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2005/04/28

久住昌之そして散歩と外食

先日、アルシーヴ社のマコトさんからもらった、『city & life』no.69は、吉祥寺特集。誌上シンポジウムというのがあって「「吉祥寺こうなってほしいよ」まちづくり戦略会議」。出席者は久住昌之さん、五十嵐太郎さん、山下柚実さん、秋山綾さん。

編集部が、「ちょっと突飛ですが、ハモニカ横丁や井の頭公園をいっそ観光資源として捉え直すというのはどうでしょう?」とふる。秋山さんが「観光ですか?従来の観光の仕方だとちょっと無理だと思いますけど、たとえば『散歩の達人』みたいな雑誌がありますよね。あんなふうに吉祥寺の町を「散歩」させるというのなら面白いかもしれない」

この「「散歩」させる」にコチンときたのか、久住さんは「それって散歩じゃないよね。わざわざするものじゃないですよ、散歩って」とバッサリ斬る。

しかし、山下さんが別府温泉取材の経験を持ち出し、いろんな散歩コースを設定して、「高田渡さんがギターを弾きながらこの辺を案内してくださるとか……」と、クサイことをいう。高田渡さんは、そいうおかしなことさせられないうちに亡くなったが。

すると、久住さんは激しく抵抗する。「僕は最初に山下さんがおっしゃったように、路地が入り組んでいてちょっと行くと何があるかわからないというのでいいと思いますね。これをどう行ったらいいかとか、そうなっちゃうともう面白くない。そこは自分で探すというのでいいと思う」

すると、山下さんは「それはそれでいいんですが、やっぱり案内してもらって初めて発見する場所があるわけですよ」

でも、久住さんは言う「それは別府にはたまにしか行きませんからね。だけど吉祥寺は……」。山下さん「確かに違うけど、入口としては……」という展開がある。なかなかオモシロイ。

「観光とは」、「散歩とは」、なにか、ということもあるが。この久住昌之さんの考え?姿勢?視点?は、『孤独のグルメ』にもみられ、「久住昌之的文化」とみえるが、そうではなく、それは普通のひとの日常の文化、めんどうな言い方をすれば「庶民文化」の考え?姿勢?視点?じゃないだろうかと思う。しかし、近年のB級グルメや安物外食本は、そういう庶民文化性に欠け、つまりは庶民文化をネタに、自分はその「達人」であることを誇示することが多いように思う。安いものを語ればB級あるいは庶民文化だと思っているフシもある。久住さんも「B級」を語るが、そういう傾向に対して抵抗するところに、「久住昌之的文化」の真骨頂があるのではないか。

普通のひとの日常の文化については、「何があるかわからない」興味、それを手探りで探っていく面白さだろう。そこで自分の精神や、知識や感性の積み重ねを働かせ行動することが、また庶民文化の成長を促す。「三大ナントカ」を「アンタは知らんだろう式」知ったかぶりや隙間ネライの知識、「教えてやるぞ式」偉そうな先導や教訓などは、日常の都会の散歩や食事には必要ない。『孤独のグルメ』の主人公のようにやればいいのだ。

もっともこの悪しき傾向は、従来の「本」の世界のことで、最近のブログ世界では少なく、最低の情報もしくは探索を楽しむものが増えているように思う。活字をふりまわして偉そうにしてきた「本」の世界の感性が遅れているということか。外食本を捨て街へ出よう。知ったかぶりより、ガツンガツン、探索でいこう。

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コメント

「大型連休」の予定といえば、
横丁の方々との飲み会でしょうか(笑)。ボクは、基本的に普段どおり、街を歩き回って連休が終わると思います。路地を歩いて回ろうかと。最近は、いろいろな路地についてのコラムを読んでいます。なぎら健壱さんのコラムが大好きです。なぎらさんのコラムを読んだ後は、5分くらい動けなくなります。いろいろ考えさせられます。

うーん、「観光」とか「まちづくり」とか意識するのが嫌かもしれません。「なりゆき」でいいのではないかと思ったりしますね。ハモニカ横丁の存在も。なんかちょっとわけわかんないですが、そんなところです(?)。

投稿: いのけん | 2005/04/29 20:33

いのけんさん、どーも。
世間は「大型連休」だそうですが、どうされるのですか。

この座談会は、ホント、ここにあげたのは一部だけど、どことってもオモシロイ。こういう議論を積み上げること自体が、これからの街には欠かせないと思います。

私は、「まちづくり」という言葉そのものがあたえる誤解を危惧しているのですが、「観光」という言葉にも同じ危惧を持っています。という話をしていると長くなるけど、コンセプト優先の「まちづくり」や見所見せ所優先の「観光」を問い返しながらでないと……ということなのですが。マーケティングが文化の継続性を破壊して元も子もなくすという例は、いままでたくさんあったことですから。という話しは、またの機会に。

ヘンな日本語は、私もヘンだし、気にしないでいきましょう。ヘン、大好き。

投稿: エンテツ | 2005/04/29 11:30

↑ヘンな日本語があります。すみません。

投稿: いのけん | 2005/04/28 21:38

こんにちは、エンテツさん。
エンテツさんのこの日記を拝見して、
この4人の対談を読み返しましたが、
けっこうバッサリ斬っていて読み応えありますねぇ。このくらい反論し合うくらいじゃないとおもしろくないですね。

ボクは編集者の方の、ハモニカ横丁などを観光資源とする意見に共感できます。”地方都市”であれば、観光という視点を持たなければならないと思います。

「従来の観光の仕方だとちょっと無理」というのは、秋山さんにとって、ハモニカ横丁と井の頭公園にとって、なじみの場所になっているからなのでしょうね。ボクは観光に値するインパクトのあるものに思えます。

投稿: いのけん | 2005/04/28 21:36

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