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2005/04/10

「美食の文化史」と「カレーライスの話」

「書評のメルマガ」の原稿が昨日締め切りだったので、締め切りに遅れたことがないおれは書いて送ったら、編集のナンダロウさんはナンダロウ西のほうでウロウロしているらしい。ので、今朝また気になるところを訂正して送り直した。

今回は、『美食の文化史 ヨーロッパにおける味覚の変遷』ジャン=フランソワ・ルヴェル著、福永淑子・鈴木晶訳、筑摩書房1989年、なのだ。

「日本の「知性」な問題と自画自賛」というタイトルをつけ、「かりに日本の食文化本から、日本の知性をおしはかった場合、ほんの一握りをのぞいて、アワレ近代以前の状態であるといえるだろう」という書き出し。挑発的か? いやいや、そのアワレな実態。

『美食の文化史』には、物知り顔の日本人なら知っている”フランス料理はイタリアのメディチ家の娘が料理人を連れてフランスへ嫁にいったことに始まる”ということに歴史的事実をもって反論するくだりがある。そして、浮かび上がる図式は、根拠のない「想像でしかない事実」による循環論法がのさばる様子だ。それは、日本だってねえ、料理の歴史の俗説や味覚や栄養に関する、もっともらしい知ったかぶりの説は、ほとんどその類だよ。インドを「元祖」とするカレーライスの歴史についてもだ。

ブヨブヨ膨張した知識の一方で論理の貧困。しかし、日本には、また料理や味覚や歴史を読み解く論理に、独特のモンダイがあるようだ。なぜか? 短い文章なのに、そこんとこにふれたのが、今回のおれの特徴だね。だが、かんじんな「書評のメルマガ」は、5日締め切りの分も発行になっていないので、昨日締め切りの分は、いつ発行かわからない。ま、購読申し込みしてあれば、近々届くでしょう。
http://www.aguni.com/hon/review/index.html

そういうことがあったりで、ついでに、江原恵さんの『カレーライスの話』について、ザ大衆食のサイトに掲載した。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/nryouri_eharacari.htm


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