とりあえず告知
■7月12日発売予定の幻堂出版『何の雑誌』7号「犬猫・小動物特集」に犬猫を食べる「鳥獣戯食」を書いた。
■最新刊『city & life』no.76(第一住宅建設協会発行) 特集「路地・横丁空間からの都市再生」綴じ込みMAPに「私の下町路地のぞき事情」を書いた。
http://dan21.livedoor.biz/archives/cat_64922.html
詳細報告は後日
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■7月12日発売予定の幻堂出版『何の雑誌』7号「犬猫・小動物特集」に犬猫を食べる「鳥獣戯食」を書いた。
■最新刊『city & life』no.76(第一住宅建設協会発行) 特集「路地・横丁空間からの都市再生」綴じ込みMAPに「私の下町路地のぞき事情」を書いた。
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目覚めてみれば、自ら酔っての整然たる書き込みに、毒好き酔っぱらいのわけのわからん書き込み。ようするに、誰も確かな知識がなくしゃべっている有様で、これがまあ、「滅私奉公」の思想以来、ひとさまにイノチを奉仕し続けて、お医者様先生様、最近じゃ生協様国産様の言うことならアンシンと気分だけでやってきた、自分でナニゴトか1ミリの判断もできない、そのくせ自分だけは全てお見通し神様で細かい知識を持っていると思い込んでいる酔っぱらい国民の有様というわけで。
しかし、酔っての計算まちがいか、おれの牛肉年間消費量は3キロもなく2キロぐらいのものだね。これで何年間食べ続けると狂牛病になるのだろうか、知りたいものだ。米国産を使った牛丼も一杯で、どれぐらいの発症率になるのか、吸い過ぎ注意のタバコのように、表示してほしいものであるな。んで、できたら、あと何年間で、自国のアメリカ牛をガバガバ食べ続けているアメリカ人がバタバタくたばるのか知りたいものだ。
そうそう安物の甲類焼酎を愛好しているおれだが、その原料の大部分は輸入でなあ、身体によくないと、ありがたいことに心配くださるひともいる。心配はいいけど、一日どれぐらい呑み続けると何年間でどういう病気になるのか教えていただけば、あとはどうか輸入反対などはしないで欲しい。中国産ばんざーーーい、おかげで楽しい日々です。どうせ農薬ドカドカの安い国産のコメで、楽しく生きています。
まあ、そういうわけで、もともとどうでもよいことで知ったかぶりごっこするのはやめて、ザ大衆食に「御徒町食堂」を掲載しました。しかも10数年前のお姿の写真。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/okatimati.htm
「むかしはよかった」という考えはないが、一つだけ「むかしはよかった」と思うのは、メチルもエチルもゴチャゴチャなぐらい「自由」だったということだ。あのころの酒飲みの方が、はるかにおもしろかった。
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秩父から「つつっこ」が送られてきた。一緒に食べるとうまい、竹の子の煮付けも入っていた。
ってえことで、まずは、以前にザ大衆食に掲載の「つつっこ」をごらんください。うまそうでしょう。うまいようまいよ。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun/tutuko.htm
こういううまい雑穀料理が廃ったのは、なぜだろうか? 日本人の堕落「西洋かぶれ」とかいわれるが、それが本質ではないと思う。
うまいものをうまいとする生活感覚より、国益的な「優劣観」が生活を支配し管理してきたからで、そのもとで、ある種の食や食べ方が、劣った「下品」なものとされてきた。そのことは『汁かけめし快食學』にも書いた。
あたえられた優劣観を克服し、うまいものをうまいとする生活感覚や、食べ物の選択は自分の自由な意思で行う習慣が必要なのだ。
食べ物の選択の基準や意思を、他人にゆだねることは、イノチを他人にゆだねるのと同じことだろう。いま、健康や安全を理由に、またもや食が支配され管理されようとしている。イノチは誰のものでもない、自分のものだろう、あるものを「うまい」とする感覚も自分のものだろう。それを大事にしたいものだ。
ああ、なにか今日は、イイコトを書いたような気がするから、酒がうまいだろう。
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やれやれ、また狂牛だ。トラックバックにコメント。見ればわかるとおり、これはもうイヤガラセいがいのなにものでもない。やさしいていねいな言葉づかいで、慇懃無礼な銀行員や宗教の勧誘員のように、次から次へと、スキマな「新事実」を持ち出しては論点をすりかえ、このようにトラックバックやコメントをぶちこむ。
しかも、このひとは、おれが以前の日記からふれていることについて、まったく読んでないか、無視して自分の都合のよいことだけを押し付けてくる。それが「医療現場」の意見であるから正しいかのような言い方で。そもそもコンニチの「医療現場」の連中を信用しろというのだろうか。
「日本が報道しない内外の情報をすばやくご紹介くださる掲示板というのは私は笹山さんのところしか知らないんですね」って、そんなのおれの知ったことじゃない。おれが言っているのは、一方の利益を代表しているような政治家の情報だということに留意しろ、ということだ。
「既存の日本のマスコミさん、まだどこも紹介していないでしょう。なんででしょー?」って、おれに向かって、そんなこというのは間違っているんじゃないのか。おれのサイト見ていれば、おれがテレビもない新聞もとってない、マスコミなんかまったく歯牙にもかけない人間だというのがわかるはずだ。
もう一度、おれの意思を書いておく。「意思」だよ。「考え」じゃないよ。
アメリカ牛の輸入禁止措置は解除してほしい。一日に、あるいは一年にどれぐらい食べ続けると発症するかの確率を明示していただけば、あとは自分で判断するので、まかせてほしいと思う。おれにとってもだが、多くのあまり牛肉を食べない、安い牛肉しか食べられない人間、そしてコメだって防御服を着て農薬散布をするような安いコメしか食べられないものにとっては、糖尿病や癌や労働災害やストレス環境など、ほかの要因で死に至る確率が高いと思うから、税金はそちらの対策に多くつかって欲しいと思っている。
ようするに、「医療現場」だか「専門家」だか、マスコミだかに、エラソウに判断してもらう必要はない。ましてや政治家に判断してもらう必要はない。買う買わないの意思決定は自分でやる、ナゼやらせてくれないのか。
それは、この問題を政治的に利用したいからではないのか。この問題の最初のほうで、おれはこれは政治的に利用されるから、そのようなことがない解決が必要だという意見を言っているはずだ。
判断材料は、「一日に、あるいは一年にどれぐらい食べ続けると発症するか」の基準で、いまわかっている範囲でよい。糖尿病患者の食事療法に重要な意味をもつ、あの食品栄養の基準だって、どんどん変わってきているのだから。
これだけひとのブログにトラックバックをぶちこみ、自分勝手な言い分をコメントに書くのなら、おれの意見を全部読んでからにしてほしい。こちとら、日本人の大部分がそうだと思うが、狂牛病だけで日々過ごしているわけじゃない。それにおれは、輸入禁止が解除になりそうになってきた、昨日今日に、この話を始めたわけじゃないのだ。
「ところで、汁かけめし、っておいしいですね~」って、あたりまえだ。『汁かけめし快食學』読めよ。
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最近のトラックバック2つは、5月13日の「失われた全体像の末路」に対するもので、一度に2つもつけて、とても「つぶやき」とは思えない感情的。自分の意にそわないものに対する、こういうやり方そのものに、その本質があらわれているわけだが、おれの意見と比べて、こういう恣意的な感情論を見ておくのも、悪くないだろう。客観公平を装っていないだけに、わかりやすい。
ついでに書いておくと、このトラックバックが、全幅の信頼をおいているらしい「笹山登生」さんについては、農林中金出身、つまり一方の当事者である日本の生産者の利益を代表する代議士だということに留意する必要があるだろう。
ついでにもう一つ書いておく。最近アメリカの食肉加工現場の労働者団体の発言が引用されるが、それを取り上げるなら、それと反対の意見も紹介するのがトウゼンだろう。「労働安全」問題などは、その人たちにむかってとくべき話で、こちらでするような話ではない。という話をしても、ムダなのだな、最初に結論ありきなのだから。
