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2005/06/17

昨日の続きはまた明日

むかしむかしそのむかし、「巨泉と前武の昨日の続きはまた明日」というようなラジオ番組があった、ような気がする。中学生か高校生のころだと思うから、1950年代の後半か。日付が変わるころの10分ぐらいで、毎日のように聴いていたと思うが、まるで憶えていない。古い話でござんすな。

ようするに昨日の続きなのだが、トウゼン昨日は酔って書いているね。ま、珍しいことじゃない。

綾繁さんに誘われるままに行った「なってるハウス」だが、初めての演奏者だった。「ナンダロウアヤシゲな日記」によると、ピアノは渋谷毅さん、ギターとボーカルの平田王子さん。もう昨日の話はめんどうになったから書く気がしない。とにかく、また聴きたくなるだろう、CD買ってもいいな、という感想が残った。といいながら一つだけ書くと、平田さんの演奏は、歌の声とギターの弦が共鳴したような不思議な音空間をつくる。渋谷さんのピアノもあって、陽光の下の観音様の手のひら上でα波にアドレナリンが飛び散って、ああこのまま天国ね、それもいいかウツラウツラ、という気分になります。

『関西文学』のほうは、「食で読む百年の日本文学」とデカク出ている割には、筆者7名で22ページというこじんまりとしたもの。この雑誌をいただいたから持ち上げるわけじゃないが、最初の林哲夫さんの「にぎりめし焼き芋の愚直」だけ読み応えあるけど、ほかは「薄い」というか、これがまあ「文学」の常識ってことなのかなという内容。はあ、ためいきが出ました。ってことで、この続きは、また明日。今夜は、これから忙しいのだ。

とりあえず、林さん以外の、タイトルと筆者。
「村上春樹のまっとうな食事」 浦澄彬(うらずみあきら)
「林芙美子・食べることは生きること」 汀聆子(みぎわりょうこ)
「中野家のキュウリと蚕豆」 三輪正道(みわまさみち)
「『仰臥漫録』にみる病者の食欲」 堀本吟(ほりもとぎん)
「『吾輩は猫である』を食眼で読む」 高堂敏治(たかどうとしはる)
「梨木香歩のスローフード」 寺田操(てらだそう)

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