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2005/05/14

悲哀の梅田ごぼう

資料のあいだから小さなメモが出てきた。95年8月20日。江原恵さんと埼玉県春日部市東武伊勢崎線北春日部駅から徒歩で10分ばかりのところの農家を訪ねている。「梅田ごぼう」について、取材というか、現地での確認である。

「梅田ごぼう」というコトバは、江戸後期の名高い著書、八百善の「料理通」に出てくる。「料理通」ついては説明していたら長くなるので省略。そこに、ただ一か所「梅田ごぼう」とだけ出てくるのだ。

当時の料理本には、そのように、料理名だか材料名だか判別のつきにくい「名称」があるだけで、レシピなどないのが普通だ。それを一つ一つ確認するのは大変な作業である。少なくない学者や研究者あるいはライターは、本の中などをかきまわし書かれていることから見当つけて書いてオワリである。まちがっているかどうかもわからない、「おれの言うことだからタダシイ」「書いてあるからタダシイ」式の話が食の関係では普通だった。

その「梅田ごぼう」について江原さんが推理探偵のように資料と電話で追跡した結果、それが北春日部駅、その駅名もかつては「梅田駅」で、当地の地名がついた、当地でしかとれないゴボウだとわかった。それで現地の梅田ごぼうを栽培している農家を訪ねようということになった。

須田さん、といっても、このあたりに昔から住んでいる15、6軒は「須田」か「嶋田」の苗字なのだ。名前は差し支えがあるといけないから須田さんだけでいいだろう。会って話を聞いた。

梅田ごぼうの特徴は、「太いわりに短い」。長さを正確に書きそびれていてわからないが、太さは大人の親指と人差し指をまるめても2、3センチ届かない太さ。たしか30センチに満たない長さだったと思う。

メモを、そのまま転記する。
「昔は、9月にまいて、翌年11月に葉が枯れてからとった。連作はできない。2、3年おいて前に作ったところにまたまく。最近は秋のコメなどのとりいれが終わるとすぐとる。昔とちがって排水が悪くなっているため、秋の長雨で腐るようになった。ごぼうを掘るシャクシはがんじょうのもの」「太く短い特徴は、たねではなく、土地の関係だろう。どこのたねを持ってきて植えても、おなじ太く短いものになる。あたり一帯は、かつて利根川が荒れてできた土地で、それが関係しているのかも知れない。(須田さんの家は駅の西側だが)東側の女体様の周辺がゴボウに適していたといわれる」「他の野菜もうまいが、見た目が悪くなる。土地のせいだろう。土目のかたいところがネギやゴボウによい」

駅の名前も「梅田」から「北春日部」にかわったが、駅周辺の農地は埋め立てられ宅地に再開発された。駅前は郊外の新開地といった風景だ。東京駅地下新幹線ホームをつくったときに出た残土の捨て場所だったのだ。梅田ごぼうの畑も、それをつくる暮らしも土の下になった。かわって中流意識な街が生まれようとしている。

須田さんの家も好む好まないにかかわらず環境的に農業のほうは縮小路線。大きな屋敷の庭先で畑をやっている。その一角に梅田ごぼうが植わっていた。

昔の地名は「内牧村大字梅田」。「昔からコメ、ムギ、カイコでやってきました」。もう梅田ごぼうをつくっている家は何軒もない、それも自家用。

梅田ごぼうは「正月には太いまま煮たり、中をくりぬきつめものをして煮て食べます」。その、ゴボウのなかをくりぬいてつめものをする料理が料理書の「梅田ごぼう」なのだ。料理人の発明というより、生活から生まれた可能性が大だ。

そのころ江原さんは言った。「こうやって調べないとわからないことが多いから食文化史なんか商売にするものじゃないね、リコウな先生方は、やらないよ。本をいじって書いていれば、おれだって簡単に書けるけど、性分なのかバカ正直なのか、できない。おれもさ板前やめて本なんか書くようになってしまって、板前が庖丁文化論なんて書いたから、最初はインテリや編集者からめずらしがられチヤホヤされたけど、ただめずらしかっただけさ」……声をたてない薄い寒々しい笑い。

マットウに食と向かいあうなんてバカくさいこと。テキトウに食べ歩き、本をひっくりかえしテキトウにおもしろおかしいことを書いているのがイイ。あと、ひとを堕落者よばわりしたり、むかしはよかった論をふりまわしたり。大勢は、そういうことで、これまでもきたし、これからも続くだろう。そして、梅田ごぼうが消えるように、梅田ごぼうを調べるようなシゴトも消えていくだろう。そのうえに脳天気な文化が咲き誇るだろう。それでよい世の中になったのだ。

そういうわけで、酒でも飲みましょうか。

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コメント

pfaelzerweinさん、どーも。なるほど、これらは似ているというか、掘るのにコツが必要な。アスパラ掘りは、やったことがありませんが。

そういえば岩場には、小さいクネクネした自然薯が。掘り出してみなくてはわからないものは、宝探しのような楽しみがあって。そのうえ野生の山芋の長いのは、完全のカタチで掘り出すのが難しく、途中で折れてしまうことが多い、けっこう熱中します。

山芋掘りにせよ、竹の子掘りにせよ、あとの一杯が楽しみ。

投稿: エンテツ | 2005/05/20 09:24

エンテツさん、牛蒡とアスパラガスと竹の子、山芋はどうしても較べたくなります。土が固いと太くなる牛蒡、先が曲がってしまうアスパラ、迫り出して来る竹の子、自然薯の捻くれた形状。牛蒡堀りとアスパラ掘りは未経験ですが、竹の子は竹やぶで鍬を入れ、自然薯は岩場で引っ張った思い出があります。

地中にある球根類でなくて長いものを掘り起こし、食すと言うのは何故か嬉しいです。山芋の灰汁で口の周りが痒くなるのもまた好いものです。

酒が美味いです。

投稿: pfaelzerwein | 2005/05/19 23:16

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