とにかく、俺のブログは、このような狭い感情的な不毛な議論をする場ではなくて、安全は文化であるという視点での創造と、国民経済の実態に即した食糧政策(近代日本食のスタンダード)という視点で、つねに食の全体像を追求し建設的に考えるのだ。
それに、おれ個人の意思を、また述べておくと。アメリカ牛の輸入禁止措置は解除してほしい。一日に、あるいは一年にどれぐらい食べ続けると発症するかの確率を明示していただけば、あとは自分で判断するので、まかせてほしいと思う。おれにとってもだが、多くのあまり牛肉を食べない、安い牛肉しか食べられない人間、そしてコメだって防御服を着て農薬散布をするような安いコメしか食べられないものにとっては、糖尿病や癌や労働災害やストレス環境など、ほかの要因で死に至る確率が高いと思うから、税金はそちらの対策に多くつかって欲しいと思っている。
そのように、とても低いレベルで考えているのですね。ゼッタイ正しく高潔高邁な精神と、ゼッタイ正しい高度な専門知識をもって、アメリカ人を「守銭奴」とノノシルことができるような人間じゃないのです。低レベルのバカでゴメンね。
しかし、おれはバカだからさあ、自分で納得できないことがあると、みんなが賛成の「食育基本法」にケチをつけたり、牛肉輸入問題でも「常識」に反して、こういうこと言ったりしている。すると、まあ、ここにトラックバックなんてありがたいほうで、なにやら「おめえのブログつぶしてやる」たぐいのメールがときどきある。おれのような少数意見などほっておけばよいと思うのだが…。ま、そういう連中がいるのですなあ。つぶしたかったらつぶしていいよ、またつくるから。
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拙著『汁かけめし快食學』にも書いたが、檀一雄さんは『檀流クッキング』に、「鬱陶しい梅雨が明ける頃になってくると、鹿児島や宮崎のあたりでは、家ごとに、お家自慢の「ヒヤッ汁」がつくられる」「暑い夏を迎える勇気がコンコンと湧いてくるような、痛快な真夏の味がする」と。
実際は、いろいろな作り方がある、宮崎名物スタイルを中心に簡単版から本格版までテキトウにリンクした。
まずは、ザ大衆食「ガツンな冷や汁」で、ウンチク
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun05/hiyajiru.htm
暑い夏は、冷や汁
http://www.gurunet-miyazaki.com/umemon/ryouri/hiyasiru/hiyasiru.htm
→あじ、牛乳、いりこ、ピリカラ、即席といろいろ。写真入で作り方わかりやすい
kina_memo 05-06-18 冷や汁を作った
http://d.hatena.ne.jp/kina/20050618#p1
→アジの干物で
熾火のこころ 05-06-12 この季節にさっぱりとした「冷や汁」
http://fukusho.blog.ocn.ne.jp/httpfukushoblogocnnejp/2005/06/post_c38e.html
→冷や汁の素を使って簡単に
多摩川庵 05-06-12
http://aquarious.cocolog-nifty.com/scatterbrain/2005/06/post_47f2.html
→簡単版!
ココロの癒家
http://iyashinohouko.ameblo.jp/entry-e280a7d4b16ecd593711d6e30029b8f5.html
→いりこで作っている
はてなダイアリー 冷や汁とは
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%ce%e4%a4%e4%bd%c1
→たくさんのはてな族が冷や汁を食べてますなあ
みやざきの味と花101 冷や汁
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/seikatu/miyazaki101/aji_hana/056/056.html
→宮崎の冷や汁の基本?
dancyu Online 夏の「冷や汁」に欠かせない味噌取り寄せ
http://www.president.co.jp/dan/special/myboom/045.html
ダイエー レシピ<冷や汁>
http://www.daiei.jp/sukoyaka/recipe/s.cgi?md=rc&id=20030836
冷や汁 ぐるなびレシピ
http://recipe.gnavi.co.jp/recipe/1918.html
辻学園調理技術専門学校日本料理研究室 阪本健一さんの冷や汁
http://www.tec-tsuji.com/recipe2002/chef/jap/cf0267/index-j.html
関心空間 冷や汁
http://www.kanshin.com/?mode=keyword&id=542350
Wikipedia 冷や汁
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%B7%E6%B1%81
魚山亭
http://gourmet.yahoo.co.jp/gourmet/restaurant/Kanto/Tokyo/guide/0401/P000077.html
→渋谷宮益坂の宮崎料理の店、冷や汁たべられる、料理うまく値段リーズナブル
ほかにオススメなどありましたら、コメントによろしく~
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30年ぐらい前だろうか? 「専門バカ」ということが盛んに言われ「学際」が人気になったことがあった。脱専門、総合的包括的全体的な方向が求められ、「ホリスティック」だの「シナジー」だのというコンセプトも流通した。しかし、ますます専門は細分化され、もうニッチもサッチもいかないぐらい、狭いスキマにはまりこんでいるようだ。
「ニッチ」なるコンセプトも、最初のころはダイナミズムにあふれていたが、いまや単に狭いところを突きまわっているぐらいのもので、可能性は失せたかんじだ。
食の分野においても、それは顕著だ。たとえば「○○が健康によい」という「○○」は、たいがい横文字の化学用語だかなんだかわけがわからない専門用語で、「トレーサビリティ」なんてのもいつの間にか普段語になっているが、あれなんかは中味を把握しようとすると専門用語だらけで、ほんとうにみんなわかっているのかい、と思うのだが。とにかく、つぎつぎと専門家たちに「発見」された、狭い専門知識が、どんどん生活の場に出回っている。
食の分野では、それだけではなく、どんどん「ニッチ」だね。いわゆる「食べ歩き」や「外食」や「グルメ」の分野も「専門化」と「専門家」がすすみ、ラーメン、うどん、そば、おでん、たこやき、回転すし、オムライス、カレーライス、和菓子、スイーツ……とか品種別に、あるいはA級B級低級とグレード別に、あるいは業種や業態別に、はてまあ「立飲み専門家」もいる始末。狭いスキマで細かい知識をひけらかしあったり突きあっている。ただただ「ニッチ」をねらっているだけで、本当に「専門化」か「専門家」かどうかもわかならい。とにかく、それを知っているからって、だからなんなのさ、というかんじの、やたらマニアックな知識だけがはびこる。
ま、5月8日の「失われた全体像」で書いているが、ようするに、全体像も、全体像の模索も、ないのだ。そして、じつに狭苦しい細かい知識から、いきなりバクゼンとしたココロのモンダイになってしまうのだな。狭いところからでも全体を見渡すとか、すくなくとも、いくつかの上位概念のレベルで、包括的に考えられないものかと思うのだが。
「生活習慣病」なんていう言葉も、そんなもの本当にあるのか、と思うね。その一つ一つを追っていくと、専門知識の隘路に入り込み、そこを脱出しようとすると、包括的には「社会習慣病」や「会社習慣病」の存在を考えたほうがよいのじゃないかと思ってしまう。
しかし、セコイところに入り込んでしまったよなあ。もうたくさんの人が、狭いスキマでひしめきあっているんだよなあ。世界は広いのに。
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浪曲、二代目玉川福太郎オヤジの「徹底「天保水滸伝」」がキングレコードからCDになっている。三味線の曲師は、美人な奥さんの玉川みね子さん。
http://www.kingrecords.co.jp/junhougaku/tamagawa/
そのチラシには、小沢昭一さんの「こんなオモシロイ浪花節を、なぜ、今時の若い者は聴かないのかなァ。いいよ。俺たちだけのタカラにしよう」というオコトバのほかに、平岡正明さんのオコトバがある。
