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2005/03/19

悩ましい「田舎者」

『大衆食堂の研究』HTML版の「思えば…編*田舎者の道」の、「三、食堂でなければありえない」「四、ジャンク者の誕生」「五、田舎者は食堂へ行け」を一挙掲載した。
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_index.htm

この編「田舎者の道」は、本書の、見方によっては奇異な特徴となっている。が、おれが大衆食堂を語るとなると、はずせない部分だったし、東京の大衆食堂の繁栄は、60年代70年代に急増した田舎者の上京をヌキには考えられない。

おれが上京した1962年前後は、東京の家賃が「畳一畳千円」と騒がれ、そしてその後の70年前後になると、例の団塊の世代が「大挙して」東京へ馳せ上ることで、トツゼン膨張した東京は、小さなコップに水がどっと注がれたような大騒ぎが連続する。60年代70年代の東京をふりかえるとき、田舎者の存在をヌキには語れないのだ。しかし、雑誌『東京人』を始め、東京をブンガク的な観念を持って語る流れの中で、そのことは、まったくふれられないままであることに、『大衆食堂の研究』を書く当時のおれは、かなり不満を持っていた。

けっきょく、ふりかえってみると、60年代の田舎者の上京の背景には、農業基本法による急激な、あるいは無理のある産業構造の転換がある。これで田舎は一挙に「職」を失い衰退し、田舎者は大都会に「未来」を模索する以外の選択肢が困難な状況におかれた。これは、食糧自給率低下問題の最も深層の部分と重なる問題であるのだが。

そして膨張した東京が「都市問題」や「社会問題」を抱え、都政の責任が追及され、また都政を担当していた自民党の腐敗体質がもたらした「黒い霧」事件なども重なり、都政が「革新」の手に落ちかかった1970年代前半、自民党東京都連の「東京ふるさと計画」キャンペーンが浮上する。おれは、そのキャンペーン企画に関わるシゴトをしていたこともあるのだけどね。

「東京ふるさと計画」キャンペーンがすべてだったわけではないが、この「東京ふるさと計画」は、都市問題や社会問題を「文化的」「イメージ的」に処理する方向をもたらした。「東京ふるさと」の鈴木都政が誕生し都政を奪還した自民党は、「ふるさと」をキーワードにしたイメージ戦略を全国的に推進する。竹下登のバブルな「ふるさと創生」などもあった。そういう流れと、東京都の支援を受けた東京PR誌のような『東京人』の普及と、レトロブームの到来は、まったく無関係とはいえない。

ともあれ、『大衆食堂の研究』を書くころには、東京PRのようなレトロ趣味のキレイゴトのイメージは、バブルの時代を通してブームのようになっていた。そこには、土着性あるいは田舎者性を失い、観念やイメージのなかを浮遊する新しい「東京人」がいた。

おれは、その1人だったのだろうか? しかし、どうもおれは「東京人」になりきれなかった田舎者のような気がしている。あまりにも田舎者すぎたか?

『大衆食堂の研究』は、95年10月9日発売『週刊ポスト』10.20号―ブックレビューで、『清貧の食卓』などの編著者であらせられる山本容朗さんに書評をいただいた。

地方出身者が東京で出会うのは、三四郎(遠藤注=夏目漱石の三四郎のこと)なら下宿屋のめし、五木(遠藤注=五木寛之)、富島(遠藤注=富島健夫)世代で言うと、外食券食堂である。言わば外食券食堂、時が移ると大衆食堂となるけれど、これは東京同化物語の一つのキーポイントといっても過言ではあるまい。/遠藤氏は、六二年以降出会った大衆食堂をやや案内的に、しかし実質哲学的に考察する。/これは大衆食堂案内ではない。だが、川崎屋という店ではメニューに「冷やしみかん」あり、を読むと、なんとなくいい気分になってくる。///読み方によれば、この著作は、型破りの東京同化ストオリーだろう。だが、地方出身者には何かシコリが残る。それを癒してくれるのが大衆食堂だと読み手はそう勝手に解釈できる。また、大衆食堂は帰れない古里、消えてしまった所在の代替みたいなものであるかも知れない。熱っぽい語り口がこの本の魅力。

「読み方によれば、この著作は、型破りの東京同化ストオリーだろう。だが、地方出身者には何かシコリが残る。それを癒してくれるのが大衆食堂だと読み手はそう勝手に解釈できる。また、大衆食堂は帰れない古里、消えてしまった所在の代替みたいなものであるかも知れない。」この部分。

こういう、ある意味の屈折は、自分自身のことながら好きで、また帰るふるさとを失い、かといって東京を新たなふるさとにすることはできずに、東京で浮浪してきた田舎者にふさわしい屈折だろうと思う。

岡崎武志さんは、3月14日の日記に書いている。
http://www3.tky.3web.ne.jp/~honnoumi/frame.okadiary05.03.htm

「教育誌もう一誌のコラム、竜巻小太郎というペンネームで書いている。「わたしの上京物語」というテーマで書く。毎年、この時期になると15年前に大阪から上京してきた日のことを思いだす。東京出身者についぞわからないのは、他府県から上京してくる者の不安、期待、高揚といった気分、それに東京に対する過剰な思い入れだ。」

共感共振共鳴してしまう。60年代70年代の大衆食堂には、「他府県から上京してくる者の不安、期待、高揚といった気分、それに東京に対する過剰な思い入れ」が渦巻いていたし、そのことをヌキの大衆食堂を語るのは、自分としてはできない。悩ましい田舎者である。

ついでながら、「大衆食堂」を味覚だけから語るのは、間違いだと思っている。「大衆食」についてもだが。それは「生活」だからなのだ。「大衆食」から「生活」をひいたもの、それが「B級グルメ」かも知れない。そのことは、またあらためて、ちょいちょいふれるとしよう。

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