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2005/03/26

悩ましい「めし」と「ごはん」

3月23日の日記「NHK生活ほっとモーニングの丼ごはん」のコメントで、「めし」と「ごはん」のヘンを宿題にして、いろいろ調べているのだが、これがまあ、なかなかハッキリしないのだなあ。

わりと明快に言い切っているのが、『汁かけめし快食學』でも引用させてもらった、神崎宣武(のりたけ)さんで、ぶっかけめしを一汁一菜以前の日本食の原形と主張した上で、「日本の主食は二つある。日常の飯とハレのご飯」と。んで、その場合、「ご飯(はん)」はコメのめしで、「飯(めし)」は、コメのめしに何か混ざっている糧飯(かてめし)や雑穀のめしというふうに。

これは、わりと庶民生活の実態からの解釈で、庶民の日常は、白いコメのめしではなかったということを根拠にしている。

が、しかし、これも『汁かけめし快食學』に書いたが、室町期の絵に見られる座敷での礼服ではないが武家の正装をした食事で汁かけめしをする姿からも、上流武家の正式の作法であった「汁かけめし」の「めし」はコメのめしであると考えるのが当然だろう。その場合、「汁かけごはん」と呼んだ形跡はない。だいたい、「汁かけごはん」なんていう言い方は、近代以前には、なかったと思う。「丼ごはん」もちろんだ。

ということではなく、「みけ」なるものがある。「御食」と書いて「みけ」そして「御飯」と書いても「みけ」とふりがなのある例がある。これは天皇周辺の話だ。天皇周辺では、「飯」の字を「はん」と読んだ形跡はある。

流れからみると、「飯」という漢字は日本語の「めし」の当て字のような気がする。「めし」に漢字の「飯」をあてたことから、「はん」という読みが流通したのじゃないかな。そういう「外来文化」風の読みは、上流階級、古くは貴族階級のものだろう。そのあたりに、「飯」を「はん」と読み、「御飯」と書いて「みけ」と読んでいた可能性はある。それがのちに「ごはん」になる可能性はあるだろう。いずれにせよ、その場合、これは神崎さんの説のようにコメのめしだろう。

ああ、ややこしい。んでだ、コメのめしが主食でなかった庶民は、日常は「めし」である。で、日常、コメのめしを食べられるようになっても、それを習慣的に「ごはん」といわずに「めし」といった。江戸の町人は、コメのめしも「めし」といっている。江戸期は、圧倒的に「飯」は「めし」で、ときたま「はん」ぐらい。「ごはん」ってなあ、なんだ、ってなもんだ。それに、大正期、東京の大衆食堂の看板は「白めし」で「ご飯」じゃない。

とにかく、だよ、「ごはん」に統一するのなら、それなりの根拠を説明してほしいね。なにを根拠に、いくつもの読み方があるのに、一つにするのだ。じつにオカシイぞ。ということだけを言いたいのだ。「めし」は下品、「ごはん」は上品、なんていうのが理由だったら、ぜったい承服できないぞ。そんなやつらが歴史だの伝統だの言うんだったら、お笑い草だ。力強く、めしをくえ!

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