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2005/02/05

「東京いい店うまい店」そしてグルメは格闘技へ

書評のメルマガ「食の本つまみぐい」の原稿を書いた。前回12月に続いて、1967年発行の『東京いい店うまい店』(文藝春秋)だ。近年でも2年おきぐらいに改訂されて発行のロングセラーグルメガイド本。その最初の本だ。

この本と、1980年代の山本益博さんの『東京 味のグランプリ』、そしてそのころから続々と登場する、「グルメ」系ライターが書いたものを比較すると、なにか見えてくることがあるのではないかと、ポッとひらめいたので、やってみている。

『東京いい店うまい店』は、1見開きに3店、全部で350店収録されている。これが、ガイド本なんだけど、読んでいておもしろいのだ。食の楽しみにあふれている、といってよいだろう。「実用書」なのに「教養書」のように読める。

山本益博本や近年の「グルメ」系ライターのものは、「何軒くいたおした」という、飲食店との「味覚勝負」といったアンバイで、「何軒くいたおした」ぐらいで天下の何者かになったつもりで、飲食店に対しても読者に対しても、あるときは高飛車あるときはへつらい。そして、製品広告の分野でなら許されない過剰な表現を平気でやらかしている。

しかし、この本には、まったくそういうことがない。店ごとの個性や特徴を楽しむように説明し、かつ読者に楽しむキッカケを提供する。「元祖」だの「究極」だの「絶品」だの「厳選」だのという、過剰な装飾をほどこす言葉は登場しない。ゆうゆうと自分の感覚で飲食を楽しむのだ。

『東京いい店うまい店』は、安藤鶴夫・飯沢匡・池部良・犬養道子・永六輔・江上トミ・川喜多和子・キノトール・木下和子・戸部晃・橋本豊子・原勉・三木鮎郎・六浦光雄・村島健一・村山光一の各氏が店を推薦し、狩野近雄・古波蔵保好・東畑朝子の三氏が記事にした。

おれの知らない名前もあるけど、ようするにそれぞれの分野で、それなりの人たちが選び。書いたひとも、狩野さんは毎日新聞社取締役で「食談家」として、古波蔵さんは評論家として、東畑さんは新進の「栄養研究家」として、それぞれ評価と位置を得ていた人たちである。ま、文の方も、食べるほうも、それなりの素養がある人たちってことか。

であるから、山本益博本や近年の「グルメ」系ライターのように、自分を偉そうに見せる過剰な言葉は必要ないのだ。きわめて「良心的」なのだな。しかし、そこが後年、山本益博本や近年の「グルメ」系ライターに突っ込まれる「弱点」になるのだが。ま、殿様奥方お坊ちゃんお嬢さんが、野心満々の野武士にやられるようなものだ。

山本益博本や近年の「グルメ」系ライターは、この食の分野で勝負して評価や位置を得なくては、ただの糞ライターである。食べて書くことが自分が世に出るための勝負なのだ。あらんかぎりの精力をつかい「くいたおし」その数にものをいわせ、居丈高にものをいうことで、大衆をまどわし位置を占めるより方法がない。

大衆は、タブ版夕刊紙を見ればわかるとおり、プロレスやK1のような、過激な勝負や表現を好む。かくして、1980年代以後の「グルメ」は「格闘技」のようなアンバイになるのだ。いま、ラーメンやカレーライスなどの分野で「カリスマ」といわれる人たちを見ればわかるだろう、「グルメ」は、知性や教養は関係ない、肉体勝負のスポーツ、格闘技になったのだ。

あなたは、何軒くいたおしたか! 過剰な言葉を持って闘え! これが、こんにちのグルメなのだ。

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