「一声、二節、三啖呵。浪曲師の声量。三味線のアタックの強さ。話の筋の面白さ。それにもまして、浪曲の風景の美しさ・・・。江戸前の粋とはちがう、田舎くさい、赤い熟柿が一つ落ちずに眼にやきつくような、おれはこんなにまで日本人だったのだと気づかせてくれる枯れ枯れの美が。」
ま、感じ方はそれぞれなんだろうが、なんだかなあ。「江戸前の粋とはちがう、田舎くさい」は、そうだと思うのだが、「枯れ枯れ」かなあ。それに、「おれはこんなにまで日本人だったのだ」とは、いかにも平岡さんらしいセリフだとは思うのだが、そう言われちゃうと、おれなんかひいちゃうね。
田舎くさい泥くさい力強さ、枯れようにも枯れられない「毒」が、浪花節のオモシロイところで、それは大衆食堂や大衆酒場などにもある「毒」じゃないかと思うのだが。
「毒」というのは、ようするに、あくせく働かなくては生きていけない庶民のサガから発するもので、ドロドロしていて、それをかきまぜて謳いあげる。つまりある種のしがない庶民の「人生讃歌」でもあり、ま、これを聴いて飲み込んで、つまらんおれの人生だが、明日も一丁やってやるか、と思うもので、「おれはこんなにまで日本人だった」と思うようなものじゃないと思うんだよなあ。
インテリと下層文筆労働者の感覚のちがいなのかも知れないが。しかし、なんでもかんでも、ちかごろの文章の世界だってそうだが、小ざかしい受けネライの「軽妙」?「洒脱」?「いけてる」?とかな表現に流れ、身体のうちから噴出するような「何か」がありゃしない。「何か」がなければ、自分じゃかっこよくやっているつもりだろうが、表現の小ワザが浮いてみえるだけだよ。
そういえば、以前、ザ大衆食の「深川丼に関する宇宙開発より大きな夢」で落語について、同じような感想というか不満、つまり最近の「毒」を失った落語への不満を述べているな。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/kou/hukagawadon.htm
ま、とにかく、玉川福太郎を聴いてみてくらはい。とくに、この「天保水滸伝」は。なかでも、飲兵衛は、平手酒造だね。
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昨夜の木馬亭、ほぼ満席。落語のように、ついこのあいだまでガラガラだった寄席に行列ができるようなブームは嫌だし、よくないように思う。平均7割台の入りで、需要と供給のイイ関係がつくれる状態が生れるのが、望ましいと思うのだが。
急激なブームには必ずブームを渡り歩く客がいて場を崩し、崩れた場がアタリマエになり、それでもマニアは残るが、おれのような好きなだけでマニアじゃないものは、ほかを向くようになる。結果、軽薄ミーハーと突出したマニアだけの場になる。そのうち軽薄ミーハーは、ほかのブームへ去っていく。
会場で哀愁ボーイさんとチロリさんに会い、短い立ち話。チロリさんはブログで「ほぼ日刊チロリ通信」をやっている。トシを聞いたことはないが若い。何をしている人かも知らんがスーツ着ている。話芸全般から芸能、かなり詳しいハンパじゃない。観察が鋭いというか、淡々とした口調だが、聞いてるとベンキョウになる。
そのブログ23日「cafeから派手な会へ」で、「芸人の成長は見てわかるが、自分はどうだろう、と」と書いている。このへんがチロリさんらしいところだと思う。鑑賞や批評は、同時に自問自答なのだな。
昨夜は、86歳の五月一朗翁、浪曲生活今年で70年というベテランというよりオバケ、その子供のようなトシで、円熟へ向かって驀進中というかんじの玉川福太郎オヤジ、どちらも「いやあ浪花節っていいねえ」の芸なのはトウゼンだが。玉川美穂子アネゴが、短いあいだに、おどろくほどうまくなっていて、ホントおどろいた。
で、そのチロリさんのオコトバ、「芸人の成長は見てわかるが、自分はどうだろう、と」を思い浮かべ、おれはシミジミ考え込んだ。おれが成長したのは、酒の飲み方ぐらいかと、木馬亭のあと捕鯨船で煮込みと酎ハイ。
となりに若いカップル。女の方が、男にむかって、「ここの煮込みは「大はし」テイストね。こんどあなたを山利喜へ連れてってあげたいわ」なーんて言っていた。ブームってのは、こういうバカタレ女がつくるんだな。でも、おれも、若い女に連れてってほしいよ~
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そうそう、この7月は、『大衆食堂の研究』発刊から10年だけじゃなく、『汁かけめし快食學』発刊から1年。本来なら我がボロ木造アパートの前にはマスコミの取材陣が押しかけ、盆と正月が一緒にきたようなニギヤカさであってしかるべきだが、祝儀や酒はおろか一つの祝いの言葉も届かない。不景気な大衆食堂みたいな有様だ。
『大衆食堂の研究』の出版社は経営紛争、『汁かけめし快食學』のもとになった『ぶっかけめしの悦楽』の出版社は倒産。「苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である」という言葉を背負って生きているおれだが、ケチのつきとおしで嬉し涙がとまらない。ちくま文庫になった『汁かけめし快食學』だって、いまのところ出版社は潰れてないようだが、ハテ売れているのかいないのか、一年たっても再刷がないのでは、きっと世間から忘れられたのだろう。
どうせカタチあるものは滅び、生あるものは死に、ビールは小便になり、メシはウンコになる。そして小便もウンコも水に流され、ゆく下水の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、すべては変わり忘れられ失われていくのだ。ああ、虚しいなあ。
と、ここで鴨長明や吉田兼好の真似っこライターになれたら、気まぐれな世間に合わせて、陶酔節独善節嘆き節叱り節礼賛節自慢節説教節でやれるんだが、そうじゃねえんだよな。ヨロヨロ出かけて行く先は、浅草は木馬亭、浪花節とくらあ。浅草好きも近寄らない木馬亭、大衆酒場好きも近づかない浪花節。えっ、おかしいじゃないか、大衆酒場なら艶歌だろう、浪花節だよ、おっかさん。浪花節だよ人生は~、ああダ埼玉流れ者~。
ま、人様のことは、どうでもいい、おれはおれの山へ登る、って、酒の山といえば八海山か。でも、あの山は東京では高すぎてねえ、やはり捕鯨船で甲類焼酎ハイボールか。浪花節と焼酎で、滅びゆく老体に、熱い義侠を流し込んでくるぜ。鴨長明や吉田兼好より、国定忠治がおれにはあっている。ってことだ。
もう今夜のことでござんすが、こちらに案内がござんす、見てやっておくんなせえ。間に合うなら、木馬亭で会いましょう。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/siryo/roukyoku_hukutarou_cyuji.htm
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「ナンダロウアヤシゲな日々」が、たまーに更新がはやいと思ったら、BOOKMANの会で、おれがなんだって、漫画屋の塩の字が持ち込んだエロ漫画の原画みてぐふぐふやっている写真のっけてな。ほんと、なんだか下品でスケベな、おれ、かっこイイ! しかしエロ漫画はスケベごころだけじゃ作れない、どの分野にも共通する職業として成り立つための厳しさがあるのだ。となりの全方位的に太いのは古書現世のセドローくん。
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20050623
ってことで、なんだかおれの孫、とまではいかないが、濱田研吾さんと一緒に子供ぐらいのトシのくせに、おれがガキのころから活躍していた新国劇のオヤジとか、とにかく売り物にならない古本みたいな俳優や脇役にやたら詳しい、おめえらくだらねえ俳優の話ばかりしてないでオンナをぱくるんだぞ~、結婚なんか何度でもできるからはやくやっちめえよ~、って言いたい、「四季の味」の藤田晋也さんから新刊案内のメッセージだ。
大変ごぶさたしております。(おれにご無沙汰はいいけど、オンナにご無沙汰しちゃいけねえよ)
さて、先の近況欄にも書きましたとおり、杉浦幸雄さんの漫画エッセイ「おいしいネ」の単行本化を手掛けることになり、ようやく完成に至りました。畠中さんにご協力いただき書肆アクセスの店頭に並べてもらっています。
定価が2800円と高くなってしまったので、皆さんに買ってくださいとは申しません。(よくわかっているじゃねえか、そのカネあったら酒のむよ)
ただ、どこかで紹介してやろうとか、置いてくれる店に心当たりがあるとか、販促の応援をしていただければ嬉しく存じます。(いま紹介してらあ)
杉浦幸雄といっても、馴染みは薄いかも知れませんが、漫画集団の創設メンバーで、昭和を代表する漫画家の一人といえるでしょう。(おれ、この人と小島功と区別つかないんだよね、東北沢に住んでいたのどっちだっけ?)
