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2005/06/18

日本語と食のモンダイ

昨日の続き。林哲夫さんの「にぎりめしと焼き芋」は、ここんとこ、おれがモンダイにしている「文学」と「食」に、かなり関係する。

で、だけど、林さんは画家なのである。だからかどうか、「式場俊三の随筆集『花や人影』(牧羊社、一九八二年)に、山下清の生涯を簡潔に描いた「清残影」という一編がある」という書き出しで始まる。そして、山下清が昭和18年から(関係ないけどおれの生れた年!)5年間にわたって放浪したあとの戦後、「珍しく自主的に「東京の焼けたとこ」「大東亜戦争」という二点の大作貼絵を完成させた」それは「まったく無機質なカメラよりも冷徹な描写である」と指摘したあと。

「この創作における戦時五年間の空白という共通点を西東三鬼『冬の桃』(毎日新聞社、一九七七年)にも見出すことができる。」と続ける。何ヵ所か食べ物の話にかかわる引用のあと、「『冬の桃』は食の記録としても絶品である」と林さんは書く。それは、たぶん、山下清の「冷徹な描写」と共通するからだろう。

つぎ林さんは、「富岡鉄斎の蔵書はきわめて膨大なものであったという」と富岡鉄斎を登場させ、蘇東坡と芋の話などの引用と解説を続けたあとに、「すると、どうだろう、山下清が放浪日記を延々と書き綴り、記憶のなかにきっちりと収納された現実を機械的に再現する方法と似てはいないだろうか、いや、まるで同じではないだろうか。近代画家の中で最高の教養を持つとされる鉄斎と、その反対の真反対の清が、結果的に同類の作画手続きを踏んでいたのである」と、「冷徹な描写」系で盛り上がる。

林さんの起承転結のしっかりした文章はイヨイヨ「結」で、式場俊三が再び登場する。式場と吉田健一の交流に触れたあと、「式場は山下清の作文を『もうひとつの旅』(ニトリア書房、一九七一年)というタイトルで刊行したことがある」と、こんどは、山下清の「絵」ではなく「文」のことだ。

式場は、山下清の手記から、「ふと吉田健一の文章を思い浮かべた。《一方はヨーロッパの知性を生活のなかで身につけている数少ない教養人のひとりであり、片方は精薄施設の出で、ルンペン生活によって身につけた生きる知恵だけを頼りに暮らしてきた男の手記である。同列に論ずることもないわけだが、不思議に読んだあと味が似ている》、そう思って一本を健一に送り届けてみた」

で、ですよ、「健一の感想はこうである」と林さんはまとめる。

「 「君、拙さというものは美徳だね」
 そして、正確に伝えようとすると言葉が不完全になるという日本語の宿命を救えるのは拙さだけではないかと付け加えたという。」

なんだか禅問答みたいだなあああああ、と思いますね。すると、林さんは、そのあと、こう書いて、最後をしめる。「大智は大愚に似る、否、過ぎたるは及ばざるが如し、でもあろうか。」

うーむ、このように最後は禅問答の禅問答のように終わるのだが、なかなかにオモシロイのだ。さすが林さんなのだ。

最近の、当ブログでの関連。

6月14日「文学と食のアヤシイ関係」
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/06/post_153d.html
6月3日「吉田健一「私の食物誌」」
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/06/post_dfcc.html

話しはとぶが、思いついたついでに。前にどこかでちょっとだけ書いたと思うが、いまだに「和食」「洋食」なる言葉が、料理の実態や本質に関係なく「常識」のように使われるのは、日本語とりわけ漢字、ひらがな、カタカナの使い分けに関係しているのではないかという気がしている。日本語の壁と、その壁を自分たちの防壁にしてきた文学の壁をこえないと……、ああ、日本の食文化は、どうなるのだろうか。ということを、酒のツマミにしましょう。

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