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2005/06/12

カレーライスの可能性

親が生きていたら泣いて悲しむだろう、カタギな労働者の道からはずれ、落ちぶれヤクザなライター稼業に手を染めているおれだが、その遠因は、前にザ大衆食に書いた、江原恵さんの「カレーライスの可能性」にある。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/nryouri_eharacari.htm

最近、その一文がみつかったのだ。それも、『汁かけめし快食學』p132の「かけめし屋始末」に登場し一緒に「かけめし屋やろう!」と盛り上がりおれが裏切った男「マコト」つまり雑誌『談』編集長、そのBlogを見ていて発見にいたった。
http://dan21.livedoor.biz/archives/23410243.html#comments

このコメント欄にあるようないきさつで、さっそくコピーを送ってもらった。20数年ぶりに見る文章なので、懐かしいのなんの、なのだが、やはり人間の記憶というのはアテにならない。おれの記憶に残っていたのは最後の数行の印象にすぎないのであって、ほかはかなり想像外というか、その後の江原さんらしからぬことを書いていたのだなあと思う点もあった。

カレーライスについても、実態や本質より、「雑種的日本文化」という観念から出発していて、しかも「生活の知恵」だのと江原さんがめったに使わなかったコトバを何度も使い、たとえば「日本人の生活の知恵は、実にさまざまな、色とりどりの雑種文化を作り出してきました」と書いたりしている。

この一文は、たしか1980年ごろのもので、そのころ誰だか忘れたが日本文化について「雑種文化論」のようなことを提唱していたはずだ、そして江原さんはその影響を強く受け、それはほかの著書にも見受けられるのだが、しかし、こういうふうに雑種文化が日本人の「生活の知恵」であるような言い方は、ちょいと意外だったね。

マコトさんも「「生活の知恵」というのは、江原さんにとってはどういうイメージだったのでしょうか、lifeなのかskillなのか。このあたり、考察がまだまだ必要ですね」と書いてきたが、たしかにそうだよなあ。…って、ことで、酒でも飲みながら考えますか。

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