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2005/06/14

文学と食のアヤシイ関係

隔月で「食の本つまみぐい」を連載している「書評のメルマガ」vol.217が、6月13日に発行され配信中だ。今回は12回目で、「文学と食のアヤシイ関係」と題して、吉田健一著『私の食物誌』。

日本における文学と食の関係は、とりわけ「文学的権威」と食の関係は深く、かなり「特殊」でありモンダイが多いと思っている。しかし、日本の食の現実が問題になるわりには、その問題の根源に作用していると思われる文学は問題になってこなかった。なぜだろうか。日本人は、とりわけ文学的権威にヨワイのではないか。そうかも知れない、そうでないかも知れない。

いうまでもなく、文学の問題は出版の問題でもあり編集の問題でもある。昨日グウゼン書いたが、「編集派閥」が一会社のことではなく、学閥を背骨に日本の文化を支配してきたからだと、カンタンに言ってしまえるような状況もある。つまり、あるいくつかの学閥が編集機能を通して出版界あるいは活字文化を支配し、それがさまざまな動向を左右するという状態だ。

そんなこと文学や編集や出版にかぎらず日本の癌であり、もっとも実態的な普遍的な「制度」ではないかと言われるかも知れない。役人や教員の人事はもちろん、談合組織にも、「ナントカ会」という学閥系の「親睦団体」が関係している。そう言いたい人もいるだろうが、とにかく食については、文学的権威の関係で見てみるとオモシロイことが、オモシロイが、かなり深刻な問題がいくつかある。

1970年代後半にいたり「男子厨房に入ろう会」なるものができ話題になったのも、かなり驚くべき現象だと思うが、日本の場合は男子だけの問題ではない。『汁かけめし快食學』に書いた(p239)が、女子の場合でも、支配階級である「貴族にとっては「よい女」の条件の中に歌を詠むことは入っていても、よく働いて、食事の支度をしてくれることは入っていなかったようだ」つまり、文字をたしなみ、いまでいう文学をたしなむ人たちのあいだでは、「炊事作業や家事行為をいやしいものとして」考えられていたのだ。あの華やかな「王朝文学」をはじめ、日本文学を学ぶとなると、その背骨にあるものがそれで、水を飲むと水垢まで飲まなくてはならない感じで、やがて日本文学のろ過されることのない水垢はヘドロように蓄積されてきた。

西欧もちろん、封建思想が強いといわれた朝鮮半島でも、中世には女性の手になる料理書や家事書があるのに、日本の場合は皆無だ。

近年、男が食べ物のことを書くようになったと言っても、それは「売れる」からという出版事情が関係しているだろう。経済であり、文化ではない。男の著書は圧倒的に「外食本」が多いことをみれば、「炊事作業や家事行為をいやしいものとして」みる考えが、文学的あるいは文化的にどれだけ克服されてきたか疑わしい。

そしてその疑わしいアヤシイことは、文学的権威が賞賛する食エッセイなどでも、食文化的にみると、かなりオカシイものがある、ということにも反映している。そして、オカシイことでも、「文学的」であれば評価され「常識」になってきた。そこにあるのは、じつは「食」の常識ではなく、「文学」や「出版」や「編集」の常識なのである。日本の食文化は、そのようにつくられてきたようだ。

たとえば、これも『汁かけめし快食學』に書いたが、息子が軍隊へ行って帰ってくると「白めしぐい」のゼイタクになって困ると嘆く田舎の母親の話しは、県立図書館の一隅で眠っていたみすぼらしい薄っぺらな、戦前の地方の自費出版の本のなかに書かれていた。生活の常識の歴史としては、このほうが貴重なのだが、そういうものは、「文学」や「出版」や「編集」の常識に支配された本の中にはみつからない。軍隊の食は、クニに戻った兵隊さんたちによって、なんのモンダイもなくスムーズに普及したように書かれているのが、「文学」や「出版」や「編集」の常識なのだ。関西はコナモンが主食のようなものという「文学」の常識には、関東のコナモンの生活の常識だった「朝まんじゅうに昼うどん」は登場してこなかった。ま、そういう文学と食のアヤシイ関係はたくさんある。

一方、最近、チト様子が違ってきてはいる。「脱文学的権威」な方向は70年代から細々あったが、「脱文学的権威」とはちがう文学的権威など関係ない動向が顕著になってきた……てな、ことを酒飲みながらコツコツ考えているのですね。無駄なことです。人生は無駄だらけです。

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