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2005/09/18

悩ましい「毒婦高橋お伝」とカレーライス 2

きのうのつづき。

悩ましい事態を生んだ男、仮名垣魯文。広辞苑の解説では、こうだ。「幕末・明治初期の戯作者・新聞記者。本名、野崎文蔵。江戸京橋生れ。諧謔風刺に長じ、戯文を以て鳴る。「仮名読新聞」「魯文珍報」を創刊。作「西洋道中膝栗毛」「安愚楽鍋(あぐらなべ)」「胡瓜遣」など。1829-1894)

荻昌弘さん著の『歴史はグルメ』中公文庫版(1986年)に「通のハシリ」という話がある。「『歴史と人物』(中央公論社発行の月刊誌)に連載しつづけた「人物食物誌」を、昭和五十一年新年号から昭和五十七年十二月まで、七年分とりあげ補足・加筆」、1983(昭和58)年に中央公論社から単行本。

「通のハシリ」は、魯文と魯文の『西洋料理通』について2ページ半ばかり。『西洋料理通』は1872(明治5)年の刊行で、カレーライス伝来説では、おなじ年の『西洋料理指南』と並んで、初めて日本に「カレー」を紹介した本ということになっている。そして、とりわけ仮名垣魯文は著名であるがゆえに、彼が書いているから正しく西洋料理を伝えているし、そこに「カレー」が出てくるのだよ、どうだマイッタカ、だからカレーライスはイギリスからの伝来なんだゾ、というフンイキであるようだ。カレーライス伝来説で、『西洋料理通』にふれているほとんどの著者は、その内容や魯文について、なんの検討も加えることなく、そのまま鵜呑みの垂れ流し。

しかし、荻昌弘さんは、こう指摘する。「明治五年刊行だけに、編中の挿絵「西洋人 肉を製して日本人を饗応の図」などにみる日本人は、ちょんまげのままテーブルに向かってフォークを握っている。当時の世相、というだけではない。まさにこういった図柄こそ、魯文というジャーナリスティックな風俗戯作者、そしてこの本の姿勢そのものなのだ、といえたろう。」

さらに、こうも言う。「全文を熟読すると、魯文は、じつは料理の実物を目撃も体験することなく、文献か聞き書きだけで、この紹介をおこなっていること、歴然たるものがある。つまり、どのような料理が完成するか、彼自身にもわからないまま、これら西洋料理の解説をやってのけたにちがいない、と想像させる。これを真に受けて西洋料理に挑戦した”割烹家”も難儀なら、それを食べさせられた客どもえらい災難だったろう。」

もっとも、魯文は、原書は英文和解の二つで一冊の、英人某が横浜居留のあいだに日本人の雇人に命じて食糧調理させるための手控えであり、それをもとにして書いたという趣旨を述べている。「実物を目撃も体験することなく」というのは、当時の魯文にとってはアタリマエのことだったろう。しかし、料理の歴史では、そこがまさにモンダイで、荻昌弘さんの気がかりは、トウゼンなのだ。実際につくられたかどうか、そのままつくって食べられるものであったかどうか、そこに疑問がのこり判断がつかない本のなかの料理は、出版風俗の歴史でありえても、料理の歴史にはならない。

ともあれ、先の指摘とあわせると、魯文は、料理の実態や事実に関心があったわけではなく、当時のめずらしい西洋の風俗を、ジャーナリスティックに、つまり興味本位に騒ぎ立て、一儲けしようとしただけだ。また、読者も、興味本位に騒ぐだけでよかった。それが、近年、まことしやかにカレーライス伝来説の根拠になったのだな。

ついでに。「ジャーナリズム」というのは、メディア側の「ジャーナリスト」のものという考えは、マチガイだろう。発信する側と受け取る側の相互関係だと思う。一人一人がジャーナリストであり、ジャーナリズムの担い手なのだ。その近代日本の「ジャーナリズム」は、「実態や事実ヌキに、興味本位で騒ぐ」ことが特徴であり、煽ったり煽られたり、まだ続いている。カレーライス伝来説の根拠に、魯文の『西洋料理通』が居座り続けるには、そういう背景があるようだ。

荻昌弘さんの文は、このようにおわる。「しかし、料理にかぎらない。文明開化とは、ほとんどがこのような、あてずっぽうに近いほど果敢な、見当はずれかもしれない挑戦、そしてその上に咲いた日本の新種の花だったのではないか。今日のカレーやコロッケも、まさにこんな調子の紹介が生んだ成果かもしれない。」

カレーやコロッケは、「あてずっぽうに近いほど果敢な、見当はずれかもしれない挑戦、そしてその上に咲いた日本の新種の花だった」と言い切ってよいように思う。「あてずっぽうに近いほど果敢な、見当はずれかもしれない挑戦」、もっとやろうじゃないか。

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