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2005/06/19

街も人も数字だった

1980年代なかごろの資料が出てきた。某大手コンビニの関東市場での、にぎりめしと弁当の拡販プランとか。同じころ、三田にあったパン屋が、工場拡張移転して工場地にベーカリーレストランと、ほかに二カ所パン屋を開店するための、リサーチから事業計画とか。はあ、数字だらけ。

街を歩きながら、人間を見ると、このひとは一日飲食費いくらぐらいのヒト、この地域はコンビニならいくらぐらいの商圏、酒屋やスーパーに入ると棚をザッと見て月商をはじく、という具合にすごしていたのだなあ。

かなり激しい市場争奪戦もやっているねえ。ある地域で、コンビニ出店のために邪魔なスーパーを一軒、100坪ぐらいの店舗を潰しているね。周囲を綿密に調べ、まずコンビニの店舗一店を出店、続けてスーパーを囲むように二店出店し、ある商品二品で安売り合戦をしかけ、潰している。まあ、こんなにうまくいくことは珍しいのだが、100坪ぐらいの店は経営が難しいからネライやすい、それに相手のマネジメントが悪すぎたんだな。

でも、悪いことしているねえ、しかし、これはおれが考えついたんじゃなくて、組んでやっていたコンサルタントが、そのスーパーがどうしても邪魔だ、なんとか方法はないかと言うんで計画したんだよね。悪いのはコンサルタント。コンサルタントなんて連中、ワルばっかりですよ。

あのころは、街をうろうろし、しょっちゅうどこかの飲食店に入って、「軽く」飲み、食べたりしていたね。いやあ、サボっているんじゃなくて、「地域の嗜好性調査」ってやつですよ。うふふふ。

でもさ、だいたい、マーケティングで、飲食店や店の格付けをするときは、その店がどんな商圏で、どのくらいの売り上げの商売をしているかを計算しながら、この立地にしてはよくがんばっているほうじゃないの、とか、もうちっとここんとこはやりようがあるんじゃないの、とか、そういう眼でみるね。評価は、かなり具体的なんだな。偉そうな評論家の、「食味評論」のような観念的なたわごとは、マーケティングには関係ないから。そういう点、マーケティングのほうが、現実的かつ公平かも知れない。

どうも、そういう考えのクセがあるもので、いまでも、誰かさんがあんな店はというようなダメな店も、それはそれなりによくやっているじゃないかと思ってしまうことがあんだな。零細の飲食店などは、そういう「生き方」のところがけっこうあるからねえ。

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