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2005/03/23

NHK生活ほっとモーニングの丼ごはん

NHKが「生活ほっとモーニング」で「丼ごはん」をやるらしい。丼アイデアを募集している。
http://www.nhk.or.jp/hot/

これって、昨年夏のTBSテレビのおれが登場した「はなまるマーケット」と、企画としては同じような。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2004/08/post_16.html

ま、番組の料理の仕方は、トウゼンNHK流なのだろうけど。
「丼ごはん」語るなら、「汁かけめし」の歴史をちゃんと語れよな。

しかし、テレビでは、「めし」は、イケナイらしい。いわゆる、コードに、ひっかかるのだろうか? 「はなまる」のときも、「ぶっかけごはん」と言わなくてはならなくて、「ぶっかけめし」と普段言いなれているおれは、そのように言ってしまい、ビデオ撮りを何度かやり直しになった。これって、言葉の管理、ひいては文化の管理が行われているということじゃないだろうか。

生活の実態としては、「めし」も「ごはん」もアリなのだから、どちらも自由に反映させるのが、マスコミの役割だと思うのだが、そうではない。というようなことを書いている人間は、マスコミに嫌われ、ますますマス日陰者になるのだった。NHKに限らず、局に調子を合わせている取り巻きタレントで、番組は成り立っているのだな。

そこんとこ、どうなんでしょうか、NHKの●●さん。「丼めし」「汁かけめし」は、いけないのでしょうか。

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コメント

はくぶんさん、どーも。

じつは先ほどから、「めし」と「ごはん」の関係、『汁かけめし快食學』を書くときにも気になって、かなり調べたもので、その資料をひっくりかえしていたところです。

なかなか、ややこしくて。「御飯」と書いて「みけ」と読んだ時代があって、これがいつごろだったか、これがそのまま「ごはん」になったのか。とかアレコレ悩ましい。とにかく、「めし」も「召す」という尊敬語から転じているので、昔はそんなに悪く思われるような言葉ではなかったように思うのだけど。

女性が「めし」とか言うと、女がそんな言葉を使うんじゃないとか言われたりするようになったのは、近代になってからのような気がするし。

とかとか、もう一度資料を見て、近日中に書きます。

投稿: エンテツ | 2005/03/23 22:25

「朝飯前」(あさめしまえ)とは言えない?
仮に番組のスポンサーが「めしや丼」だったら?

で検索したらこんな情報がありました。
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Vega/8361/zasugaku/gogenka.html
「飯」は、室町時代、貴族の食事を「召し上がりもの」といった。やがて「召し上がりもの」が略されて「めし」になった。その後「めし」に「飯」の字が当てられて、はじめて米飯だけを「めし」というようになり、さらに「ご」をつけて音読みにして「ご飯」になった。

「めし」で文句があるのか!!

投稿: はくぶん | 2005/03/23 22:13

あ、そうなのですか、群さんも。「ちくま」の一月号は読んでいなかったので、知りませんでした。筑摩のサイトでは読めないですね、これは。

私のばあい、このあいだまで新聞とっていたので、まだ、朝ついつい新聞をとりにいってしまう癖がぬけていなかったり。

ぼくのばあい、報道に関しては、新聞は購読するひつようはない(必要なときに駅売りを買えばいい)のですが、コマゴマとした雑記事・広告などにまだ未練があるようです。

ですが、あれは習慣だったから、というもので、魅力を感じる出版物ではないですね、いまの新聞は。何百万部という発行量からいっても、異常ですし。

とにかく、配達されてくる牛乳とおなじようなものでしかないつきあいなら、新聞をわざわざ購る必要ナイですね。
必要であれば、購読を再開することもあるかもしれないのですが、読む側として意識的でなければいけないと思います。 

投稿: 退屈男 | 2005/03/23 21:11

そうそう、退屈男さん。群ようこさんが新聞とってないというの、ご存知でした? 俺は知らなかったのだけど、筑摩書房のPR誌「ちくま」2005年1月号に、「新聞はとらない」を書いていて、知りました。「私はここ十年以上、新聞をとっていないのだが」と、ワケを書いています。笑えました。

俺の体験とは違うのだけど、でも、ようするに「マスコミ」「ジャーナリスト」とエラソウにしていても、組織の人間ということでありますから、その組織の利益のためには、まわりの人間には理解不能なことをやる。

群さんは、「このような理解不能の人間が関わっているものを、お金を出して読む気にはならない」と。

投稿: エンテツ | 2005/03/23 20:38

どーも、退屈男さん。おもしろいですねえ。どうなんでしょうねえ。

ま、TBSの場合は、ビデオ撮りのときに俺が「ぶっかけめし」というと、「ぶっかけごはん」と言い直しさせられたのですが、「汁かけめし快食學」の表紙はどアップで映りましたから。俺としては、「ぶっかけ」はOKで「めし」がダメに、オドロキました。

はてねえ、言葉だの文化だのは、もっとも自由が保障されていなくてはならないものだと思うし、もともと無理のある「管理」をしているわけだから。わからんことがたくさんあります。

大新聞やテレビに登場しているひとは、そのへん気にならないのかなあ。気にする俺がオカシイのかなあ。「大衆」って言葉もね、ビミョウな立場にあるのです。

投稿: エンテツ | 2005/03/23 19:15

ほんとうですか。では成瀬巳喜男監督の『めし』とかはどうするんですかねぇ。放送できない?

投稿: 退屈男 | 2005/03/23 18:39

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