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2005/03/06

とりとめなく山本益博的逸品や横光利一さん、てな

なんだか予定どおりいかないときもある。そういうときでも焦らない。とりとめなく、掃除する、でもなく、あたりをひっくりかえしていると、いろいろなものが出てくる。

メモ用紙。そういや以前、山本益博さんのオコトバを拾って分析してみようかと思ったことがあった。その残骸。

・週刊現代 1995.10.14号 山本益博の「うまいのなんの!」38 (料理名)豆芽炒麺(トーヤツオーメン もやしと黄にらの焼そば) (店名)斿龍酒家(ユーロンシュカ)
(見出し)平凡な素材から非凡な味を生み出した逸品
(本文)平凡の素材から非凡な味を引き出す、秘術こそないが間違いなく真打ち名人芸と呼んでいい。

これで、あなた、わかります? もう一つ。

・週刊現代 1995.10.28号 山本益博の「うまいのなんの!」40 (料理名)モンブラン・オ・マロン (店名)エス・ワイル
(見出し)フランスでもお目にかかれない逸品
(本文)栗には砂糖が控えてあるから、新栗の香りのよさは抜群。これにクリームを添えて口へ運ぶと、まるで夢を食べているような感覚だ。本場でもお目にかかりにくい逸品中の逸品である。

これ、山本益博さんが「料理評論家」としてデビューして、10年以上すぎているのですよ。ここから「逸品」だの「非凡」だの「秘術」だの「抜群」だの「真打ち」だの「名人芸」だの、食や味の話でなくてもよいようなコケオドシな「単語」をひいてみると、なにが残るでしょうか。ま、もちろん山本さんの80年代の先駆なシゴトは、それなりに意味のあることだったとは思うけど。

ま、これが、「一億総グルメ」から10年のアリサマというわけで、はて、ここからまた10年たったのですがね。はたしてね、とりとめなく、とりとめなく。こうやってみると、おもしろく、実態がわかりますね。

で、なんだか横光利一さんの岩波文庫「日輪・春は馬車に乗って」が、とりとめなく出てきた。付箋が貼ってある。そういや以前、横光利一のような作家は、どのように食や味を書いているか気になったことがあったな。

・「火」  田舎の村が舞台の短編
  母も子も黙っていた。隣家から酒気を含んだ高声が聞こえて来た。子は夕暮前に、井戸傍で隣家の主人が鶏をつぶしているの眼に浮かべた。
  「お母さん、お隣りのはな、鶏を食べていやはるのや。」と子は母を見上げていった。
  「そんな事をいうものやない。」と母はいった。隣家の裏庭の重い障子の開く音がすると、縁側の処へ近所の兼助という男が赤い顔をして立っていた。
  「お里さん、ご馳走だすぜ、さアお出でやす。」

とりとめなく、とりとめなく。このあと、母が子に、「奥から出て来て魚屋の通帳を彼に渡して牛肉の鑵詰を買って来いと命じた。」 で、魚屋は子に、牛肉の鑵詰のふたを開けて渡す。
 
ふーむ。「火」は、大正8(1919)年に書かれた。この文庫の解説は川端康成。「横光利一は明治三十一年(一八九八年)に生まれ、昭和二十二年(一九四七年)に、数え年五十歳で死んだ。本籍は大分県宇佐郡長峰村、生地は福島県会津郡東山温泉、父が測量技師であったため、父の任地につれて、小学校を十数回変わったという。しかし、母の生家が三重県の東柘植にあって、横光は幼年期の多くをここで過ごしたらしい。また、三重県立の上野中学校に入った。この伊賀の上野や柘植あたりを、横光は故郷として愛した」

うへ~、三重県か。とりとめなく、とりとめなく。

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