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2005/06/05

家庭にあるコト 続き

5月28日「芋がらのオドロキとヨロコビ」に書いた、神田神保町のコトミズさんのとこで事務所酒のときの話。おれを含め3人とも、「家庭で自炊派」だった。何度もくりかえすが、「家庭で自炊派」とは、必ず家庭でつくって食べなくてはいけない、あるいはそうしているということではない。家庭の食事が「自分の生活」の基本だと考えているということ。で、コトミズさんのように、どうもいまの住まいは日々の買物が不便だから引っ越しする、ということになったりする。

コトミズさんも若い男も、神保町に事務所がある。神保町は、食事には最悪だという。安いしボリュームはあるが、脂っぽいものだらけだという。これが毎日じゃ、健康によくない。おそらく、かつては学生の街だったから、そういうことになったのだろうという話になった。

この「脂っぽい」感じというのは、それぞれ基準がちがうと思うが、2人の場合は、もちろん「自分の生活」が基準になっている。かりに「うまい味」がわからないとしても、自分がうまいと思う味は、わかっている。とくにそういう基準もなく、外食なれしてしまうと、かなり「脂っぽい」ものでも「味の濃い」ものでも、それほど感じなくなる傾向がある。つまり自分の味覚の基準の、立ちもどる「巣」を失い、糸が切れたタコのように「外食界」をさまようようになるのだな。

コトミズさんの場合は、どうせ悪いものなら安いほうがよいと、100円バーガーなどで済ませることもあったとか。オドロイタのは、若い男は、毎日、自分で弁当をつくって持参しているそうだ。その日も、食べ終わった弁当箱をカバンのなかに入れていた。この若い男、先日の日記に書いたように、芋がらの煮付けもつくる男だ。うーむ、チカゴロの若い男、あなどれない。

おれとコトミズさんは、「よくやるな~」という。すると「ぼくだけじゃなく、数人の仲間で弁当つくろうぜとやっているんですよ、とにかく弁当箱にめしと梅干だけでもいいからやるんですよ」という。おれは、「今日の弁当」をのせている、稀覯(キコウ)LOGを思い出した。「ゆうた」さんがやっているのだが、彼もよくやる。

弁当は家庭にあるコトだったが、その「常識」が大きく崩れたのは、やはり学校給食のためにちがいない。そうには違いないが、おれのように弁当だけで育ちながら、ま、1960年代はそれでも弁当を持って職場へ行ったりしたが、しだいに弁当をつくらなくなった人間と、給食で育ちながら弁当をつくる人間がいるのだから、給食の責任にはできない。ま、とりあえず、弁当をつくる人に敬意をはらいたい。うまい外食店を知っている人たちより、かなり地味な存在だが、ずっと偉いと思うのだ。

ということで、ゆうたさんの「稀覯(キコウ)LOG」です。
http://serendipper.cocolog-nifty.com/blog/

これはたしか、退屈男さんに教えていただいたような記憶がある。


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