女性の風俗画をもっとも得意とされ、「淑女の見本」という大傑作を遺しています。その足跡は、辿れば辿るほど凄いのですが、感嘆するのは90歳を越えられてからも原稿を描きつづけたこと。文字どおり、生涯現役を貫かれました。今回の本には、亡くなる3週間前に戴いた原稿まで、20年あまりの連載を収録してあります。
いろいろと勝手を申し上げて恐縮ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
(よーし、まかせておけ。みんな買ってくれ~)
季刊「四季の味」
http://www.macnet.or.jp/co/hk-ns/ns/magazine/siki.html
この雑誌は、ちょっと「気どるな! 力強くめしをくえ!」とはちがうが、まあいいのさ。
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先日20日にザ大衆食のサイトに掲載した「大衆食堂の逆襲」では、こう書いた。
「『大衆食堂の研究』発刊の1995年頃をふりかえり、「当時は、いくつかのテレビ番組に大衆食堂が登場することはあったが、いわゆる古きよき人情の「レトロブーム」の流れにのった、趣味的嗜好的なものであり、「生活」ではなかった。大勢がそういう傾向であり、ようするにバブルは崩壊したとはいえ、まだ余韻は十分残っていたし、またすぐに景気は回復するだろうといった期待が気分として充満していた。コンニチのように不況下の生活を背景にして、「安酒場」や「安食堂」が話題になる雰囲気とは、かなり違っていた」
さらに、1997年の「『散歩の達人』は、いまとくらべたらかなりマイナーな雑誌であり、「大衆食堂の逆襲」がどれほど影響をおよぼしたかは心もとないが、このころから古い地味な存在だった「大衆食堂」や「大衆酒場」あるいは「立ち飲み屋」など、チマタの「大衆店」が話題になり、不況になじむハヤリものになったといえるだろう」と書いている。
95年から97年のあいだに、不況はますます出口の見えないものになっていた。そのなかで「むかしはよかった」の嘆き節、説教節が、とくに「下町」の「大衆店」を舞台にニギヤカになる。「下町」が舞台になったのは、1980年代後半からの江戸・東京論ブームやレトロブームの流れがあったのだが。そこに、必ずむかしながらの「人情」と人情に生きる人びとがいる、という物語の「定番」ができあがる。
つまり大衆店を語る、著者や制作者は、むかしながらの「人情」と人情に生きる人びとを描きながら、世の中がおかしくなったと嘆き、むかしながらの下町・人情な暮らしにもどれば、世の中は清く正しく美しくなる、というような主張なのか気分なのかを、大衆店の話にこめる。それが、「むかしはよかった」は嘆き節であったり、下町・人情礼賛節であったり、そのへんは、マアわからなくはないが、そこに「私は正しい」の自慢節「おめえら間違っているぞ」の説教節が加わる。気がつくと、飲み食いの大衆店の話は、そういうものにすりかわっているのだ。
そういう物語のキザシは、『大衆食堂の研究』発刊前に、いくつかのテレビ局が、大衆食堂をとりあげたときにすでに見られた。しかしキザシていどだった。
手元のメモでは、1993年12月16日に日本テレビの「追跡」、94年1月14日にTBS「ニュースの森」で大衆食堂をとりあげている。前者には、勝どきの「月よし」、新宿の「千草」、芝浦の「松月」、後者は「月よし」「千草」に品川の「品食」が登場する。これらの番組は、まだ「安い・うまい」が基調だった。続いて94年2月27日、テレビ東京が夜の7時から8時54分の「日曜ビッグスペシャル」の全枠で、「これが日本の大衆食堂だ! 有名人・思い出の定食屋」をやった。これは関西も含めていたが、タイトルからして「むかしはよかった」の人情臭さを盛り込んでいる。しかし、有名人が若いころ利用していた大衆食堂へ行ってヒタスラ懐かしがるだけで、のちの大衆店モノの番組や著作にくらべたら、独善的な自慢や説教は気にならなかった。
「大衆食堂の逆襲」の場合は、どうか? 見出しに一か所「人情」という言葉が登場するが、それがらみの内容は、おれの記事も含めてまったくない。根津の「かめや食堂」の書き出しに「最近人気が高い下町エリア」という表現をしているぐらいで、下町礼賛もない。
「大衆食堂の逆襲」の『散歩の達人』4月号は3月発売だったが、そのあと8月からおれはフジTV『ザ・ノンフィクション』の制作の手伝いをした。ロケハンから付き合って、10月5日に放映になったのだが、そのタイトルはモロ「東京下町人情食堂物語」である。これはフリーの演出家の松村克弥さんの演出で、ご存知の方もいると思うが、この人はあまり手を加える演出をしない。そのせいもあるかも知れないが、タイトルはそうであっても、独善的で押し付けがましい説教節は、まったくなかった。そこにあるのは、「人情」というより、東京の「下積み人生のシガラミ」というものだった。しかし、下町・人情礼賛の自慢節や説教節がニギヤカになるのは、このころからという印象がある。
長くなったから、とりあえず結論。エコロジーやスローフードや下町・人情を礼賛のエッセイには、ある種の共通性があるように思う。つまり、自分は一段高いところにいるという気負いあるいはカンチガイ。
近代物質文明こそ諸悪の根源とテレビは見るのに電子レンジは否定するような高邁な精神たるや、そういうことは政府や財界や大企業や芸能界やNHKにむかって言ってほしいと思うし、大衆酒場や大衆食堂や立ち飲みでくだまいたり気分よくしているのが、そんなにエライことなのかといいたくなるほどだが。
清水義範さんの『日本文学全集 第一集』の「徒然草」によれば、そういうのは「お叱りエッセイ」であり「世の中の者どもめ、けしからんぞ、正しくて知的で品格のあるおれを見ならえ、というのがエッセイの本音である」「エッセイというものに書かれているのは、どんなエッセイであろうと、結局、おれは偉い、だ、という井上ひさし氏が言ったということを、人の噂できいたことがある」って、ことになる。どうやら徒然草以来のエッセイが内包する悪癖らしいのだ。
イヤラシイねえ、おれもそういうものに染まっているかもねえ。でも、大衆食堂や大衆酒場を、下町・人情礼賛の自慢節説教節のネタに使うなんて、最低だと思う。でもおれは、アル中で最低の人間だから、しかたないからね、ちったあ偉そうにさせて。
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最近、日タイFTA交渉がマスコミで話題になっていると思うが、そこにはハッキリと、日本の自動車業界の進出とひきかえに日本の農林水産業が犠牲になっていく構造がみられる。これは、いまに始まったことではない。トヨタ奥田など日本の自動車業界の指導者たちは、自分たちの経営努力や業界努力で成長したような顔をしているが、とんでもない厚顔だ。脳なしオヤジが自分の娘を売るようにして日本の農林水産業をさしだして、成り立ってきたのだ。
しかも、いまトヨタ奥田が指導する経団連のザマはなんだろうか。加盟10数社が談合という違法行為を平気で続けてきた。これは、どういうことだ。どうせ氷山の一角で、しかしそれだけでも、娘売り自動車産業のトップに立つトヨタ奥田経団連会長はじめ財界指導部には、国民を犠牲にしても平気の感覚が蔓延している証拠ではないか。
この事態を、「スローフード」や「食育」を主張するひとたちは、なんとみているのだろうか。彼らは、いつも国民を悪者にし堕落者よばわりして、食糧の自給率低下は「洋風かぶれ」の国民に責任あるようなことを言い、弱い立場の国民に向かって説教くらわすことはするが、コトの源である巨大なものに向かってものをいうことはしない。そこに「スローフード」や「食育」の大きなまやかしがある。
