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2005/05/18

在郷の食堂そして地震と火事のあと

zaigoまだ16日の日記「脳天気泥酔は最高」の、高千代祭りにおける覚張(がくはり)さんとの話の続きだ。

ガクさんが、一枚の箸袋を取り出して、「これをエンテツさんに会ったらあげようと思って」と言った。箸袋には、「在郷の食堂 みずほ」と印刷されてある(画像をクリック)。新潟県の栃尾市にある食堂で、ガクさんが通りすがりに寄って、「在郷の食堂」が気に入って、おれもこれを見たらよろこぶだろうと持ってきてくれたのだ。

「ほら、東京んしょは、田舎の人間を田舎者といってバカにして、田舎のしょは自分んとこより田舎をザイゴモンといってバカにするだろ、でも堂々と「在郷の食堂」と名のるあたりがいいじゃないすか、ほんとはそ、東京が上で田舎やザイゴが下なんてことはないがだて」と、ガクさんは言い、田舎者を自認するおれも大いに共感して、ギャアギャアよろこびあったのだった。

「在郷」は標準語的には「ざいごう」と読むのだろうが、故郷では「ざいご」というのがフツウ。それにしても「在郷の食堂」とはカッコイイなあ。ちょいと思いつかない。ガクさんは、「エンテツさんが大衆食堂の詩人なら、おれは在郷食堂の詩人になろうかな」と。

そうそうそれで、ガクさんの自宅も店も地震で全壊になったのだけど、おれは全壊というのは家が倒れてしまうのかと思っていたら、そうとはかぎらないのだそうだ。ガクさんの家の場合は、土台がシッカリしていたこともあったらしく、倒れなかったけど、最初の地震で一気に障子は裂け、窓はふっとび、壁が崩れ落ちて、地震が止んだ時には家のなかにいてまわりじゅうが見える状態だった。それから一時間ぐらいのあいだに震度5以上の地震が5回ほどあって、それが止んだときには柱が立っているだけで、しかもどの柱も裂け目ができて使い物にならなくなっていた。そういう状態だから全壊なのだそうだ。スサマジイ話だが、そういう話をしながら、「在郷食堂の詩人」ガクさんは意気軒昂だった。

先日書いたように、地震のあと再建した店が火事で全焼する、家には介護が必要な80過ぎの両親がいる、という状態で、もうコワイものはないやるだけ! いままではこんな料理つくるとどう言われるかひとの目を気にしていたけど、もう気にしない、これが料理だ! というのをやるだけ、と。

雪が消えたから、そろそろ「味の店魚野川」の再再建が始まるだろう。

ガクさんの自宅がある集落約100戸のうち8割が全壊で、その半数がまだ仮設住宅などで避難生活だそうである。

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