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2005/03/04

B級グルメと勝見洋一さん

きのう書いた、週刊文春、買ってしまった。勝見洋一さんにしては雑な文章だが、雑で短絡がお得意な週刊文春らしくはある。でも、勝見さんの主張は、むかしから一貫している。

勝見さんは、文春文庫ビジュアル版のB級グルメ本で活躍した。手元にあるそれだと、『スーパーガイド 東京B級グルメガイド』(1986年11月)に「蕎麦屋で酒を飲む」、『B級グルメの基礎知識』(1989年4月)に「東京いい店安い店を探す」を書いている。

あらためて見ると、そのころの「B級グルメ」と現在の「B級グルメ」は、かなりさま変わりしていることがわかる。さま変わりして、袋小路に行き詰まっている。それは、とくに90年代以後のラーメンやカレーライスなどの「単品グルメ」に顕著な傾向なのだが。

ようするに90年代以後のB級グルメは、それまでの山本益博流を「B級」に持ち込んだにすぎない。そこにはB級ならではの地域の生活感も、そこから生まれる味覚も、それを感じる感覚もない。トウゼン味覚の表現は雑をきわめている。何軒くいたおした、と、それと並ぶハッタリだけの内容のない味覚表現。

勝見さんは、もとの生活環境からすれば「A級」のひとだ。若いころからジャガーなどの外車を乗りまわしたり。しかし、「A級」のひとだが「深窓」のひとではなく、東京が地域性を維持していた時代と地域の、普段の生活の味を知っている。

つまり地域の普段の生活の味、それが「B級」というものなのだ。B級グルメたるもの、それを味わうことに喜びを感じるべきではないか。それが勝見さんのB級グルメに関する変わらない主張だといえる。

かつて『B級グルメの基礎知識』では、「天麩羅の旨さは下手味にあり」「旨味だけでは語れない東京の傷の味」などと言い放った。「馴れない町にやってきてなんとなく心もとないとき、とりあえずはっきりとした味の食べ物を食べると、心身ともに落ち着くものだ。なるほど、この町の人はこんな味で日々を生活しているのかと、なんとなく納得して、すべてがわかったような気になる」

勝見さんの味覚表現は、生活があったし、豊かだった。食を楽しむ感覚が豊かだといえるだろう。

勝見洋一(かつみ・よういち)
1949年東京生まれ。成城大学卒。
東京・新橋に代々続く美術商を生家とし、少年時代より美術品に囲まれて審美眼を養う。
1973年より北京とパリの教壇に立ち、同時に“食”をはじめとする趣味道楽の泥沼にのめり込む。

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コメント

takeさん、どーも。

企業間の過当競争と食べる方のゲーム感覚のグルメで、生活のなかのラーメンという本来の姿を失ったような。

こうなると2、30年前の、味の素をうまくつかったシンプルな「東京味」のラーメンが懐かしい。

投稿: エンテツ | 2005/03/08 09:19

これ読みました。

とにかく、刺激ばっかり強くて無益なチューンナップ競争に入っているラーメン。やっぱりラーメンは毎日食べられるようなものでないと・・・。

投稿: Take | 2005/03/08 07:43

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