ま、日本がどうなろうと、おれはあまり興味ないのだが、こういう連中がのさばるのは、どうもゴジラが吐き散らす炎と毒ガスのなかで生きているようで気分が悪い。
ま、しかしだね、そういうなかで、ワレワレは鼻歌うたいながら生きていかなくてはならない。ってことで、『大衆食堂の研究』HTML版に「編外編*食堂あいうえおかきくけこ」を掲載しました。
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_index.htm
これまで、ザ大衆食のサイトや当ブログで、「いかがわし度」という言葉を説明せずに使ってきたが、ここを読むとわかる。
しかし、イヨイヨあと一編を残すだけになった。じつは、この作業は本を見ながらHTML版を作成していたのだが、あまりにも大変なので、ついにOCRソフトを買ってしまったのだ。こんなことしても一銭にもならないのに。
しかししかし、マイナーに生きるものは、これぐらいのことをする心意気がなくては、ゴジラが吐き散らす炎と毒ガスのなかで鼻歌うたいながら生きられない。
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第三貧乏って知ってるかい
第一貧乏は農業が生んだ農民の貧乏
第二貧乏は工業が生んだ工員の貧乏
第三貧乏は情報が生んだ人間の貧乏
第三貧乏って知ってるかい
第一貧乏ってのは無くて困る貧乏
第二貧乏ってのは欲しくて困る貧乏
第三貧乏ってのは見えなくて困る貧乏
第三貧乏って知ってるかい
第一貧乏って飢えて怒る貧乏
第二貧乏って追われて疲れる貧乏
第三貧乏って追い回し自分を失う貧乏
古いノートから見つかった。なかなかイイじゃないか。うふふふ、呑んでるだけじゃねえぜ。
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そういうわけで、『大衆食堂の研究』からデレデレ10年を記念し、「大衆食堂の逆襲」を掲載しました。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/siryo/santatsu_gyakusyu.htm
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京浜東北線、夜遅い電車で若い男が2人。片方が何かの事情で引っ越したばかりのようだ。その男がいう、「とにかく、生活のレベルを落としたくなかったですから」
その生活のレベルとは、駅から5分ぐらい以内で、風呂付のマンションということらしい。「いまさら木造のアパートに住みたくないし、銭湯も趣味ならよいけど、やはり風呂付じゃなくてはミジメですよ」
もう片方が「それで、毎日、自分でめしつくっているのか」と。「そうです、ほかに切り詰めようがないから、食費を切り詰めるしかありませんから。けっこう安くあがりますよ」
はあ。まあ、人それぞれ、カネの使い方はちがうわけで、食費のかけ方もちがうだろう。「生活レベル」の判断に食が入ってないのは、どうかと思ったが、しかし、この人の場合、カネにゆとりがあるなら自分で食事をつくらないということになりかねないのだからなあ、ハテどう考えるべきか。でも、節約のために自分で料理をつくるというのは、どうも長続きしないような気もする、やはり節約だけじゃなくて、料理は楽しくなければなあ。マメにやらないと、自炊はかえって高くつくことがあるし……と、その会話を聞きながら、酔った頭で考えたのさ。
ま、でも、ほんとうに食費を切り詰めなくてはいけないのなら、やはりマメに自分で料理してみようという気にはなるね。安くても外食できるうちは、ユトリというやつだ。
しかし、やはり、このように生活の楽しみとしてではなく、「経済」で食や料理を考えているうちは、まあ食文化のレベルは低いということで、これが日本の現実といったところか。
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1980年代なかごろの資料が出てきた。某大手コンビニの関東市場での、にぎりめしと弁当の拡販プランとか。同じころ、三田にあったパン屋が、工場拡張移転して工場地にベーカリーレストランと、ほかに二カ所パン屋を開店するための、リサーチから事業計画とか。はあ、数字だらけ。
街を歩きながら、人間を見ると、このひとは一日飲食費いくらぐらいのヒト、この地域はコンビニならいくらぐらいの商圏、酒屋やスーパーに入ると棚をザッと見て月商をはじく、という具合にすごしていたのだなあ。
かなり激しい市場争奪戦もやっているねえ。ある地域で、コンビニ出店のために邪魔なスーパーを一軒、100坪ぐらいの店舗を潰しているね。周囲を綿密に調べ、まずコンビニの店舗一店を出店、続けてスーパーを囲むように二店出店し、ある商品二品で安売り合戦をしかけ、潰している。まあ、こんなにうまくいくことは珍しいのだが、100坪ぐらいの店は経営が難しいからネライやすい、それに相手のマネジメントが悪すぎたんだな。
でも、悪いことしているねえ、しかし、これはおれが考えついたんじゃなくて、組んでやっていたコンサルタントが、そのスーパーがどうしても邪魔だ、なんとか方法はないかと言うんで計画したんだよね。悪いのはコンサルタント。コンサルタントなんて連中、ワルばっかりですよ。
あのころは、街をうろうろし、しょっちゅうどこかの飲食店に入って、「軽く」飲み、食べたりしていたね。いやあ、サボっているんじゃなくて、「地域の嗜好性調査」ってやつですよ。うふふふ。
でもさ、だいたい、マーケティングで、飲食店や店の格付けをするときは、その店がどんな商圏で、どのくらいの売り上げの商売をしているかを計算しながら、この立地にしてはよくがんばっているほうじゃないの、とか、もうちっとここんとこはやりようがあるんじゃないの、とか、そういう眼でみるね。評価は、かなり具体的なんだな。偉そうな評論家の、「食味評論」のような観念的なたわごとは、マーケティングには関係ないから。そういう点、マーケティングのほうが、現実的かつ公平かも知れない。
どうも、そういう考えのクセがあるもので、いまでも、誰かさんがあんな店はというようなダメな店も、それはそれなりによくやっているじゃないかと思ってしまうことがあんだな。零細の飲食店などは、そういう「生き方」のところがけっこうあるからねえ。
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ザ大衆食のサイトを更新し、「八丈島のくさや」を掲載した。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun05/kusaya_hachijyou.htm
さあ、今夜はくさやでイッパイ。くさやで茶漬だ。
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昨日の続き。林哲夫さんの「にぎりめしと焼き芋」は、ここんとこ、おれがモンダイにしている「文学」と「食」に、かなり関係する。
で、だけど、林さんは画家なのである。だからかどうか、「式場俊三の随筆集『花や人影』(牧羊社、一九八二年)に、山下清の生涯を簡潔に描いた「清残影」という一編がある」という書き出しで始まる。そして、山下清が昭和18年から(関係ないけどおれの生れた年!)5年間にわたって放浪したあとの戦後、「珍しく自主的に「東京の焼けたとこ」「大東亜戦争」という二点の大作貼絵を完成させた」それは「まったく無機質なカメラよりも冷徹な描写である」と指摘したあと。
