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2005/02/21

「大衆食堂の研究」とレトロブーム

当ブログに「オッ「大衆食堂の研究」から10周年」を書いたのは1月4日だった。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/01/post_4.html
そのあと数日、そのことについて書いているが、いつのまにか気まぐれに立ち消え。というわけで、またもや話を復活させよう。

最近の「レトロブーム」は、いつ始まったのか調べていた。まだ正確に発生のプロセスはつかめてないが、「大衆食堂の研究」の企画が決まったのは、推測すると93年ごろではないかと思われるが、そのころにはレトロブームの雰囲気が濃かったように思うし、「大衆食堂の研究」の企画がスンナリ決まったのもレトロブームが背景にあったからだと思われる。

ナンジャタウンの開業が1996年。幕内秀夫さんの「粗食のすすめ」の発刊が、1995年7月で、「大衆食堂の研究」と同じ月。銭湯ブームに火がつき、町田忍さんが注目されたのも、そのころだ。

「粗食のすすめ」が爆発的に売れたのには、レトロブームが、かなり影響している。ついでにいえば、いまの古本ブームや「和」ブームもスローフードブーム?も、その延長だろう。

レトロブームというのは、記憶のリサイキュレーションという側面を持っていて、リサイクルOKのものだけ「レトロブーム」でリサイクルされる。つまり、あいだに、フィルタリングが働くのだ。問題は、なにがフィルタリングで、はずれたか、はずされたかだろう。

「大衆食堂の研究」では、そのはずされたものに執着した。であるから結果的に、レトロブームとは一線を画すことになり、レトロブームにのることはできなかった。それは同時期の「粗食のすすめ」と比べてみれば明らかなのだが。そして大衆食堂のイメージに近いであろう、「下町ブーム」や「銭湯ブーム」とも無縁だった。

なにかを選べば、一方で何かを捨てているのだ。

レトロブームや下町ブームで捨てられたのは、ナニだろうか。「先進文化」や「山の手文化」ではない。もちんろん「近代文化」でもない。

大胆な予測をすれば、現在進行中の「憲法改正」のメドが立つまで、現在のレトロブームは続くだろう。

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