« いま発売中の「暮しの手帖」に | トップページ | 家庭にあるコト »

2005/06/03

吉田健一『私の食物誌』

「書評のメルマガ」に隔月で「食の本つまみぐい」を連載している。このあいだ当ブログで、次の6月は、山本益博さんの『東京味のグランプリ1985』だと書いた。その原稿の締め切りが6日なので、今日準備でもと思って、これまでに書いたものを調べたら、すでに掲載してあると思った吉田健一さんの『私の食物誌』が、まだだった。

これはいかんね。『東京味のグランプリ1985』は、「拝啓 丸谷才一様」という文章が価値あるので取り上げるのだ。んで、それはvol.136に書いた丸谷才一さんの『食通知ったかぶり』で「戦後の日本で食べもののことを書いた本を三冊選ぶとすれば」として選らんだなかのvol.151に掲載済みの邱永漢さんの『食は広州に在り』と、吉田健一さんの『私の食物誌』に文脈的に関係する。ま、文学的権威と食ということだが。

というわけで、これで何を書きたいか自分でわかっていることなので、さっそく書いて仕上げ、締め切り前だが、編集の南陀楼綾繁さんにメールで送ってしまった。あへあへ。

今回で12回目、ということは2年過ぎたのか。いやあ、ムダな人生しているなあ、こういうムダな人生こそ「スローライフ」っていうんだよな。

で、とにかくこれでやっと、本でいえば「まえがき」、落語でいえば「枕」の段階が終わって本文本題へ、という状態になった。そしてこれから、文学的権威と食の関係をこねくりまわしながら、現代の食文化の実態に迫る「食の本つまみぐい」になるのであーる。といっても、次は8月だ。こんどこそ、山本益博さんの『東京味のグランプリ1985』

しかし、戦後まもなく、まだ若き青年だった邱永漢さんが『食は広州に在り』で述べた、「文学と食い物には何か一脈通じるものがあると見えて、日本では双方とも『気分』で味わう傾向が強いようである」は、卓見ですな。ホント。

|

« いま発売中の「暮しの手帖」に | トップページ | 家庭にあるコト »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30930/4395053

この記事へのトラックバック一覧です: 吉田健一『私の食物誌』:

« いま発売中の「暮しの手帖」に | トップページ | 家庭にあるコト »