「この創作における戦時五年間の空白という共通点を西東三鬼『冬の桃』(毎日新聞社、一九七七年)にも見出すことができる。」と続ける。何ヵ所か食べ物の話にかかわる引用のあと、「『冬の桃』は食の記録としても絶品である」と林さんは書く。それは、たぶん、山下清の「冷徹な描写」と共通するからだろう。
つぎ林さんは、「富岡鉄斎の蔵書はきわめて膨大なものであったという」と富岡鉄斎を登場させ、蘇東坡と芋の話などの引用と解説を続けたあとに、「すると、どうだろう、山下清が放浪日記を延々と書き綴り、記憶のなかにきっちりと収納された現実を機械的に再現する方法と似てはいないだろうか、いや、まるで同じではないだろうか。近代画家の中で最高の教養を持つとされる鉄斎と、その反対の真反対の清が、結果的に同類の作画手続きを踏んでいたのである」と、「冷徹な描写」系で盛り上がる。
林さんの起承転結のしっかりした文章はイヨイヨ「結」で、式場俊三が再び登場する。式場と吉田健一の交流に触れたあと、「式場は山下清の作文を『もうひとつの旅』(ニトリア書房、一九七一年)というタイトルで刊行したことがある」と、こんどは、山下清の「絵」ではなく「文」のことだ。
式場は、山下清の手記から、「ふと吉田健一の文章を思い浮かべた。《一方はヨーロッパの知性を生活のなかで身につけている数少ない教養人のひとりであり、片方は精薄施設の出で、ルンペン生活によって身につけた生きる知恵だけを頼りに暮らしてきた男の手記である。同列に論ずることもないわけだが、不思議に読んだあと味が似ている》、そう思って一本を健一に送り届けてみた」
で、ですよ、「健一の感想はこうである」と林さんはまとめる。
「 「君、拙さというものは美徳だね」
そして、正確に伝えようとすると言葉が不完全になるという日本語の宿命を救えるのは拙さだけではないかと付け加えたという。」
なんだか禅問答みたいだなあああああ、と思いますね。すると、林さんは、そのあと、こう書いて、最後をしめる。「大智は大愚に似る、否、過ぎたるは及ばざるが如し、でもあろうか。」
うーむ、このように最後は禅問答の禅問答のように終わるのだが、なかなかにオモシロイのだ。さすが林さんなのだ。
最近の、当ブログでの関連。
6月14日「文学と食のアヤシイ関係」
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/06/post_153d.html
6月3日「吉田健一「私の食物誌」」
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/06/post_dfcc.html
話しはとぶが、思いついたついでに。前にどこかでちょっとだけ書いたと思うが、いまだに「和食」「洋食」なる言葉が、料理の実態や本質に関係なく「常識」のように使われるのは、日本語とりわけ漢字、ひらがな、カタカナの使い分けに関係しているのではないかという気がしている。日本語の壁と、その壁を自分たちの防壁にしてきた文学の壁をこえないと……、ああ、日本の食文化は、どうなるのだろうか。ということを、酒のツマミにしましょう。
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むかしむかしそのむかし、「巨泉と前武の昨日の続きはまた明日」というようなラジオ番組があった、ような気がする。中学生か高校生のころだと思うから、1950年代の後半か。日付が変わるころの10分ぐらいで、毎日のように聴いていたと思うが、まるで憶えていない。古い話でござんすな。
ようするに昨日の続きなのだが、トウゼン昨日は酔って書いているね。ま、珍しいことじゃない。
綾繁さんに誘われるままに行った「なってるハウス」だが、初めての演奏者だった。「ナンダロウアヤシゲな日記」によると、ピアノは渋谷毅さん、ギターとボーカルの平田王子さん。もう昨日の話はめんどうになったから書く気がしない。とにかく、また聴きたくなるだろう、CD買ってもいいな、という感想が残った。といいながら一つだけ書くと、平田さんの演奏は、歌の声とギターの弦が共鳴したような不思議な音空間をつくる。渋谷さんのピアノもあって、陽光の下の観音様の手のひら上でα波にアドレナリンが飛び散って、ああこのまま天国ね、それもいいかウツラウツラ、という気分になります。
『関西文学』のほうは、「食で読む百年の日本文学」とデカク出ている割には、筆者7名で22ページというこじんまりとしたもの。この雑誌をいただいたから持ち上げるわけじゃないが、最初の林哲夫さんの「にぎりめし焼き芋の愚直」だけ読み応えあるけど、ほかは「薄い」というか、これがまあ「文学」の常識ってことなのかなという内容。はあ、ためいきが出ました。ってことで、この続きは、また明日。今夜は、これから忙しいのだ。
とりあえず、林さん以外の、タイトルと筆者。
「村上春樹のまっとうな食事」 浦澄彬(うらずみあきら)
「林芙美子・食べることは生きること」 汀聆子(みぎわりょうこ)
「中野家のキュウリと蚕豆」 三輪正道(みわまさみち)
「『仰臥漫録』にみる病者の食欲」 堀本吟(ほりもとぎん)
「『吾輩は猫である』を食眼で読む」 高堂敏治(たかどうとしはる)
「梨木香歩のスローフード」 寺田操(てらだそう)
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だははは、午前1時すぎ~、酔ってないぞ~
夕方になって出かける用ができたが、赤羽で会って資料を渡すだけだ。そのあと、どうする? あの男に電話した。
「ああ、もしもしエンテツだけんど、カミサンはアメリカへ逃亡していないんでしょ」
「ええ、寂しくてしかたありませんよ~」
「じゃあさあ、パーッと遊ぼうよ、カミサンがいないときの遊びなら、ホラ吉原ソープですよ」
「いいですねえ、行きましょう行きましょう」
「行きましょう」
出がけに郵便箱のぞくと、えっ、京都の林哲夫さんから。電車に乗って、ナンダロウアヤシゲと思って、封を開けると、ぎゃあああああ、『関西文学』だ。ここんとこ「書評のメルマガ」や当ブログで「文学」をゲロゲロしているから逆襲か。ははん、特集が「食で読む百年の日本文学」だ、おっ、林哲夫さんは「にぎりめしと焼き芋の愚直」とななな、よっ吉田健一さんについてもかなり書いていらっしゃる。ぬむむむ、おもしろい。この件は、明日か後日ということにしよう。とりあえず、林さん、どうもありがとうございます。
って、着いたのが、なーんだ吉原じゃないよ、なぜか入谷のライブハウス「なってるハウス」なのだな。げげげげげ、先に着いていた、南陀楼綾繁さんがニンマリ笑っている。無精ひげ。
と、ちょいと久しぶりにアレコレ話しているうちに、綾繁さんが、おもむろ取出したるは、来月発売の最新刊の折帳。手にしてパラパラパラ、おおおっ、コレッ、すごいじゃないですか! すごい、すごい、という言葉が機関銃の玉。いやあ、スゴイ本。
出かける前に届いていた「書評のメルマガ」vol.218で、綾繁さんが紹介していた、この本の折帳だ。
ほんと、すばらしい。チェコのすばらしいデザインのマッチラベルが、ドドーッと、ただ並んでいるだけじゃない、そこは綾繁さんが編集したのであるから、ちゃんとカテゴリーに分類されていて、絵本を見るような。それに、綾繁さんならではのマニアックなテキスト。いやあ、しかし、じつに、オシャレ~なつくり。これが2000円は、ゼッタイ安い!
