« 酒のない朝は野菜イタメの思索 | トップページ | マーケな社会 »

2005/09/24

中華鍋とフライパンと「酒飯論」

きのう「支那ナベ」と書いた中華鍋とフライパンについて、『台所道具の歴史』(栄久庵憲司+GK研究所、柴田書店1976年)に書いてあること。

「中華鍋がかなり一般化したのは炒めものの普及に応じている。昭和の初め頃、フライパン運動というものが提唱された。フライパンの利用を通じて農村に油脂の摂取を広めようというものである。フライパンが中華鍋ほど一般化しなかったのは西洋料理が中華料理ほど定着しなかったからである。中華鍋(とフライパン)の普及は炒めるという調理法と油脂の摂取を日本人に教えたという点で画期的なものがあり、中世に伝来して粉食とあえものを教えた擂鉢に匹敵する」 ちょいとオカシイ部分もあるが、ま、そういうことかな。

でも、必ずしも、中華鍋を使えば中華料理で、フライパンを使えば西洋料理ってわけじゃないんだな。以前、いまはさいたま市になった与野に住んでいたときの近所の居酒屋、「風っ子」という名前。ここの「キャベツステーキ」。いまでもあるかもしれない。キャベツ一個、ヘタのほう4分の1ぐらいを切り落とし、中華鍋にバターをひいて、キャベツの外側をまんべんなく炒め、それからへた側を上にして切り口にバターをおき、ふたをして蒸し焼きにする。どの段階で塩コショウしたか忘れたが、約、そういうつくりだった。ようするに、中華風の味にはならない。これがなかなかうまい。キャベツは生で一個たべるのは大変だが、こうするとビールをグビグビやりながら、ペロリと食べられる。

『有元葉子の料理の基本』(幻冬舎)に「キャベツのにんにく炒め」も、うまいねえ。材料4人分で、キャベツの葉5~6枚、にんにく2~3片、サラダ油大さじ3、塩適宜。キャベツは4~5cm角ぐらいの大切りにし、冷水につけパリッとさせる。にんにくはスライス。中華鍋にサラダ油とにんにくを入れ、弱火できつね色になるまで炒め、火を強め水を切ったキャベツを入れて炒める。少ししんなりしたら塩。こしょうは好みで。というぐあいで、これも中華鍋を使うが、中華風の味にはならない。

こういうのは何料理になるのだ、日本料理ではないのか、ということが、近代日本食には、たえずつきまとう。いいじゃないか「日本料理」で、ということが簡単に通らない。「日本料理」には近代以前の渡来の料理が含まれているのにだ。「日本料理」というのは、イデオロギー性が異常に強い料理なのだ。ある意味、感情的といってよいほど、イデオロギー性が強い。いいじゃないか、うまければ。

ところで、『台所道具の歴史』の口絵に、室町期の「酒飯論絵詞」が載っている。これには、武士が座敷で盛装に近い服装で食事をしている絵があるのだが、汁をめしにかけて食べている。拙著『汁かけめし快食學』にも書いた、この時代は、汁かけめしが武家の正式の作法だったのだな。そういう汁かけめしの絵は、めずらしい。

|

« 酒のない朝は野菜イタメの思索 | トップページ | マーケな社会 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30930/6093954

この記事へのトラックバック一覧です: 中華鍋とフライパンと「酒飯論」:

« 酒のない朝は野菜イタメの思索 | トップページ | マーケな社会 »