汁を2回食べたが、どちらにも大きな肉の厚い歯ごたえのあるうまいスギヒラタケがたっぷり入っていた。

万盛庵では、そのニュースの日から出すのをやめたそうだし、ほかの連中も1人をのぞいては、そのあと食べてない、とのことだった。ま、大変なジケンだったのだが、できたらみな食べたいのだ。安いしうまいし。普通のひとは食べても大丈夫だろう。でも、自分は普通のひとなのだろうか。とか、って、ことを、ああでもないこうでもない、もう酔っているからシツコクしゃべっていた。ということ思い出した。

その宴会のザンガイの写真も載せておく。手前の銚子のすぐ奥側にある鉢が、ヒラタケやサトイモや野菜などの味噌煮が入っていた。キレイに片づいた写真など見てもしょうがないか。

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酒は、もうスゴイ量ですよ。なにしろ酒は水のように身近なものだし、中学生のころから一緒に飲んだ仲だし。右奥に地元の有名酒、八海山のびん、これは冷やした冷酒だね。トックリは、常温と燗酒。ダンコ自分の好みの温度でないといけないから、こういう状態になる。

それから、左上のステンレスの容器、これは、あははは、自家製ドブロクです。いいできぐあいで、グイグイやれました。うーむ、やはり米の味が生きている、ということであるならば、ドブロクでしょう。米の旨みですね。おれは小学5年生ぐらいのときに初めてドブロクを茶碗一杯のみ、腰をとられたのだった。あのときは、立てなかったね。それはともかく、このドブロクを飲み干し、はて、ビン、トックリを何本あけたか。

地震で大変なことになっているのに、こんなことしていていいのだろうか、という声もあったようだが、まあ、毎日のことじゃないからいいじゃないか、とか、いろいろ正当化し思いきり飲んだのだった。そして、地震発生の日から一日も休まず働いている連中も、一時、地震のことは忘れるのだった。

追記しておくが、おれはこの夜、いつものように「ホテル宮又」に泊まった。「ホテル」というが「旅籠」とか「商人宿」といった風情。ボロな建物だったが、地震には無傷で、80歳すぎの女将も元気だし、かけ流しの温泉も無事だった。

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