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2005/04/23

悩ましい「ゆとり」と「学力」のあいだ

またもや、という感じだが、「ゆとりか」「学力か」という二者択一議論が仕掛けられている。「野球か」「サッカーか」で姦しい時期もあったが。

なぜ「ゆとりも」「学力も」という議論にならないのかね。なぜ「野球も」「サッカーも」「ほかのスポーツも」ということにならないのかね。

「多様化」「個性化」がいわれて久しい。が、同時に、「閉塞の時代」がいわれてからも久しい。食文化的には「一億総グルメ」、そして「バブル」という時代に「閉塞の時代」というコトバが広がりだしたと記憶している。

「一億総グルメ」は、「美食か」「粗食か」に収斂したというか、そういう議論の仕掛けのなかで続いている。「美食も」「粗食も」には、ならない。ましてや「快食」など。

で、そういう議論のあいだに、ある味覚の標準化された「規範」へと導かれた。それは、「抑制のきいた上品な味わい」ということができるだろう。「開放感のある猥雑な味わい」は、下品な、下品であるがゆえにイケナイ味というフンイキがただようことになった。そのように味覚に「閉塞」が到来したのだった。

どうも、家庭でイワシやサンマやサバなど、猥雑な生臭いニオイの大衆魚が敬遠されるのは、そういうことに関係がありそうな気がする。世相と味覚は密接な関係にある。

二者択一議論が仕掛けられているときは気をつけなくてはならない。それは次の「閉塞」のための準備であり、さらにまた「抑制のきいた上品な味わい」が一歩、より重く世相を支配することになるのではないか。そして自由な精神は、さらに閉塞のタコ壺の底へと追いやられる。後世、「上品なファッシズム」は1980年代中ごろに始まったと、歴史は書くかも知れない。

という夢を見た。二者択一議論の結果、「抑制のきいた上品な味わい」派のために、おれは死刑になるのだ。しかも「抑制のきいた上品な味わい」派というのが、ゼンブ、女なのだ。裁判長は●子だった、検事は●●子だった、断頭台の死刑執行人は●●。うへ~、オンナはこわい、カンベンしてくれよ。「抑制のきいた上品な味わい」ほど暴力的なものはない。そもそも「ゆとりも」「学力も」という議論にならないのは、精神の「抑制がきいた」、解放状態にない証拠じゃないかと思う。

まあ、そういうわけで、きのうは、二者択一議論と「抑制のきいた上品な味わい」をフンサイせよ!と『大衆食堂の研究』HTML版の「編外編・食堂誌史試論」を掲載した。もうすぐ完了だ。
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_6_01.htm
「なんじ、疲れたる者よ、われに来たれ。われ、なんじに元気を恢復せしめん」というコトバはいいなあ。

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