■南陀楼綾繁のホンのメド
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【トピックス】
★チェコのマッチラベル本が出るぞ
ピエ・ブックスから、南陀楼綾繁編著『チェコのマッチラベル』という本が出ます。社会主義体制下の1950~60年代に、チェコスロヴァキアで製造されたマッチラベル800点弱を、すべてカラーで収録しています。プラハのコレクターの所有していたマッチラベル・コレクションを、南陀楼が譲り受けたものがベースになっています。どのラベルも、シンプルな色使いながら、豊富なアイデアにあふれた魅力的なデザインです。
また、当時発行されたマッチラベル蒐集のための情報誌や小冊子から、興味深い記事を抜粋して翻訳したり、チェコ最大のマッチ会社SOLOがあり、「マッチの街」として知られるスシツェの年表を掲載したりと、1色ページも充実しています。
日本初ばかりか世界でも初の、チェコのマッチラベルの全貌を明らかにした本です。ぜひ手にとってみてください。書店さんも置いてね!
A5サイズ、192ページ(モノクロ48ページ) 本体1900円
2005年7月中旬発売
http://www.piebooks.com/
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チェコの音楽も小説も好きだし、とくに絵本がいい、チェコのデザインというか絵心は、ほんとスバラシイねえ。ビールもうまいらしいけど、行って飲んだことないよ~。しかし、マッチラベルに、あの人口呼吸のマニュアルのような絵柄は、なんだあ?
とスゴイスゴイのうちに始まったライブは、これまた、ちょいとオシャレ~なフンイキでしてね。
ああ、眠くなった。続きは、寝ておきてから。
いやあ、とにかく、おれと綾繁さんが、オシャレ~な本と音楽でありますから、鬼も笑いそうな夜でした。でも、おれはともかく、綾繁さんは、けっこうシャイでオシャレなのですね。
そうそう、とにかく、これで、綾繁さんの紙クズがクズではなく、宝の山に化けるのだというのが証明されるでしょう。
南陀楼綾繁さんの「ナンダロウアヤシゲな日々」
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/
林哲夫さんの日記
http://www.geocities.jp/sumus_co/daily-sumus0506.html
ああ、眠い眠い。
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ウチでも、食事のときにはハシをハシ置きにセットする。ハシ置きを左側におき、ハシの頭は右側だ。
それでよく思い出すのが、内田百閒さんのハシのセットの仕方だ。それは、内田百閒さんが書いたものではなく、山口瞳さんのエッセイで読んだような気がする。いずれにせよ、何に書いてあったか憶えてない。
内田百閒さんは、ハシ置きを右に、ハシの頭を左にセットする。その方法だと、一度ハシを手にとって持ち直す必要はなく、いきなり右手でハシを持つように取り上げ、そのまま食べる態勢に入ることができる。すごい合理的で、それを読んだときは、アッと思った。なぜ、そんなことに気がつかなかったのか。
でも、しかし、いまはそれを知っているのに、ハシをそのようにセットすることができない。あきらかに、その方が合理的だということがわかっているのに、そうできないで不合理を続けている。なんとまあ、惰性的で保守的なのだろうと思うが、たいして損になることじゃないので、そのままでいいかという感じだ。
それでいいのか、と思わなくはないが、やろうとすると、どうも身体がヨジレて気持わるくなるような気がする。習慣てやつは困ったものだ。
惰性的な習慣を変えるのは難しい。昼酒やりだすと止められない。止めようとすると、どうも身体がヨジレて気持わるくなるような気がする。いま11時45分。そろそろ昼だ。
と、ちょいと今日は、ブンガク的作為を持って書いてみた。つまらねえ~
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先月は風邪などでパスしたから、ひさしぶりの中野だったが、なんとも不思議な飲み屋だった。おそらく、潰れた飲食店を居ぬきで借りたのか、あるいは同じ経営で、ハコをそのままつかって別のサービスメニューに転換したかというかんじなのだが。とにかくイタメシ系の内装に、やきとんやホッピー、イマ売れ筋ハヤリのメニューはなんでもあるというぐらい揃っている。それが特徴であって、ほかにコレという特徴はない。味はふつうで、値段も中野ならふつう、ということで可もなく不可もなく。おそらく宅配惣菜システムと同様の業務用食材各種を利用しているのだろう。
店員は「プロです!」という雰囲気はまったくなくて、どこかユルイが仕事の運びも応接も悪くない、イイかんじで落ち着けるから、デレデレ飲んでおしゃべりして過ごすにはよい。また来てもよいかという気分にはなる。しかし、どうしてもそこでなくてはという理由は一つもない。不思議な店だったなあ。
ネクタイしたマネジャーらしいのが一人、飲み屋らしからぬ不安そうな顔で、たえず客席を見回していたのが印象的だった。客席数80~90ぐらいで中途半端に広い、そして閑散としているわけではないのだが、客回転は1を切っている感じだから、経営としては難しいところだ。
って、今日は何の話か。
6時半に駅で待ち合わせ4人だった。その時間になると、中野の場合、ほぼ安い店からふさがっていくから、安い人気店でテーブルに座るのは難しい。こういう地域で、新規参入の飲み屋のプランはやりたくないね。成功してアタリマエの成功の確率の高い立地でのプランも、ショーバイとしてはイイが、おもしろみに欠ける、かといってこういう場所を任せられても困るよなあ。と、まあ、あのマネジャーらしい男の不安な顔が気になったのか。
ワレワレ、母親に「私のかわいい子猫ちゃん」と呼ばれている里帰りしてきたオーストラリア人のオタクAをまじえた一行は、シゴトの話を一割ぐらいに、なんでかゲイの話でかなり盛り上がり(シドニーは世界のゲイ三大聖地の一つなのだそうだ)、手を組んで恐喝の●翼と教会関係者と某週刊誌バカバカの話から最後は神道の教義に聖書の解読ゲハゲハ、はたまたエホバの証人と創価学会の謎ゲロゲロ、などでブワーっと酔いと話が拡散したところで解散。
そうそう、打ち合わせどおりのものを仕上げてメールで送らねば、と、でも、いまから昼酒の時間だね。ああ、昼から酒なんか飲みたくない。
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隔月で「食の本つまみぐい」を連載している「書評のメルマガ」vol.217が、6月13日に発行され配信中だ。今回は12回目で、「文学と食のアヤシイ関係」と題して、吉田健一著『私の食物誌』。
