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2005/03/07

吉村平吉さん逝去  追記

報道によれば。作家吉村平吉(よしむら・へいきち)さんが、東京都台東区竜泉の自宅で亡くなっていたことが6日、わかった。84歳。1日の絶命らしい。

一昨年の暮れ、浅草の見番前で立ち話しをしたのが最後になる。

ネットで吉村さん死去のニュースに接したのは、昨夜午前1時過ぎだったから、そのことだけ記して寝てしまった。ので、追記。

「吉原酔狂ぐらし」1990年、「浅草のみだおれ」1997年。いずれも拙著「大衆食堂の研究」と同じ三一書房から同じ編集担当者で刊行。不運「浅草のみだおれ」は、たしか春ごろの発行だったと思うが、その直後、三一書房で、いまでも続く労使紛争経営紛争が始まってしまい、ほとんど本屋に出回らなかったのではないかと思う。「吉原酔狂ぐらし」は、2003年ちくま文庫版がでた。

おれが吉村さんと会ったのは、97年の暮。浅草生まれで吉村さんを敬愛する若い放送作家の紹介だった。そのときの名刺を見ると、肩書に「日本イベントプロデュース協会顧問」とある。吉村さんは、肩書だけいろいろあるものでね、と笑った。ま、とにかく、浅草のことなら、なんでも知っている吉村さんで、おれは以前から日本堤や浅草をねぐらにした放浪芸や一人芸の芸人に興味があったもので、いろいろ聞いたりした。

それから、立ち回る先が似たようなものだから、ぐうぜんに何度かあった。

吉村さんといえば「エロ事師」が有名で、野坂昭如さんの「エロ事師たち」のモデルになった。吉行淳之介さんのエッセイにも、そのスジの話で登場する。赤坂の骨董屋のボンボンで早稲田大学の学生だった吉村さんが、どうして浅草にはまり吉原のヒモ(あるいはポン引き)になったかなどは、「吉原酔狂ぐらし」で書いている。

当サイトに吉村さんご愛顧の店のうちの2軒がのっている。「ピーター」
http://homepage2.nifty.com/entetsu/piter.htm
それから「不二食堂」。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/huji_ryusen.htm

ほかにも吉村さんご愛顧の古い喫茶店や鷲神社裏の、エート名前がすぐ思い出せない、とんかつ洋食屋さんなど教えていただいたが、これまで入る機会がなかった。

これなら、オンナにもてるだろうなあと思われたし、実際に浅草界隈で「吉村さん」といえば男にも女にも人気のあった、ダンディで優しい方だった。そのダンディぶりは、かつて「散歩の達人」の一面を飾ったこともある。かっこいい男!かっこいい人生!

吉村さんのオコトバ……「人間のいかがわしさや猥雑さが好きだった」(「東京下町」小泉信一著「はぐれ者の美学」より)

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