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2005/07/07

カレーライスの悩ましさ

拙著『汁かけめし快食學』を教材にした授業を受けている大学生から質問があった話は前に書いた。その学生の一人から、無事にレポートを書いて提出した報告がメールであった。レポートが添付されていて、興味深く読んだ。近々、感想を書いて返信しようと思っている。

それで思ったのだが、いままた夏になりカレーライスの話題が沸騰し、その歴史についてもウンチクが盛んだ。しかし、あいかわらず、「カレーライス伝来説」は根強い。まあ、『汁かけめし快食學』より伝来説の本が圧倒的に多く売れている状況なのだから仕方ないのだが。でも、もっともよく見かける小菅桂子さんの説などは、もともと伝来説のツジツマのあわないところを無理矢理あわせようとしているから、ますます混迷を深めている。

おれがいう「カレーライス伝来説」というのは、「国民食」といわれるようになった日本のカレーライスは、イギリスで完成された?カレーライスが日本に伝来し普及したものであるという説をさすのだが。とにかく、なにが伝来し普及したのかハッキリしない。

そもそも伝来とか普及の概念が、アイマイなのだ。おれは、それについては、料理は食べるとなくなるものだから、「料理の普及とは、台所での再生であり生成のくりかえしの連続でありひろがりである」と『汁かけめし快食學』に書いている。そこんとこは、缶詰などの製品の普及とはちがうのだ。

だから、イギリスの艦隊で食べていたとか、イギリスの宮廷のレセプションに登場したとか、明治何年の料理本に載っているとか、帝國海軍で食べていたとか、そういう話しだけでは、台所で、どういうものが実際に作られ普及していったかはわからないから、それは風俗の歴史であって料理の歴史ではないといってきた。

foodつまり「食べ物」とcookingつまり「料理」を別々に検討しなくてはならない。料理の歴史においてはcookingつまり「料理」、台所での再生や生成の料理技術が、伝来のものなのかどうかがモンダイなのだ。

しかし、そういうことはおいといたとしても。というか、そういうことをモンダイにしないままつくられてきた「カレーライス伝来説」は、まだ依然として、わけがわからないほど混乱している。イギリスで小麦粉をといたシチュー状のカレーライスが発明され、それが日本に伝来し普及したという説と、日本でカレーとライスがドッキングしたという説と、海軍から広がったという説、さらに最近は「「服部流割烹家元」13代服部茂一氏が、明治18年から服部式料理講習会にて、カレーを教えたのが始まり。」という説まであらわれている始末で、その状態そのものが、「カレーライス伝来説」の根拠のアイマイさをあらわしている。

ってことをいって、今日のところはオシマイ。しかし、どうして、かくも根拠がなく混乱しつつも強引に「伝来」に固執したいのか? そのへんはカレーライスの歴史に限らない、日本人の歴史認識の方法のフシギがあるように思う。

ザ大衆食の「断固カレーライス史考」はこちら。まだまだ続きます。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/bukkakemesi.htm

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