« 田毎食堂閉店の記 | トップページ | BOOKMANの会のち休み »

2005/05/24

「食べる」方向性

あきらかに風邪の現象であるが、今日は、ひさしぶりなBOOKMANの会なので、なんとか参加しようと、寝床でおとなしく休んでいる。そのあいだに、これじゃ休んだことにならないが、幻堂出版の「何の雑誌」第六号を見ておった。

神戸鶴亀堂本舗 石井章さんといえば「女体の詩人」で有名である。「詩人」とは、詩を書く人という意味ではない。「大衆食堂の詩人」の場合とおなじように、「愛でる人」という意味である。それが元来の詩人の意味である。つまり石井章さんは「女体を愛でる人」なのである。ええなあ。

その石井章さんが、「カレーとラーメン」を書いておる。そのなかで「東京でラーメンと云えば私の場合、築地市場の「井上」であります」という、そしてその味覚について、「味は、特徴がない。どこにでもいる背広姿のサラリーマンのよーでもあり、鼠色の作業着の工員のようでもある。極、自然なのです。だから、何度食べても飽きない」と書いている。

さすが、うまい表現だなあ、愛でる人、詩人だなあ。

日常の食というのは、何度食べても飽きないということが大事だと思うが、そのことについて意識するかしないか、どのていど意識するかは、かなり人によってちがいがあるようだ。で、そのちがいはなんによるかということを、風邪で寝ているのに考えて眠れなくなった。

おれはとくに資料的な価値がないかぎりあまり「外食本」を買わない。「外食本」とは、著者が外食することによって文章が成り立っている本のことだと自分では決めているが、「グルメ」や「ガイド」や「エッセイ」などいろいろあって、でも外食店がないと成り立たない、そういう記事は買わなくても、よく手元に転がっている雑誌に載っている。ま、Webにも、たくさんある。

そういうものを見て気になっていたことがあるのだが、この石井さんの文章で、ちょっとヒラメイタのだ。

つまり「「食べる」ことの方向性」について、ちがいがあるのだな。ということを、今日は身体の調子がイマイチだから、忘れないようにメモしておくだけにしよう。

なぜ「何の雑誌」第六号を見ていたかというと、第七号に寄稿しているからだ。また長いの書いてしまった。犬猫愛好家が泣き震える犬猫の愛で方、必読の掌編。あてにならないが、6月中ぐらいに発行なるのかな? いまから予約しておこう。

そうそう掲載を忘れていたが、おれが大解説を書いた「神戸ハレルヤ! グルめし屋」は、東京・神田神保町の書肆アクセスでお買い求めいただけます。よろしく~

|

« 田毎食堂閉店の記 | トップページ | BOOKMANの会のち休み »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30930/4260154

この記事へのトラックバック一覧です: 「食べる」方向性:

« 田毎食堂閉店の記 | トップページ | BOOKMANの会のち休み »