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2005/08/21

消費者は口ナシか

なにかのニュースに「森永砒素ミルク中毒事件」から50年という記事があった。1955年の、この事件は、『昭和・平成家庭史年表』によると、粉ミルクに含まれていた砒素が原因で、「また砒素が混入されたのは森永乳業が、本来なら廃棄処分の工業用第二燐酸ソーダの粗悪品を使ったためと判明」「患者は結局1万1788人に達し、うち133人が死亡」

おれがガキのころだが、よく記憶にある。そして、思うのだが、最近の三菱欠陥自動車製造会社まで、大企業が消費者の生命を脅かす事件は、けっこう連続しておきているのだ。一方、その割には、消費者はオトナシイ。最近は騒々しくモンダイになるようだが、じつはメディアがウルサイだけ。メディアのキャスターとかレポーターとか解説者とか記者とか、ぎゃあぎゃあエラソウに騒いでいるだけで、消費者の文化あるいは運動として問題にされているのではない。あくまでも大権力大権威メディアのネタとしてなのだ。メディアのネタでなくなれば、消費者の意識としても、簡単に忘れられていく。かくて同じことが繰り返される。

食の分野についていえば、まあ、ホリエモン流高級グルメから大衆食堂の詩人流低級安物食べ飲みまで、あいかわらずオシャベリは盛んであるが、みな自分がある種の「達人」というような小権威大権威になりたいだけのように見える。メディアのキャスターとかレポーターとか解説者とか記者とか、ぎゃあぎゃあエラソウに騒いでいる姿に似ている。どちらかというと、おれのようなフリーライターにしても、ま、ブログで趣味で書いているにしても、消費者の立場や文化を探求するより、すぐ生産者側や店側に寄り添い生産者側や店側の情報に詳しいベテラン常連ヅラして、エラソウにすることに心血が注がれているような気がする。生産者側や店側が口にする情報や歴史や文化を、そのまま垂れ流したりで、生産者側や店側の情報が飛び交い賑やかなわりには、消費者の意識や文化は向上しているようには思えない。消費者に対する「達人」の教えや説教、「達人」の情報にしたがって右往左往する消費者の姿が目立つのだなあ。

消費者としての自覚より、自分が手にしうる小権威が大事なのだろうか。「ナントカの達人」なんて、そんなにかっこうよいとは思えないが、そういう精神的権威が欲しいし自分もなりたい、ということなのかも知れない。いかにも小市民的だな。

ところで、1955年というと、戦中から規制下にあった食堂の米飯販売が自由になった年でもある。

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コメント

ありがとうございます

投稿: エンテツ | 2005/08/25 17:28

読んだよ

投稿: さかもと | 2005/08/25 13:28

なにをダメなこと言ってるんだ。コイズミ蹴落として首相になる気はねえのか。

おれはな、ホントウは首相になれるチャンスがあったのだけど、コイズミの野郎がどうしても自分が首相になりたい、自分にやらせてくれ、そのかわり好きなオンナを何人でもあげる、というから、ま、おれは首相なんかよりオンナの達人のほうがよいし、それでやつに首相を譲って、おれはオンナの達人になったのさ。ふふん。

というぐらいの、ホラやジョーダン、シャレをいう楽しみがないとツマランよなあ。

投稿: エンテツ | 2005/08/21 16:51

おいらは「呑んでクダまく達人」になりたいなぁ〜

どんなに呑んでクダまいても許される権威が欲しい

投稿: 吸う | 2005/08/21 16:03

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