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2005/01/09

切なくも愉快な常連たちの宴

昨夜の竹屋食堂は、偶然「古豪」ともいうべきヘビーな常連が揃った。内装職人のSさん、ハイヤー運転手のNさん、製本職人のKさん、看板屋のEさん。みな地元人。この顔ぶれが一度に揃うことはめったにない。いつものことながら、したたかで遠慮のない「密偵たちの饗宴」というかんじも、一段とスゴミがあり賑やかだった。

死んでいった5、6人の常連たちの思い出、最近は顔を出さなくなった80歳ぐらいの常連をあげつらね、だれがつぎに死ぬかという予測。ついでに地域の医者3軒ばかりの評価とヤブ度を論じ、どうやったら新聞勧誘集金人からモノをせしめたりカネを払わずに追い返せるか、NHKの集金人を困らせる方法、集金人たちが困り怖がり嫌がる地域はどこか、自分たちのことは棚に上げ近所のオカシナ連中のこと、最近全国的に有名になった近所の北島肉店とそこに来る客たちのオカシナ様子、国際情勢経済情勢に関する楽観論悲観論、やっぱオンナだよな買春アソビの今昔、やっぱゼニだよなのバクチに株の今昔、アアッおれは死にたいよこれ以上生きていてもつまらない、あんた○ン○が立たなくなったら死んじまったほうがいいよ、アレはどうなんだい一回たたなくなると二度と立たないの、そりゃオメエ……etc大声でメチャクチャな持論を展開し相手をやりこめ、大笑いし……『大衆食堂の研究』の「食堂世間咄」の「どうでもいい第二話」に書いたように、
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_3_03.htm
「だいたいちょっと見識ありそうな話から昔の思い出になり、自分の人生をじっとみつめるような味のある話になったと思ったら、一転、女の話でめでたく終わり、というのがひとつのパターンなのである。」という展開。かくて、酒もすすみ泥酔帰宅のち倒れこむように寝て、二日酔。

たしか、竹屋食堂に初めて入ったのは、1994年のことで、そのときは大衆食堂の本を出すことが決まっていた。まだ、過ぎ去ったバブルが、すぐもどって来るような期待や錯覚が、気分として漂っていたころである。

まえに常連の一人が自殺した。たしか52か3歳だった。縫製職人つまりミシン職人である。板橋から上野周辺のあたりには、小さな縫製屋がたくさんあって、一日中路地の奥からミシンの音がしているという時代があった。彼は、その数少ない生き残りといえる。たしか板橋あたりが仕事場だったと思うが、竹屋食堂の近所のアパートで一人暮らし、毎日決まった時間に決まったものを食べ決まった量の酒を飲んで帰った。自殺したが身よりはわからないし竹屋食堂以外の近所づきあいはなかった。警察が竹屋食堂に知らせに来て、とりあえず竹屋食堂のオヤジが葬式などいっさいのメンドウを見た。

アパートの部屋を整理したら800万円ばかりの預金通帳が出てきた。これは大変だというので、警察も家族や親戚をさがしたら、出身地の田舎に、オジがいることがわかった。電話をすると、「そんな男は、勝手に家を出て行ったのだから知らん、骨も引き取りれない」という返事だった「それでは預金通帳のほうは」というと急に態度がかわって、骨を受け取りにきた。というようなことが、細部記憶ちがいがあるかもしれないが、あった。

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