日本における文学と食の関係は、とりわけ「文学的権威」と食の関係は深く、かなり「特殊」でありモンダイが多いと思っている。しかし、日本の食の現実が問題になるわりには、その問題の根源に作用していると思われる文学は問題になってこなかった。なぜだろうか。日本人は、とりわけ文学的権威にヨワイのではないか。そうかも知れない、そうでないかも知れない。
いうまでもなく、文学の問題は出版の問題でもあり編集の問題でもある。昨日グウゼン書いたが、「編集派閥」が一会社のことではなく、学閥を背骨に日本の文化を支配してきたからだと、カンタンに言ってしまえるような状況もある。つまり、あるいくつかの学閥が編集機能を通して出版界あるいは活字文化を支配し、それがさまざまな動向を左右するという状態だ。
そんなこと文学や編集や出版にかぎらず日本の癌であり、もっとも実態的な普遍的な「制度」ではないかと言われるかも知れない。役人や教員の人事はもちろん、談合組織にも、「ナントカ会」という学閥系の「親睦団体」が関係している。そう言いたい人もいるだろうが、とにかく食については、文学的権威の関係で見てみるとオモシロイことが、オモシロイが、かなり深刻な問題がいくつかある。
1970年代後半にいたり「男子厨房に入ろう会」なるものができ話題になったのも、かなり驚くべき現象だと思うが、日本の場合は男子だけの問題ではない。『汁かけめし快食學』に書いた(p239)が、女子の場合でも、支配階級である「貴族にとっては「よい女」の条件の中に歌を詠むことは入っていても、よく働いて、食事の支度をしてくれることは入っていなかったようだ」つまり、文字をたしなみ、いまでいう文学をたしなむ人たちのあいだでは、「炊事作業や家事行為をいやしいものとして」考えられていたのだ。あの華やかな「王朝文学」をはじめ、日本文学を学ぶとなると、その背骨にあるものがそれで、水を飲むと水垢まで飲まなくてはならない感じで、やがて日本文学のろ過されることのない水垢はヘドロように蓄積されてきた。
西欧もちろん、封建思想が強いといわれた朝鮮半島でも、中世には女性の手になる料理書や家事書があるのに、日本の場合は皆無だ。
近年、男が食べ物のことを書くようになったと言っても、それは「売れる」からという出版事情が関係しているだろう。経済であり、文化ではない。男の著書は圧倒的に「外食本」が多いことをみれば、「炊事作業や家事行為をいやしいものとして」みる考えが、文学的あるいは文化的にどれだけ克服されてきたか疑わしい。
そしてその疑わしいアヤシイことは、文学的権威が賞賛する食エッセイなどでも、食文化的にみると、かなりオカシイものがある、ということにも反映している。そして、オカシイことでも、「文学的」であれば評価され「常識」になってきた。そこにあるのは、じつは「食」の常識ではなく、「文学」や「出版」や「編集」の常識なのである。日本の食文化は、そのようにつくられてきたようだ。
たとえば、これも『汁かけめし快食學』に書いたが、息子が軍隊へ行って帰ってくると「白めしぐい」のゼイタクになって困ると嘆く田舎の母親の話しは、県立図書館の一隅で眠っていたみすぼらしい薄っぺらな、戦前の地方の自費出版の本のなかに書かれていた。生活の常識の歴史としては、このほうが貴重なのだが、そういうものは、「文学」や「出版」や「編集」の常識に支配された本の中にはみつからない。軍隊の食は、クニに戻った兵隊さんたちによって、なんのモンダイもなくスムーズに普及したように書かれているのが、「文学」や「出版」や「編集」の常識なのだ。関西はコナモンが主食のようなものという「文学」の常識には、関東のコナモンの生活の常識だった「朝まんじゅうに昼うどん」は登場してこなかった。ま、そういう文学と食のアヤシイ関係はたくさんある。
一方、最近、チト様子が違ってきてはいる。「脱文学的権威」な方向は70年代から細々あったが、「脱文学的権威」とはちがう文学的権威など関係ない動向が顕著になってきた……てな、ことを酒飲みながらコツコツ考えているのですね。無駄なことです。人生は無駄だらけです。
書評のメルマガ
http://back.shohyoumaga.net/
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江原恵さんの「カレーライスの可能性について」を収録した小冊子は「polycent」つまり「ポリセント」というタイトル。これは、おれが、所属していた企画会社の経営実権を握って安定してから、その会社の経費で発行したものだね。
この会社の経営実権奪取についてはオモシロイ経過があった。もう正確に覚えていないこともあるし、あまりはっきりできないこともある。とにかくおれは若き30代だった70年代後半だったと思う、会社は経営危機に陥りボーナス払えない、社員はストライキの体制、オーナー社長も高給取りの常勤役員2人に運営委員と称する幹部も策ナシ、という状態で会社の瓦解が迫っていた。
おれはその状態で、とんでもないことだが、首切られ要員という扱いにあった。それは、おれが入社したときから役員をトップに「編集派閥」が経営を支配し、おれのような編集能力のないマーケティング系は、イジメにあい次々とやめていた。だけどおれは、けっこう大きなプロジェクトをやっていたし、自分からはやめずに、クビを言い渡されるまで居直っていた。ま、かなりイジメにあった。しかし、そもそも会社の赤字の原因は、おれやマーケティング系の人間にあるのじゃなくて、派閥体制そのものが赤字の原因だった。
とにかく、そういうわけで、当時のおれは、社内の誰にとってもどうでもいい立場だったわけだ。それで、ダメもとで、その立場を利用してイッパツおもしろい策を考えついた。で、いよいよ、もう会社はダメだというどん詰まりのある夜、社長とあって、おれの策を示した。それはもうゼッタイ当面の経営危機は乗り切れるものだったし、社長はのってきた。そこである取引をし、その夜のうちに常勤役員ほか運営委員の解任を決めてしまった。朝には、おれが会社の経営実権を握っていた。これぞ、イジメに対する復讐もかねたクーデター、かな?
それは、誰もが、そんなことしたらゼッタイ会社は潰れると思うようなテだったのだが。ま、経営ってのは、そうじゃないんだな。しかし、赤字解消に一年はかかった。それで無借金黒字経営に転換してから、いろいろやったうちの一つが、この「polycent」の発行だった。
クビになるところ、転がり込んできた会社経営だからと、ふつうの会社じゃやれないことをいろいろやったのだが。ようするに一人で経営やれないようなやつが何人集まっても意味がない。一人一人自立できる経営能力があるものが集まってやってこそ会社はオモシロイ、という考えだ。一か月ごとに収支計算書だけではなく、試算表や資金繰り表など全ての経理を公開するなど、その具体策だ。ま、編集者や制作者も、決算書ぐらいよめるようになっていなきゃあな、資本主義だもの、ということだ。
それで、そういう経営や集団のありかたをコトバにすると、どうなるか。日本語だと「多中心」ってことのようなかんじなのだが、横文字にするとどうなのだろうかねえクリヤマさん、と。2人の常勤役員を解任したあと一人だけ役員になってもらった、そしておれが役員にし